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第１話〜始まり〜 （作：響） 「……官」 「……官？」 姉さんとの再開から、はや数日が過ぎた。 あれから時間を作っては街へと出向いているけど、姉さんの痕跡はまるでなし。 もっとも、頼りは酒瓶一本とメモ帳だけであり、それを頼りに探した所で姉さんが見つかるとは思ってはいない。 それでも、つい足が動く。 あの夢なのか現実なのかはっきりしない時間は、私にとってはとても大切な時間。 姉さんが生きている訳はない。 それは私も良く分かっている。 ……訂正、分かっているつもり。 結局、姉さんの姿を求めてしまうのは、一人が寂しいから。 「フェイト執務官！！」 「は、はい！ いっったぁ……」 机に突っ伏していたフェイトが慌てて立ちあがったかと思うと、ガツンと言う聞くからに痛そうな音が室内に響き渡る。 大声に驚いて思わず立ちあがった際に机で膝を強打してしまったのは、決して声をかけた人の責任ではない。 「だ、大丈夫ですか？！」 「う、うん、それで、用件は？」 慌てて声を掛けた事務官に、フェイトは涙目になりつつもここへ来た要件を尋ねる。 「あの、ミーティングの時間ですけど……」 「え？ あ、うそ？！」 あわてて机に設置された時計を見ると、予定の時間からすでに五分が経過している。 「す、すぐ行きます！」 「これ、資料ですから！」 慌てて、開けられたままになっていた入口に向かうフェイトに、すれ違いざまに資料を手渡す事務官。 「ありがとう！」 「まったく……」 まさに脱兎の勢いで会議室に向かうフェイト。 その後ろ姿を見送ると、事務官はおもむろにテーブルの上に置かれた時計の針を戻しながら小さく呟く。 「フェイト、がんば！」 胸の前で両手をグーにするという古典的な応援スタイルを決めた女性は、先ほどまでフェイトが使っていたテーブルにポケットから取り出した封筒を置いて小さく何かを呟く。 次の瞬間、その姿はまるで最初から居なかったかのように消えるのだった。 とらいあんぐるハートＸリリカルなのはＳＳ 『想いと力と運命と』 第１話〜始まり〜 「すみません、遅くなりました！」 会議室のドアを開けるなり、深々と頭を下げる。 『遅い』の一言を覚悟していたフェイトだったが、返事は一切返ってこない。 それどころか、物音一つしない。 恐る恐る顔あげると、そこは無人の会議室。 「……あれ？」 部屋を間違えたかと資料を見ても、書かれた場所に間違いは無い。 時間も…… 「え？」 そこに表示された時刻を見て、フェイトの目が文字通り点になった。 先ほど起こされた時に見た時計は開始時間を過ぎていたのに、会議室にかけられた時計は開始時間十五分前を指している。 「……どういう事？」 子供ならタイムスリップという発想をするかもしれないが、生憎フェイトは大人であり、そう言った非科学的な物を信じるには無理があった。 場所を考えれば、悪戯や嫌がらせという線もない。 即座にそう断言できるのが、彼女の良さであり欠点でもあるのだが…… 「……執務官？」 「あ！ は、はい？！」 訳も分からず茫然としていた彼女に、背後から声がかけられる。 「どうされました？ なんかボーっとしてたみたいですけど」 「あ、いえ、何でもないです。 ところで、ミーティングって、ここですよね？」 「はい、そうですけど？」 準備を始める為に来たのであろう、両手で書類を抱えた事務方の女性が小首をかしげる。 「あ、邪魔しちゃってごめんね」 「いえ、構いません。えっと、執務官の席はこちらになります」 「はい、ありがとう」 フェイトは示された席に腰を下ろすが、その胸中ではどうにももやもや感が晴れない。 まさに狐に抓まれたような状態だったが、そんな事はお構いなしとばかりに事務官はてきぱきと準備を進めて行く。 「これ、今日の資料です」 「もう貰ってるよ？」 天井を見上げながら考え事に没頭していたフェイトに、資料を差し出した事務官。 フェイトからすれば、自分を呼びに来た事務官から既に受け取りは済ませており、ここで渡されるのは何かの間違いのはずだった。 「そんな筈ないですよ。これ部外秘資料ですから、会議室に入るまでは渡される事は無いはずです」 「え？！」 予想外の言葉に、フェイトが慌てて先ほど部屋を出るときに受け取った資料と、今渡された資料を開封して見比べ始める。 余談ではあるが、現在彼女が配属されている部署では、情報管理の為と称して紙に印刷した資料を会議の前に渡し、各自で事務に返却するという形を取っている。 その為だけに会議資料は外部持ち出し禁止レベルの重要書類指定を受けているとの噂すらある。 そんな手間を掛けても紙に拘る理由は、現在の配属先の上司が大分機械に弱いからとの事らしい。 普段は文句の一つも言うフェイトだったが、今はそんな余裕はない。 「あ、あの……」 「なに？」 真剣そのもので見比べるフェイトに、事務官がおずおずと話しかける。 「左手に持たれてる方って、なにかの冗談ですよね？」 左手の方といえば、自分を呼びに来た事務官から渡された方である。 「なんでそう思うの？？」 思わずきつくなりそうな口調をなんとか抑え込むと、勤めてさりげなく尋ね返すフェイト。 少なくとも本人はそのつもりだったのだが…… 後に事務官が語った所によると 『いや〜、あの時は怖かったですね。 だって、いきなりフェイト執務官がガン睨みですよ？！ あの真っ赤な眼がこっちをじっと睨んでくるんですもん。 思わず今日が命日かと思っちゃいましたよ』 そんな事務員の内心等分かる訳も無く、フェイトはじっと事務官を見つめ続ける。 しかし、事務員からすれば十分に何かを感じるらしく、半分怯えながらもゆっくりと口を開く。 だって、そうしないと目の前の猛獣が何をするか分からないから。 「だって……」 「だって？？」 繰り返される言葉に、半泣きになりながら事務官おずおずとフェイトのもつ紙を指差す。 「それ、印刷ミスした書類の裏を使って印刷されてますよ？」 「……へ？」 静かな会議室に、どこか間抜けな声が響いたのだった。 「とりあえずは、これまで同様に情報収集に努め、犯罪を未然に防ぐ事を第一目標として行くと言う事で、皆さんお願いします」 定例会議と言う事もあり、重要ではあるが取り立てて速やかに行動をする必要がある案件は無い。 フェイトは終了の宣言を聞くと同時に部屋を出ると、二つの資料を手に一目散に自分の机へと向かっていた。 怒り半分、ストレス三分の一、期待等が残りという、自分でも良く分からない心情を抱えた彼女は、ぶつぶつと呟きながら部屋のドアに手をかける。 「姉さん！」 ドアを開けると同時に大声をあげるフェイトだったが、その部屋は彼女の予想通りの無人。 「……まったく、何がしたいんだか」 溜息を吐きつつ手にした資料を机の上に放り投げ、音を立てて椅子に座りこむ。 と、何を思ったのか椅子のリクライニング機能をフルに使いそのまま天井を見上げるように寝そべりだした。 内心行儀が悪いとは思いつつも、それよりも休息を得たいという欲求の方が勝ってしまった結果の行動。 それからしばし、特に何をするでもなく天井を見つめていたフェイトがポツリと呟く。 「何を伝えたいのかな……」 これをやった主の事が、彼女には良く分からなかった。 アリシアと『邂逅』をしてから数日。 当初は何らかの犯罪を疑いもした彼女だったが、それらしい気配は一向になく今日に至る。 頭では無駄と分かっていても、心のどこかが再会を期待している。 その結果として、仕事帰りにバーをいくつか回るのがあれ以来フェイトの日課となっていた。 しばらくの間目的もなく天井を見上げていたフェイトだったが、とりあえず気が落ち着いたのか、先ほど机の上に放り投げた資料に手を伸ばすと、その姿勢のままで読み始める。 一通り見比べた資料に差は無い。 書かれている事も掲載された図も同じで、字が抜けていると言う事もなければ、すかしで何か入っている訳でもない。 ただ一つの違いは、何かの裏に印刷されていると言う事だけ。 それに気がついたフェイトは、会議用の物を机に放り投げると問題の書類の表側へと目を通しはじめる。 「……やっぱり」 裏面を読み始めてから一時間。 当初に比べてさらにだらけ始めたフェイトは机に足をかけるまでになっていたが、全ての書類を読み終えた時点である事に気がついていた。 チラシの裏や何かの書籍を写した物等の雑多な印刷物を使って作られた『資料』。 印刷ミスのリサイクル用紙やチラシ以外の『何かの書籍を写したもの』、それらにはある共通点があるのである。 『小早川秀秋』・『ユダ』・『リライト』・『ブルータス』・『ＵＳＡ版ド○ゴンボール』・『某政党』・『富樫先生』etc…… 年代や場所、重要性に違いはあるものの俗に『裏切った』ものである事。 いくつか分からない事もあったものの、大体の物はなのはの世界もしくはミッドガルドでの事象がメイン。 「ここまで露骨ってのは、そう言う事なんだろうけど……」 答えは分かっても、言いたい事が分からない。 私が裏切り者という事か、はたまた別の事柄か…… 見上げる天井は、何も映すことの無い純白。 「なんでこんな事になってるんだか」 時計に目をやれば、既に終業時間十五分前を迎えようとしている。 それを確認したフェイトは、ゆっくりと机から足を下ろして猫の様に大きく背伸び。 ……いや、気だるげな様子も行動も、猫その物と言える。 「ダメダメだね。気分入れ替えないと」 頭では分かっていても、行動には起こせない。 なのはの結婚式以降、フェイトは無気力感に悩まされていた。 親友の裏切りとは言わないまでも、どこか置き去りにされたような寂しさ。 さらに、アリシアとの邂逅が、追い打ちをかけていた。 出会えないはずの人と出会えてしまった。 でも、その人と会う事が出来ない。 その寂寥感が、フェイトをして孤独だと感じさせていた。 その寂しさ故に、仕事に集中できない。 探す事で失望は深まり、道を見失う。 その結果の、無気力感だった。 ただし、本人には理由が分かっていない。 だから、『もしかしたら今日こそは』そんな淡い希望を胸に、夜の街へと繰り出す。 万が一、なのはが電話の一つでもしていれば、この話はここで終ってしまう。 寂寥感は消え、また友人としてなのはを頼り、これまでとは少し違う形で『一緒に』居られたのかもしれない。 だが、現実はそうはならなかった。 なのはは仕事中のフェイトへの遠慮と、気まずさから。 フェイトは、幸せを満喫しているであろうなのはへの遠慮と、本当に僅かの嫉妬から。 お互いに連絡を取る事無く、日々が過ぎていた。 「さてと、行きますか！」 ともすればいつまでもダラダラとしていそうな自分に喝を入れる為に、フェイトはワザと声を出す。 それを合図に勢い良く立ち上がると、手にした資料を手始めに、机の上を片付け始める。 今日の会議の資料、手渡された資料、その他諸々の調査中の案件に関する資料や覚書き。 普通なら紙を使わないでも済むものなのだが、フェイトは自分の考えをまとめるのに良いとの理由から、最近ではなにかと紙に書くようにしていた。 大方の資料を鞄へと入れた段階で、フェイトは資料の束に埋もれるように置かれていた見覚えのない封筒に気がつく。 差出人不明のそれは、よく見なれた茶封筒。 しかしそれには消印も無く、開封された様子もない。 「……よし」 しばらく封筒と睨めっこをしていたフェイトが、意を決して封筒に手をかける。 怪しさ満点ではあるが、いまのフェイトにはそれを気にするだけの余裕は無かった。 「何が入ってるのかなっと」 一気に口を破ると、中を覗き見る。 そこにあったのは一枚のカード。 封筒を傾けると、それは滑るようにして手の上に躍り出た。 「……ねぇさぁぁぁぁぁぁぁぁん！！！！」 本日二度目の咆哮。 そのカードには、『Bar Betrayers』の文字と住所に連絡先、裏面にはただ一言。 『いつでも、待ってるよ』 ねえさんはいじめっ子。 そんな言葉をしみじみと心に刻むと、フェイトはすぐに帰り支度を済ませて外へと飛び出さんばかりの勢いで部屋を後にする。 勢いそのままに建物を出ると、走らんばかりの勢いで車の多い通りへ向かい、すぐにタクシーを拾う事に成功。 「ここまでお願い」 「はいよ」 タクシーの運転手は差し出されたカードを一瞥すると、すぐに車を走りださせる。 「知ってる場所なんですか？」 「いや？」 あまりにも手慣れた感じに、思わず質問をするフェイトだったが、帰って来た答えは予想を裏切るもの。 「でも……」 「あぁ、つい三時間ばかり前に同じカードを見せて、ここまでつれてってくれって人が居たからね」 またこれか…… まるで目隠しさせられた上で手を引かれながら走らされている様な感覚。 フェイトはため息一つで済ませると、外へと視線を向ける。 そこに見えるのは、明るい街並み。 幸せそうに歩くカップルに、仕事が終わって家へと急ぐ人達。 友人と楽しそうに笑う青年達。 そのどれもが、自分にはどこか遠い物に思える。 あれだけ仲の良かった筈のなのはが、今では何処か遠くに感じる。 今から向かう先には本当に姉さんが居るのかは分からない。 不安だらけの孤独な毎日。 悩み事に振りまわされる中で、車の振動に眠気を誘われたのか、フェイトはいつの間にか眠りへと落ちていたのであった。 最後に覚えていたのは、カーラジオから流れる音楽と流れて行く街の明かり。 「お客さん、着きましたよ」 「……ぁ、ご、ごめんなさい！」 タクシードライバーの声に起こされたフェイトは、己の失態に慌てつつ素早く身だしなみを確認。 支払いをカードで済ませると、寝顔を晒していた恥ずかしさから碌に確認する事も無く外へと出る。 「はぁ…… 何やってるんだか」 溜息一つ吐いて、顔を上げる。 「……あれ？」 フェイトの予定では、顔をあげたらそこにはＢａｒの入口があるはずだった。 しかし現実はそう甘くないらしい。 目の前に広がるのは、明らかに無人とわかる真っ暗なマンション。 運転手に文句を言おうと振りかえると、既に車は発進済みで赤いテールランプだけが遠くに見える。 「どうしよ……」 周囲を見渡しても、どこも似たり寄ったりの人気のない建物が建ち並んでいる。 どうしたものかと空を見上げたフェイトの頬に、冷たい滴が触れる。 そう、間の悪い事に雨が降り始めたのだ。 「はぁ……」 意を決して、目の前の建物に足を踏み入れる。 明かり一つない内部に、ずっと昔になのは達と遊びに行った遊園地で、周りの意見に流されるままに入ったお化け屋敷の記憶が一瞬頭を掠めたのを、あわてて首を振って打ち消す。 その時だった。 「ふぇ？！」 何処からか、物音がフェイトの耳に届いた。 それは、何か金属が擦れる音。 具体的に言えば、ドアが開くときの蝶番のたてる音だった。 同時に、闇に慣れたフェイトの目に光が飛び込んでくる。 それはまるで、彼女を誘うかのような情景。 暗闇の中から長方形の輪郭をもって光がにじみ出ている。 「……行くしかないよね」 間違い無くこれは『誘い』。 そして、フェイトには現状断る理由が無い。 鬼が出るか蛇が出るか。 ドキドキしながら、その光の元へと歩みを進める。 近づくにつれて、それまで真っ黒なだけだった部分が、木製で出来たドアだと分かるようになり、そこに緻密なレリーフが彫刻されている事も見えるようになった。 歩く事十五歩。 ついにドアの前に立ったフェイトはドアノブへと手をかけ、大きく深呼吸。 ゆっくりとノブを下げると静かに押し開ける。 「いらっしゃいませ、フェイト。 ずっと、来店してくれるの待ってたよ」 ドアの先に居たのはバーテンダーの服装をした一人の少女であり、聞こえてきたのはフェイトが期待していたとおりの声だった。  あとがき 皆さまお久しぶりです。 と言う訳で（？ 第１話をお送りさせて頂きました。 短いのは仕様です。 どこで切ったらいいのか良く分からなくて、気が付いたからこんな短さに…… 話の内容としては、フェイトさんがロリ娘と出会います。 あ〜うん、石投げないでね？ 今回のシリーズは大体フェイトが振りまわされます。 でも不幸にはならない筈。 生温かく見守って頂けたら幸いです。 素敵な挿絵を描いて下さる茜屋様に無限の感謝を。 茜屋様のおかげで、萎えかけていた執筆意欲が復活しました。 これからも、ぜひよろしくお願い致します。 Bar Betrayers バーテンダー 響 ▼next ▲prev |