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Ｂａｒ Ｂｅｔｒａｙｅｒｓ　『想いと力と運命と』

第２話〜始動〜　（作：響）
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−プロローグ−

　はじめての方ははじめまして。
　久しぶりの方はお久しぶりです。
　リリカルなのはシリーズで人気Ｎｏ１のアリシアです♪
　不肖の妹ではありますが、私にとっては可愛いフェイトが、何かしらご迷惑をおかけしていないでしょうか？
　前回『私』との邂逅をしたフェイトですが、物語はここからです。
　孤独に悩まされるフェイトに差し出された手を、彼女はどうするのかな？
　私にできるのは、手を差し伸べる事だけ。
　決めるのはフェイト。
　……急いで。
　時間は無限だけど、貴重な物だから。
　不肖なお姉ちゃんだけど、いつでも見守ってるから。

　小さな溜息の音と共に、『パタン』と小さな音を立てて手帳が閉じられる。

「どうした？」

　アリシアが視線をあげた先には、何時から居たのかマスターの姿。

「……後悔しとるんか？」

「ううん」

　私はこの決断に一切後悔していない。
　きっと、今のフェイトにはこれが必要だから。
　そして、私にできる唯一の手段がこれだから。

「ほな、そろそろ時間やで」

「うん、分かった」

　ストールから飛び降りるようにして立ちあがると、アリシアは先ほどの暗さを微塵も見せずに歩き出す。
　扉まできっかり五歩。
　扉を開ける為に手をかけたところで、背後から声が掛った。

「アリシアちゃん」
「何ですか？」

　もう一人の男性の呼びかけに、振り返るアリシア。

「自分に自信を持つこと」
「出来ると思います？」

　言葉に含まれた不安に、男性は優しい笑みで答える。

「……難しいとは思うけどさ。不安は伝染するものだから。アリシアちゃんは、今宵の主人公だからね。
　自信が有ろうと無かろうと、虚勢であろうとも、胸を張らないといけないよ」
「……うん。ありがとう」

「自分がやってきた苦労を思い出して。
　バーテンダーは、お客様に心地よい一時だけじゃなくて、安心させてあげるのも、仕事の一つらしいからね。
　アリシアちゃんなら立派に勤められると思うよ」
「……うん、ありがとう」
　僅かの緊張と安堵感をにじませた声を残して、金属の軋む音を響かせてアリシアが扉の外へと踏み出す。
　その後ろ姿を見送った二人は、先ほどまでアリシアが座っていたスツールに腰かけ、どこからからグラスを出して飲み始める。
　と、片方の男性がポケットからカードの束を取り出して手慣れた感じでシャッフルを始めた。
「それは？」
「タロットカードやけど？」
「あんたもそういう事するんだな」
「やれやれ……
　あんさんの中でワイはどんな風になってるんだか」
「言ったほうがいいか？」
「……やめとくわ。それにしても不器用なのは、姉妹揃ってやね」

　シャッフルは途切れる事なく続けられるが、不思議な事にマスターの手の中でカードは徐々にその数を減らしていく。
　最後の一組になった時点でカードを裏返した状態でテーブルに並べる。
　それが終わった所で、もう一人がいきなり一枚をめくりあげた。

「どうだ？」
「まだまだ分からんわ」

　男性が差し出したカードは『運命の輪』
　ただし、上半分は正位置で下半分は逆位置という変則的な物。
　しばらくの間それを見ていたマスターは、やおら腰を浮かしかけたが途中でその動きが止まり、ゆっくりとスツールへと座り直す。

「やれやれ、わいも節介を焼くのが好きなのは変わらんな。
　そやけど今回は、アリシアはん、あんたがするべき事や。……頑張れや」

　そう呟くと、見守っていた男性が差し出したグラスと同じ高さにグラスを掲げ乾杯をするのだった。




リリカルなのはＸとらいあんぐるハート３　『想いと力と運命と』

第２話　〜始動〜


「ねえさん……」
「お久しぶり、でもないかな？
　お帰りなさいませ、フェイト様」

　アリシアは屈託の無い笑みを浮かべながら一礼。
　顔をあげるとそのまま手を差し出した。

「？」
「立ち話もなんだから、まずはこっちへ来て」
「……うん」
　
　差し出された手にフェイトが手を伸ばすと、アリシアがゆっくりと優しく握りしめる。
　その暖かさにホッとする間もなく、室内へと引き入れられる。
　暗闇から明るい室内へと入った事で一瞬目を細めるフェイト。

「へぇ」
「どう？」

　目が慣れた彼女が見た物は、カウンターが五席と扉が六つというこじんまりとした店内。
　間接照明を使い明るすぎない店内と、ライトでは無くランプを使って明かりを取っているカウンター。
　やや奥まった所にグランドピアノが一台置いてあるものの、現状ではＢＧＭは一切無く、客に静かにお酒を楽しんで貰う事を唯一無二の目的とした作りと言っても過言ではない。

「いい感じだと思うけど……」
「思うけど？」
「なんでねえさんがここに？」
「それは、追々ね」

　にっこりと笑ったアリシアに手を引かれるままに中程まで進むと、フェイトは準備されていたかのように僅かに引かれたにスツールへと腰かける。

「ちょっと待ってて」
「ぁ」
「？」
「……ううん、何でもない」

　アリシアが手を離した事に思わず声を上げるフェイト。
　一方のアリシアは、さして気にした様子も無くあっさりとカウンターへと入って行くと、しばらくがさごそと何か動かす音がしたかと思うとそのままフェイトの前へと立つ。

「何にする？」
「ねえさんが作ってくれるの？」
「あのねぇ……
　この格好、何に見える？」

　ジト目のアリシアが自分の服を見ろと言わんばかりに肩をつまむ。
　白のカッターシャツに黒の蝶ネクタイと赤と黒のチェックのベスト。
　言うまでも無く『バーテンダー』そのもの。

「良く似合ってるね」
「えへへ、ありがと」
「それじゃ、ねえさんのお勧めお願い」
「うん、いいよ」

　頭がカウンターの下に消えたかと思うと、しばらくして注ぐ音とかき混ぜる音が響く。
　出されたのは……

『』


「ねえさん？」
「なに？」

　どこか恥ずかしそうなフェイトの問いかけに、アリシアは首をかしげて尋ね返す。

「これってなに？」
「……」

　静まり返る店内。
　時計の秒針の音がたっぷり五回してからアリシアが口を開いた。

「フェイトってこれよく飲んでるんじゃなかったっけ？」
「？」 　

　『何の事ですか？』と言わんばかりに首をかしげるフェイトの様子に、内心慌ててつつアリシアが口を開く

「これ『レッド・アイ』なんだけど……」
「え？」
「レッドアイ、よく飲んでなかったっけ？」
「確かに飲んでるけど……」

　ここ数日、アリシアの姿を求めてＢａｒを回っていたフェイト。
　当然酒に詳しい訳も無く、一件目に行ったＢａｒのメニューを見て名前で決めただけだったりする。
　そして今現在目の前にある『ソレ』は、これまでの『レッドアイ』とされて居た物とは決定的に違う事が一つ。

「なんで黄身があるの？」
「レッドアイだからだけど……？
　ってもしかして、フェイトこのカクテルの由来知らない？」
「由来？」
「うん。
　酔っぱらうまで飲んだ翌日って、目が真っ赤になってるでしょ？
　それを表したのが『レッドアイ』の由来なんだから。
　だから、レッドアイには黄身が無くちゃダメなの」
「……へぇ」

　言われて改めて見てみれば、確かに赤いカクテルの真中に浮いた黄身は瞳その物。
　なるほどと納得したフェイトは、とりあえずと口をつける。
　
「これまでの中で一番おいしいかも」
「良かった♪」

　元々がトマトジュースにビールという組み合わせの軽いカクテルであり、ビール特有の苦みが少ない事が特徴であるが、アリシアのそれは更に一工夫されている。
　有りがちなレモンではなく、ある果汁を入れる事でさわやかな香りをつけているのである。
　ゆっくりと飲み始めたフェイトを見て、アリシアもカクテルを手にカウンターの方へと戻るとフェイトの横へと座り、その頭をフェイトの腕へと預ける。
　
「いろいろと、ごめんね」
「うん？」
「一つ一つ挙げてたらキリがないぐらい、色々と、フェイトには苦労や心配を掛けたからね」
「いいよ、こうしてまた話が出来るんだから」
「そっか」

　何処かぎこちなさのあったアリシアが、初めて力を抜いた笑みを見せる。
　フェイトもそれに合わせて、いつものよりもさらに優しい笑みを浮かべて、一つの提案をだした。

「それじゃ、あらためて乾杯しようか」
「……フェイトって、結構夢見がちだよね」
「そっ、そんな事ないよ！
　ただ、嬉しいから。
　……そういう時にはするのが、普通でしょ?」
「そうかな？
　でも、ちょっとクサい気がする」

　口ではそう言いつつ、笑みを浮かべてアリシアはフェイトが差し出したグラスに合わせるように掲げる。
　グラス同士をぶつけるのは、カクテルグラスではマナー違反。
　だから同じ高さに合わせて近づける事が乾杯となる。

「ところで、ねえさんは何を飲んでるの？」
「これ？」

『シンデレラ』
　オレンジジュース - 60ml
　レモンジュース - 25ml
　パイナップルジュース -60ml

　シェーカーに氷と一緒に入れてシェイクして完成。
　好みによってレモンの輪切り等で飾りつけたり、ソーダを入れてロングにしても良い。


「うんうん、ねえさんはやっぱりノンアルコールの方が良いと思うよ？」
「そう？」
「だってねぇ……」

ここでフェイトは、どこかうれしそうな、しかし、見方によっては妙な含みのある、『ニタリ』とでも表現したほうがいいかもしれない笑みを浮かべて言葉を続ける。

「この前とんでもない醜態さらしっちゃったもんね。うんうん、歳相応にお酒を控えておくのも大切だよ？」
「へぇー、フェイトってばそんな事言うんだ」

　言い返すアリシアもフェイトに負けず劣らずのイイ笑みを浮かべ、胸ポケットに手を伸ばして数枚の写真を取り出すとカウンターに勢い良く叩きつけた。

「なんで、年頃の女性のキッチンがインスタント麺の山なの！ それ以外はジャンクフードのテイクアウトしかないじゃん！」
「だって、だって！　エリオもキャロもいないから作る相手もいないし！
　仕事もなんだか最近忙しくなって作る暇がなくって！
　それに最近はテイクアウトも美味しいのが増えてきたし。
　わっ、私が悪いんじゃないよ？
　そう、犯罪者が減らないのが悪いんだから！
　ていうか、お酒の話と関係ないよね、それ！」
「シャラップ！」

　言い訳を始めたフェイトをアリシアはビシッと指を指しつつ一喝。

「お姉ちゃんがせっかく気を使ってフェイトが目をそらしている現実を教えてあげているのに！」
「いっ、言われなくても自分でもなんとかしなきゃいけないってことぐらいわかってるもん」
「行動しなきゃ意味がないじゃない」
「うっ」

　フェイトには、アリシアに言われなくとも自覚はあった。
　だからこそ言葉に詰まる。
　ここ数日感じた虚無感の正体は、現状に不安を覚えつつもどうやって動けばいいのか分からない自分に対しての物。
　そんなフェイトの様子を、アリシアはじっと見守る。

「だって、どうしていいのか分からないんだもん」
「フェイトは、不器用だからね」
「あの人に、似たのかな？」
「お母さんも、物凄く不器用な人だったしね」
　アリシアにとっての母親であり、フェイトにとっての母さんだったプレシア
　その生き方は、不器用その物だった。
　仕事に熱中している間にアリシアを無くし、アリシアを戻すためにフェイトを生み出し駒として扱った。
　それでも、立場は違えど二人にとっては親であった。

「どうしたらいい？」
「……」

　フェイトの問い掛けに、アリシアは無言で返す。
　その内心は、本当に係わらせて良いのかと言う苦悩で満たされている。
　しかし、フェイトにそれを察しろと言うのは無茶である。
　ゆえに、フェイトはもう一度尋ねた。

「……ねぇさん？」
「……なんでもないよ。
　……そうだ。私から一つだけ提案があるんだけど、聞いてみる？」

　そう問いかけるアリシアの表情は、覚悟を決めた者だけが見せる、本当の笑みであった。

「どんな提案？」

　突然の言葉に、キョトンとした表情を浮かべて尋ね返すフェイト。

「後悔しない？」

　それに対して、アリシアは笑みを浮かべて尋ね返す。
　一歩を踏み出す覚悟はあるかと。

「何を？」
「聞いた事を」
「……ねぇさんを信じてる」

　それは、アリシアがもっとも聞きたいと思い、今ここで一番聴きたくなかった言葉。
　自分も完璧に分かっているとはいえないこの状況下で、信頼してくれているフェイトの言葉がアリシアには嬉しくも重い。
　だが彼女は既に決めていた。

「ありがと。フェイトはお姉ちゃん思いで嬉しいよ。
　それじゃあ説明っと、その前に」

「なに？」

「お代わりどう？」

　気がつけば二人のグラスはすでに空になっている。

「……貰おうかな。でも、違うのが良い」

「わかったよ♪」
　
　頷いたアリシアが椅子から下りると、カウンターへと入っていった。
　その後姿を見送るフェイトは内心、まるで子猫のようだなーとか思ってみたり。
　シェイカーの振られる音が響く事しばし、カウンターから出てきたアリシアの手には２つのグラスがあった。

「はい、これ」

「これは？」

　アリシアからグラスを２つとも受け取り、彼女がスツールに座るのを助けながらフェイトがたずねた。

「フェイトの名前の別の言い方かな」

「？」

『ディステニー』
ドライジン　1/3
スイートベルモット　1/3
アブサン　1/3、
シュガーシロップ　1/2tsp

　
「ありがと」

「いえいえ。さてと、それじゃあ本題にはいるね」

「うん」

「じゃあ、なんで私がここに居るのか、何でフェイトの前に現れたのか、その説明からでいいかな」

　そう言ってアリシアが懐から差し出したのは、一枚の写真。
　差し出された写真を受け取ったフェイトが目を移すと、そこに写っていたのは一人の少年。
　印象に残ったのは、その瞳だった。

「この子は？」

「名前は言えないんだけど、私がここに居る理由がこの子」

「よく話が見えないんだけど……」

　いきなり写真を出されて、それが死んだはずの私がここに居る理由と言われた所で、当然フェイトには理解できるはずもない。
　そんなフェイトを見て、アリシアがごめんと小さく舌をだすと懐から更に紙を取りだした。

「そのカードがどうかしたの？」

　差し出されたそれは、シンプルそのものの白いカードにただ一行だけ書かれた名刺。
　そこに書かれていたのは、「Bar Betrayers」と言う単語。

「このお店の名前でもあり、私たちの事でもあるんだよね」

「裏切り者が？」

「そう言う意味でも取れるけど、私たちは『反逆者』って意味で捉えてるかな」

「？」

「……運命への反逆者であり、摂理への反逆者。
　やりたい事を残して死んじゃったりした人が、そのやり残しを清算する為の場所」

　アリシアの呟きが終わるのと同時に、静かな店内にグラスの中で氷が割れた音が響く。
　もっとも、今の台詞はアリシアが考えたものではなく、マスターの相棒が考えた物をまるまる言っていたりするのだが。

「もちろんその清算は、誰でもできる訳じゃないの。
　きちんと条件があって、一つ目はするだけの価値があるとマスターが判断した人。
　もう一つが、マスターと契約を交わす事で等価として清算をする人。
　こっちの場合は、あんまり出来る人が居ないんだけどね」

　そう言って苦笑するアリシア。
　フェイトはと言えば、どこか半信半疑の表情でアリシアを見ている。
　まぁ、それも当然と言えば当然。
　むしろこんな話を急に信じる方がどうかしているとすら言える。

「じゃあ、ねえさんは？」

「私は後者の方かな。
　私自身には清算するべき事は無かったから。
　母さんは居ないし、フェイトも元気、そう思ってたからね……」

「ねぇさん……」

「その筈だったのに……
　胡散臭いマスターに声をかけられて、まずはフェイトの近状を見てみろって言われて見に行ってみれば、年頃の女の子とは思えないキッチンに仕事の山」

「あ、あははは……」

　ちいさな指を一つずつ立てながら、じっとフェイトを見つめるアリシア。
　そんな姉に思わず渇いた笑みを浮かべるフェイトだったが、容赦なく追い打ちがかかる。

「挙句の果てには友人に先を越されてふてくされて」

「う〜〜〜」

　これがボクシングだったら間違いなくタオルが投げ込まれていて、野球だったら五回コールド負け。
　カウンターに突っ伏した状態で完全にノックアウトされたフェイトを見て、溜息一つ吐くとアリシアはそっと肩に手を置く。

「お姉さんとしては、手助けしてあげたいと思っちゃったわけ」

「ねぇさん……」

「それに、契約って言ってもフェイトが思ってるような事は無いよ？
　単に、このお店で働けってだけだから」

「じゃあなんで、その写真の男の子が出てくるの？」

「まぁ、このお店って普通じゃなくてね〜。
　いわゆる神様って言われる存在もお客さんの中には居るみたいで」

「え？」

　いきなりアリシアの口から飛び出た言葉に、思わず聞き間違いかと尋ね返すフェイト。
　それも当然の事と言えば当然の事。
　自身が信じていない神なんて存在を突然言われても、信じられる訳がない。
　
「その中に『運命』って物を司ってる人も居て、私の対価はそのお手伝いって事」

「へ、へぇ……」

　正直フェイトとしては眉唾物の話ではあったが、アリシアからは微塵も嘘を言っている様子は見受けられない。
　理由は簡単で、アリシアも同じような説明を受けて居たからで、それが嘘か本当かは本人にも分かっていないのだから。
　それはともかく、フェイトには話の真贋よりもっと重要な事があった。

「じゃあねぇさんは、これからは一緒に居られるの？」

「一応、ね」

「一応？」

「私の場合は契約を結んでるからね。
　その契約の履行が出来なければ、また元に戻るって事」

「そう言う事ね……
　って、私がそれをしちゃって良いの？」

　契約を結んだ以上本人がやらなくてはと尋ねたフェイトに、アリシアは寂しげな笑みを浮かべる。

「話を聞いたんだけど、私じゃダメだなって思ったから」

「どういうこと？」

　懐から先ほどの写真を取り出してフェイトの前へと置いたアリシアは、グラスに口をつけて一息。

「気がついた事はない？」

「……寂しそうだね」

　フェイトが真っ先に気がついたのは、男の子の瞳だった。
　まっすぐにこちらを見つめる瞳は一見力強いが、それだけではない。
　どこか脆い印象を受けるのである。

「一目でわかるのは、さすがだね」

「褒めても何も出ないよ？」

「残念、まぁそれはそうとして、今回の依頼ってのは、この子を助ける事」

「何があるの？？」

　その言葉に、アリシアは更に懐から写真を一枚出してフェイトに差し出す。
　そこに写っていたのは……

「え……」

　事故の現場なのか、膝を抱えるようして地面に倒れ伏す男の子の姿。
　傍らには二振りの刀らしき物が転がっている。

「彼は、ある事情から事故で膝を壊してしまうの。
　それを回避して欲しいってのが今回の依頼」

「要は事故から守れって事？」

　それぐらいならねえさんでもという言外の疑問を匂わせつつ、フェイトが尋ね返す。
　実際、事故に遭わせないだけなら、その少年に話しかけて事故が起こる時間にその場に居ないようにすればいいだけなのだから。
　しかし、そんなフェイトに対してアリシアは小さく首を振る。

「ううん、この子はちょっと複雑で、一回の事故を防ぐだけじゃ駄目なの」

「どういうこと？」

「この子は、今のままだと遅かれ早かれ体を壊す事になるって」

「理由は？」

「それは、この子から聞いてくれって言われてる」

「なんだかなぁ……」

　身も蓋もないと言うのはまさにこの事。
　詳しくは本人から聞けでは準備すら出来ない。
　そんな事を内心思いつつ、既に受ける事を前提にしている自分にフェイトは苦笑を洩らす。

「それが、私じゃ無理だって判断した理由。
　武芸とか全く知らない私じゃ、この子に何か言っても通じないだろうから……」

「そっか……」

　チクリと胸を刺す痛み。
　数年前に起きた『事故』
　止められなかった自分が不甲斐なく、何度も病院に足を運んだ。
　そして、あの後も彼女は変わったとは言えなかった。
　そんな自分に、この子を助ける事は出来るのか。
　内心に湧く不安を、フェイトは軽く首を振る事で打ち消す。

「うん、ＯＫ
　私がその子が体を壊さないように、正しい道に進むようにすればいいのね？」

「うん、お願いして良い？」

「もちろんだよ、ねえさん」

　アリシアが差し出したグラスに、自分のグラスを合わせるフェイト。

「そうだ。
　フェイトの事だから、きっとなのはの事を考えてたと思うけど」

「ふぇ？！」

　飲もうとした所で来た突然の言葉に、思わずグラスを取りこぼしかけるフェイト。
　なんとか握りなおしたのを見て、アリシアが苦笑しながら口を開く。

「人間は経験から学ぶ物だそうだから。
　フェイトも、あの事から学んだでしょ？
　見守ってるだけじゃダメだって」

「うん……」

「フェイトは苦手かも知れないけど、時にはぶつかる事も大事」

「うん……」

「ぶつかって、話をして、相手を理解して。
　なのはと初めて出会ったときのように、相手が頑なな時は、ぶつからなきゃ分からない事もあるんだよ」

　確かにそうだったと、過去の自分に赤面しつつ当時のなのはに内心謝るフェイト。

「だからさ、フェイト。
　上手く言えないけど、感じたままに動いてみればいいと思うよ」

「了〜解。
　ありがと、なんか安心した。
　ところで、行き先ってどこなの？？」

「こことは違う時間の流れを辿った世界。
　所謂平行世界ってのに、行って貰うから♪」

「えぇ、えええっ！」

「大丈〜夫！　きちんと役目が終わったら帰ってこられるから、たぶん」
「多分!?　今、多分って言ったよね、ねぇさん！」

　予想外の言葉に、思わず声を上げるフェイト。
　それに対して、アリシアはあくまで気楽に言葉を続ける。

「じょ、冗談だよ、フェイト。
　期間は７日間って決まってるし、終わったら自然とここに戻ってくるから」

「まったく……」

　心臓に悪すぎる冗談を溜息一つで済ますフェイト。
　このあたり、既にアリシアに慣れてきていると言えるかもしれない。

「で、どこまでが冗談なの？」

「並行世界はほんと、帰ってこれるのは確実だよ」

「……ここって、ほんと無茶苦茶だね」

「うん、それは言えてる。
　私も最初の頃は頭痛かったよ……」

　互いに溜息をつくと、どちらからともなくクスクスと笑い始める。
　
「なんにせよ、ねぇさんに会えてよかった」

「うん、私もフェイトに会えて本当によかった」

　アリシアをぎゅっと抱きしめるフェイトに、アリシアも腕をまわして応える。

「ただいま」

「おかえり」

「ごめんね」

「謝るのは、成功して一緒に暮らせるようになってからね？」

「うん、楽しみにしてる」

　この瞬間が、二人にとっての本当の再会だった。

　
　
　それからしばらくして、もう何杯が飲んだ二人は現実的な話へと戻っていた。

「それで、どうしたらいいの？」

「えっと、実はもう準備は終わってたりするんだよね」

「え？」

「まぁ、一言で言えばお膳立てはすでに終わってて、あとはフェイトがその気になればＯＫだったりする訳」

「へ、へぇ」

　あまりにも用意周到すぎる姉に、額に汗を流すフェイト。

「どうするの？」

「う〜〜ん、さすがに七連休を取るとなると、それなりに根回しとか要るからなぁ……」

「あ、それは心配ないよ」

「……今度は何したの？」
　
　なんでもござれな状態に、驚くのにも疲れはじめたフェイトだったが、律義に聞き返す。
　なぜならアリシアが、明らかに喋りたそうにしているから。

「時計持ってる？」

「あるけど？」

「見てみて？」

「……嘘？！」

　言われた通りにフェイトが腕時計を見てみると、そこには職場を出た時間で止まっている腕時計の姿。
　つい一週間前に電池を変えたばかりのそれが故障する事は考えにくい。
　
「そう言う事。
　ここの中の時間は、外と隔離されてるらしいから」

「……無茶苦茶だね」

　今更とはいえ、この店の規格外っぷりに絶句するフェイトだったが、アリシアからすればまだ序の口。
　もっと色々と教えようかと思案するアリシアだったが、要らぬ混乱を招くのは良くないと思い直す。
　もしフェイトが成功すれば、時間は一杯ある筈だから。
　その思いを胸に、アリシアは最後の一口を飲み干す。
　正直な所、アリシアとて不安が無い訳ではない。
　身も蓋もなくフェイトに抱きついて、会えた事を喜び泣いて、離れたくないと叫びたい。
　でも、それは出来ない。
　フェイトには、今は目の前の事に集中して貰わないといけないから。

「どうする？」

「ねえさん、本気で聞いてる？
　言うまでも無く、受けるにきまってるでしょ？」

「ありがとう」

「ん」

　アリシアが出した手を優しく握るフェイト。

「一緒に暮らせるようになったら、いろいろと聞かせてね？」

「うん、私も話したい事一杯あるから」

「約束だよ？」

「うん。
　あ、ちょっとまってて」

「どうしたの？」

「こう言う時にこそ飲むべき物があるってね」

「……ねえさんも、大分キザなんだね」

「フェイトの前じゃない、少しは格好つけたいの」

「はいはい」

　呆れた表情をするフェイトに苦笑しつつ、カウンターへと向かうアリシア。
　戻って来て差し出したのは、まさにこの為にあると言えるカクテルだった。


　『タンカレー・プロミス』

　タンカレーNo.10 50 ml
　コアントロー 1/2 tsp
　コーディアル・ライム 5 ml
　青リンゴ・シロップ 5 ml
　ブルー・キュラソー・シロップ 1/2 tsp


「これはね、タンカレー・プロミスっていうの」

「へぇ……」

「材料にタンカレーのＮｏ１０を使ってる所から、１０番目の伝統、古くから結ばれた深い絆の結晶って意味合いがあるの」

「そうなんだ」

「今はまだ、出会ってからまもない私たちだけど、これから長く続けられるようにって願いを込めて」

「うん、これからの私たちに」

　静かな室内に、その言葉が明るく響いたのだった。

　
　

「さてと」

「どうしたの？？」

「今日はこの辺で帰るよ」

「え？」

「え？」
　
　タンカレー・プロミスを飲み干し立ちあがったフェイトの言葉に、アリシアは『何言ってるの』と言わんばかりの表情で尋ね返す。

「だって準備しないと」

「準備？」

「七日間分の着替えとか、むこうの状況が分からないんだから、可能な限りの準備をしておきたいじゃない」

「あ、そう言う事ね」

　明らかにホッとした表情を見せるアリシアに、フェイトがたずね返す。

「どういうこと？」

「フェイトの事だから、また不安を一人で解決しようとしてるんじゃないかってね」

「……大丈夫だよ」

　余りにも身に覚えが有りすぎる指摘に、苦笑しつつ問題無い事を伝える。
　結局、心配かけまいとする行動が周りに心配をかけている事をあらためて感じるフェイト。

「そっか。
　なら、ちょっと待ってて」
　
　そう言い残してアリシアがカウンターへと走っていく。
　それを見送るフェイトは、その後ろ姿に擬音をつけるならまさに『トテトテ』がぴったりかも等と内心で思う。
　自分にもそんな時期があったのかと内心想像するも、結局思い浮かぶ事は無かった。

「ただいま」

「おかえり」

「これ飲んで」

　差し出されたのは、コルクで栓をされた真っ黒な瓶。
　ラベルに書かれた文字は、掠れて読む事が出来なかった。　

「これは？」

「景気付けらしいよ？」

「らしいって……
　そもそもだれから？！」

　余りにも姉らしい言葉に脱力しつつも、とりあえずは手に取るフェイト。
　やはり姉には甘いらしい。

「まま、ぐぐっと行ってみよ〜〜」

「ねぇさん他人事だとおもってない？」

「いやだなー思って無いよ、多分」

「まったく……」

　溜息一つついて、一気に煽るフェイト。
　何のかんの言いつつも、アリシアを信頼している現れである。

「ごちそうさま」

　一息に飲み干したそれは、果実の香りを持つアルコール飲料だった。

「はい、じゃあそこのソファーに座って」

「？？」

　なぜか急激に眠気に襲われ、アリシアに手を引かれるままに三人掛け程のソファーへと座りこむ。

「ねぇさん、これ、は？」

「ごめんね」

　瞼が閉じる寸前、フェイトはアリシアの謝罪が聞こえた気がした。




「っ？！」

　まさに飛び起きるという言葉そのままに、フェイトが上半身を上げる。

「あ、おはよ」

　目の前のスツールに座ったアリシアが先ほどまでと同じ、暖かな笑顔で振り返る。

「……ねぇさん？」
「なぁに？」
「ちょっと、頭冷やそうか？」
「それなの」

「シャラップ！」

　ビシっとアリシアを指差したフェイトが、立ち上がろうとして違和感に動きを止める。

「え？」

「なに？」

「……」

「？」

「なんで背が縮んでるの？！」

フェイト

「おめでとー！！
　十歳ぐらいに戻った気分はどう？？」

「なんで？！」

　想定外の事態に半ばパニックになりつつ、アリシアに掴かみ掛ろうとするフェイト。
　しかし、やはり体のサイズに馴れていない為か、そのまま顔面からずり落ちる結果に。
　
「あー、大丈夫？」

「……そう見える？」

　突っ伏したままジト目で見上げるフェイトに、でっかい汗をたらしてアリシアは明後日の方向を見つめて逃避に走る。

「……ほ、ほら、ちゃんと学校の制服に着替えさせてあげたんだから。
　大変だったんだよ？
　寝てるフェイトを起こさないように着替えさせるの」

「……そもそも十歳にする意味はなに？！」

「その方が、男の子も話をしやすいと思ったから？」

「普通、『思ったから』で人を勝手に子供に戻す？！」

　悲鳴に近い声をあげてフェイトが起きあがると、そのままアリシアの方へと走り出す。
　が、そのまま捕まるアリシアであるはずもなく、スツールから飛び降りるとそのまま走りだした。

「ちょっとねえさん！」

「こわい〜〜〜〜」

「こわいじゃない！」

「怒られるぅ〜〜〜」

「当然でしょ！！！！」

　ドタバタと音を立てて走り回る二人。
　決着がついたのは、それから十分後の事だった。



「はぁ、はぁ、はぁ……」
「はぁ、はぁ、はぁ……」

　息を切らして突っ伏す幼女二人という、見る人が見たら垂涎間違いなしの光景だが今の所観客は居ない。
　その良し悪しは別として、追いかけっこは引き分けに終わっていた。
　なぜならフェイトは魔法を使わなかったから。
　アリシアは、フェイトが体に慣れるように気を使いながら逃げ回っていたから。

「で、フェイト、はぁ、はぁ、体、なれ、た？」
「う、うん、もう、しっかりと」
「ねぇ、フェイト」
「なに？」
「はぁ、はぁ、はぁ、こうして走り回るって、楽しいね」
「……そうだね」

　アリシアの言葉に、ハッと胸をうたれる。
　言われてみれば当然の事。
　彼女がこういった経験をした事がある筈がないのである。
　その事に思い至ったフェイトは、内心である約束をする。
　帰ってきたら、とことん追いかけまわしてやろうと。

「あ〜〜、疲れた。
　ちょっとまってて」
「……今度は何？」

　立ち上がったアリシアに続くようにフェイトも立ち上がり、スツールに座り直す。
　カウンターから戻ってきたアリシアが持ってきたのは、黒色のキャリーケース。
　そのままフェイトの前に出すと、止める暇もなくフェイトは黙ってジッパーを開ける。
　中に入っていたのは、フェイトには良く見なれた衣類だった。

「ねえさん、これは？」

「……着替え」

「……管理局の運動着は分かるよ？」
　
「うん」

　アリシアの方へと向けたキャリーケースの中にあったそれは、見慣れたサイズからは幾分小さいものの、今のフェイトが着るにはまさにベストなサイズのそれがきちんと折り畳まれている。
　しかし、問題はその上に鎮座するものだった。

「これは何？」

　フェイトが手にした物を見て逃げようとしたアリシアの首筋をすかさず掴むと、無理やり自分の方を向かせる。

「え、あ、あははは……
　やだなぁ、ちょっとしたお茶目だよ」

「へぇぇぇぇ。
　お茶目で、なんで、ねえさんは、私の、下着を、もってるのかなぁ？」

「……ねぇ、フェイト」

「なに？」

　一転して真剣な声になるアリシアに、フェイトも真剣な声で聞き返す。

「それ、勝負下着？」

「ちょっとは反省しなさぁぁぁぁぁい！！」

「ふにゃぁぁぁぁぁぁぁ！！！！！」

　フェイトの怒号と、思わず発した電撃を浴びたアリシアの悲鳴が響き渡る。

「まったく……
　これじゃ緊張や不安を感じる暇もないじゃない」

「にゃはは……」　

　苦笑するフェイトに、照れ笑いを返すアリシア。
　その姿は、まさに姉妹そのものだった。

「でも、ありがと」

「うん、フェイト。
　私に出来るのはこんな事だけだから。
　……がんばって」

「……うん。
　困ってる人が居て、私が助ける事が出来るんだったら、やらなくっちゃね」

　そう言うと、アリシアがフェイトを抱きしめ、フェイトもアリシアを抱きしめ返す。

「準備はいい？」

「うん、覚悟とかは出来たつもり」　

「それじゃ、行ってらっしゃい」

「行ってきます」

　アリシアを抱きしめたままのフェイトを中心にして魔法陣が現れる。
　抱擁をといてアリシアが僅かに離れた次の瞬間、その姿は床に現れた穴の中へと消えたのだった。



−あとがき−
皆様こんにちは。
フェイトは今回も弄られます。
うん、境界線上のホライゾンは面白いです（違
あとがきは何時も何を書いていいのか悩みますね。
何はともあれとりあえず男の子の所へボッシュートされたフェイトさん、次回は彼を見つけるのに右往左往することになるかならないか……
描きながらキャラがどんどん動いていくので、当初の予定とまったく違う話になることもしばしば……
予定は未定。
よろしければ、これからもお付き合いくださいませ。
それではまた。




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