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第四話「Ｍｒ．Ａ、愛の迷宮」 prev * index * next 〜補稿〜 少し、考察を加えてみよう。 わたし、茜屋弥生は本稿の執筆にあたり、そう思いついた。 言うまでもなく、本稿は２００３年の４月から８月にかけて『たいにぃばぶるす』の投票所において掲載された極めて閉鎖的な一連の文章をまとめたものであり、すでに物語が終結している以上、考察するも何もあったものではないことは承知している。 だが、この困惑と幻惑の世紀において、『美緒美緒団』の各物語を復活させる試みは、第３話で行ったように、決して平坦な作業とは言いがたかった。 日々変化する状況と会話のただなかにあって連載された物語は、ときに本道を外れ、ときに立ち止まり、ときにあさっての方向を向いたりもするものだ。第３話『佐渡島ラーメン紀行』の物語を租借した諸兄ならば一様にこの考え方に賛同してくれるだろう。 あの物語はなんだったのだろう。 実のところ、作者であるわたしがこういうのは甚だ不遜との謗りを免れ得ないのだが、こうしてまとめた後でもあれがなんだったのか理解することが出来ない。序盤、投票所の会話のシーンからスタートするのは、投票所連載の常として言い訳も立つだろう。そのあと、第２話の流れを受けてとしまえんのプールで話は展開する。そこでの一連のアクシデントを得て、物語の中核人物である美王が旅に出るところで、第３話の物語の主題が見えてくる。 そう、第３話は美王の物語であったはずだ。 それが、何故あのようなことになってしまったのか。海底帝國や、地底帝國などどうでもよかったのに。 彼女のなかの問題はちっとも解決されていない。 美王。 第１話『美緒と奇岩城と巨大獣』では、敵対する組織の司令官（中間管理職？）として描かれ、第２話『練馬区の征服に関する一考察』では、世界征服という言葉に翻弄される悲劇のヒロインを演じて見せた。第３話で見せた彼女の横顔は、彼女の複雑な心情を、それまでの非日常的な背景のなかではなく、極めて日常的な風景に溶け込ませることで、かすかに我々に見せてくれたようだった。 そして、第４話も物語は美王から始まる。これは、わたしのなかで彼女をなんとかしろ、と叫ぶなにかがあったと見るべきではないのだろうか。 彼女は、まだラーメン屋でバイトを続けている。 そのラーメン屋の一角からまた無責任な物語は幕を開ける――― 〜第一部「ラーメンとアマゾン」〜 トシヤ「美王ちゃん…ら〜めん♪ちゃーしゅーと卵入れてな〜（ぉ」 ラーメン屋「おさかな帝國」は今日も流行っていた。 佐渡島が観光地としてはいささか寂しい状態であるのを考えると、これは異例といって良いだろう。 たしかに、この数ヶ月間で佐渡島の観光客は倍増した。佐渡島近海に突如あらわれた謎のテーマパーク「海底帝國＆地底帝國」がその一因であることは言うまでもない。 しかし、それだけではないのは、このラーメン屋の常連客なら誰でも分かっていることだった。 みーちゃんこと、美王。 キューちゃんこと、９号。 さっちゃんこと、１３号。 店主、小池小太郎とみさきの夫婦を支える看板娘たち。そして、厨房で修行中の自称美食家の若者、美食獣。この６人のスタッフあってこその今日の繁盛なのだ。 ああ、おさかな帝國に栄光あれ――！ 真緒「美王さま、すっかり看板娘が板についてきましたね」 奈緒「なんだか、顔つきも丸くなってきたみたいですー」 美王「な……！ わたしは太ってなどいないぞ」 真緒「そういう意味じゃないですよ」 ９号「穏やかになったということだろう」 美王「ふ、ふん、穏やかといえば貴様こそ……」 こんなやり取りが日常と化している。 かつて、世界征服などと物騒な世界にいたのが嘘のようだ。 トシヤ「あ、ぎょーざもヨロシクな（笑」 常連客の注文が飛び交う。 だが、油断めさるな。 非日常は常に日常と隣り合わせに存在するのだ。 Ｍｒ．Ａ「じゃ、自分は、チャ−シューメン、チャーシュー抜きで（笑」 いつのまにいたのか、Ｍｒ．Ａ。 鋭い眼光を美王に向けて、にやりと笑いながら言い放った。 美王「チャ、チャーシュー抜きでチャーシューメン！？」 チャーシューメンとは、チャーシューの入ったラーメンのことではなかっただろうか……美王はドンブリを片手に固まってしまった。 思えば、自分はここ佐渡島に来て初めてラーメンを食した。いわば、ド素人なのだ。ラーメンのことなど、なにも知らないのではないか？ 唇を噛み締める。 美王（負けられない……） おたまが宙を舞った。チャーシュー抜きチャーシューメン……目の前に立ち塞がる壁は高く、熱い。 Ｍｒ．Ａ（美王ちゃん…これは試練なのだよ・・。 さぁ、君の愛のチャーシューメン、どんな出来か楽しみだ） Ｍｒ．Ａ「というわけで、まだ〜？(笑」 たんに苛めているとしか思えない。 真緒「とりあえず、チャーシューメンの美味しさとしては、チャーシューの脂が溶け込んだスープにあると思います」 奈緒「同意〜☆」 美王「なるほど……では、とりあえず、普通にチャーシューメンを作って――」 真緒「あ、トシヤさんのギョーザは私がお作りしますね♪」 奈緒「美王さま、夢中になっちゃって、もう、駄目なのだー」 美王「……で、チャーシューを除いて。かわりにシュークリームを入れてみよう。これで、『シュー』は完成だな……」 なにかおかしな方向に思考がいっている気がする。 美王「問題は、『チャー』だ。チャーシューを使わずに『チャー』……いったいどうすればいい？」 真緒「チャー……？」 奈緒「ちゃ〜♪」 真緒「ちゃちゃちゃ☆」 奈緒「ちゃんちゃん♪」 真緒「ちゃ！」 奈緒「ちゅ♪」 美王「おまえら、うるさい」 トシヤ「おお♪息が合っとるねぇ（笑＜真緒＆奈緒」 常連客もその様子を楽しそうに眺めている。 ＲＹＯ「ちゃー+しゅーでちゃーしゅーですか（笑）ちゃー…ちゃ…茶？（チョットマテ）」 新参の客も、話題にのって楽しんでいる。 真緒「ＲＹＯさんですか、宜しくです〜」 奈緒「よろ〜♪」 いつのまにか、真緒奈緒もバイトのような顔をしている。 真緒「チャーは茶ですか」 美王「でも、スープは完成しているのだから、お茶を入れるわけには……」 真緒「チャーハンを入れるというのはどうですか？」 美王「それじゃ、ラーメンとは別のものになってしまうだろう」 真緒（……シュークリームを入れた時点ですでに、取り返しは付かないと思うけど……） 茜屋「しょうもないネタで引っ張るなぁ」 トシヤ「…ホンじゃシューをチャー（炒）してみるのは？＜まだ引っ張るか」 ＲＹＯ「しかしですねぇ…このラーメン屋…客入ってる？（爆」 茜屋「いや、意外と繁盛してたりするんですよ」 Ｍｒ．Ａ（しかし…シューか……ソレぐらいなら愛と根性で食べれん事もナイ…かな？ ちゃ〜とシュー……あとはメンだな！ 美王、頑張るのだ！ どんな料理でも『頬張って』みせるから！） 奈緒「お客、入ってるのかって、心配している人がいるよ」 真緒「大丈夫でしょう。いまも、９号さんと１３号さんが出前に行っていますし、奥の厨房では美食獣さんが次々と調理をしています」 奈緒「をを、意外な事実〜☆ そんな奴等誰も覚えていないよ〜〜？」 美王「炒めシュークリームをスープに入れて、メンは普通のちぢれ麺だ。しかし、なにかひと味足りない……」 奈緒「チャーもシューも工夫しつくしたにょ」 美王「そうか！ メンだ！！ メンに工夫が足りないんだッ！」 ９号「ただいま〜」 １３号「出前、行って来たよー」 ９号「わ、なにこの匂い！？」 １３号「焦げ臭い……」 真緒「気にしないで下さい。シュークリームが焦げているだけです」 トシヤ「う〜ちのら〜めんはま〜だかなっ♪」 Ｍｒ．Ａ「トシヤさんのラーメンはなんでしたっけ……しるこラーメン？(ぉぉぉ」 ＲＹＯ「じゃあ、俺はチャーハンと塩ラーメンをくれ（ｗ」 真緒「え〜と、トシヤさんは、チャーシューメンに卵いれて、あとギョーザですね。ＲＹＯさんはチャーハンに塩ラーメン」 奈緒「塩ラーメンはネギだくですよー」 １３号「なに？ ネギだくって？」 奈緒「知らないの？ ネギがたくさん入っていることです」 １３号「へー」 ９号「勉強になるな」 真緒「じゃあ、Ｍｒ．Ａさんのは美王さまにお任せするとして、こちらは私たちでつくりましょう」 奈緒「一生懸命ご奉仕するにゃん♪」 美王「………」 厨房でしばし悩む美王。 いきずまっていた。完全にいきずまったのだ。 美食獣「美王……大いに悩むがいい。そして、またひとつ大きくなるのだ」 美王「美食獣、さすが数千年を生きた者の言葉は重みがあるな」 ひとしきり悩んだあと、美王は結論を出した。 美王「よし、ワタシは食材を求めて旅にでる」 美食獣「そうか……して、どこに？」 美王「南米のアマゾン川流域にピラルクという魚がいるらしい」 美食獣（……何故、ラーメンにピラルク？） トシヤ「う〜ん…美王ちゃんの感覚もよーわからんなぁ…(^^;」 Ｍｒ．Ａ「ラーメンを注文したら、完全武装の店員さんが、国外へ天然素材を捕りに行く……う〜ん、ファンタスティック！(ぇ）こうなれば、従業員美王とお客自分との、ガチンコ勝負だ！」 妙に盛り上がる店内。 ＲＹＯ「まあ…なんと言うか…頑張ってくれ…（＾＾； 美王の旅がうまく行きますように…（￣人￣）」 そして、数ヶ月後―― 美王「はぁはぁ、ここがアマゾンか……」 美王はアマゾンにいた。 Ｍｒ．Ａ「アマゾンと房総半島が地続きとは知らなかったな」 美王「わ！ なんだ、おまえっ」 Ｍｒ．Ａ「さっきからずっといたのに気づかなかったのか？」 美王「気づかなかった」 Ｍｒ．Ａ「みもふたもないな」 美王「まぁいい。私は今忙しい。遊んでやれないから帰れ」 Ｍｒ．Ａ「つれないなぁ。俺とお前の仲ではないか」 美王「なっ……」 一瞬で真っ赤に染まる美王。 美王「ま、まぁ、いい。邪魔するなよ」 Ｍｒ．Ａ「へいへい」 美王はアマゾンの密林に分け入った。 原色系の緑が周囲を遮っている。緑ではない。黒だ。光に閉ざされた緑は目にどす暗い黒に映る。 それでも歩けないほどではなかった。 夜にならないうちに密林を抜け、集落に出なければならない。 旅立つときに案内人から聞いた話では、このさきには現住民族であるンテマ族の集落があるはずだ。 美王「ンテマ族は意外に文化レベルは高い。交通機関は発達していないが」 Ｍｒ．Ａ「聞いたことないな」 美王「支配獣から聞いた話では、ンテマ族のピョピョン博士を尋ねれば、アンベレ・モケーケの居所がわかるはずだ」 Ｍｒ．Ａ「……すまん。呪文のような単語しか聞こえなかった」 美王「アンベレ・モケーケだ。一説には太古の爬虫類の生き残りとも言われている。まぁ、一種のＵＭＡ（未確認動物）だな」 Ｍｒ．Ａ「……」 美王「どうした？」 Ｍｒ．Ａは空を仰いだ。こめかみから一筋の汗が流れ落ちる。 Ｍｒ．Ａ「それが、ラーメンの具になるのか？」 困惑を隠しきれない。 だが、まだ旅は始まったばかりだ。こんなところで挫けていてどうするのか。 Ｍｒ．Ａは自らを戒めた。 Ｍｒ．Ａ（そう、冒険はこれからだ！） で、ふたりの冒険が始まったわけだが、ここで、イキナリ場面は元のおさかな帝國に戻る。（笑） みさき「え〜と、トシヤさん、卵入りチャーシューメンとギョーザです。お待たせしました〜〜」 １３号「さすが、みさきさんは作るとなると早いですねー。美王さんの抜けた穴をしっかり埋めてます」 ９号「……見習いたい……」 奈緒「……」 １３号「え？ 奈緒も作るの」 奈緒「実はお料理、得意なんですよ？」 １３号「んー、まぁ、やってみんさい」 奈緒「んふふ〜♪」 奈緒「……できました」 ９号「……これ、なに？」 １３号「なんか、赤いね」 美食獣「とうがらし？ いや違うな。この味は……トマトソース？」 １３号「斬新だね」 ９号「あ、でも美味しい……」 真緒（←ちょっと悔しい） 真緒は料理が苦手だったりする。 それは、クローン人間として生を受ける際に使われた人格マトリクスの影響が大きい。真緒に使われたサンプルはお嬢さまのそれだった。ちなみに、奈緒に使われたのは料理上手な使用人のものだ。 トシヤ「結局…月が変わっても帰って来んかったな…美王ちゃん…Ａさんと一緒で（貞操は）だいじょぶなんやろか…（おぉい」 常連客も心配していた。 あるまじろ「お互い、無言で帰ってきたりして……にゃ〜〜〜〜〜〜(／／／／ ＜照れてる(笑」 Ｍｒ．Ａによく似た客（別人である）も笑いながら会話に加わっている。 トシヤ「ふ…ふたりの間に一体何が！？Σ（￣□￣；」 あるまじろ「なにがって……いや、その…ナニが？」 茜屋「ナニって……ナニでしょう」 真緒「あの一角が不穏です」 ９号「あれってセクハラじゃないですか」 １３号「追い出しちゃおうか」 店では、先月からアマゾンに食材探しに旅立ったふたりの話題で持ちきりだった。 無理もない。 チャーシュー抜きのチャーシューメンなどという冗談を真に受けて、こともあろうにアマゾンまで旅立つことが非常識なのだ。その経過が気になるのも仕方がないことだった。 しかし、常連客はもとより、残された者たちの興味は、食材に関することばかりではなかった。 いや、むしろ、こちらがメインというべきか。 美王とＭｒ．Ａといえば、犬猿の仲、というよりもお互いに宿敵といっていい間柄である。終始いがみあい、罵り合っている。だが、それが、妙に仲が良いように見えるのもまた事実だった。 ゆうひ「美王ちゃん……オンナになって帰ってきたりしてな」 トシヤ「ゆうひ、いつのまに来た？」 ゆうひ「あの二人、実は惹かれあっとるんや。それに気づいていないだけ。この旅行でナニかあるとええがな――」 そのとき、店の扉が大きく開いた。 Ｍｒ．Ａ「ナニがあるって？」 美王「………」 そこには、話題の中心人物であるＭｒ．Ａと、それに隠れるように縮こまった美王の姿があった。 ゆうひ「なあなあ、美王ちゃん…真っ赤な顔して…一体どーしたんや？」 気になって仕方がないゆうひ。 ゆうひ「ん〜…黙ったままやとわからへんで？」 美王「……」 帰ってきてからも美王はひとりでいることが多かった。 ナニかあったのでは、と察する周囲の者はなかなか声を掛けづらかった。（ゆうひ除く） 真緒「夜風にあたりつつ、溜息をつく美王様……重症です」 奈緒「どーしたのかなぁ」 ９号「これは、何かあったと見るべきでしょう」 美皇「……わたしが聞いてみよう」 いつのまに店に来たのか、美王の上司であり姉的な存在でもある美皇が自信ありげに呟く。 ベランダで風にあたっている美王に、ゆっくりと近づく美皇。 美皇「月が綺麗だな」 美王「あ、美皇さま」 美皇「月面基地においてきた、ハムスターたちは元気だろうか」 美王「……どうでしょう」 美皇「先日、はじめてラーメンを食べたが、あれは美味いものだな」 美王「……そうですね」 美皇「……」 美王「……」 美皇「…………」 美王「……美皇さま」 美皇「…え！？ なんだ？」 美王「――痛いって……本当なんですね……」 美皇「え」 影からそれを眺めていた者達の顔色が変った。 真緒「い、痛いってことは、つまり、あの、その」 トシヤ「全く…」（嘆息 ゆうひ「Ａさん…ケダモノ…」（白い目 美皇「い、い、痛いって……つまり……」 美王「したが」 美皇「――！」 美王「なんか、ひりひりして……ん？ 美皇さま？」 美皇「……」 美王「なに顔真っ赤にして……もしかして何か勘違いしていませぬか」 美皇「美王……ちゃんと避妊したのであろうな」 美王「ひに……え？」 美皇「気持ちいいからといって、怠ってはイカンぞ！」 美王「あのあのあのあの……」 美皇「それにしても、Ｍｒ．Ａ、奥手のようでなかなか……」 美王「美皇さま、ストップ」 美皇「なんだ？」 美王「全力で勘違いしております」 美皇「だって、したが痛いって」 美王「はい、舌が」 べろんと、舌を出す。 美皇「……」 美王「アマゾンの食材を引き立てるために、ラーメンスープを激辛にしたんです。もう、舌がひりひりして……」 全力でずっこける皆。 トシヤ「…確かに誤解を受けそうな言い回しや…紛らわしい」（−−； ゆうひ「いや…でもなー…（Ａさんが美王ちゃんに）手を出してへんって可能性はまだないし…」（マテマテマテ 美王「勘違いも甚だしい。だいたい、私と奴がどうにかなるわけがなかろう」 真緒「びっくりしましたー」 奈緒「わたしもー」 １３号「でも、アマゾンではずっと一緒だったんでしょ？」 美王「まぁ、そうだが……」 １３号「もしかして、Ａさんって○○○？」 美王「そんなことあるか」 ９号「しかし……」 ９号は美王の顎に手を当てた。 ９号「きめの細かい白い肌……丸顔なのが少々色気を減じているものの……」 美王「おおきなお世話だ」 ９号「まず、愛らしいといって良かろう」 美王「………」 ９号「このような少女と四六時中一緒にいて、欲情しないのはオカシイのでは？」 美王「……そ、そうなのかな？」 トシヤ「いや…でもうちはゆうひがいいし」…（ぉ ゆうひ「なにゆーてんねん！」Mヘ（ ・＿・）『ハリセン・アターック！』（ ・＿・）＿W )o°)∴ (スッパーン！）＜トシヤ トシヤ「いってー！」 ９号「なにか、兆候は感じられなかったですか？」 美王「そんなこと言われたって……」 ９号「ふむ」 １３号「ここはもうひとつの可能性を考えてみるべきではないかと」 真緒「なんですか？」 １３号「実はＡさんは男色だった、という可能性」 真緒「な、なるほど！ それなら美王さまに手を出さなくっても納得がいきます〜〜」 奈緒「見事な推理なのだー☆」 トシヤ「ふむふむ…Ａ氏は○モ…と。φ（。。）めもめも…」 ゆうひ「なにメモっとんのやー！」 トシヤ「いや…だって…なあ？」 ゆうひ「『なあ？』ってなんや？『なあ？』って…」（呆 トシヤ「だから、Ａ氏がホ○って…」 ゆうひ「うちはちゃうと思うけどなー…」 トシヤ「まあ…そうだろうな…」 ゆうひ「そー思ってんならなんでメモったりしてん」 トシヤ「いあ…ネタ」（核爆 ９号「Ａさんが男色でないとしたら、美王さんが無事であった事実をどう受け止めるんですか！」 真緒「待った！ 検察側は問題を摩り替えています」 ９号「美王さんとＡさんの間になにもなかったのは周知の事実です」 真緒「意義あり、伝聞です！」 １３号「なんか、逆転裁判ごっこやってるよ……」 茜屋「まぁ、好きにしたり。それはそうと――美王」 美王「うゆ？」 茜屋「本当になにもなかったのか？」 美王「なかったよ！」 茜屋「では、私は新しい可能性を模索しよう」 １３号「新しい可能性……？」 茜屋「Ｍｒ．Ａが不能でも、男色でもないもうひとつの可能性――それは……」 １３号「それは……？」 茜屋「Ｍｒ．Ａは女性だった！」 １３号「……はい？」 トシヤ「ふむぅ…その可能性があったか…」 ゆうひ「盲点やったな…確かに」 トシヤ「しかし…誰が確かめるんや？」 ゆうひ「え゛……」（−−； 茜屋「どうやって確かめよう。覗くか、触るか……なんかどっちもやだ」 トシヤ「真雪さんのカメラで隠し撮り…ってのは？」（ぇ ゆうひ「それより、あんたが風呂かなんかに誘ってみたら？」 トシヤ「ああ、そっかそーゆー手も…って、ええっ！！」 ゆうひ「なんか、問題でも？」 トシヤ「まあ、銭湯にでも誘うか……」（＾＾； トシヤ「お〜い…だれも居ないんか〜？」 ゆうひ「居らんみたいやねぇ…」 トシヤ「仕方がない……それじゃ…」 ゆうひ「それじゃ？」 トシヤ「ゆうひ、一緒に……（スッパーーーン！！）」 ゆうひ「……（無言で顔面にハリセン・スマッシュ）」 トシヤ「Ｑ〜〜〜〜〜…」 茜屋「なるほど、お風呂か……それならば……」 トシヤ「ええ案やろ」 茜屋「しかし、問題はＭｒ．Ａだけを誘うと疑われるということだ。ここはひとつ目立たないようにせねばならん」 美緒「どうするのだ？」 茜屋「知れたこと。全員を誘う」 『美緒美緒団主催・温泉ツアー』 １３号「なんか、こんな手紙が来てるけど……」 真緒「温泉？」 奈緒「おー、温泉〜♪ 露天風呂〜♪ ジャグジー、あかすり、韓国式マッサージー〜〜♪」 美皇「ちょうど、ラーメンの話題もひとくぎり付きましたし、いいんじゃないですか？」 美王（……陰謀の匂いがする……） 〜第二部「温泉旅行〜茜屋の淫望編〜」〜 ゆうひ「〜♪〜〜♪〜♪」 トシヤ「なんだ？えらく機嫌ええやんか…なんかあったか？ゆうひ。」 ゆうひ「やぁ〜、だって温泉なんてひっさしぶりやもんな♪しかもタダや！」 トシヤ「タダねぇ…なにもないとええけどな…」（＾＾； ゆうひ「そんなこと言うとらんと楽しまんと損やで？」(笑 トシヤ「まあな…そりゃそうなんやけど…」 ゆうひ「やろ？」（笑顔 茜屋「を♪ さっそく、トシヤさんから参加表明が」 美皇「ゆうひさんも参加ですね」 茜屋「わ！ びっくりした。いつからいたんだ？」 美皇「うふふ、知ってるくせに」 ふいに流し目でしなだれかかる美皇。 なんか、キャラが固定しないうちに危ない奴になってきている。 茜屋「まぁ、いい。あんたも来るんだろ？ 参加予定にしておくぞ」 美皇「あ、行っていいのね」 茜屋「無論。今回は旅館を美緒で埋め尽くす」 美緒美緒団の連中はもれなく誘ってある。 なにしろ、「美緒美緒団主催」なのだ。 睦月「茜屋隊長！ 旅館の手配、完了しました！」 茜屋「ん、ご苦労」 ひとみ「送迎バスもチャーター出来ました！」 神無「各種イベントのスケジュールを組んでみましたが……」 次々と報告に来る美緒美緒団の一行。 たんなるクローンに過ぎなかった頃が嘘のように自我が芽生えている。 美皇「……茜屋、いつのまにこいつらを飼いならした？」 ゆうひ「そーと決まったら準備や！」 トシヤ「そうだな…」 ゆうひ「ハンディカラオケはどーする？」 トシヤ「持ってけば？」 ゆうひ「そやね♪」 トシヤ「ああ…」 ひとみ「旅館は『旅館・向日葵』です。西側に日本海、東南側は山々に囲まれる風光明媚な場所ですっ！」 茜屋「うむ、でかしたッ！ 食事は海の幸、山の幸が楽しめるわけだな」 ちゃくちゃくと準備が進められる。 茜屋「Ｍｒ．Ａに美王……さざなみ寮のみんなも全員参加だな、よしよし。こりゃあ、貸切だな」 すっかり幹事の茜屋。 だが、皆は忘れてしまったのだろうか？ 茜屋という男がなんの目的もなしに温泉旅行など企画するだろうか。 もし彼が邪悪な目論見を持っていたとしたなら……（確か、Ｍｒ．Ａの性別を確認する目的があったはずであるが、そんなことはすっかり忘れているような……） いったい誰がそれを制するのだろう？ 不穏な夜が暮れていく。 そして、旅行の朝が明けた―― Ｍｒ．Ａは考えた。 茜屋が温泉旅行を企画した。なんらかの意図があってのことに違いない。 前回、佐渡島で運動会の開催を実現させた奴のことだ、今度はどんな催しを企んでいるか…… 運動会に水泳大会の次だ。 みだらな妄想が次々と去来する。 Ｍｒ．Ａ「どんなことがあろうと、美王の純潔は俺が守らねば」 声高に宣言するＭｒ．Ａ。 その頭に大きなクッションが飛来する。ぼふっ。 美王「誤解を生むような発言はするんじゃない！」 Ｍｒ．Ａ「なんだ、いたのか」 美王「ただでさえ、先日のアマゾンの一件でただならぬうわさがたっているのだ。不用意な発言は謹んでくれ」 Ｍｒ．Ａ「つれないな」 美王「涙目したって、駄目だ！」 Ｍｒ．Ａ「そう邪険にするな。たいした実害もないだろう」 美王「変な噂をたてられるのが嫌なんだ！」 Ｍｒ．Ａ「ふむう、聞いたことないんだよな、どんな噂なんだ？」 美王「え？」 Ｍｒ．Ａ「だから、どんな噂なんだ？」 美王「えっと、あの、わたしとおぬしが、その、付き合っているとか……」 Ｍｒ．Ａ「それがそんなに嫌か？」 ふいに悲しそうな表情をつくる。 美王「……い、いや、嫌とかいうんじゃなくて……ごにょごにょ（汗）」 そのやり取りを遠くで覗き見している影があった。 真雪「うまいなぁ、Ａの奴」 リスティ「落ちるのも時間の問題かな？」 ひとみ「さぁ、皆さん、旅館へは貸切バスで向かいます。お酒もカラオケも完備しています！」 おお〜〜〜っ！！ と歓声があがる。 さざなみ寮前には大きなバスがすでに到着しており、さざなみ寮の面々や、美緒美緒団一行、トシヤ氏やＭｒ．Ａが次々と乗り込んでいく。 ゆうひ「さぁ〜、うたいまくるで〜♪」 トシヤ「お手柔らかに…昨夜うたい切りうたってきたから俺はゆっくり聞かせてもらうよ」 ゆうひ「え〜っ！うちにナイショでそんなことを…ズッコいで〜」 トシヤ「すまんかったな…なにしろ急に決まった事なんで…」 ゆうひ「次はうちもやで〜」 トシヤ「ああ、わかってるって…」（＾＾； 茜屋「送迎バスのなかですでに、ゆうひさんは思いっきり飛ばしているな」 神無「トシヤさんはお疲れのようですが」 茜屋「麗しのアルトシンガーのトシヤさんの歌声が聞けないのは残念だ」 バスの中は、すっかり宴会場と化していた。 真雪「車中に冷蔵庫があるのは感心だ。ビール冷え冷え♪」 五月「まぁ、予想の範疇でしたから」 瞳「わたしたちも参加して良かったんですか？」 ななか「なんか部外者っぽいですけど……」 茜屋「あー、人数多いほうがハプニングとか多そうでいいし」 ななか「はぁ……」 瞳「それにしても……圧巻ですね」 ななか「美緒ちゃんがいっぱい……」 ふたば「ボクたちクローンだから、容姿が同じなのは勘弁ねー」 五月「一応、Ｔシャツに名前うっときましたんで、それで判別していただけますか！」 睦月「慣れれば判ると思うよー」 茜屋「うむ、人格の違いにも個性が出てきたようだ」 瞳「２０人もいるんですか……」 茜屋「リストを渡しておきましょう」 美緒美緒団：仕様人格マトリクス対応リスト Ａ．真緒：遠野秋葉（月姫） Ｂ．奈緒：茶ノ畑珠美（まほらば）＋柏木千鶴（痕）＋琥珀（月姫） １．ひとみ：槙原愛（とらいあんぐるハート２） ２．ふたば：月宮あゆ（Ｋａｎｏｎ） ３．睦月：大庭詠美（こみっくパーティー）＋マルチ（To Heart） ４．神無：十六夜（とらいあんぐるハート２） ５．五月：神咲薫（とらいあんぐるハート２） ６．夕凪：椎名ゆうひ（とらいあんぐるハート２） ７．潮騒：長森瑞佳（ＯＮＥ）＋黒崎朝美（まほらば） ８．月詠：アルクェイド（月姫） ９．眷王：シエル（月姫） 10．唱：フィアッセ（とらいあんぐるハート３） 11.所縁（ゆかり）：上月澪（ＯＮＥ） 12.朝霧：長谷部彩（こみっくパーティー） 13.結（ゆい）：宮内レミィ（To Heart） 14.翼：仁村知佳（とらいあんぐるハート２） 15.美月：氷室恭子（ＥＶＥ） 16.此葉（このは）：塚本千紗（こみっくパーティー） 17.近衛（このえ）：白河ことり（Ｄ．Ｃ．〜ダカーポ〜） 18.椿：蒼葉梢（まほらば） 19.離音（りおん）：アル・アジフ（斬魔大聖デモンベイン） 20.セブンデイズ：謎 瞳「睦月、神無、五月、ふたば、ひとみ……あ、わたしと同じ名前……」 ひとみ「えと……宜しくです……」 瞳「あ、こちらこそ」 美緒美緒団の一行は、徐々に人間生活に慣れつつあった。 Ｍｒ．Ａ「社会適応という点では一歩先をいっているはずだが……この分ではいつ追い抜かれるかわからんな」 美王「誰のことだ？」 Ｍｒ．Ａ「誰って……ん？ 美王、お前、酔ってるのか？」 美王「なんだと？ わたしがこれしきのアルコールで酔うはずがなかろう？」 真雪「――って、確かにウメッシュ１杯だけなんだけど」 Ｍｒ．Ａ「真雪さん……酒をすすめるときは私に確認して下さい」 真雪「を♪ 独占か？」 Ｍｒ．Ａ「いや、アマゾンで経験済みなんですが、こいつ、アルコールが入ると……」 美王「うふふふふふ……（/////）」 真雪「！？？？」 美王「乳でか眼鏡〜〜〜〜、なに食べたらこんなに大きくなるのかーー！？」 真雪「ちょっ……こ、こら触るな、撫でるな、吸い付くなーー！」 Ｍｒ．Ａ「からみ上戸なんだよ……」 真雪のシャツを剥ぎ取ろうとする美王。 普段セクハラ魔王の真雪も立場が逆になって、さすがにうろたえている。 神無「バスのなかでストリップはご遠慮下さい〜〜〜！」 茜屋「うむ♪ 出だしとしてはまずまずだな☆」 トシヤ「とりあえず…たまにはマイクを譲れよ？」（ぉ ゆうひ「大丈夫やって〜マイクはまだあるから♪」 トシヤ「そーゆー問題でもないと思うが…」 ゆうひ「な、次はデュエットうたお、デュエット♪」 トシヤ「はいはい…お付き合いしましょう…」（苦笑 ゆうひ「なあなあ、次何歌おか？」 トシヤ「ん〜そーやなぁ……これなんかどうや？」 ゆうひ「どれどれ？…うんうん、おっけーや♪」 トシヤ「じゃ、おれにもマイクを…」 バスは山間の林道を登っていった。初夏の新緑が目に眩しい。 吹き抜ける風には潮の香りも混じっている。山を抜けると海が開けるのだ。 茜屋「もうすぐ到着です」 茜屋がマイクを取ってアナウンスした。 バスの中では、酔っ払った真雪を最後尾の座席に寝かせているほかは、窓の外のさわやかな風景を楽しんでいる。 美王「なんだか、すさんだ心が洗われるようだ」 真緒「美王さま、ずっと大変でしたものね」 美王「ああ、ラーメン屋を切り盛りするのも、あれはあれで楽しいんだがな」 ふっと、このうえなく優しい笑顔になる。 真緒（……美王さま、なんかすでに熟年の域に達してませんか） ゆうひ「おや？美王ちゃん、疲れて寝てもーたか？」（笑 トシヤ「そうみたいやな…」（苦笑 ゆうひ「こーして見てると歳相応の寝顔なんやけどねぇ…」 トシヤ「ああ…苦労してきてるみたいやしなぁ…」（＾＾； ゆうひ「うんうん…そろそろ報われてもえーんとちゃうかな〜？…とか思うんやけどねぇ」 トシヤ「例えば、どんなんや？」 ゆうひ「幸せにしてくれる男性（ひと）と一緒になる…とか」（笑 トシヤ「おいおい……」（滝汗 夕凪「ゆうなぎで〜す♪」 潮騒「しおさいで〜す♪」 夕凪＆潮騒「二人合わせて、美緒美緒団工作隊で〜す☆」 そっくりなので、さすがに息が合っている。 茜屋「初めて名前が出てきたのに目立っているな、お前等」 夕凪「たいちょ、それはいいっこなしんこやー♪」 潮騒「うん、目立つことはいいことだよっ」 一行は旅館向日葵に着いていた。 長時間バスに揺られていたため、大半は部屋で寛いでいる。 とくに、美王は普段の疲れが出たのか、ぐっすりだった。 茜屋「お前達、わかっておろうな」 夕凪「がってん承知の介や♪」 潮騒「にゃはは、工作隊は、策略練るのが仕事だよっ」 茜屋「幸い、美緒だらけだからな……お前達が活動していても見咎められる可能性はすくない。夜の大宴会でまずは最初のミッションを開始する」 潮騒「らじゃ〜だよっ」 夕凪「うまくいくとええなぁ」 トシヤ「やっと、着いたよーやな…」 ゆうひ「せやねぇ…なんか何日も経ったみたいやねぇ…」（笑 トシヤ「ま、とりあえず無事には着いたからよしとしよう…」 ゆうひ「（荷物を整理しつつ…）なぁ？宴会まで何する？」 トシヤ「温泉宿に来たら、まずは『温泉に入りに行く』のはデフォやろ？」 ゆうひ「そらせやな…確かに正論や…」（苦笑 トシヤ「露天はあったんだったかな？この旅館は…（館内パンフを探す）」 ゆうひ「あるとええねぇ〜♪」 Ｍｒ．Ａ「せんせー、向日葵は混浴ですか(爆）……まて、男って、数えるほどしかおらんではないかｗ」 耕介「なんともはや、な状態ですね」 トシヤ「なんや、先が思いやられるなー」 耕介「女の子たちは１フロア貸切状態らしい」 美食獣「人数が多いですからね、仕方がないでしょう」 耕介「男は少ないから寂しいな、はは」 男性陣に割り当てられた部屋はふたつだ。 扇の間：耕介・御架月・美食獣・トシヤ 草薙の間：支配獣・Ｍｒ．Ａ・茜屋 トシヤ「なんや…うちとゆうひは別部屋かい…」（アタリマエダ Ｍｒ．Ａ「あれ？ 巨大獣はどうした？」 茜屋「あいつは女性陣の仲間入りしている」 支配獣「十二聖獣のなかでも、あいつだけは無性体だからな。まぁ、いいんじゃないか？」 美食獣「さて……宴会のまえにひとッ風呂といきませんか」 耕介「いいですね」 茜屋「南館の奥が大浴場になっています。もう、トシヤさんは出かけたようですよ」 大浴場。 温泉旅館の目玉といえるだろう。 とくに、ここの大浴場には仕掛けがあった。 大浴場は、いくつかの区画に分かれている。 ジャングル風呂、洞窟風呂、露天風呂……ｅｔｃ。 入口から最初に入るのはジャングル風呂だ。そして、男女が分かれているのも、ジャングル風呂だけだった。 内部は複雑に入り乱れ、男湯から女湯へ、女湯から男湯へと出入り自由なのである。 これは別に茜屋が意図したことではない。 茜屋（ふむ……しかし、この環境を利用しない手はないか……） 茜屋は、こっそりと無線機のスイッチを入れた。 茜屋「バーミリオンより、エクソダスへ。作戦変更だ。ミッション１は大浴場で仕掛ける」 ＲＹＯ「いらっしゃいませ、ようこそお越し下さいました。私、当旅館の板長をさせていただいております陵と申します。気軽にＲＹＯとでもおよび下さい」 茜屋「あ、ＲＹＯさん。」 Ｍｒ．Ａ「…そうか、向日葵ってＲＹＯさんの実家だったのかｗ」 おさかな帝國で何度か顔を合わせたＲＹＯさんだ。 なんという偶然だろう。 茜屋「実は、ＲＹＯさんの計らいで安く旅館を借りられたんであって、偶然でもなんでもないんだがな」 耕介「なるほど。お世話になります」 ＲＹＯ「いえ、いえ」 女の子達の大半は大浴場に行ったらしかった。 どうやら、男性陣も同様らしい。 なにかハプニングがあることは想像にかたくないが、そこは夕凪と潮騒にまかせて、茜屋は幹事として宴会の段取りに厨房に向かった。 すでにお風呂から出て、暇を持て余している美緒がくっ付いて来る。 茜屋「この旅館の板長はな、たいした腕なんだ」 美緒「料理がうまいのか」 茜屋「達人レベルだな」 宴会を成功させるには、美味い料理が不可欠だ。 料理が美味ければ酒もすすむ。 美食獣「それは楽しみですね！」 茜屋「わ！ どこから沸いて出た」 美緒「ボウフラのような奴なのだ」 いつのまにか背後に美食獣が立っていた。 前回の『佐渡島ラーメン紀行』で謎めいた登場の仕方をしたものの、なんのイベントも起きずにラーメン屋にアルバイトになって幕を閉じたスカポンタンである。 美食獣「失礼な」 茜屋「本当のことだろう。巨大獣は第１話のメインだし、支配獣は第２話で一時的とはいえ、としまえんを支配した。輝かしい記録だ」 美緒「なんにもないのはお前だけなのだ」 茜屋「まったくだ。お前にレギュラーを張る資格はない」 美食獣「なんだか、悲しくなってきました」 それでも顔は不敵な笑みを絶やさない。憎らしい奴だ。 美食獣「わたしとていろいろ調べているのですよ。美食獣の名はだてではありません。旅館向日葵のチーフシェフ・陵といえば、その道で知らぬ者はいない」 茜屋「噂には聞いていたが、そんなに凄いのか」 美食獣「彼ならチャーシュー抜きのチャーシューメンを作れるかもしれません」 茜屋「おお！ 話題が原初に戻った！？」 ＲＹＯ「むむぅ…チャーシュー抜きのチャーシュー麺ですか……どうでしょうかね…（＾＾；」 苦笑するＲＹＯ。 Ｍｒ．Ａ「そうーいや、頼んだよ―な覚えがｗ 秘密の食材はどーなったんだろう(爆」 こちらは、そんなことはすっかり忘却の彼方である。 潮騒「いいお湯です〜♪」 薫「まったく。日ごろの疲れが取れていくみたい」 潮騒「薫さんは退魔のお仕事で大変なんですね〜」 月の見える露天風呂。 大勢の美緒美緒団や、さざなみ寮の面々がゆっくりと身体を伸ばしている。 あちこちで、「はぁ〜♪」だの、「あふあ」だの言う声が聞こえるのはその筋の者にとっては妙にえちくさいが、ここではそれを咎めるものもいなかった。 潮騒「ときに、薫さん」 少し離れたところで、なんとなくふたりで夜空を眺めるシチュエイションになった潮騒と薫。なんとなく会話を始める。 潮騒「薫さんは退魔師さんなんですよね〜？」 薫「はぁ、そうですが……」 潮騒「尊敬しちゃいますです〜〜☆」 ぺったりとすりよってくる潮騒。 美緒そっくりの顔には不釣合いなほど豊かな胸が、むにゅうと薫の背中で形を歪める。 美緒美緒団が不完全なクローンたる所以である。顔こそ美緒に瓜二つでも性格、身体つき、行動パターンなど個性ありまくりなのだ。人格マトリクスについても基本となっているのみで、さまざまな変化が生じている。 薫「ちょ……あんまべたべたせんと……」 潮騒「？」 天然なのか、演技なのか、潮騒はまるで意に介した様子はない。 真雪とはまた違ったセクハラ（？）攻撃にうろたえる薫。 夕凪（潮騒……おそるべし） 岩風呂の影から潮騒の戦果を見守る夕凪。 こちらもさすが公称９３のゆうひを人格マトリクスに持つだけあって見事にバスタオルを持ち上げている。 夕凪（こっちも動かんと……） 夕凪は、つと後ろを振り返る。 そこには、美緒美緒団19の離音がいた。 彼女はタイルの隙間から白い粉末の薬を取り出す。 夕凪（準備はいい？） 離音（問題ない） 不穏な笑みを浮かべつつ、離音は薬の袋をちらちらと揺する。 夕凪（それは？） 離音（これは、ぺたぺた薬だ） 離音の魔導の力で生み出した悪魔の薬である。 その名のとおり、母性の象徴たる豊かな胸を、ぺたんこにしてしまう摩訶不思議な作用をもつ。 さざなみ寮の面々には、乳のでかい娘が多い。その娘たちが突然ぺたん娘になってしまったらどうなるか？ 純然たる好奇心が実験を開始しろ、と囁く。 夕凪（離音……個人的怨嗟はいっとるよーな……） 離音（うるさい。おぬしも試してみるか？） 忘れられた第二次性徴と謳われた美緒美緒団屈指のつるぺた娘は、瞳に嫌な光を湛えている。 離音（これを、こうしたらどうなるか……♪） 夕凪（……） 薬を浴槽にさらさらと振り撒いた。 個人差はあるものの、皮膚吸収でかなりな効果が出るはずだ。 離音（うふふふふふふふふ） 押し殺した笑い声が、夜闇に消えていった。 が、企ては簡単には成功しない。 振りまいた薬はすんでのところで、旅館向日葵の従業員に回収されてしまった。 ＲＹＯ「あの…申し訳ありませんがうちの温泉に妙なもの入れないでいただけますか？（−−#」 呼び出されて正座させられる茜屋。 ＲＹＯ「まったく…次にこんなことしたら他のお客様（いたのか？）に迷惑になりますんで出ていってもらいますからね？」 しこたま説教を受けて、げんなりして帰ってくる。 茜屋「陵さんにしこたま怒られた」 真緒「妙なことばっかりするからですよ」 茜屋「やったのは離音と夕凪だ」 真緒「やらせたのは茜屋さんでしょう」 奈緒「そもそも目的はなんなの？」 茜屋「ぺたぺたは人類の宝という人もいる。（ででん♪さんとか）」 真緒「……それだけ？」 茜屋「うん」 真緒「奈緒ちゃん、茜屋さん、縛っておこう」 トシヤ「とりあえず庭でも散策するか…」 ゆうひ「せやねー♪」 ふたりして、いそいそと庭にでる。 ゆうひ「えー感じの庭やね…」 トシヤ「そうやな…綺麗やな……」 ゆうひ「うんうん…」 トシヤ「庭も綺麗やけど（小声）お前もな…」 ゆうひ「ん、何か言ったか？」（振り返る トシヤ「な、何でもない！」 ゆうひ「へんなの…」 トシヤ「あっち行ってみようか…」 ゆうひ「うん、えーよ♪」 ゆうひ「ん〜…なんか人気がなくなってへんか？」 トシヤ「べ、別にそんな事はないんじゃないかな？」（ギクギク ゆうひ「もしかして、なんか変な事考えてる？」（ ；¬ ¬） トシヤ「そんなこと考えてるワケあらへんやろ？」（ミョーにわざとらしく ゆうひ「ホンマか？」更に（ ；¬ ¬） トシヤ「（’’）（。。）（’’）（。。）」（コクコク ゆうひ「ま、信じといたろ♪」（苦笑 トシヤ「おおきにな（笑 そろそろ戻るか…？」（ぇ？ ゆうひ「もう、戻るん？」 トシヤ「いや、あっちの明るい方へ戻るか？…ってな」（苦笑 トシヤ「人気のないのは嫌なんやろ？」 ゆうひ「う〜ん…じゃ、戻る前に……」（手招き トシヤ「なんや？」 ゆうひ「………」（CHU♪（爆 トシヤ「…………」（絶句 ゆうひ「あはは……じゃ、戻ろか♪」（照 トシヤ「あ、ああ……」 ところかまわず、いい感じの二人もいた。 茜屋「旅館の板長といえば、神も同然。陵さんの意向に沿わぬことは出来ん」 夕凪「薬はあかんのですかー……」 離音「残念だ」 茜屋「まぁ、効果があっても裸ひんむいてみないと確認できんしな。そういう意味じゃあんまり面白い方法じゃなかった」 夕凪「ぶー」 潮騒「あたしは別に迷惑かけてないもン♪」 茜屋「いや、誰も口に出せないだけではないか？」 潮騒「そんなことないもん。潮騒には愛があるんだよ！」 茜屋「よけいたちが悪い」 茜屋「客に迷惑をかけずにワタシが楽しむ方法はないものだろうか」 夕凪「基本的に隊長は人に迷惑をかけて生きてますもんね」 離音「しかり」 茜屋「失礼な。それは結果論だ」 夕凪「一度くらい、世のため人のためになることでも考えたら、ええんちゃう？」 茜屋「苦手分野だなー」 潮騒「だよね〜☆」 ＲＹＯ「とりあえず食事の準備ができましたが…大広間の方でよかったですね？」 夕凪「宴会が大広間ではじまるでー」 潮騒「早く行くです〜♪」 茜屋「……」 夕凪「茜屋さん、どしたんや？」 茜屋「それだ！！」 潮騒「わ、びっくり」 茜屋「宴会だ！ 宴会があるんだッ！」 夕凪「はぁ……」 茜屋「宴会といえば……」 潮騒「宴会といえば？」 茜屋「隠し芸大会だッ！！」 それを影から見つめる男がいた。 Ｍｒ．Ａ「奴め……また妙なことをたくらんでやがる」 美王「芸か……」 トシヤ「食事らしいぞ？」 ゆうひ「そーらしーな」（笑 トシヤ「『また』茜屋さんが騒いでるぞ？」（苦笑 ゆうひ「いつものことやん、早よ行こ♪」 ＲＹＯ「順にあがっていくからな…ちゃっちゃと運んでいってくれ」 仲居Ａ「はい〜〜♪」 仲居Ｂ「あの宴会場、面白いから行くのが楽しみよねー」 Ｍｒ．Ａ「隠し芸……『隠しゲイ』でないだけいいのかも(笑）……酒が入ってすると、なんでも拍手をうけるアレだなｗ。例えば、一升瓶の一気とか、そんで、ソノ勢いでＫＩＳＳとかすると、もーアナタはヒロイン♪」 茜屋「Ａの奴もいい具合に暴走しかけているな」 トシヤ「『隠し芸』ねぇ…」 ゆうひ「『隠し芸』かぁ…」（同時に 二 人「なにやる？」（またも同時に ＲＹＯ「ううむ…豚肉から麺を作り、叉焼自体は乗せずに…というのはどうだろうか？（悩み中＜チャーシュー抜きのチャーシューメン）」 ……と考えつつも手は宴会用の料理を続けている（ぉ）。さすがはプロの板前であった。 Ｍｒ．Ａ「お前らはなんか隠し芸考えたのか？」 真緒「え」 奈緒「わたしたちもやるの〜？」 Ｍｒ．Ａ「当たり前だ。茜屋なぞに優勝されてみろ。なにが起こるかわからん」 真緒（どうせ、たいしたことじゃないと思うけど……） Ｍｒ．Ａ「芸は身を助けるという。芸を磨いておけばきっと助かる」 真緒「なんだか、よくわからないですが……こういうのは、どうですか？ 奈緒」 奈緒「はい〜♪」 真緒が手をあげる。 奈緒が手をあげる。 ぴったりと手と手を重ね合わせる。 つい。 つい。 左右対称に窓ガラスを磨くような仕草を続ける。 真緒「えと…か、かがみ」 奈緒「鏡〜☆」 Ｍｒ．Ａ「……」 真緒「どですか」 Ｍｒ．Ａ「……お、お前らぁ！！ なめとんのかーッ！！！」 奈緒「ひゃあ」 真緒「Ａさんが切れた」 Ｍｒ．Ａ「いいかぁ！ 芸とはなぁ！ 芸とは身を粉にしてやるもんだッ！ そんなもって生まれた特性をアテにしてどうするッッ！！！」 真緒「ごめんなさい、ごめんなさい！」 Ｍｒ．Ａ「ええい、俺が手本を見せてやるッ 美王！」 美王「な、なにっ！？」 大仰に両手を大きく振りかぶって、歌舞伎役者のような仕草をするＭｒ．Ａ。 イキナリ名前を呼ばれた美王は当惑気味だ。 Ｍｒ．Ａ「馬をもて〜〜〜ッ！！」 美王「そんなもん、いるか！」 もう、なにがなんだか分からない。 トシヤ「さてと…うちらは『夫婦ドツキ漫才』でもやるか？」（ぇ ゆうひ「阿呆な事言っとるんや、なぁ〜〜〜い！」（スッパーーーン！！） 美王「いったい、なんで馬！？」 Ｍｒ．Ａ「芸といえば馬だろう」 美王「ごめん、その感覚わからない」 Ｍｒ．Ａ「こう、馬に乗って矢を射たり、馬をあたまから飲み込んだり……」 真緒「前者はともかく、後者はやれるもんならやってみろって感じですね」 奈緒「奇人変人大集合ですね♪」 美王「お前、わけわからなさが、支配獣とか茜屋に似てきてないか？」 Ｍｒ．Ａ「――ッ！」 脳天を叩き割られたようにショックを受けるＭｒ．Ａ。 Ｍｒ．Ａ「すまない、俺が間違っていた」 美王「あれ、けっこう素直」 Ｍｒ．Ａ「あれだ、じゃあ、手品にしよう」 真緒「妥当な線ですね」 奈緒「人体切断とか、できそう♪」 箱の前後に、真緒と奈緒を入れれば出来そうだ。 Ｍｒ．Ａ「それでは面白くない。やはり大魔術といえば、ヒキタテンコウだろう。こう、両手両足を手錠で拘束して、身体をロープでぐるぐる巻きに縛ってだな、鎖でがんじがらめにした箱のなかに入れる」 美王「なんだか、すっごく嫌な予感が」 ゆうひ「おお！大脱出モノやな？」（ニヤソ トシヤ「結構、面白そうだが…で、誰がやるんだ？」 皆の注目がＭｒ．Ａに集まった。 まあまあ、と手を振るＭｒ．Ａ。 真緒「で、誰がそれをやるんですか？」 Ｍｒ．Ａ「決まっているだろう。手品の花形といえば女性だ」 皆の視線が美王に集中した。 美王「な、なんだ？ 何故みな私を見る」 真緒「Ａさんのパートナーといえば美王さまですし……」 奈緒「ヤラレ慣れていることだしー☆」 無慈悲な意見が飛び交う。 Ｍｒ．Ａ「決まりだな」 そそくさと箱や手錠を用意するＭｒ．Ａ。 美王「ちょっと待て！？ トリックは？ 私、なにも教わってないーッ！！」 Ｍｒ．Ａ「そこはそれ」 美王「返事になってないーーーーッ！！！」 ゆうひ「そっか…美王ちゃんやっぱ（Ａさんに）ヤラレなれてんのか…」（おお？ トシヤ「祝えばいいのか？この場合…」（ダマレ ゆうひ「どないしたらえーんやろねぇ…」（ダカラダマレ ゆうひ「美王ちゃんとＡさんは『（生涯の）パートナー』…っと」φ（。。）めもめも（メモルナ トシヤ「このまま『（Ｍｒ．Ａと美王の）婚約記念宴会』にでも突入するのか？」（シツコイ ＲＹＯ「なに？今から『祝宴料理』に切り替えか？（オマエモカ）」 宴会はいいように盛り上がりを見せていた。 ことのおこりからそうであったように、Ｍｒ．Ａと美王が中心となって（からかわれて？）、話題は推移する。 だが、それを遠くから涼しい瞳で見つめる者もいたのだ。 美皇「……聞き捨てならない噂を聞きました」 支配獣「美王さまが結婚なさるとか」 美皇「当然、相手はあのＭｒ．Ａなのでしょうね」 支配獣「そのようですな」 美皇「としまえんのときにも、彼には言ったはずです。美王が欲しくば、わたしを納得させよ、と」 支配獣「あー、そんなこともありましたかな」 美皇「彼には試練を受けてもらいましょう。それを乗り越えてこそ、愛しい人を手にすることが出来るのです。支配獣、手配なさい」 支配獣「は」 その言葉は浮かれていた者たちを黙らせるに充分だった。 ゆうひ「「美皇さんの試練」ってさ…」 トシヤ「なんや？それがどうしてん」 ゆうひ「『試練』と言いつつ玩具にして暇つぶしでわないかと…そう思うのはうちだけかな？」 トシヤ「……ま、まあ…そういう側面は無きにしも非ずやとは思うが…（ぉぃ）……美王ちゃんの事もちゃんと考えてると思うで？……多分（小声で）」 〜第三部「キリキリ山の魔法使い」〜 Ｍｒ．Ａは半裸で立ち竦んでいた。 腰にタオルを巻いているほかは、なにも身に付けていない。その姿で緑深い密林の真中にいるのだ。 Ｍｒ．Ａ「……ちょっと待て、冷静に考えてみよう」 自分は風呂に入っていたはずだ。宴会のあと、部屋に戻って、タオルを取って。 服を脱いでゆったりと湯に浸かったあと、脱衣所に戻ろうと、戸を開ける。 着替えの入った籠を取ろうと、手を上げた。 ――なかった。 Ｍｒ．Ａ「で、ここにいるわけだ」 突っ込みの入れようがない。 扉を開けたとたん、あたりの風景が変ったのだ。テレポーテーション？ 何者かの陰謀に巻き込まれたのは確かのようだが…… Ｍｒ．Ａ「まいったな」 しかし、なにより半裸では心許ない。 まず、服をどうにかしなくては…… 途方に暮れつつ、よたよたと密林を分け入っていく。入口の扉が消えてしまっている以上、どちらにでも進まなくては話にならない。 空にはぎんぎんに輝く太陽。 暑い。 時間の感覚がなくなっている。 ５分歩いているのか、３０分なのか、それすらも判らない。 Ｍｒ．Ａ「水も探さなきゃな……」 と思った瞬間、目の前に湖が開けた。 Ｍｒ．Ａ「おお！」 しかも、その傍らの木には、衣服のようなものまで掛かっているではないか！ Ｍｒ．Ａ「これぞ、天の助け♪」 水を浴びるように飲み、頭から被った。汗が引いていく。腰巻のタオルを外し、湖に裸で入った。気持ちがいい。 Ｍｒ．Ａ「さて……」 タオルで身体をぬぐい、先ほどの衣服を失敬する。 Ｍｒ．Ａ「……あれ？」 着ている途中で違和感に気づいた。 しかし、時すでに遅し、すべて身に付けてしまった。 Ｍｒ．Ａ「これは……セーラー服……？」 ひだひだのスカートが風に揺れた。 謎の声「ああああああああっっ！？」 湖のほうから、悲鳴にも似た大声が聞こえたのは、そのすぐ後だった。 湖の中から現われたのは、全裸の少女だった。 真っ黒なショートカットの髪が水に濡れて光っている。太い眉がボーイッシュな印象を与えるかと思いきや、その下の眼が垂れ気味なため、全体的に童顔ですまされてしまう。 加えて、身長が低い。 今も一生懸命に怒っているのだが、よしよしと頭を撫でたくなる誘惑に勝てそうもない。 少女「そ、それッ！ わたしの服ーーー！ 変態変態変態ーーッッ！！」 Ｍｒ．Ａ「待て、セーラー服は元々海軍の制服。それに、スカートだって、スコットランドの民族衣装なら……」 少女「死んじゃえ〜〜〜っ！！」 ぶんぶんと両腕を振り回す。 びちゃびちゃと水をかけたり、小石を投げたりして攻撃している。なんとも可愛らしい。 Ｍｒ．Ａ「どうでもいいが、上か、下か、どちらかでも隠したらどうだ？」 少女「――ッ！！」 Ｍｒ．Ａ「……それに、一度着たのだゾ？ 本気で、今返したら、ちゃんと着るのか(爆）」 少女「ばッ……着られるわけがないでしょう！」 Ｍｒ．Ａ「だろ？」 少女「………ううう」 泣きそうになっている。ちょっと罪悪感。 少女「う、う、うああ、ぱんつまで……ちょっと、アンタ！ 責任取ってよぉ……」 Ｍｒ．Ａ「責任？」 少女「……この道をまっすぐ下ったところに村があるから、そこでパン屋を訪ねて」 Ｍｒ．Ａ「パン屋？」 少女「あたしんち。たぶん、庭先に着替えが干してあるから適当なのをかっぱらってくるのよ！」 Ｍｒ．Ａ「泥棒ではないか」 少女「自分のうちだもん！ くれぐれも妹には見つからないように！」 Ｍｒ．Ａ「妹がいるのか」 少女「にくったらしいのがひとり。ばれたら馬鹿にするに決まってる！ あ、服は妹のと間違えないように」 Ｍｒ．Ａ「区別はつかんような気がするが」 少女「大丈夫よ。……その、だいぶ、大きいから」 Ｍｒ．Ａ「妹のほうが大きいのか。まぁ、よくある話だな」 少女「うっさいわね！ さっさと行きなさい！」 Ｍｒ．Ａは転がるように道に出た。 さっきまでは全然気づかなかったが、なるほど確かに道がある。 Ｍｒ．Ａ「ま……なるようになるか……」 鼻歌を歌いながら、坂道を下っていった。 そのころ、宴会場では、まだ、宴会を続けているもの達がいた。 ゆうひ「♪〜〜〜〜♪〜〜〜〜〜〜♪〜〜〜〜」 トシヤ「お〜い、もう２０曲目やで〜」（呆れ ＲＹＯ「宴会場は盛り上がってるようだな…」 変人達を相手にしているわりには冷静な板長。 ただものではないことが伺える。 真雪「例によって、宴会は盛り上がっているわけだが……」 知佳「微妙に人が少ないねー」 大宴会場では数々の料理が並び、カラオケやら、ゲーム大会やらが繰り広げられているが、全体的になにか平和だった。 知佳「そういえば、茜屋さんとかＡさんとか見えないね」 真雪「む！ そういえば……主催である茜屋がいないから変だとは思っていたが……」 その気になって見回してみる。 茜屋ばかりではない。Ｍｒ．Ａや支配獣、巨大獣や美王、美皇、美緒美緒団も１／４くらい見当たらない。 真雪「さわがしい元凶がいないのか……なにか陰謀の匂いがするな」 夕凪「ま……それはさておいて、如何です、一杯」 すっと立ち上がりかけた真雪の前に大吟醸を持った夕凪が現われた。 コップ持参である。 真雪「え？」 夕凪「東北の銘酒、大吟醸『地雷源』。お口にあいますやろかー♪」 真雪「お♪」 とっとっと、コップになみなみ注がれる香り高き銘酒。 真雪「お、お、お♪」 知佳「………」 ゆうひ「ホラホラ、知佳ちゃん、知佳ちゃ〜〜ん！次、デュエットいこう！デュエット！」（笑 トシヤ「お前なぁ…一度、誰かに替われよ…」（苦笑 ここは、森のはずれにある村…… 悲しげな顔の村人達が、最長老の家に集まっている。 長老「今年も凶星が山に降りた……山神様へ生贄を差し出さねばならん」 村人Ａ「おお、悲しきことなれど、仕方がない」 村人Ｂ「しかし、村にはもう若い娘はおらぬぞ」 村人Ｃ「そうじゃ、去年、もっとも幼き娘が贄となって最後じゃった」 長老「案ずるな、みなの衆。南の森の洋館に若い姉妹がおったはずじゃ」 村人Ｂ「ああ！ 先月引っ越してきた者たちじゃな」 長老「左様」 村人Ａ「うむ、ひと月とはいえ、村人には違いない。贄の条件は満たしておるぞ！」 村人たちは手放しで喜んだ。 村人Ｃ「では、さっそく逃げられないように捕縛しておかねば」 長老「もちろんじゃ。村の屈強のものたちを向かわせよう」 村人Ａ「して、彼女等の身なりは？」 長老「姉のほうはいつも、ひだひだのスカートを履いていたはずじゃ。妹のほうは……」 Ｍｒ．Ａは道の先で暗い森があけ、のどかな農村風景が広がっているのを見た。 Ｍｒ．Ａ「なんだ、ジャングルかと思ったら、ただの森だったか」 田圃や畑のあいだの畦道を抜けていく。 道はまっすぐで間違えようがない。 道の先には、その風景に不釣合いな洋館が見えた。 Ｍｒ．Ａ（ここだな……） 庭には、着替えが干してあった。 美王は湖の中央にいた。 大きな湖の真中に小島があり、そこにぽつねんと佇んでいる。 美王（まいった……） 何故、こんなところにいるのか？ 宴会でからかわれるのを逃げて部屋に戻ったはずだ。 そのあたりから記憶が定かではない。なにか、立ち眩みをしたような覚えがある。 ――薬？ ガスでも嗅がされたのだろうか。 離音とかならばやりかねない。茜屋の指示か。 とにかく、立ちすくんでいても埒が明かない。行動を起こすべきだ。 小島といっても、せいぜい１０ｍ四方程度のものである。小さな木が１本生えているほかはなにもない。 ごつごつとした岩場で、横になれるようなところすらない。 もちろん、船もない。 美王（見たところ岸までは、そう遠くはないが……） 岸は遠くに見えている。 １ｋｍくらいだろうか。頑張れば、泳げない距離ではない。 美王（……ううう） しかし、美王は泳げなかったのだ。 もともと、そんなに泳げるほうではなかったのだが、Ｍｒ．Ａとの特訓で決定的に泳げなくなった。 さらに言うと、水が怖い。 浮き輪があっても無理かもしれない。 美王（憎い……あの馬鹿野郎が憎い。今度会ったら、どうしてくれよう……） そんな、マイナスな想像ばかり繰り返した。 しかし、それにも限界がある。 どうにかしなければ…… 美王（やはり、泳ぐしかないか） 昔は、ちょっとは泳げたのだ。 恐怖心さえ克服すれば…… 美王は、おそるおそる水に入った。 そして、案の定、簡単に溺れた。 溺れた美王は、岸辺で目を覚ました。 彼女を助けたのは、全裸にタオルだけを巻いている、真っ黒なショートカットに太い眉毛の少女だった。 Ｍｒ．Ａ「この着替えを失敬して……と」 きょろきょろと辺りを見回しながら、干してある下着に手を伸ばす。 どきどきする。 Ｍｒ．Ａ「初体験だな、こういうのは……（////）」 桃色のぱんつに手を掛けた。 ぐいと引っ張る。 Ｍｒ．Ａ「あれ？」 ぱんつには紐が付いていた。 なんのきなしに紐を引っ張る。長い。どんどん手繰り寄せる。 紐は、背の高い少女に繋がっていた。 腰の辺りに結わえてある。 女性「はあい♪」 Ｍｒ．Ａ「あ……」 状況を確認するまでもなかった。 村人Ａ「見ろ……なんだか、姉妹喧嘩しているようだぞ？」 村人Ｂ「かまうものか、まとめてふん捕まえるんだよ！」 〜宴会場〜 真雪「ふ……このアタシを酔いつぶそうなんて百年早い」 夕凪「ふにゃにゃ〜〜〜〜」 真雪「さあ、なにが起こっているのか、吐いてもらおうか？」 Ｍｒ．Ａ「待て！ 俺は下着ドロボーとは違う……！」 少女「なにをしらじらしい！ しかも、何！？ あなた姉さんの服着てるじゃない！ は！ まさか……」 少女の顔色がみるみる蒼ざめていく。 どうやら、彼女が湖の少女の妹なのは間違いないらしい。 村人Ａ「おい、雫ちゃん、どうしたんじゃ」 ひょいと、茂みの奥から男が現われた。 いかにも農業従事者といった浅黒い肌に、そこそこ逞しい筋肉。手にもっている鍬は今や武器となってＭｒ．Ａに突きつけられている。 彼は少女を「雫」と呼んだ。 そういえば、湖の少女も名前を聞いていなかったな、とＭｒ．Ａは思った。 雫「ちょうど良かった、呉作さん！ こいつ下着泥棒よ。しかも、婦女暴行犯の疑いもあるわ！」 呉作「なんと！ これはすぐにでも町会所に連行せんと。なあ、与作」 与作「まっことじゃ」 Ｍｒ．Ａはまたたくまにぐるぐるまきに縛られた。 与作「ほれ、きりきり歩くだ！」 呉作「雫ちゃんも来てもらえるだかね？」 雫「え？」 呉作「駐在に説明してほしいだよ」 雫「あ、はい、そうですね」 雫は素直に従った。 呉作と与作が、こっそりと含み笑いをしているのは見えなかった。 〜宴会場〜 夕凪「茜屋さんは、部屋におんね〜〜」 真雪「へ？ またなんで？ だいたいこの宴会を企画したのは茜屋だろうに。どうせ、ろくでもないことたくらんでいるんだろうと思ってたんだが……」 潮騒「真雪さん、するどい♪」 知佳「……どんなこと企んでたのかな？」 潮騒「野球拳です」 絶句する一同。 遠くでは何も知らないゆうひがまだ演歌を絶叫している。 真雪「早めに殺っておくべきだった……」 夕凪「待って！ 別に企画しただけやん。まだなにもやってへんやん！」 真雪「――で、今はなにをやってるんだ？」 トシヤ「野球拳ねぇ…」 ゆうひ「ゆれぇ〜るぅ〜なみぃ〜まぁ〜にぃ〜もえぇ〜たぁ〜つ〜はなぁ〜よぉ〜♪」 そのころ、茜屋は真緒奈緒とともに、コンピュータの前にいた。茜屋は、旅館の一室を研究施設に改造していたのだ。 茜屋「Ｍｒ．Ａと美王がそれぞれ別々に失踪。どうやら、美皇と支配獣の仕業らしい。由々しき事態だ」 真緒「美皇さまのことですから……命の危険もありうるかと」 奈緒「Ａちんなら、大丈夫じゃないのー？」 数時間前、ちょうど宴会の始まる頃に、旅館向日葵の一室で時空震があった。Ｍｒ．Ａと美王がどこかに飛ばされたのだ。 茜屋「美皇……いったい何を企んでいる」 ゆうひ「お？そーいえば美王ちゃんとＡさんが二人して居らんな…」（ﾟoﾟ ）＝（ ﾟoﾟ）ｷｮﾛｷｮﾛ トシヤ「そーいや居らんなー…」 ゆうひ「ひょっとして駆・け・落・ち…かな？」（ニヤソ トシヤ「ほほう」 ゆうひ「きっと今頃二人は手に手を取って…」 トシヤ「で？」 ゆうひ「あ〜ん、ノってくれんとイヤや〜」（ぇ 美王「助けてもらって、こう言うのもなんだが……服を着てくれるとあり難いのだが」 湖畔で焚き火にあたりながら、美王は切り出した。 溺れたところを助けてくれた少女は、親切に美王を看病してくれたのだが、いかんせん全裸である。美王は目のやり場に困っていた。 少女「んー、そりゃそうよねー。でも、服、ないのよ。変態に取られちゃって。アタシ、水浴びしてたのよ。そしたら、どっかの変態がワタシの服を――」 彼女はコトの顛末を手短に話した。 少女「で、ワタシは彼が服を持ってくるのを待ってるの」 美王「……」 彼女が話した男の容姿には心当たりがあった。 胸の内から怒りが湧き上がる。 美王（間違いない……Ｍｒ．Ａだ……あいつめ、女と見れば見境なしか？ しかも、ふ、服を盗むなんて……） 許しがたし。 女の敵。 変態。 めらめらと正義の炎が燃えているのが判る。 美王「ワタシが行こう……」 少女「え？」 美王「ここで待っていてもその男は来るか判らんぞ。私が行って、存分に成敗してきてくれる」 久しぶりに、美緒美緒団を指揮してきていたころの口調に戻った。 戦いの血が滾る。 美王「おぬし、名前は？」 少女「え、あ、霞……」 美王「よし、霞殿、待っておれ。正義は我にあり！」 雫「ちょっと〜〜〜っ！ なんでワタシまで牢屋に入れられるのよー」 Ｍｒ．Ａ「……」 呉作「悪かったなぁ、雫。お前とその娘は生贄に選ばれただ」 与作「尊い犠牲だ、だよ。ああ、悲しいだ」 町会所の裏から、妙な階段を降りたかと思うと、地下牢だった。 すでに、Ｍｒ．Ａは変だと思っていたが、気づかずについてきた雫は相当なボケだ。 雫「生贄！？ なにそれ！」 与作「よそ者のおんしは知らんかもしれんがな。この集落は毎年、見目良い娘をふたり、山神さまの生贄に差し出すことで、栄華を保っているだ」 見目良い娘…… 彼らはなにか、大きな勘違いをしてはいないだろうか。 雫「待ったぁ！ あんたたち！ こいつのどこが女に見えるの！」 呉作と与作はお互いに頷きあって言った。 与作「なにを言ってるだ。せえらあ服を着ている男などおるわけがなかんべえ」 呉作「んだんだ」 純真なのだ。 変態に免疫がないのかもしれない。 雫「……参考までに聞くけど、山神を怒らせたらどうなるの？」 見る間にふたりは蒼ざめた。 呉作「そっただ恐ろしいこと、想像もできねえだ」 与作「まったくだ。世界の破滅だ！ 旧き神々の襲来だ。未曾有の恐怖が村を襲うだ〜〜！！」 巨大獣「まったく……支配獣め、ろくなことをやらんな」 茜屋「巨大獣！」 巨大獣「おそらく、美王もＡ殿も異世界に飛ばされたんだろう。犯人はむろん支配獣だ。なんの目的があってのことかは判らんがな」 茜屋「むう……ワタシに断りもなくそのようなことを……」 真緒「どうしますか？」 奈緒「か？」 茜屋「決まっているだろう。追いかけるんだよ！」 Ｍｒ．Ａ「まいったな……」 雫「まったくよ。いい迷惑だわ」 Ｍｒ．Ａ「なんか、オレが巻き添えをくわせたような言い方だな」 雫「あったりまえでしょう！？ あんたのせいよ！」 Ｍｒ．Ａ「ちょっと待て、被害者なのはオレも同じだぞ。いや、むしろ全然関係ない村の因習に巻き込まれているのはオレのほうだ」 雫「だから？」 Ｍｒ．Ａ「あ？」 雫「だから何！ そんなんで無関係決め込もうってワケ？ ふ〜ん、へぇ〜〜、あ〜〜そ〜〜」 Ｍｒ．Ａ「あ、いや、そういうわけでは……」 雫「だいたい、あんたがそんな格好して出てこなきゃ良かったんじゃない！ 変態！ ウジ虫！ 幼女連続暴行魔！！」 Ｍｒ．Ａ「なんだよ、最後のは」 雫「その服、姉さんのでしょ。だから、幼女連続暴行魔」 Ｍｒ．Ａ「まぁ、確かにちんまい娘だったが……」 雫「そうだわ。騒ぎで忘れてたけど、姉さんはどうしたの？ まさか本当に幼女暴行……」 Ｍｒ．Ａ「わーーーっ！ 違う違う違う」 ことの成り行きを説明するＭｒ．Ａ。 雫「はぁ……なるほど……まぬけな姉さんらしいわ。ＯＫ。あんたが変態なだけで暴行魔でないことはわかった」 Ｍｒ．Ａ「理解してもらえて嬉しいが、出来れば変態のほうも外してほしい」 雫「それは無理」 美王は霞にシャツを貸した。 幸い、霞にはかなり大きかったので下半身まで充分隠れる。かなり心許なく恥ずかしい格好だが全裸よりはマシである。 一方、美王は上半身が下着姿となったが、胸にタオルを巻くとことで良しとした。もともと控えめな胸である。 美王「とりあえず、あんたの家に行って着替えを確保しましょう」 霞「そ、そうね……」 美王「こんな時間になってもＭｒ．Ａが帰ってこないということは、奴はセーラー服を隠匿し、マニアのショップに売り飛ばした疑いがある。徹底的に追跡し、然るべく処断しなければならない」 霞「わぁ……あなた、なんか格好いい」 美王は、少々背は高いとはいえ、美緒そっくりな姿である。 さらに、霞は自他共に認める童顔幼女風体。 ふたりが揃うと、小学生がいきり立っているように見えなくもない。 美王「せめて中学生と言え」 霞「誰にいっているの？」 美王「いや、なに」 雫「とにかくここを脱出しなくちゃ。山神とやらが現われたらアウトよ」 Ｍｒ．Ａ「俺としては会ってみたいような気もするが」 雫「なに言ってるの！ 地域伝承を甘くみるもんじゃないわよ。封印された魔物とか、贄を求める旧き神々なんてのはろくなもんがいないのよ！」 Ｍｒ．Ａの脳裏に巨大獣の姿が蘇る。 Ｍｒ．Ａ「やっぱり、そんなに恐ろしくはないような気がする」 雫「馬鹿！ 阿呆！ すかぽんたん！」 Ｍｒ．Ａ「最後の『すかぽんたん』はタツノコプロが著作権を持ってるのではないか」 雫「知ったこっちゃないわよ」 なんというか、落ち着きがない。 美王も落ち着きのない奴だったが、こいつほどではなかった。 Ｍｒ．Ａ（そういえば、あいつはどうしてるだろう） 温泉でゆったりのんびり、美王をからかう機会だったのに、こんな異次元で自分はなにをしているのか。 ことさら美王が可愛く思い出される。 海でいじめたり、山でいじめたり、川でいじめたり。 そのたび、プライドの高い美王は歯を食いしばって耐えたものだ。 楽しい想い出が走馬灯のように蘇る。 そうだ。 自分はここを脱出しなくては。 彼女のもとに帰らなければ。 Ｍｒ．Ａ「どいていろ……」 雫「え？」 Ｍｒ．Ａの拳に不可思議な紋様が浮かび上がった。 Ｍｒ．Ａ「あるぁぁぁっ！！！！！」 ワンアルファベットナンバーズだけが持つ神秘の力。 雫が空気の震動を感じて間もなく、頑健な牢屋の壁が飴細工のように崩れ落ちた。 なにが起こったのか？ 雫は呆然と立ち尽くしていた。 壁に大穴が開いている。 雫「……アンタ、なにもの？」 Ｍｒ．Ａ「無駄話している時間はなさそうだぞ」 看守Ａ「何の音だ！」 看守Ｂ「脱獄か！」 Ｍｒ．Ａ「山神が来るまでの見張りか」 雫「まったく、ホントに罪人扱いね」 Ｍｒ．Ａ「お前、体重は」 雫「え？」 Ｍｒ．Ａ「体重」 雫「……なに考えてんの。こんなときに……」 Ｍｒ．Ａ「体重」 雫「――○○ｋｇ……」 Ｍｒ．Ａ「ふん、着やせするタイプか。しかし、まぁ、それなら大過ない」 雫「いったい、なんの――」 言うが早いか、Ｍｒ．Ａの腕が雫の腰に伸びた。 軽く腰を押されてバランスを崩した雫は、あっさりＭｒ．Ａの腕の中に収まった。 雫「ちょ……」 ふいのことで、あわてまくる雫。 Ｍｒ．Ａ「動くな」 軽く地を蹴った。 軽く、だった。しかし、この男は雫を抱えたまま、１０ｍは跳躍した。 看守Ａ「なんだ！ 改造人間か！」 壁を蹴り、柱を蹴り、またたくまに看守たちの包囲網を越えていく。 その度に紺色のセーラー服がふわりと舞い上がり、見る者を幻惑した。 美王「――！」 霞「どうしたの？」 美王「……あやつの声が聞こえた」 霞「え？ なんにも聞こえないわよ。それに、まだ町まではかなりあるもの、声が聞こえるような距離じゃないわ」 美王「いや、聞こえたのだ。間違いない。しかも……」 なにか無性に腹が立ってくる。 きっと、Ａのやつめ、見境なく女にちょっかいをかけているに違いない。おのれ、節操ナシが。 乳のでかい女なのだな！？ 厭らしい手の動きが見えるようだぞ！ 美王「ふっく、くふふふふふふ」 丹田から湧き上がる異様に高まった気。 オーラというものが存在するなら、今の美王は空にも飛べるほどのオーラを纏っている。 美王「もはや、一刻の猶予もならん！」 霞「でも、居場所もわからないし……とりあえずは服を調達しにワタシの家へ行こうよ」 美王「居場所なら判る」 先ほどから胸のペンダントがかすかな光を発している。 これは邪悪な気に反応するアイテムだ。 美王「こっちだ！」 霞「え、そっちは……」 美王の指差した方角。 それは、昼なお暗い森に囲まれた、高い高い山の頂だった。 霞「で、で、で、でも、こんな格好じゃあ行けないよぉ」 ふたりは現在、美王の服を分け合って着ている。（どのように分けているかはご想像にお任せする） はたから見るとかなり際どい格好である。 これでは、まるで痴女だ。 美王「大丈夫だ。恥ずかしいと思わなければ、恥ずかしくない！」 霞「そ、そぉ？」 美王「応！ 『心頭滅却すれば火もまた涼し』『武士は食わねど高楊枝』というであろう！」 霞「本当に恥ずかしくないの？」 美王「……」 風が吹いた。 美王の着ているシャツがふわりと舞い上がる。 霞「……」 美王「……」 霞「………………」 美王「……ごめん、やっぱり恥ずかしい」 美王「――というわけで、服を取りに来たわけだが……なんだ、これは」 霞「何って……服」 美王「メイド服に、ナースに、バニー、体操着、白衣、テニスルック……」 霞「わたしの服」 美王「もしや、最初にセーラー服を着ていたというのも……」 霞「お気に入りの服」 美王「……」 霞「どれにする？」 美王「いい、わたしは最初の自分の服を着る」 霞「あー、ごめん、もう洗濯機にいれちゃった」 美王「なに！」 霞「だって、わたしも着ていたんだしー。やっぱ、着替えないと」 美王「……」 美王、ぴんち。 美王「……」 霞「美王さん、すっごく似合いますよー♪」 美王「言うな」 美王は、比較的マトモ、と判断して巫女装束にした。 ナースやメイドと違って厭らしさは感じないし、神に仕える乙女の衣装だ。以前、美緒美緒団を率いていたときの制服にも少し似ていた。 一方、霞はチャイナ服である。お色気たっぷりだ。スリットも過激に切れ込んでいる。 だが、しかし。 決定的に本体に色気が足りなかった。童顔なのだ。ちびなのだ。幼児体形なのだ。 霞「よぉーし♪ じゃあ、キリキリ山へれっつごー♪」 それでも本人は満足のようだった。 美王「キリキリ山？」 霞「あの山の名前ですよ〜？」 美王「ほう」 霞「山神が棲むって言われています」 美王「ヤマガミ？」 霞「伝説によれば、身の丈２０００ｍはあろうかって大男らしいです」 美王「それじゃ、山より大きかろう」 〜第四部「お約束迷宮」〜 Ｍｒ．Ａ「変だぞ、雫」 雫「呼び捨てにしないでよ！」 Ｍｒ．Ａ「つれないな。俺とお前の仲ではないか」 雫「誰と誰の仲だって？」 目に殺気が宿っている。 Ｍｒ．Ａ「……まぁ、それはそれとしてだ。敵の様子が明らかにおかしい」 雫「まあね、アタシも気づいた」 Ｍｒ．Ａと雫は牢屋を出てから襲い来る敵をばったばったとなぎ倒しながら出口を探していた。 Ｍｒ．Ａの尋常ならざる戦闘力もすさまじいが、雫の体術も見事だった。中国武術の一種だろうか。長身の体躯には似合わぬ素早さで敵の間をかいくぐり、いつのまにか急所に拳を打ち込んでいる。 二人は鬼神のごとく、建物内を蹂躙していった。 しかし、外に抜けるだろうと当たりをつけて、非常用と思われる階段を上がってから様相が変わった。 敵が強くなっただけではない。 明らかに、人外のものが増えたのだ。 Ｍｒ．Ａ「狼少女に吸血姫に蜘蛛女……」 雫「火を吹く奴や、冷気を吐くのもいる――！」 Ｍｒ．Ａ「しかし、すべて可愛らしい女の子なのは何故だ？ ここは、ドラゴン○イトの塔か？」 そうなのだ。 襲ってくる化け物は、皆女性の姿をしていた。しかも、戦闘に破れると、服が粉々に砕け散り、肌もあらわに嬌声をあげながら逃げていく。やりにくいったらない。 雫「……いまの顔、見覚えがある」 逃げるダークエンジェルを指差して言った。 Ｍｒ．Ａ「……まさか」 雫「そのまさかかも。ここのモンスターは生贄にされた村の女の子達なんだわ！」 Ｍｒ．Ａ「とりあえず、一定のダメージを受けると逃げていくのは幸いだ。殺さなくて済む」 雫「そうね。この程度の数ならどってことないし……」 不安はあった。 階を増すごとに明らかに敵の強さはＵＰしているのだ。数も減る様子など微塵もない。 この村で生贄となった娘はせいぜい十数人のはずである。あちこちの村でかき集めたのか。それとも…… 雫「同じ人間が違うモンスターになって再び現れているのかも」 Ｍｒ．Ａ「なるほど。しかし、その結論は非常に面白くないな」 雫「……まあね」 Ｍｒ．Ａ「これらの化け物は単なるコスプレなんかじゃない。人体の内部から遺伝子レベルで完全に改造されている。それを次から次へと弄っているのでは……もはや元に戻すことは不可能かもしれない」 雫「……うん」 Ｍｒ．Ａ「胸糞が悪いな」 サングラスに隠された目が深紅の光を放っていた。 Ｍｒ．Ａの誰も見たことがない素顔に怒気が走る。 雫「あ……アンタ？」 Ｍｒ．Ａ「悪いな雫ちゃん。面倒が起こるかもしれない」 雫「――ッ！」 竦み上がりそうな霊圧。 それだけで下級のモンスターは逃げ出してしまいそうだ。 雫（明らかにキャラクターが変わっている……だけど…） 服をどうにかしたほうがいい。 雫は切実に思った。 美王「……山の入り口にパンダがいるな」 霞「ほんとアルね」 美王「……」 霞「なにアルか？」 美王「なんだ、その語尾は」 霞「チャイナ服を着ているアルからな。雰囲気を合わせるべきかと思ったアル」 美王「柔軟でうらやましい」 霞「えへへーーアル」 美王はため息をついた。 この霞という女、決定的に自分と違う。 基本的に自分は悲観論者なのだ。『活動的なペシミスト』とは支配獣の言葉であったか。状況に流されるように生きてきたような気がする。気を張って、支配者たらんとしていた過去でも、おそらくはそうだった。なにしろ、自分は考えすぎるのだ。Ｍｒ．Ａや茜屋たちの傍若無人さ、厚顔無恥がなんど羨ましいと思ったかしれない。 そして、ここにも同タイプの人間がいる。 霞「なにか、顔についてるか？」 美王「……例え話をしよう」 霞「はい？」 美王「ながい戦闘があったとしよう。両者は拮抗し、すでに語るべき理想も正義も形骸化し、戦闘を続けるべき理由を失っていた」 霞「ふむふむ」 美王「そんな両陣営がひとところに集まった。総勢数十名。自分は組織の長だ。なにをすればいいと思う？」 霞「なにそれ」 美王「まぁ、占いのようなものと思ってくれ。お前ならなにをする？」 霞は、ひとしきりう〜んと唸った。 そして、ぽつりと言った。 霞「――運動会？」 美王「……え？」 霞「だから、運動会」 世の中には絶対に理解できない人種が存在する。 闇に棲むものに日の光が害になるように。光に照らされているものが闇を恐れるように。想像の外にある思考は、人間を恐怖させる。 美王「お、お、お、お前は……」 霞「なに、変な顔して」 美王「い、いや、いい。先を急ごう」 考えないことにした。 自分はいままで考えすぎて失敗をしてきた。 なにも考えずに、ただ突き進むことが吉であろう。 とりあえずは、Ｍｒ．Ａをぼこぼこにすることだけを考えよう。 美王「で、パンダだが」 霞「パンダといえば、チャイナ服のアタシの出番アルね」 美王「なるほど」 反論の余地はなかった。 霞「パンダにはやっぱり笹の葉アルね」 美王「ほお、どこにそんなものがあるのだ？」 霞「あれ？」 あっというまに頓挫した。 霞「こうなったら、色仕掛けで……」 美王「やってみるがよい」 霞はチャイナ服のスリットをちらちらと捲り上げて、形の良い太ももを露出する。 子供がオトナの真似事をしているように見えるが、世の好事家たちのなかにはこういうのに萌えるものも多い。 はたして……？ パンダ「……」 霞「うっふーん、あっはーーーん」 パンダ「……ここは子供の来るところじゃない。とっとと帰るんだ」 霞「がーーーん！」 すごすごすご…… うなだれて帰ってくる。 霞「大事ななにかを失ったアル……」 美王「それほどのことでもなかろうに」 霞「駄目。アタシ、立ち直れない」 美王「しょうがないなぁ」 相手は動物である。 人間の色気を持ち出しても無駄だろう。獣の魅力でいかなくては……。 美王はくしゃっと髪の毛を掻き回した。 ぴょこんと耳が飛び出る。 霞「をを？」 巫女服の腰紐を少し緩める。 袴の上からしゅるりとしっぽが伸びてくる。 霞「ををををを」 驚きを隠せないチャイナ娘。 ここに、完璧な巫女猫娘が出来上がった。 美王「行って来る」 動物同士なら話が通ずるかもしれない。 その発想がすでに動物並みの気もするが、ここは単純明快な路線が効くかもしれない。 パンダ「ん？」 美王「ちと、ものを尋ねたい」 パンダ「あーーっ！ 貴様、ワーキャットだな？ 女の子モンスターの塔から逃げ出したんだな。すると、そっちのチャイナ服もロリータモンスターかなんかか。困った奴だ。こっちへ来い！」 美王「へ？」 パンダ「女の子モンスターはいくらいても足りないんだ。ぶつぶつぶつ……」 美王「……？？」 霞「なんだか判らないけど、進入は出来るようアルな」 茜屋「旅館内にいないのは、Ｍｒ．Ａと美王、美皇、支配獣の４人か」 真雪「Ａの奴と、美王はともかく、美皇と支配獣がいないってのは陰謀くさいな」 知佳「Ａさんと美王ちゃんが、ともかくってなんで？」 真雪「あの二人なら、しけこんだ可能性もあるかと思った」 知佳「……（////）」 茜屋たちは、急遽旅館内にしつらえた対策本部で、失踪者の捜索について議論していた。 といっても、集まったのは宴会にあきた数名で、大方のものは未だ宴会場でカラオケに酒にと盛り上がっている。 潮騒「二人でイイことしようなんてずるいです」 夕凪「そういう問題やないやん」 なんだか的外れな見解をしているものもいる。 茜屋「局地的な時空震があったのは確かだ。しかも１回。４人とも同時にジャンプしたと考えるのが妥当だな」 真緒「異空間ですか……トレースは可能ですか？」 期待のこもった目で知佳を見る。 知佳「ちょっと待って」 ピアスの制御装置をくりくりと操作する。 一時的に知佳の能力が解放された。 知佳「場所の特定はできないけど……糸をたぐるみたいに追いかけることは出来る……と思う」 茜屋「決まったな」 茜屋はカバンから怪しげな機械を取り出すとがしゃんがしゃんと身体に装着した。 茜屋「全自動追跡機『ストーカー君』だ。これで、知佳くんをサポートする。ワタシはこれより４人を追跡し、捕縛する任に就く」 真緒「あ、私も行きます！」 奈緒「わたしも〜〜」 次々と手を上げるものたち。 茜屋「遊びじゃないんだぞ、と言いたいが、これは遊びだ。マシンの出力と知佳くんの負担を考えて……真緒、奈緒、夕凪、潮騒、ワタシと知佳くんの６人を追跡隊としよう」 ここは、異空間のとある部屋…… 鼻をつくくらいにきつい香りがあたりを満たしている。これは、ラベンダーの香りだ。暗い部屋のなかの異臭。けして心地よいものではない。 その部屋の中央に小さな光源があった。 小さなテーブルのうえにこれまた小さな光の粒がちまちまと動いている。よく見ればそれは人型だと気づくだろう。小さな人型がふたり、暗闇のなかから現れるモンスターを剣や槍でなぎ倒していく。 「おや、アイテムを手に入れたようだな」 薄暗い部屋の隅で、声がした。 テーブルのうえの３Ｄ映像はめまぐるしく景色を変える。 暗闇の声「フィリス、１１階のゲートモンスターは誰だったかなぁ？」 男は隣の部屋に向かって語りかけた。 暗闇の声「おい、フィリス？」 しばらくして、部屋のドアが開いた。 隣の部屋から洪水のように光が溢れてくる。 フィリス「……聞こえています。それから、この部屋は暗すぎます。目に悪いです」 暗闇の男「悪いね……闇に住む者にとって明るい光は目に痛いんだよ」 フィリス「……１１階のモンスターは機械娘です」 暗闇の男「ああ！ 銃器内臓の奴か。うん、あれにはＡくんも苦労するだろうね。いや、楽しみだ」 フィリス「悪趣味です……」 男は意気揚々と鼻歌をうたいながら、棚からとっておきのシャンパンを取り出した。 棚のうえには、小さなビンが置いてある。 男はビンに向かって小さく語りかけた。 暗闇の男「君たちも見るといい。君たちが用意したんだ。行く末は気になるだろう？ あーはっはっは！！」 ビンのなかには、人形のように動かない男と女が納まっていた。 魔法なのだ。 魔法の力で、自由を奪われ、拘束されているのだ。 暗闇の男「フィリス！ あとで彼らにもご馳走を振舞ってやってくれたまえ！ そうだな、つめの垢ほどのチーズでいいだろう！」 ビンのなかの人間。 それは、この異空間を創造し、たわいのない遊戯に耽っている筈だった人物――美皇と支配獣の情けない姿だった。 パンダ兵「山神様！ 逃亡した女の子モンスターを捕獲しました！」 暗闇の男「ほほう。おや？ これはこれは……」 フィリス「……美緒ちゃんに似ているようですが……別人ですね」 暗闇の男「フィリス君、この娘は君のいた時空とは違うところからやってきたのだよ。陣内美緒のクローンと言っていいだろう。名をなんと言ったか……そう、美王だ」 美王「あ、あなたは……なんで、こんなところに……」 暗闇の男「おっと、私は君の知っている私とは違う。ここにいるフィリス君もだ。まったく別の時空から来たのだよ」 霞「別の時空アルか？」 美王「どうやら、そのようね。私の知っている彼はこんな人を見下したような喋り方はしない」 美王は冷や汗が流れるのを感じた。 目の前のふたりに圧倒的な力を感じるのだ。それも、かなり邪悪な力だ。 美王「フィリス……私のいた時空では、クローンという身でありながら善良な医師のもとで心優しい少女に育っていた……さしづめ、ここにいるのは悪の科学者といったところ？」 フィリス「……ご自由にご想像ください」 美王「ふん」 フィリスはすっと目を逸らした。 その仕草には躊躇いがあり、完全に悪に染まっているわけでもなさそうだ。美王の知っているフィリスに近いのかもしれない。 しかし、もうひとり。 こちらは、全然別人といっていい。口の端をいやらしく持ち上げ、パンダに縛られて無抵抗の美王と霞を嘗めるように見ている。その歪みきった表情からは、あの正直者の男の面影はまったく見られない。 美王「槙原耕介……いったいどんな時空に生まれたらあなたのようになるの？」 暗闇の男「心外だな。なに、君の時空にいる私のことは知っているがね。私に言わせれば、あちらのほうが不思議だ」 美王「……」 耕介「さて、君らをどうするか……そうだな、このままでは戦ってはくれそうにないし。洗脳でもするか！」 その会話のやりとりを、美皇と支配獣は、小さなビンのなかから聞いていた。 美皇「まいった」 支配獣「まったくですな。こんなことになろうとは」 美皇「反省がないぞ」 支配獣「Ｍｒ．Ａの度量を試そうと言ったのは美皇さまではないですか」 美皇「こんな時空を用意しろとは言っていない」 支配獣「出来るだけ面白そうなのを選んだつもりでしたが……面白すぎました」 美皇「なんだ、あの、槙原耕介とフィリスは？」 支配獣「因果律が違いすぎて消滅した時空から流れてきた者のようですな。いわば漂流者です。この異空間は私がゼロから創造したものですが、彼らはそこにもぐりこんだようなもので」 美皇「セキュリティが甘いぞ」 支配獣「いざとなれば空間ごと消してしまえばいいのですが……この状態ではそれも叶いません」 美皇「まあいい。Ｍｒ．Ａが勝てばいいのであろ。当初の予定どおりだ」 Ｍｒ．Ａ「ふうふう、こいつはキリがないなぁ」 雫「ひとりひとりは弱くても、数が多いと体力が続かないね」 Ｍｒ．Ａ「どっかに宿屋はないか？ テントとかのアイテムは落ちてないか」 雫「なにそれ」 Ｍｒ．Ａ「剣や棍棒はあったじゃないか。あったって変じゃない……って、あれ？」 Ｍｒ．Ａはすっとんきょうな声を出した。 目の前に見知った人物が現れたのだ。 Ｍｒ．Ａ「美王？」 雫「知り合い？」 Ｍｒ．Ａ「うむ、ただならぬ関係だ」 美王の目がキラリと光った。 すっと腰を落とし、地を蹴る。地面すれすれを素早く移動。Ｍｒ．Ａの手前で片手で地面を殴りつけ、それを軸に全身をくるりと回転させる。 Ｍｒ．Ａ「おわっと！」 足払い。 だが、Ｍｒ．Ａは払われた動作に逆らわず、そのまま美王に覆いかぶさった。 Ｍｒ．Ａ「あぶないな」 雫「Ａさん！ なんかその娘、変だよ！」 Ｍｒ．Ａ「こいつが変だというのを認めるにはやぶさかでないが……」 美王は猫のようにしなやかにＭｒ．Ａから逃れた。 頭の上の耳がぴんと立ち、敵を威圧するように細やかな毛を膨らませる。がりりと爪を立てて床を掻く。 霞「くすすすす」 雫「！！」 Ｍｒ．Ａと美王に気を取られ、通路に背を向けていた雫の背後に別の影――霞が襲い掛かった。 雫「ね……姉さん！？」 Ｍｒ．Ａ「あ、水浴び少女」 霞「うふふふふ」 霞はひだひだのたくさん付いたフランス人形のようなワンピースに身を包んでいた。 栗色の長い髪はところどころリボンで纏められ、霞が動くたびにふわふわと形を変える。 褒め言葉になっているか判らないが、めちゃくちゃ可愛い。 似合いすぎ。 だが、やはり目はうつろで視線が定まらない。 口元からは赤い牙が覗いている。 雫「ベ……ベビーヴァンパイア？」 どうやら、このふたりも改造、洗脳されているらしい。 なんということだ。 雫「なんて卑劣な！ 愛し合う二人や仲睦まじい姉妹を戦い合わせようとするなんて！」 Ｍｒ．Ａ「まったくだ。俺には美王を攻撃することなど出来ん」 Ｍｒ．Ａは大げさに頭を抱えた。 その隙を狙って美王が爪を全開にして襲い掛かる。 美王「にゃあぁあああッ！！」 Ｍｒ．Ａ「うるさいッ！！」 美王の攻撃の手がぴたりと止まった。 目に明らかに躊躇いの色が現れている。 Ｍｒ．Ａ「この俺に手を上げようとはいい度胸だな……美王？」 美王「あ……あうあう」 じわじわと壁際に追い詰められていく美王。冷や汗がだらだらと流れている。 いじめられつづけた歴史が身体のすみずみにまで染み付いているのか？ 雫「美王さんの動きが止まった……やはり、愛の力？」 霞「……」 霞の目は、おもいきり『違うと思う』と語っている。 雫「じゃ、じゃあ！ 私も姉さんの凍てついた心を、私の愛で溶かさなくては！」 霞「（びっくぅ！）」 そのとき！ 遠くで小さな笛の音が響いた。 それに呼応するようにＡたちから離れる美王と霞。 フィリス「……撤退です」 ここは、塔の最上階、フィリスの研究室。 おおくの改造人間を作り出し、塔の迷宮構造を制御する場所である。 いくつかの透明なタンクには調整液が満たされ、そのなかに静かに浮いている少女たち。遺伝子の情報を書き換えられ、強制的に細胞分裂を繰り返し、種々の変容を遂げている。 そのなかの、ひときわ大きなタンクのなかに美王の姿があった。 フィリス「もともとが変性体――耐性があるとはいえ、ここまでしていいものか……」 躊躇いがあった。 いや、なにを言っているのか。 いままで、数多くの少女たちを手にかけてきた。自分の両手はすでに真っ黒なのだ。 フィリス（いまさら……偽善者ぶることは出来ない。世界は優しくない……だから、私はこうするしかない） あの黒い思想をもった槙原耕介は、あろうことかフィリスの大切な姉であるリスティを人質にとっていた。彼女の命と引き換えにフィリスに協力を強制したのだ。 フィリス（姉さん……） 調整機のレンジを最大にする。 Ｍｒ．Ａは美王よりもはるかに戦闘力が高い。あの戦闘力を無効化しなければ勝ち目はない。 フィリス（……特殊能力を付加する） 部分的に肉体や精神の固有値を越えた性能を付加する。制御することは難しいだろうが……。 ごぽごぽと美王の口から、気泡が発せられる。 苦しんでいるようにも見える。だが、今の彼女にそれを知覚するだけの意識はない。 フィリス「――で、こっちは…」 次の調整槽には霞が浮かんでいた。 正直、こちらに手を加える気にはならなかった。 Ｍｒ．Ａの相棒の少女――雫といった――は、霞のことを姉と言っていた。自然、自分とリスティの姿が重なる。 フィリス（でも、そういうわけにもいかない） 口をきっと結んだ。 自分はもう後戻りできないのだ。 また塔の階段をひとつ上がった。 あの襲撃から数時間、フロアは３つばかり攻略している。出てくる女の子モンスターはレベルこそ上がっているものの、雫とＭｒ．Ａに対処できないものではなかった。 雫「今度は……また少し様子が違うわね」 塔のフロアは階ごとにまったく違う様相を呈している。 ある階は平凡な迷路になっており、またある階はジャングルのようになっていたり、という感じだ。 今度の階は…… Ｍｒ．Ａ「学校のようだな」 雫「ホント、長い廊下に並ぶ教室……静かだけど」 Ｍｒ．Ａ「俺の服装が目立たなくていいな」 雫「……本気で言ってるの？」 さて、どんなモンスターが現れる？ と考える間もなく、眼前の教室からわらっと少女たちが現れた。 Ｍｒ．Ａ「剣道、弓道少女、科学部、新体操にバレーにバスケ。なるほど」 雫「涎でも垂れてるんじゃない？」 雫は軽口をたたいたが、Ｍｒ．Ａの表情はぴくりとも動かなかった。真剣なのだ。 さっきから、Ｍｒ．Ａはいかに少女モンスターたちを傷つけずに撃退するかだけを考えている。 雫「……ごめん、ちょっと軽率だった」 Ｍｒ．Ａ「なにがだ？」 雫「……」 実際、セーラー服など着ているところから、変態だと決め付けていた雫だったが、背中合わせで戦ってきて、考えを改めねばならないとは感じていた。 雫とて、幾多の修羅場をかいくぐってきた者ではある。 その長い経験のなかでも、背中を任せられると思った相手は数少ない。姉の霞などは戦場ではまったく役にたたなかったし。 少女たちがふたりを囲んだ。 雫はＭｒ．Ａに背を向ける。 背中に温度が感じられる。とくん。心臓がふいに高鳴るのを感じる。 雫「ね、ねぇ……」 Ｍｒ．Ａ「なんだ？」 雫「美王さんて……あなたの、なに？」 Ｍｒ．Ａ「宝だ」 はっきりと、なんの躊躇いもなく言った。 雫「そ、そぅ…」 Ｍｒ．Ａ「？」 雫は押し黙った。 その雫の変化にＭｒ．Ａは違和感を覚えたが、熟考する暇はなかった。 少女たちは、次から次へと休む暇をあたえずに襲い掛かってきた。 服を破れば逃げ出す。 それは、この塔のモンスターに共通する特性のようだ。 肌をあらわにし、嬌声をあげて逃げていく。緊張感のないことこの上ない。 さらには、それを実に手際よくやってのけるＭｒ．Ａに少し腹がたった。 雫「……あらかた片付いた……ようね」 Ｍｒ．Ａ「ああ、そうだな」 このフロアは『学校』で構成されている。 階段を上ってもいままでのように次のフロアに移ることはなく、同じような廊下が続いている。 モンスターはほとんどやっつけたはずだが、次のフロアへの階段が見つからない。 雫「なにか条件がいるようね」 Ｍｒ．Ａ「そうだな。アイテムがいるのか、イベントがあるのか……。とりあえず、少し休もう。さすがに疲れた」 へたりこんだ目の前に、家庭科室のプレートが見えた。 雫「ちょうどいいわ。なにかあるかも」 いそいそと中に入る雫。 雫「お湯くらい沸かせるでしょ」 幸い、調理実習の最中だったらしく、いくつか食材も残っていた。雫はお湯を沸かして、ココアを淹れる。 Ｍｒ．Ａ「あったまるな」 雫「うん」 Ｍｒ．Ａ「しかし、こうなると、少し腹ごしらえもしたいな」 雫「そ、そうね」 ぴんち。 雫はあまり料理の経験がなかった。 実家のパン屋は主に姉の霞が切り盛りしている。雫は経理担当だった。金勘定の不得手な姉に変わって、店の運営のいっさいを任されていたのだ。 二人きりの姉妹なので、それで上手くいっていた。 さて、どうしたものか、と雫は考えた。 料理が出来ないことを恥ずかしいとは思わない。 女性運動家ではないが、人にはそれぞれの役割があると思っている。自分は家庭とは違うところにその才能を見出しただけだ。 その生き方を後悔したことなどないし、これからもない。 だが…… 少し、姉がうらやましく思えた。 その感情が、中学生の女子が、はじめて料理を始める際の動機と類似のものであることに雫は気づかない。 わからない感情をもてあましながら、雫はテーブルの上のきゅうりを手に取った。 雫「ほら、これなら生でも食べられる……って、なにやってるの？」 Ｍｒ．Ａ「ん？ なにって、料理だ」 件のセーラー服男は、その可愛らしい制服の上にこれまた可愛らしいエプロンを付けて、調理台の前に立っていた。 フライパンの上では、なにか丸いものが焼きあがっている。 Ｍｒ．Ａ「パンケーキだ。甘くはないから、これにソーセージと炒り卵をのせて食べる」 雫「……」 美味しそうだった。 だが、それだけに、「こいつ、はったおしてやろうか」という感情が芽生えた。 雫「ごめん、理不尽だとは思うけど殴っていい？」 Ｍｒ．Ａ「待て、なんでだ」 すうと息を溜める。 開放。 雫「こーゆーシーンでは、女の子が手料理作って、ポイントゲットぉ！ っていうのがセオリーなんと違うか！？ なんで、野郎がウサギさんのエプロン被って手料理作るんや！」 Ｍｒ．Ａ「お前、なんで関西弁？」 雫「うるさいわ！ ぼけ〜〜」 すっかり、ＲＰＧになっているＭｒ．Ａたち。 その展開にちょっと疲れたところで、現実世界がどうなっているのか垣間見てみよう。 旅館では、宴会は終わり、おのおのが自由な時間を過ごしていた。 そのなかでも、とりわけ近寄りがたいのがこの二人だ。 トシヤ「ゆう〜ひ♪」 ゆうひ「な〜んや♪」 トシヤ「何でもない、ただ呼んでみただけや〜♪」 ゆうひ「なんやの〜もお〜♪」＜バカップル化 トシヤ「んっ…ここは…どうや？」 ゆうひ「…やっ！（びくっ）」 トシタ「良かったみたいやな…じゃあ、次はここ…」 ゆうひ「ひゃんっ！あ…気持ちええ…」 トシヤ「そか？…じゃ、ここなんかは…？」 ゆうひ「ああっ！…なんか身体が熱ぅなってきた…」 トシヤ「ここか？ここが良いのか？」 ゆうひ「ああっ！そこっ！そこがええのぉっ！！もっと強くっ！」 トシヤ「よ〜し！」 …数十分後… ゆうひ「あ〜気持ち良かった♪」 トシヤ「俺は疲れたよ…」 ゆうひ「そんな事言わんとまたしてぇな〜♪ トシヤくんにしてもらうとえらい気持ちええんやもん」 トシヤ「はぁ…しゃーないな…」 ゆうひ「また、お願いな♪ ま・っ・さ・ぁ・じ（はぁと）」 トシヤ「ちと小腹が減ったな…なんか厨房にいってもらってくるか…」 ゆうひ「あ〜、え〜ねぇ〜」 トシヤ「一緒に行くか？」 ゆうひ「うん♪」（腕組） とことん、平和だった…… 「そこまでです！ Ａさん｝ 突然、教室の扉が開いた。 雫「な、なに！？」 Ｍｒ．Ａ「ん？ なんだ、真緒ちゃんじゃないか」 現れたのは真緒だった。 知佳の超能力で時空を飛び越え、Ａの痕跡を追ってきたのだ。 真緒「Ａさん……あ、あなたは、美王さまという人がいながら……不潔です！」 Ｍｒ．Ａ「あん？」 雫「はい？」 雫はあらためて、自分たちのシチュエーションを確認した。 調理実習室に二人きり。 セーラー服にうさぎのエプロンをつけたＭｒ．Ａ。 それに馬乗り状態の雫。両手には茄子や胡瓜を握り締めている。 ふたりとも、戦闘で服はぼろぼろに破れ、ところどころ肌が露出している。 なかなかにインモラルな感じだ。 Ｍｒ．Ａ「まて、これは誤解だ」 真緒「なにが誤解ですかー」 泣き出す真緒。 茜屋「まぁ、待ちたまえ真緒くん。こういうときはまずどうするか、教えただろう？」 すっと廊下からもうひとり現れる。茜屋だ。 奈緒「まず、証拠写真を撮るですねー♪」 夕凪「すみやかにデジカメ用意や」 潮騒「ＯＫだよ♪」 知佳「おろおろおろ…」 さらに、ぞろぞろと現れる。 Ｍｒ．Ａ「なんだ、みんな来ていたのか」 茜屋「Ａ、水臭いぞ。俺とお前の仲ではないか。そっちの道に入ったのなら、いろいろ紹介してやったのに」 Ｍｒ．Ａ「だから、誤解だ」 真緒「誤解で、セーラー服は着れないと思います」 知佳「うん、知佳もそう思う」 いいわけの出来ないＭｒ．Ａ。 雫「ちょっと待ってください。わたしが説明します」 意外にも助け舟をだしたのは雫だった。 これまでの経緯を話す雫。 茜屋「なるほど経緯はわかった」 真緒「美王さまが敵の手に……！」 夕凪「ショッキングな内容やね。おちゃらけてる場合やないやん」 Ｍｒ．Ａ「そうだ茜屋。お前たち、入ってきたのなら出ることは出来ないか？」 茜屋「あん？」 Ｍｒ．Ａ「この塔は階層構造になってるらしいんだが、なかなか脱出できなくてな」 茜屋「残念ながらそれは無理だ。知佳ちゃんの能力にも限界がある。確たる指標もなしにこんな時空の不安定なところで跳躍したら、命にかかわる」 Ｍｒ．Ａ「そうか……」 もうしわけなさそうに俯く知佳。 雫「では、やはり地道にダンジョンを攻略するしかなさそうね」 雫はふうっとため息をついた。 と、その時！ 教室に高らかな笑い声が響き渡った。 Ｂ耕介「ふわっはっはは！！ その必要はないぞ」 教室の景色が霧散する。 周囲は一転して、広大な丘陵地帯へと変貌した。 Ｂ耕介「こう介入者が多くては、ワタシ自らお相手せねばなるまい！」 知佳「お兄ちゃん！？ ううん、違う……！」 茜屋「耕介さんのようだが耕介さんじゃない。目の下に黒いラインが入っていて、細部のディテールが凶悪だ。額に『偽』のマークこそ入っていないが……さしずめ、ブラック耕介といったところか」 Ｂ耕介「いかにも！ ワタシはブラック耕介！！ 略してＢ耕介だ！！」 茜屋「凄いな、自分で名乗ってるぞ。あなどりがたし」 Ｂ耕介「ふん、おぬしらのような軟弱時空出身とはわけが違うぞ！ なにしろワタシは、暗黒さざなみ時空よりこの時空に召還されて来たのだ！」 茜屋「なんだって！？」 驚愕を隠せない茜屋。 Ｍｒ．Ａ「知っているのか、茜屋！」 茜屋は次元物理学を扱っている狂科学者である。Ｂ耕介の言う『暗黒さざなみ時空』を知っていたとしても不思議ではない。 茜屋「変なナレーションを入れるな。そんなの知っているわけがないだろう」 真緒「今、『なんだって！？』とか叫んだじゃないですか」 茜屋「いや、あー言ってやらないとかわいそうだと思って」 潮騒「茜屋さん、無視される悲しさは人一倍知ってるもんね」 知佳「あ、あはは……」 Ｂ耕介「ふん、そのような戯言で怯むものか。『暗黒さざなみ時空』は戦乱の異空間。その世界において常人ならざる戦闘力を身につけたワタシだ。何人でかかってこようと敗れる道理ではないぞ！！ わーはっはっは！」 奈緒「あのー、ちょっと質問いいですか」 高らかな笑い声を意にも介さず横から質問を浴びせられるのは奈緒の才能といっていいだろう。 ちゃちゃを入れられたことに腹をたてたＢ耕介だったが、くりくりとしたあどけない奈緒の瞳に気圧されて、頬をあかく染めていた。 恐るべし奈緒。 Ｂ耕介「……なんだね、少女」 奈緒「召還されたということはー、召還した人がいるんですよねー」 Ｂ耕介「は、はは！ なんだそんなことか。召還したのはこいつらだ」 ポケットから小瓶を取り出した。 Ｍｒ．Ａ「ああ！ 美皇に支配獣！」 茜屋「なんとも情けなくも面白おかしい姿に……」 美皇「……支配獣、なんとか言え」 支配獣「『助けてー』とかはナシですか」 美皇「不許可である」 支配獣「ならば……Ｍｒ．Ａ、および茜屋ほか数名！」 ビンのなかから大声で語りかける支配獣。 横では美皇がにらみつけている。 茜屋「早く言え。笑い死にしそうだ」 Ｍｒ．Ａ「まったく」 支配獣「……ここから出してほしくば、ここから出してくれ」 Ｍｒ．Ａ「情けないな、支配獣」 支配獣「なんとでも言ってくれ。今回の私はいいとこなしだ」 茜屋（今までいいとこなんてあったのか…？） 支配獣「ボスキャラの召還先に『暗黒さざなみ時空』を選んだのが失敗だった。まさか、これほど、邪悪な耕介くんがいようとは……」 Ｂ耕介「おっと、ここまでだ」 Ｂ耕介は、小瓶をマントの中に隠した。 Ｂ耕介「いつまでも会談させてやるほど、お人よしじゃないんでね」 口の端をこれ以上ないくらいに吊り上げて笑う。 Ｂ耕介「さあ！ 戦闘を開始しようじゃないか。出でよ！ 暗黒の改造兵よ！！」 ぼわっとＢ耕介の足元から白煙が舞った。 と思うと、煙の中からふたりの少女が現れる。 美王とフィリスだった。 Ｍｒ．Ａ「美王！」 茜屋「目が虚ろだな。洗脳されているというのは本当のようだな」 Ｍｒ．Ａ「不本意ながらそうだ」 雫「彼女は……洗脳もされているんです！」 真緒「ええええ！」 奈緒「改造……」 知佳「そんな……酷すぎます！ 愛し合うふたりを戦わせるなんて！」 茜屋「そこのところは、少し微妙だが」 Ｍｒ．Ａ「しかし、これだけの人数差だ。万が一にも負けはない」 フィリス「そうですか？」 フィリスの傍らには、仰々しい機械が鎮座している。 フィリスは、操作盤に目を留めることもなく指先だけでかちゃかちゃと操作した。 キンと耳障りな音が床下から響く。 とたんに茜屋たちの足元からガラスのような透明な結晶が盛り上がってくる。 茜屋「クリスタル結界か……！」 フィリス「戦闘は一対一。他の方々にはしばらく固まってもらいます」 Ｍｒ．Ａ以外の人間は、首の下まで完全にクリスタルで固められてしまった。息は出来るものの身動きひとつ取れない。 雫「こんなにまでして、ふたりを戦わせたいの！？ あなたはなにを考えているの！」 雫が叫んだ。 Ｂ耕介「五月蝿いな、ＮＰＣ。まぁ、そういうキャラなんだから仕方がないとは思うがな」 雫「え……？」 ふいにＢ耕介が言った言葉に雫が固まった。 雫「ＮＰＣ……って……」 Ｂ耕介「おや？ 気づいていなかったか。こりゃ失礼したな。ＮＰＣ――ノンプレイヤーキャラクター、ゲームのために作られた意思をもたないプログラムキャラのことだ」 雫「わたしが……プログラム……」 Ｂ耕介「お前だけじゃない。お前の姉の霞もこの村の連中も、塔の娘たちもな。召還された俺とフィリス、あとリスティもいるが、それ以外はみんなＮＰＣだ。Ｍｒ．Ａという主人公がゲームをするために支配獣が作ったプログラムだ」 調子に乗って喋り続けるＢ耕介。 Ｂ耕介「なんだ？ プログラムされた感情を自分の意思と勘違いしたか！？ まぁ、ありがちなこったな。ひゃははは！」 どくん、と心臓が大きく鳴った。 そういえば、自分たちはどこからこの村に来たのだろう。 まったく記憶がなかった。 目の焦点があわない。 わ た し は 、 つ く ら れ た の か ？ 心の最も奥深いところが締め付けられる。 大事なもの、失いたくないものが、砂のように滑り落ちていくのが感じられる。Ｂ耕介の言葉は細やかなガラスの破片となって、心を内部から傷つけていく。 Ｂ耕介「もうひとつ教えてやろう。ＮＰＣは当然ゲームだけの存在だ。つまりな、Ｍｒ．Ａがこのゲームをクリアすれば、お前たちは跡形もなく消え去るんだよ！！」 そこは暗い牢屋の中だった。 両手両足を拘束され、壁に磔にされている人影がある。 リスティだ。 月の光が差し込んだお陰で今が夜であることがわかった。 もう、どのくらい経つのだろう。自分がここに軟禁されてから。 リスティ（少し体力が回復しているか……？） へたに暴れないで体力を温存しておいたのが良かった。食事は貧相だったがちゃんと給されていたし、水ももらえた。少なくとも餓死させる意図はないらしい。 それはそうだ。 Ｂ耕介は、自分を人質にして、フィリスを思うように従わせているのだ。人質が死んでしまっては元も子もない。 むろん、殺しておいて欺き続けるという手もあるだろう。だが、自分たち姉妹にその手は無意味だ。自分とフィリスは魂の双子（性格にはセルフィもいれて三つ子）なのだ。姉妹の死はどんなに離れていても感じることが出来る。 リスティ（戦いが……始まったのか……） これも、フィリスから感じ取れることのひとつだ。 もっとも、テレパスを遮断されているので、漠然としか感じられないが。 Ｂ耕介の狙いはなんだろう？ あいつとて、召還されてきた身だ。召還主をビンに拘束したところで真に自由になれるわけではない。召還主を殺すことは原則的に出来ないし、召還を解かれなければ元の時空に帰ることすら叶わない。 リスティ（帰る意思がないのか……？） ここは、支配獣という人外の魔物の作ったゲーム空間である。 あらゆる条件はゲーム的に定まっている。 しかし、それはＭｒ．Ａという主人公を中心にして、だ。 もしも、主人公が倒されたらどうなるのか？ リスティ（主人公が入れ替わる？） 入れ替わった主人公には、このゲーム空間でのエンディングが用意されている。 目的はそこなのか？ リスティ「いったい、このゲームのエンディングってなんなんだ？」 誰にともなく呟いた。 「このゲームのエンディングは、『愛、そして旅立』」 どこからか声が聞こえた。 リスティ「誰？」 暗がりのなかから、異様な格好の少女が顔を出した。 フリフリのエプロンドレスに、ネコグローブ、リボンでしっちゃかめっちゃかな頭の両側には巨大な鈴が付いている。 霞「ワタシはこのゲームのＮＰＣ……」 リスティ「あ、あんた……」 霞「土壇場に来て、洗脳が解けた。そして、あらゆることが自我を超越して判った。自分の役割もなにもかも。ワタシはゲームを正常に戻さなければならない」 なにかが変わっていた。 美王とともにいたときとも、洗脳されていたときとも違う。 霞「ワタシは、いざというときのタメのバグ修正プログラム……リスティさん、あなたを解放します」 霞がゆっくりと手をかざすと、戒めが飴のように溶けた。 リスティ「――！」 霞「時間がありません。急いで……！！」 Ｂ耕介「さあ！ 行け！ 殺しあえ！！」 芝居がかった口調でＢ耕介は叫んだ。 それに呼応してフィリスが顎をしゃくる。頷いて、美王は敵を見据えた。 Ｍｒ．Ａは黙っていた。 美王の様子がおかしいのに気づいたのだ。 いや、洗脳され、自由意志を失っているのはすでに判っている。彼がいま気づいたのは、身体の異常についてだ。 Ｍｒ．Ａ「フィリス……お前、なにかしたな？」 搾り出すように問い詰めた。 美王の身体からは不自然なほどに余裕が感じられない。ところどころ筋肉が脈打ち、血管が浮き上がっている。 全力疾走したあとの短距離ランナーのようだ。 フィリス「……少し、リミッターを解除した」 Ｍｒ．Ａ「てめぇ……」 フィリス「油断している暇はないと思うけど」 美王が地を蹴った。 腕を胸元に添え、身体を小さく縮こませて突進する。 Ｍｒ．Ａはすんでで避けた。 Ｍｒ．Ａ「チッ…」 頬が裂けた。 髪がかすっただけだというのに。 美王は壁を背にしこちらを伺っている。 目は赤く血走っており、髪は静電気を帯びたようにぱちぱちと逆立っている。 Ｍｒ．Ａ「待て、美王！ 俺がわからないのか！」 茜屋「わかっていても、似たような反応を示すような気もするが」 横から茶々を入れる者がいるが、Ｍｒ．Ａはかまわず続けた。 Ｍｒ．Ａ「思い出すんだ、美王！あの夏の日の思い出を！」 真緒「プールで爆弾背負わせたときの思い出でしょうか」 奈緒「美王さま、二度と思い出したくないと思うなー」 Ｍｒ．Ａ「俺たちは愛し合っていたんじゃないのか！？」 美王「う、う、う……」 変化があった。 美王の顔に苦悩の表情が戻った。 美王「ううう……う、う、Ｍｒ．Ａ……Ａの、Ａの……」 フィリス「そんな……洗脳が解ける？ せっかく無理して追加した必殺技も使っていないのに……！」 美王「Ａのあほーーーー！！ わたしは泳げなくったっていいのーーーっ！！！」 魂の叫びだった。 そうか、そんなに、Ｍｒ．Ａの水泳教室が苦痛だったか。 同情を禁じえない。 美王「って……あれ？ ここは？？？」 Ｍｒ．Ａ「美王！」 美王「げ！ Ｍｒ．Ａ！」 Ｍｒ．Ａ「俺は信じていたぞーーー！」 美王「よ、よせ！ すりよるな……！ なんか髭がちくちくするー」 美王の小さな身体を抱きしめた。 状況に戸惑い、身体を硬くしていた美王の全身から力が抜けていく。 美王「おい、ちょっと離れ……て、あれ？」 ぬるりとした感触。 美王の右手の爪が突然針のように伸びて、Ｍｒ．Ａの胸を貫いている。 Ｍｒ．Ａ「ぐ……ふっ！」 美王「え？」 しゅん、と爪が引っ込んだ。 右手は真っ赤に染まり、血の雫を滴らせている。 フィリス「遠隔起動……どうやら、繋がりは解けていませんでしたね。リロードします」 フィリスは携帯電話くらいの機械をくりっと弄った。 電流が走ったようにびくりと身体を仰け反らせる美王。全身が青白い光に包まれて、また、目は虚ろに戻る。 フィリス「再調整が必要です。マスター」 Ｂ耕介「うむ、わかった」 ふたりの背後が渦のように歪んだ。 そのなかに溶け込むように消えていく。 Ｂ耕介「とりあえず、ひとり……主人公交代かな？ くはは！」 ふたりの姿が完全に消えた。 Ｍｒ．Ａはどさりと崩れ落ちた。 〜第五部「デッドシーンは突然に」〜 ふたりに追従するように美王の姿も消えた。 魔力を行使するものがいなくなったからか、茜屋たちを拘束していたクリスタルも徐々に消えていった。 茜屋「さて……洒落にならん事態だ」 知佳「Ａさん、Ａさん！！」 夕凪「このＳＳモドキで死人が出たら……まずいやね」 潮騒「大問題だよぉ」 Ｍｒ．Ａ「だ、大丈夫……だ、俺は、み、美王の手などでは、し、死なん」 真緒「そんなこと言って、顔が真っ青ですよー」 奈緒「血が血が〜〜〜」 茜屋「とにかく、ここが学校であるのが不幸中の幸いだ。医務室へ運ぼう」 医務室（保健室）は同じフロアの廊下の端っこにあった。 Ｍｒ．Ａをベッドに寝かせ、薬品棚を物色する茜屋。 茜屋「まずいな……必要な薬品は揃っているものの……最悪の処方しか思いつかない」 Ｍｒ．Ａ「……お、お前がまともな手立てを思いついたこと、が、あるか……いい、かまわん……なんでもいいから、頼む」 息も絶え絶えに訴える。 強がっているようだが、その命が燃え尽きようとしているのは素人目にも明らかだった。 茜屋「肉体の復元は可能だ。だが……それまで魂がもたん」 Ｍｒ．Ａ「……？」 雫「どういうことですか」 茜屋「死という概念を二元的に考えてみよう。肉体と魂の結びつきの問題だ。人間、寿命でなければ、魂は肉体にしがみつこうとする。しかし、肉体が魂を維持する機能を有しないと判断すると、魂ってやつは、わりとあっけなく結びつきを手放してしまう」 真緒「それが、死、ですか」 茜屋「今の場合、魂はいまにもＡの肉体を捨てようとしている」 潮騒「ど、どうするの」 茜屋「なに、魂に対してもっと健康な肉体を一時的に用意してやればいい。その間に肉体を補修する」 知佳「そ、それって……魂を入れ替えるってことですか？」 茜屋「そうだ。Ｍｒ．Ａの肉体の破損状況に耐えられ、かつ、Ｍｒ．Ａの魂を受け入れられる肉体を有している者と、身体を入れ替えるんだ」 Ｍｒ．Ａ「ちょ、ちょっと待て。そんなこと……」 冗談のような解決策だ。 茜屋「これに適合するのは、実はひとりしかいない」 Ｍｒ．Ａ「誰であろうと不許可だ。俺はひとりでも……くッ！！」 茜屋「……気の毒だが、お前の意思を尊重している暇はない。お前がいなくなれば、主人公は入れ替わる。そうなれば、またダンジョンをいちから攻略しなければならなくなる。Ｂ耕介に余計な時間を与えるわけにはいかない。選択の余地はないんだ」 Ｍｒ．Ａ「く……」 容易に理解しかねる。 本当に他に方法はないのか？ しかし、ここにいる皆に茜屋の意見に反論するだけの医学知識を備えているものはいなかった。 知佳「茜屋お兄ちゃん、ちょっと……」 知佳が耳のピアスを操作した。軽く、茜屋の手に触れる。茜屋がふざけているのか、そうでないのか。知佳ならそれが分かる。茜屋は黙って従った。 知佳「……本当に、それしかないんだね……って、え！？」 茜屋の頭のなかを読んで、知佳は驚愕した。 知佳「Ａさんと肉体を交換できる人って……」 茜屋「そう、彼女しかいない」 彼女、と言った。女性なのだ。 茜屋「雫くん、君だ」 雫「え……わ、わたしー！？」 茜屋「うむ、支配獣のつくった肉体ならば応用範囲も広いはず。ぜひに頼む」 雫「そんな……！」 それをしなければ、Ｍｒ．Ａは死んでしまう。 ああ、人間にこのような悪魔の選択が出来るものだろうか。 茜屋「仕方ない。のちに悪魔と呼ばれても構わない。ここは、ココロを鬼にしよう」 雫「ひッ――！」 茜屋がしゅっと注射器を放った。 雫の額に命中する。 真緒「……茜屋さん」 茜屋「……」 同時刻、ここは、祭壇にして玉座。 Ｂ耕介がモニターを眺めつつ、次なる手段を模索している。 Ｂ耕介「……Ｍｒ．Ａは助かるか……主人公が入れ替わればまた別の楽しみ方があったのだが……」 フィリス「あんな回避法があったとは思いませんでした。致し方ありません」 Ｂ耕介「美王はどうしてる」 フィリス「それが……」 あれから、美王はぴくりとも動かなくなってしまった。 ショックが強すぎたのだ。 フィリス「調整層でのいかなる操作も受け付けません。いっさいを拒否しています。これ以上の洗脳も改造も無意味です」 Ｂ耕介「ひらたく言えば、『壊れた』ということか」 フィリス「はい」 Ｂ耕介「どうにも上手くいかないものだな。……さて、どうするか」 天井の一角を見つめて思案するＢ耕介。 Ｂ耕介「こうするか」 手元のボタンを押した。 天井からしゅるしゅると触手が伸びてくる。 数本の触手はがっしりとフィリスの身体を拘束した。 フィリス「――！」 Ｂ耕介「自分の身体で改造を味わってみるってのも、いい経験なんじゃないかい？」 保健室に、簡易な手術台がセットされた。 茜屋の持ち込んだ『ストーカー君』をバラして組み上げたものである。（ご都合のようだがご容赦願いたい） 茜屋「これより、Ｍｒ．Ａと雫嬢の心身交換手術を開始する」 真緒「はい」 夕凪「はい」 助手には真緒と夕凪が付いた。 真緒は判断力にたけ、機械装置に詳しい。また、夕凪は医療のエキスパートである。 美緒美緒団は、それぞれに特化した人材が豊富だ。美王の組織統制力はなかなかのものだったのだろう。 茜屋「まず、雫嬢のアカネ回路の摘出にかかる」 真緒「アカネ回路？」 茜屋「人造人間の魂と肉体の仲立ちをする回路だ。自由意志をもっているアンドロイドなどに使用されている。雫嬢が自由意志をもったＮＰＣであるなら、必ずこれに類した回路が備わっているはずだ」 夕凪「支配獣さんは地底帝國の技術を持っています。地上の理屈は通用しないんじゃ？」 茜屋「海底帝国や地底帝國の技術水準なら、おおよそは調べさせてもらった。とうてい理解できるレベルではないが……魂の領域に関してはぶちあたっている壁は同じようだ」 身体の各所をセンサーで調べる。 茜屋「あった」 耳のうしろに黒子くらいの大きさの石が埋め込まれている。 真緒「こんなに小さな……？」 茜屋「電圧を下げてくれ。拡大鏡の倍率を最大に。そう。電気信号のパルスをトレースする……ＯＫだ」 １時間、２時間……時間は容赦なく過ぎていく。 ここに、Ｂ耕介が襲ってきたらひとたまりもない。防戦のために武器をとっている知佳や潮騒の額に汗がにじむ。 ３時間。 手術室の明かりは煌々と灯っている。 そして―― 茜屋「……終わった。手術は成功だ」 真緒「外科手術というわけじゃないから、すぐに起きられるんですか？」 茜屋「大丈夫だ。魂の定着をみるためにも、すぐに起こしたほうがいいな」 茜屋は、雫の肩を揺さぶった。 手術が成功しているなら、なかにはＭｒ．Ａが入っているはずだ。 『う……ん……』 眠そうに目を擦りながら、身体を起こす雫。 雫『あ、ああ……茜屋、成功したのか？』 雫『あら？ 身体の交換は失敗したの？』 ほぼ同時に答えた。 おなじ、身体が、だ。 茜屋「あれ？」 真緒「おなじ身体に……両方？」 茜屋「あれれ？？」 茜屋「お、オカシイな……うまくいったはずだったのに」 真緒「茜屋さん……（じとー）」 茜屋「じゅ、術式は間違ってないんだよ。なにか、不確定要素があったとしか。あ、ほら、こっちは大丈夫だし！」 茜屋は、ベッドのうえで寝転がっているＭｒ．Ａの肉体を指差した。 こちらには、雫が入る予定だった。 夕凪「では、今、こっちの身体はカラッポなのですか？」 茜屋「まさか、魂がなくて肉体が維持できるはずがないじゃないか。ちゃんと魂は入っているよ。しかも、Ｍｒ．Ａの身体の損傷と必死で戦ってくれている。まぁ、しばらくは目を覚まさないだろうが……って、あれ？」 真緒「……誰が入っているんですか」 茜屋「えーと、雫ちゃんの身体に、Ｍｒ．Ａも雫ちゃんも入っているわけだから……」 全員の視線がＭｒ．Ａの身体に集まる。 いったい、なにがおこった？ 同時刻、霞の働きにより戒めを解かれたリスティは、地下牢からの脱出を試みていた。 リスティ「くそー、むやみに広いし……いったいどっちに行きゃいいんだ？」 霞「私に聞かれましても」 リスティ「だって、ボクを助けに来たんだろ？ 退路くらい調べてあるんじゃないのか？」 霞「……その点ですが、正確には違います」 リスティ「え？」 霞「私はバグ修正プログラムです。想定外レベルが一定の割合を超えたときに自動的に起動するようになっているに過ぎません。プログラムでは、そのときに一緒にいた人のお手伝いをすることになっています。むろん、行動はバグ修正を促せる範囲に限定されますが……」 リスティ「ナニ言ってるのかいまいち判んないんだけどー。要するにボクの手伝いをしてくれるんだろ？ なら、なんとかしてよ！」 霞「はぁ……でもこちらにも予想外の事態が起きていまして」 リスティ「予想外？」 霞「本来なら、この肉体の人格――霞さんというのですが――彼女の意識が残っているはずだったんですよ。それがさっき何故か消えてしまいました。おかげで、わたくし、今の状況がちんぷんかんぷんなのです」 リスティ「状況？ 見てわかんない？」 リスティはさっと物陰に隠れた。 もたもたしている霞（バグ修正プログラム？）を引っ張り寄せて頭を押さえつける。 霞「痛いです」 リスティ「しっ！」 『こっちだ！』 『追え！』 『殺してもかまわん！ 絶対に逃がすな！！』 どやどやと、廊下を走っていく殺気だった連中。 彼らの標的がリスティと霞なのは明白だ。 リスティ「わかった？」 霞「はぁ……」 Ｍｒ．Ａ「しかし、凄いな、思ったよりも動きやすい。これなら十分戦える」 雫『ちょっとあんまり粗末に扱わないでよ』 とりあえず身体の主導権はＭｒ．Ａのようだ。 自分の身体なのに自由にならず、不満な様子の雫だが、身体の中から訴えても無駄だと悟ってはいる。 Ｍｒ．Ａ「女の身体だと戦闘には向かないと思ったが、なかなかどうして、雫、お前けっこう長身だし、鍛えてあるな。引き締まった身体にしなやかなバネ。ちょっと、胸が邪魔だが」 雫『……よけいなものが付いてて悪かったわね』 二人（ひとり？）はさっそくダンジョンに戻った。 しばらく間をおいたからか、少女モンスターが増えている。 Ｍｒ．Ａ「いや、しかし、ホントに凄いな、かめはめ波とか、目からビームまで使えるとは」 雫『え？』 両手に気を溜めて、手のひらから放出する要領でえいっと繰り出す。 大爆発。 空気が大きく弾け、目の前の少女モンスターが次々と吹っ飛んだ。 雫『え？ え？ ええええ？』 次は、鍵のかかった扉。 取っ手の部分に眼力を集中させる。 たちまち、飴のようにどろどろに解け、大きな穴が穿たれた。えいと蹴り飛ばして中に入る。 Ｍｒ．Ａ「いやあ、便利便利♪」 雫『そ、そんなこと出来るわけないでしょー！！』 信じられない事態に、うろたえる雫。 茜屋「うむ、二心同体となったのが、うまく作用しているようだな」 Ｍｒ．Ａ「茜屋」 茜屋「おそらく、精神エネルギーが倍増しているんだ。いや、相互作用で何倍にもなっているに違いない」 Ｍｒ．Ａ「それは素晴らしい」 茜屋「これなら、Ｂ耕介にも勝てるに違いない」 うわっはははは、と大喜びだ。 Ｍｒ．Ａ「ところで、俺の体の謎はとけたのか？」 茜屋「いや、さっぱり。だが、順調に回復してるし、ほおっておいていいだろう」 Ｍｒ．Ａ「誰が目を覚ますか楽しみだな」 茜屋「まったくだ」 雫『……（熱）』 Ｍｒ．Ａ「ここが最上階か……」 明らかに様相が変わった。 階段を上がり、小さな穴を這い上がると、そこは別世界。静かな風が吹いている。 真緒「ふわぁ……」 草原である。 見渡す限りの緑。緑。緑。 白く小さな花が咲き、タンポポの綿毛がふわふわと舞っている。 天井はなく、突き抜けるように青い空は、春先の濃度で彼らを出迎えた。 茜屋「……ふん、悪趣味な」 夕凪「えー、さわやかやん」 だから、だ。 こんな気持ちのいいところで、戦闘をさせようとする。 草木を手折り、花は蹂躙されるだろう。甘い香りは硝煙の匂いに取って代わるだろう。 Ｍｒ．Ａ「まぁいい。どこであろうと、Ｂ耕介をぶちのめすのみ」 雫『ま……頑張って』 雫としては複雑だった。 Ｂ耕介が敗れる。それは、このゲームの終了を意味する。 ゲームが終わったら――自分たちはどうなるのだろう？ 雫『……』 Ｍｒ．Ａ「……まぁ、あまり気にするな」 雫『え？』 Ｍｒ．Ａ「少なくとも俺が中に入っているうちは消えたりはしないだろう」 雫『そ、そうかな……って、ココロ読んだ！？』 Ｍｒ．Ａ「読まなくても判る」 茜屋「う〜む、イマイチ緊張感がないな」 知佳「しょうがないですよぅ」 茜屋「ま、実際、簡単に消えたりするとは思えないんだがな」 潮騒「そうなんですか？」 茜屋「肉体にしろ、魂にしろ、なんかなー。とくに魂のほうは……」 こめかみに指をあててうんうんと唸る。 茜屋「Ａの奴がすんなり身体に入れたのもアレだし、二心同体でここまでベストフィットするってのも、なんか変だ」 知佳「もしかして、お二人は運命の二人なのでは！」 潮騒「わ！ 赤い糸！？」 顔を赤くする少女たち。 茜屋「まー、それはおいといても、Ｂ耕介は別次元から召還されてきたそうだからな。雫ちゃんもそうである可能性は高いんじゃないか？」 『お前はＮＰＣだ』 Ｂ耕介の言葉がよみがえる。 しかし、悪役であるＢ耕介をわざわざ別次元から召還して、このゲームを作った支配獣のことである、重要キャラであるＮＰＣを作るのに同様の手段を使った可能性はかなりありそうだ。 真緒（……美王さま……） 少女は遠い瞳で、草原を歩くＭｒ．Ａを見た。 その姿は、すこしずつ小さくなっていった。 「ここは……」 保健室のベッドで、Ｍｒ．Ａの身体が目を覚ました。 無事、肉体の損傷は完治し、精神が落ち着いたのだろう。 奈緒「あ……起きた」 傍らの椅子でうたた寝をしながら、番を仰せつかっていた奈緒が顔を上げる。 少々、緊張気味だ。 いったい、誰が入っているのだろうか。 Ｍｒ，Ａか、雫か？ どっちにしろ、あんまり気持ちのいい想像じゃない。 「あなたは、さっき雫ちゃんと一緒にいた……？」 奈緒「あ、は、はい！」 言いよどむ。 言葉が続かない。 「えっと、私、霞っていうの。雫ちゃんのお姉さんよ」 奈緒「え？ え？ え？ ええええ！？」 パニック。 Ｍｒ．Ａの身体でオネエ言葉なのが気持ち悪いのはもちろんだが、それ以上の衝撃が奈緒を襲う。 奈緒「し、し、雫さんの……」 霞「なんか、身体が強張ってるんだけど……ここは、いったい……」 ふと、ベッドの横の鏡に目がいった。 右手を上げる。左手を伸ばす。頬を引っ張る。 霞「……」 奈緒「……あ、あの」 霞「……」 奈緒「えーと？」 霞「……なにこれぇーーー！！ あの痴漢男？ なんで私が変態の姿に！？ えええええ！？」 パニックは、こっちのほうが上だった。 霞「なるほど……そんなことが」 奈緒「でも、お姉さん、よく私がわかりましたねー」 霞「あー。洗脳されていても記憶は残ってるのよ」 奈緒「はぁ……っん！？ ってことは、美王さま……」 霞「今の話じゃ、こいつを刺したときには正気だったようだし、危ない状況かもねー」 奈緒「ど、どうしましょう？ 美王さま、あれで逆境に弱いし……」 霞「よし！ 私たちで助けに行きましょう！」 奈緒「え、わ、わたし、たち、ですか？」 霞「そう、Ｂ耕介は最上階に行ってるみたいだし、今がチャンスよ！」 奈緒「は、はぁ……」 霞「それに、私の身体も探さなくっちゃ。どうなってるのか心配」 おそらく、そっちが本命の目的だろう。無理もないが。 霞「コスプレはずいぶんしたけど、男の身体って初めて」 落ち着いてみると、ちょっと楽しそうだ。 逆境に強いらしい。 そういえば、雫にもそんなところがある。 霞「さー、レッツゴー♪」 奈緒「はわわわ〜〜〜」 空が蔭った。 墨を一滴落としたように瞬く間に灰色が広がっていく。次第に湿度が増し、空気の中に雨の粒が混じり始める。 緑は、雨滴を受けて、つんとするような青臭さを醸し出す。 Ｍｒ．Ａは、しかし、顔に雨があたるのも気づかず、一点を見つめていた。 草原の真ん中に椅子があるのだ。 じり…… Ｍｒ．Ａは椅子に近づいた。 ゆったりとした大きさの、品のいいロッキングチェアーである。背の高い紳士が腰掛け、ウィスキーでも傾けるのが似合うかもしれない。 すっと背筋を伸ばす。 Ｍｒ．Ａは臨戦態勢に入った。 雫の、黒い大きな瞳に、椅子が映っている。 雫『……Ａさん、いったい……』 肉体の主導権を明け渡しているとはいえ、Ｍｒ．Ａの見ているものは雫にも見えたし、五感はすべて感じることが出来た。 しかし、今、Ｍｒ．Ａはそれ以外の知覚で、なにかを感じている。雫には、ただ、草原に椅子がある不可解しか判らない。 Ｍｒ．Ａは動かない。 だが、全身から湯気が立ち込めるほどに、神経のいっぽんいっぽんが鋭敏になっているのが、雫にも感じられる。 雫には、なにも見えない。 椅子がある。 空は蔭っている。 小雨がぽつぽつと、髪にあたり、米神からつうと雫が頬を伝っていく。 椅子が、……揺れている。 揺れている？ Ｍｒ．Ａは、突然弾かれたように椅子から離れた。 椅子がくるくると回りだす。 Ｂ耕介「早かったね、Ｍｒ．Ａ。私は今、休息中だったのだがね」 激しく回る椅子の上に、いつのまにかＢ耕介の像が重なっていた。椅子の回る速度がしだいに鈍っていく。 Ｂ耕介は、右手にティーカップ、左手にソーサーを持って、優雅に紅茶を楽しんでいる。 Ｂ耕介「食後のお茶は、人生で最も楽しいことのひとつだ。黙って待っていてくれたのには敬意を評するよ」 かちゃりと、カップを下げる。 びゅんと椅子の隣にテーブルが現れる。 Ｂ耕介「アポーツ、という能力をご存知かな？」 Ｂ耕介は指をぱちりと鳴らした。 テーブルと椅子が跡形もなく消え去る。 かわりに、大きく黒光りする大砲が現れた。さらには、自走砲、戦車、レーザー兵器、古今東西ありとあらゆる破壊兵器が草原を埋め尽くすように現れる。 Ｂ耕介「勝てると思えるのか？ そんな華奢な身体で？」 重圧。 Ｂ耕介の言葉に、雫は凍りついた。背中に冷たい汗が流れるのを感じた。 勝てない――そう、思った。 Ｍｒ．Ａは苦戦していた。 次から次へと巨大兵器を繰り出してくるＢ耕介に、防戦一方で対応しているのだ。 Ｂ耕介「ロードローラーだ！！」 Ｍｒ．Ａ「くっ……！」 避ける。 体勢を立て直す間に気を溜める。しかし、すぐに新たな攻撃がＭｒ．Ａを遅い、気は霧散してしまう。 茜屋「まずい……雫ちゃんの身体を気遣っているのか？ このままじゃ、勝てない」 夕凪「茜屋さん、このままじゃ……」 あまりに一方的な戦いだ。 戦力差がありすぎるのだ。しかも、Ｍｒ．Ａは自分の身体でないというハンデを背負っている。 しかし…… Ｍｒ．Ａの助太刀をしようにも、すでに二人の領域には結界が張ってあった。 フィリス「手出しはさせません」 フィリスは結界の前で、歯噛みをしている茜屋たちを目に、うすく笑った。 霞「……苦戦している」 奈緒「霞さん、わかるの？」 霞「私と雫ちゃんは姉妹だよ！ それに、この身体はＡさんのもの。戦っている状況はおぼろげに感じられる」 奈緒「じゃ、じゃあ、早く合流して、Ａさんに身体を返したほうがいいんじゃ…？」 霞「ううん、それよりも先にやらなくちゃならないことがある」 霞と奈緒は、Ｂ耕介が最初に現れた階層を目指していた。 そこには、彼らの本拠地があるはずだ。 霞「ここ――」 扉を開けた。 ずらりと並ぶ調整槽が目に飛び込んだ。 奈緒「これは……！」 霞「洗脳、改造用の調整槽。わたしもこれに入れられていた」 今はほとんどが空である。 霞は、ひとつの調整槽の前で止まった。 奈緒「み、美王さま！」 調整槽の薄緑色の液体に、美王の姿が沈んでいる。 霞「Ａさんを助けられるのは彼女しかいない。だって、それはあらかじめ決まっていることなんだもの」 その頃……同じく、ダンジョンのなかをさまよっている二人の人影があった。 リスティ「あーー、きりがない〜〜。しゅーちゃん、ホントにこっちでいいの？」 『……なんですか、その、しゅーちゃん、というのは』 リスティ「あんたの名前、『バグ修正プログラム』じゃ長すぎるから」 『……まぁ、いいです。それよりも急ぎましょう――あ』 リスティ「どったの？」 『最終修正プログラムが起動しました。まずいです。あと５日以内にゲームを終了しなければ大変なことになります』 リスティ「最終……？ それって、どうなるの？」 霞の姿をしたバグ修正プログラムは、悲痛な面持ちで天井を仰いだ。冷や汗が一滴、頬を伝っている。 『強制終了です』 美王は怯えていた。 調整槽から出したとたん、膝を丸め、小刻みに震えだした。 霞がＭｒ．Ａの姿をしていたのも災いした。美王は、Ｍｒ．Ａの顔をまともに見ることなど出来なかったのだ。 霞「困ったな、これじゃどうしようもない」 奈緒「無理もないよ。愛する人を刺しちゃったんだもん」 美王は、フィリスに操られ、Ｍｒ．Ａを刺してしまった。 それが、美王の心を苛む。 肉に突き刺さる爪の感触。その感触が拭えない。 美王「……あうううう」 もはや言葉にもなっていない。 奈緒「……」 しばらく、その様子を見ていた奈緒。 いつもどちらかというと真緒の影に隠れている少女。明るく、可愛らしく、みんなの妹、といった感じの奈緒。その彼女が、かつてないような表情をしていた。 霞「しょうがないなー。無理やり、連れて行っちゃおか――って、奈緒ちゃん？」 つか、と美王の前に立つ。 奈緒「……美王さま」 重い。 言葉に重量があった。泣きじゃくっていた美王も、しゃくりあげながら顔をあげる。 ぱぁん！ 奈緒の小さな手が、美王の頬を張った。 奈緒「情けないです！ 美王さま！！ 美王さまは世界征服を目論む史上最強の美緒美緒団の大幹部ではないですか！」 美王「あ……」 奈緒「ぶったるんでます！ 刺したからなんだっていうんですか！ あんなことでＡさんが死ぬとでも思ってるんですかッ！ それこそ、侮辱ってもんです！」 美王「あ、あうあう」 奈緒「トドメを刺しに行こう、ぐらい言って然るべきじゃないですか！？ こういう場合！」 怒涛のように罵声が流れていた。 なにか違うだろう、と思いつつ、霞は黙って見ている。 奈緒「さあ！ 立つです。立って、傍若無人で、高慢で、だけど、ちょっと天然入ったいつもの美王さまに戻るです！」 ぐっと手を取って立たせる。 美王「奈緒……」 涙が止まっていた。 かつての盟友だった美緒美緒団。そのなかでも真緒と奈緒は、いつだって美王を支えてくれた。こんなときだって、やはりそうなのだ。 叩かれた美王の頬に、赤みが差す。 奈緒「悲劇のヒロインなんて似合わない――なんたって、美王さまはヤラレキャラなんですから――！」 美王「うッ……」 がくん。 美王「や、やっぱり、そなの！？ わたしって、ヤラレキャラなのーーー！？」 ３人だけの研究室に、絶叫がこだました。 美王「ううううう」 奈緒「え〜と、まぁ、それはともかくとしてですね。Ａさんを助けにいかなくちゃです」 美王「Ｍｒ．Ａを……？」 奈緒「はいです。今、助けないと、Ａさんがやられた間接的な原因は美王さまということになっちゃうですよ」 美王「う………」 Ｍｒ．Ａが今苦戦しているのは、自分の身体を使えないからでもある。なるほど、間接的には美王が原因と言えなくもない。 霞「奈緒ちゃん、容赦ない……」 奈緒「ここは、助けて罪悪感を拭い去ると同時に、恩を売る、ということで対処するです」 美王「……そんな……」 奈緒「それしかないです」 有無を言わせぬ口調であった。 完全に支配者のそれだ。美王は、力なく立ち上がった。抵抗する気力など残っていないのだ。 霞「奈緒ちゃん……あんたって意外と黒い」 『早く！ こっちです！』 最上階を目指し、階段を駆け上がっている霞、美王、奈緒の３人に突然呼びかける声があった。 霞「あーー！ アタシの身体！！」 『あ、お久しぶりです』 声の主はバグ修正プログラムだった。 同じく最上階を目指していたので出くわしたらしい。 霞「なによ、アンタ！ アタシの身体返してよぅ！」 『えーと、条件がそろえば自動的にそうなりますので、しばらくお待ちを。それより、急ぐのなら、こちらをどうぞ』 バグ修正プログラムは大きく手を翳した。なにか口のなかでもごもごと唱えている。 『るぅら』 なんかすっごく恥ずかしい呪文を聞いたような気がした。 一瞬、霞の表情に縦線が入る。 しかし、そこはそれ、古の超有名移動呪文。期待を裏切ることなく皆の身体は霧に包まれた。 リスティ「ダンジョンのなかでルーラは使えなかったと思うけど」 一部の批判は無視して。 そして、最上階。 あいかわらず、Ｍｒ．Ａは苦戦しており、茜屋たちは身動きできずにいた。 奈緒「あ、Ａさんやられてる。凄い。霞ちんの情報どおり」 真緒「奈緒！」 奈緒「やっほ、真緒ちゃん、美王さま、連れてきたよぅ」 美王は奈緒のうしろで小さくなっている。 小動物のようだ。 茜屋「をを！ Ｍｒ．Ａの身体！ 回復したのか。――で？ 中身はいったい誰だ？」 霞「アンタ誰？」 茜屋「登場人物が多すぎるな。自己紹介している暇はない。Ａの魂を戻さなくては」 Ｍｒ．Ａはすでにぼろぼろだった。 それでも致命傷を逃れているのは、さすがと言うべきか。 Ｍｒ．Ａ「……美王？」 Ｂ耕介の攻撃を紙一重でかわしながら、Ｍｒ．Ａは美王の姿を認めた。 美王は、怯えている。 なるほど、自分を刺したことが原因か。 Ｍｒ．Ａ「……ふっ」 雫『ど、どうしたの？』 Ｍｒ．Ａの様子が変わったのが判った。 すっくと立ち上がる。 Ｍｒ．Ａ「美王！」 大声で叫ぶ。すでにＢ耕介のことは眼中にない。 完全に隙だらけだ。 Ｂ耕介「戦闘の最中に余所見をするなど――ぶッ！！」 すかさず攻撃を仕掛けたＢ耕介の顎にＭｒ．Ａのパンチが炸裂した。後ろを向いたまま、思い切り右手をぶちかましたのだ。 雫『うそ……』 Ｍｒ．Ａ「美王！ 貴様、なんだそのざまは！ 仮にもこのＭｒ．Ａの教え子ともあろうものが、その腑抜けた顔はどうしたッ！！」 美王「あ……えう」 Ｍｒ．Ａ「コートのなかでは泣かないと誓ったのは嘘だったのか！」 美王「は、はひ！」 真緒「凄い……美王さま、Ａさんは雫さんの身体なのに、ちゃんと判っている」 奈緒「条件反射だね〜♪」 Ｂ耕介「お、おい貴様、馬鹿に……」 鼻血をぼたぼた垂らしながら、Ｂ耕介は今一度Ｍｒ．Ａに攻撃を試みる。 Ｍｒ．Ａ「うるさい！」 Ｍｒ．Ａは、Ｂ耕介からすばやく逃れ、美王の前に立った。 Ｍｒ．Ａ「ちょっと借りる」 美王「え？」 美王の足首をむんずと掴む。 バランスを崩してよろけた美王。Ｍｒ．Ａはそのまま美王の足を軸に棒のように振り回した。 美王「いや〜〜〜〜！！」 Ｍｒ．Ａ「くらえ！ 必殺美王バット！ 明日もホームランだ！」 ぶんッ、と振り回した拍子に、美王の靴下が脱げた。 Ｂ耕介に向かって、ミサイルのごとく一直線に空を飛ぶ美王。 あまりの意外な攻撃に、Ｂ耕介は避けられなかった。 Ｂ耕介「ぶッ ぶべばらぁ！！」 もみくちゃになって吹っ飛ぶＢ耕介。ロードローラーにぶち当たり、なにかが潰れる嫌な音がした。 知佳「ひ、酷い……」 奈緒「やっぱ、美王さまはこうでなくちゃ♪」 フィリス「Ｂ耕介さま！」 ぼろ雑巾のようになったＢ耕介にフィリスが駆け寄った。 どうやら、かろうじて生きている。 Ｂ耕介「フィリス……俺は……負けた」 フィリス「Ｂ耕介さま、喋らないで！」 Ｂ耕介「俺は……何故、負けた？」 フィリス「それは……」 傍らでは、美王がやはりぼろ雑巾のようになっている。 フィリス「愛の力でないことだけは確かです」 Ｂ耕介「ふ……そうだな。なれば、まだ機会はある。フィリス、準備はいいか？」 フィリス「はい」 フィリスはポケットから小さなリモコンを取り出した。 いざというときのために用意していたものだ。 フィリス「召還！」 空気がゆがんだ。 フィリスの呼びかけに応え、中空に小さな光の粒が集まってくる。やがて、それは平らな円形を形成しはじめる。 Ｂ耕介「何度でもやりなおすさ」 フィリス「はい」 円形の光はゲートだった。 ふたりはゲートに滑り込む。 Ｂ耕介「時空は無限だ。いつか我らにふさわしい時空も現れるだろう！！」 彼らはパラレルワールドからやってきた。 そして、今また時空の彼方に消えようとしている。 リスティ「フィリス、待って！ ボクは脱出した。もう、Ｂ耕介に従うことなんてないんだ！！」 フィリス「……」 リスティ「さあ！ 早く戻って……」 フィリス「姉さん、わたしはもう、戻れない」 リスティ「え……？」 フィリスはにこりと笑った。 さびしそうな笑み。 リスティ「フィリスーーーっ！！！」 光が消える。 ゲートが閉じる。 青臭い風の吹く草原に、リスティの叫びだけが残った。 支配獣「見ろ……エンディングだ」 どこからか、音楽が流れ出した。 草原は光に包まれ、身体が入れ替わっていたもの達も次々と元に戻っていく。 知佳「何故に『地上の星』？」 支配獣「美皇さまの好きな曲でな」 茜屋「それにしても、いつのまに瓶から脱出したんだ？」 美皇「ふ……ミクロの決死圏なみの苦労をしてな」 美王はＭｒ．Ａの腕の中で泣いていた。 悲しいからだ。 改造され、洗脳されてＭｒ．Ａを刺した。その罪悪感がぬぐいきれぬうちに、当の本人からこれ以上ないくらいの虐げを受けた。 あげくのはてに、ぶんなげられた。 ピクミンの気持ちがよく判る。 美王「ううううう、愛が欲しい……」 それでも、この腕のなかに安らぎを感じているのも確かなのだ。 奈緒「美王さま、実はマゾだったんだね」 真緒「怖いことをさらっと言わないで」 とにもかくにもゲームは終わりを告げた。 支配獣「美皇さま、当初の目的は概ね達成したと言って宜しいかと」 美皇「うむ、Ｍｒ．Ａという男、これほど美王に相応しい者もおるまい。認めざるをえん」 知佳「あ、そういうのが目的だったんだ」 夕凪「ふたりは試練を突破したんやね」 美皇の目に涙が光った。 美王に対する同情の涙だった。彼女はこれからもずっとずっと苦労し続けるだろう。これは運命なのだ。 支配獣「そうそう、運命といえば……」 支配獣は、雫と霞を振り返った。 支配獣「雫、霞、もう役目はすんだから帰ってもいいぞ」 雫「はい？」 霞「え？」 目が点になる。 雫「帰る、って……？」 支配獣「ああ、お前らもＢ耕介と同じく別次元から召還してきたものだからな。もう戻っていい」 霞「えええーーーーー！！」 雫「ちょ、ちょっと待って、わたしたちって、ただのＮＰＣだったのでは……」 支配獣「意思をもったＮＰＣなんかそんなに簡単に作れるか。面倒くさかったから、別次元から召還して代用した」 霞「面倒くさ……酷い」 雫「だ、だって、アカネ回路とかいう変な機械だって……」 支配獣「ああ、あれはお前たちの特性上、Ｍｒ．Ａたちと一緒では存在確率が希薄になりがちだから使っただけだ」 茜屋「なるほど……本来の使い方でなかったから、魂の移植がうまくいかなかったんだな」 雫「じゃ、じゃあ、わたしたちは……ちゃんとした人間……」 支配獣「ちゃんとしてるかどうかは知らんが」 そして、帰ってきた。旅館向日葵に。 ゆうひ「あーー、みんなどこ行ってたんー。もー、１００曲くらい歌ってまったー」 愛「お料理、デザートが出てますよ〜♪」 戻ってみると、宴会は終っていたが、何人かは宴会場に残っていた。 どうやら、こちら側では、ほんの数時間しか時間がたっていないらしい。 支配獣「時空の狭間に作った空間だからな」 茜屋「いばるな」 雫と霞はもといた時空に帰っていった。 霞はどうやら美王が気に入ってしまったらしく、「お姉さまー、帰りたくないー」などと言って皆を困らせた。 また、会えることもあるだろう。 Ｍｒ．Ａも美王もそんなことを言って二人を送り出した。 だが、そんな可能性は万にひとつもないことを誰もが知っていた。なにしろ、彼女たちは時空の彼方からやってきたのだ。 知佳「そういえば、ふたりとも記憶喪失だったみたいですけど……」 支配獣「ちょっと出所がまずいんでな、あのふたりは。こっちの時空に来るまえの記憶は封印させてもらっていたんだ。むこうに帰ったら戻るしくみになっている」 美皇「戻ったら、さぞかし驚くんだろうな」 支配獣「そうでしょうな」 知佳「？」 雫と霞は山の中にいた。 休みを利用して、ふたりで近場の山にハイキングに来ていたのだ。 滝の流れる渓谷の登山道を、軽い足取りで歩いていた。水がしぶきとなって降りかかる。滝の周囲には虹がかかっている。 もうすこし奥に、洞窟があるらしい。そこまで行ってみよう。 河岸の岩場から山深いほうへ。 案内板を通り過ぎて、杉林の間を抜けて。 ふたりの記憶はそこで途切れていた。 霞「帰ってきたね……」 雫「ん」 時空の彼方の不思議な町でパン屋を営んでいた記憶もしっかり残っていた。 湖でＭｒ．Ａや美王に会って、無節操なダンジョンで冒険をしたことも。 霞「身体はなんともないみたい。改造とか、洗脳とか、みんな夢だったみたいだね……」 雫「ほら、見て霞ちゃん」 傍らの木に水筒が吊るしてある。一休みしたときに置いておいたものだ。向こうの時空には行かなかったもの。リュックとかもそのまま残っている。 雫「水筒の氷が、溶けていない」 霞「時間、ほとんど経っていないんだ」 身に着けている服も、どこにも擦り切れたり汚れたりしている部分はない。 記憶に残っているだけ。 それだけで、あの出来事はすべて霧の彼方に消えてしまった。 雫「帰ろうか」 霞「そうだね」 ふたりは、山道を岐路についた。 西の空が赤らみ始めている。夏ももう終わりだ。 田舎のバス停で、２０分もやってこないバスを待ちながら、雫は自分のなかに浮かんだ、ある可能性について思いを巡らせていた。 Ｍｒ．Ａ。 ワンアルファベットナンバー、Ａ。 その記号にはなじみがあった。 父が、自分の持ち物には必ず「Ａ」と署名していたのだ。 『若いころの通り名でな』 そんなふうに聞いた覚えがある。 さらに、母の名前だ。 みお。 これは、偶然の一致だろうか？ それとも、支配獣は、Ｍｒ．Ａと美王にそれぞれのパートナーを付けるにあたって、最も安易な時空から自分たちを召還したのだろうか。 たとえば――未来。 雫「……ふふっ」 霞「どうしたの、雫ちゃん？」 雫「そういえば、わたしって、ちょっとファザコン気味だったかなぁ、なんて」 霞「はぁ？」 雫「ちょっとね」 霞「よく判んないけど……雫ちゃんのファザコンぶりはちょっとなんてもんじゃないと思う」 雫「そ、そんなことないもん」 夕焼けがふたりの顔を赤く染める。 腰掛けたベンチから、長い影が道路のむこうまで伸びている。 霞「また……会えるね、きっと」 雫「……うん」 大きく息を吸い込んだ。胸のなかに浮かんだ残像は、それで消えた。 〜ＥＮＤ「愛、そして旅立ち」〜 かの事件から数日、さざなみ寮の面々およびその周辺にはちょっとした変化があった。 まず、リスティ。 『暗黒さざなみ時空』からやってきたリスティは元の時空に戻らなかった。Ｂ耕介とともに時空の彼方に旅立った妹――フィリスを連れ戻すために、である。 具体的には、時空を意のままにあやつる支配獣のもとに居ついた。支配獣としても、Ｂ耕介を野放しにしておくわけにはいかないと結論付け、それを許している。 本家のリスティと紛らわしいので、自らをエルシーと名乗ることにしていた。こちらは、エルシーという名前に、さほどの嫌悪感はないらしい。 彼らは、臨海公園の地下に秘密基地を勝手に作って住んでいる。 さらには、バグ修正プログラム。 こいつも、なんだか消えなかった。 もっとも肉体がないので、ほとんど幽霊のようなものなのだが、姿かたちとしては雫と霞を足して２で割ったような感じだ。 Ｍｒ．Ａ「『バグ修正プログラム』じゃ長いから、修ちゃんと呼ぼう」 修「はぁ……」 十六夜ほど霊力がないらしく、具現化しても手のひらサイズだ。 Ｍｒ．Ａの頭にちょこんと乗っかって、行動している。 もっかのところ、無目的だ。 修「なんの因果か、意思をもっちゃったんですから仕方ないですねー」 そして、美王は、また旅に出た。 美緒美緒団の家は、ひとみや睦月に任せた。 佐渡島のラーメン屋は、美食獣と９号、１３号が切り盛りしている。 彼女は、自分の運命としっかと向き合うために旅に出たのだ。 美王「とりあえず、北に行く」 自分を見つめなおすため。翻弄される運命に逆らうため。 とくに、Ｍｒ．Ａと離れるため。 Ｍｒ．Ａ「よし、じゃあ、俺は南へ行こう」 修「暖かいところですか〜。いいですねー」 茜屋「じゃあ、私は東に行くかな」 夕凪「お供してええかなー」 潮騒「かな〜？」 巨大獣「今回、出番がなかったから、私は西へ行こう」 別離。 人々はそれぞれの道を行った。 己がルーツを探り、未来を夢見、歩む道程に思いを馳せる。 新たな出会いもあるだろう。 そして、別れも。 だが、なんのことはない。地球は丸いのだ。 〜ＦＩＮ〜 |