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第三話「佐渡島ラーメン紀行」 prev * index * next ここは、としまえんのプール――― 支配獣による恐るべき陰謀を未然に防いだ勇気ある面々は、事件のあとのつかの間の平和を、プールに興じて過ごしていた。 誰の顔にも、はじけんばかりの笑顔が溢れている。 それは、辛く厳しい戦いの日を乗り越えた者だけに与えられるものなのだ。 としまえんの事件はそれほどまでに恐ろしい事件だった。 え？ どんな事件だったのかって？ ごめん、全然覚えていない。（笑） ＊ ＊ ＊ ＊ ＊ 〜第３話の前の座談会〜 「美緒美緒団」の第２話って、どうやって終わったんだっけ？ 美緒「そんなの覚えていないのだ」 真緒「博士が悪だったんじゃなかったでしたっけ？」 奈緒「そんな気がするよ〜」 そっか、あいつは滅びたんだな、確か。 あれ？ 生きてるんだっけか？ 美皇とかいうのもいたよな。 いかん、データ探そう…… 美王「なさけないぞ、茜屋」 え〜と、支配獣（博士）は生きてるな…… 美王の膝蹴りで、滅んだかに見えたが、最後にちょっと出てきている。 美王「あれは、れっきとした事故だ」 あと、また茜屋の運動会案は却下されて、みんなでプールで泳いでるんだな。 Ｍｒ．Ａ「美王の奴を特訓していたところだ」 美王「もう、充分泳げるぞ」 Ｍｒ．Ａ「馬鹿野郎、１０ｍじゃばじゃばしているだけなのを、泳げるとは言わねえ！！ バタ足も満足に出来ないで……」 美王「う……努力はしている、はず」 Ｍｒ．Ａ「世界征服を目論もうという輩が情けない……！ 世界の７割は海なんだぞ」 茜屋「そうだっけ？」 真緒「人間の７割は水ですけど……」 奈緒「ななつの海はボクがひとりで引き受けた♪」 茜屋「それは、『海底少年マリン』」 真雪「うわ、ふっるぅ〜〜！」 ゆうひ「中年親父でも、よぉ知らんで」 Ｍｒ．Ａ「外野がうるさいな……」 で、今はプールというわけだ。 よし、座談会はこのくらいにして本編いってみるかー。 奈緒「うぃ♪」 〜美緒美緒団 第３話 『佐渡島ラーメン紀行』〜 茜屋「冬場にプールネタを書くのは楽しいなぁ」 美皇「あら、温水プールということで如何ですか？」 茜屋「なるほど、あんたなかなか気が利いてるな」 美皇「そう？」 茜屋「美王がボケキャラ化しているからな、あまりキャラを崩さないほうがいいかも」 美皇「う……気をつけます」 Ｍｒ．Ａ「さて、荒療治をしてみよう」 美王「いやだ」 Ｍｒ．Ａ「まだなにをするか言ってない」 美王「『荒』がいやだ」 Ｍｒ．Ａ「我が侭をいうな！ アフリカには飢えた子供達が泣いているんだぞ！！」 美王「そんなの関係ないー」 Ｍｒ．Ａ「というわけで、泳ぐスピードが遅くなると、爆発する爆弾を背中に取り付けよう」 美王「話を聞け〜〜！！」 Ｍｒ．Ａ「かしゃん。取り付け完了」 美王「いや〜〜！！」 茜屋「……楽しそうだな」 美皇「平和ですねぇ」 茜屋「まもなく平和じゃなくなる気もするが。あの爆弾、本物だぞ」 美皇「少し離れてますか」 茜屋「そうしよう」 そして、その夜――ＴＶでは、某ホテルの屋内プールで起きた爆弾テロについて報じていた。 真雪「恐ろしいことだよなぁ」 ゆうひ「犯人、まだ捕まらへんのやてなー」 Ｍｒ．Ａ「……」 茜屋「なんたって、犯人、ここにいるもんな」 Ｍｒ．Ａ「あやうく捕まるところだった」 茜屋「大事故にならなくて良かったよな」 Ｍｒ．Ａ「うむ、全ては我々の機転といえよう」 茜屋「被害者も非公式ひとりで済んだしな」 真雪「あれは大事故と言わんのか？」 茜屋「ところで、被害者は？」 Ｍｒ．Ａ「細胞活性化ホルモンの働きで、損傷部分はほぼ復活したから、肉体的には問題ないはずだが、心に深い傷を残してしまった」 茜屋「残念だ」 Ｍｒ．Ａ「もう二度と水に入ることはかなわんかもしれん」 茜屋「いや、それを乗り越えてこそ、偉大なスイマーになろう」 Ｍｒ．Ａ「なるほど！ それでこそ美王だな」 美皇「わたし、なんだか泣けてきました」 真緒「これは試練なんでしょうか」 奈緒「美王さま、すっかりヤラレキャラだねー♪」 ＊ ＊ ＊ ＊ ＊ 平和…… これは、平和なのか？ これが、平和なのか……？ 美王は、己が内に沸き起こった新たな感情に戸惑っていた。 Ｍｒ．Ａに苛められたことが、Ｍの本性を目覚めさせてしまったのか。美緒美緒団を率いて、司令官として君臨していた日々が遠い過去のように思われる。 組織は崩壊し、唯一の理解者だった博士（支配獣）は行方不明となり、崇拝していた美皇は、なんだか腑抜けの状態だ。もはや世界征服の夢は程遠い。 そして、一介の市井にすぎない男に弄ばれる日々……（このへんで昼メロとかのＢＧＭ） ああ、しかし、どうだろう。 それに……それに、悦びを感じてはいないか？ そして、わたしは旅に出た―― 美王（独りになれるところへ行こう……） 新潟港からフェリーで佐渡へ渡ることにする。 小さな島の寂しげな姿が美王の繊細な部分をくすぐった。 『るるぶ新潟・佐渡』を片手に、目には薄っすらと涙。 美王（魂の故郷へ還るのだ。るーるる、るー……） 佐渡には、鳥のなかで一番哀しいトキがいる。ちなみに魚のなかで一番哀しいのは金魚だ。 細い嘴を頼りなく誇示する哀しみの鳥の姿が、ガラス窓に映る自分の姿と重なった。 そうだ、トキに会おう。 美王の旅にささやかな目的が出来た。 あいにく外は雨が降っていた。 フェリーの座席に腰掛け、窓の外を眺める。雫が幾筋もの線を引いて降りていく。 ほうっと息を吐くと硝子の窓が白く曇った。 つうと指で硝子に文字を書く。 『愛ってなあに？』 美王「……」 ふと我に返って、あわてて硝子を撫でつけた。 冬の日本海をフェリーはよどみなく進む。本土は少しずつ遠ざかる。 茜屋「どうやら、美王は家出をしたようです」 愛「まぁまぁ……」 真雪「誰かさんが苛めたからであるのは間違いないだろうな」 ゆうひ「あれは、苛めたというレベルではないんやないか？」 Ｍｒ．Ａ「……」 リスティ「なにしろ、爆弾背負わせたんだもんなー」 真雪「『陵辱』に近いな」 美緒「鬼畜もいいとこなのだ」 Ｍｒ．Ａ「……」 真緒「うっうう、美王さま、そんなに思いつめていたなんて……」 奈緒「旅行、いいなー」 茜屋「というわけで対策会議を開こう」 耕介「まずは、どこに行ったかつきとめるべきだね」 ゆうひ「ここは、名探偵椎名さんにお任せやね」 茜屋「ほお」 ゆうひ「あ、信用しとらへんね。こーみえてもミステリ好きなんよ」 耕介「それは初耳だな」 ゆうひ「ポアロもホームズもどんとこいや」 茜屋「あまり、本編にない設定を付けるのはどうかと思うが、まぁ、いい。ゆうひさん、頼みます」 ゆうひ「では、美王ちゃんたちの家にレッツゴーや」 耕介「そういえば、美王ちゃん、一戸建て持ちなんでしたっけ」 茜屋「最近、ずっとさざなみ寮に居着いてたから忘れてたな」 真緒「ああ！！」 茜屋「わ、どうした？」 真緒「す、すっかり忘れてましたけど、美王さまのところには確か、他のクローンたちが……」 奈緒「何人いるんだっけ？」 真緒「に、２０人。博士……いえ、支配獣さんもいなくなっちゃったから……」 耕介「そりゃ大変だ。いまごろ餓死してるんじゃ？」 Ｍｒ．Ａ「……どうやら、大丈夫みたいだぞ」 睦月「あー、Ａさんこんちは〜」 ひとみ「美王さま、いないですよー」 神無「書置き残して出て行っちゃいましたから……」 五月「Ａさん、駄目です。泣かせるようでは」 ふたば「これは、追っかけなくちゃだね〜」 次から次へと窓から顔を出す美緒そっくりな娘たち。 どうやら長いこと出番がなかった間に自己学習を果たし、立派に自我が成長したらしい。各々に名前までつけている。 睦月「というわけで、これが美王さまの行き先」 茜屋「佐渡島……？」 ふたば「商店街の福引で当たったクーポン券使ったからね。代理店の明細控えがちゃんと菓子箱に」 Ｍｒ．Ａ「菓子箱？」 五月「美王さま、家計簿やレシートなんか、クッキーの箱にいれとるとです」 耕介「意外と所帯じみてるんだな」 佐渡島に着いた。 両津港でレンタカーを借りて、島内を回ってみることにする。 あまりに幼い外見に難儀した。幸い偽造免許証の年齢は１８歳になっている。レンタカー屋の親父は目を丸くしていたが、ちゃんと車を手配してくれた。日産マーチだ。 美王（まずは、トキ保護センターのある新穂村へ行こう。あ、その前に宿を決めておいたほうがいいかな……） 軽くアクセルを踏んだ。 普段、マニュアル車しか運転していないので、左足に違和感を感じたがすぐに慣れた。 平日だから道も空いている。 窓を開けて風を楽しんだ。澄んだ空気が気持ちいい。 昨日までの日常が、消えていくような気がした。 思い出したくもない記憶だ。 消えてしまえ、消えてしまえ。 澱んだ膿を流すのだ。何度か深呼吸を繰り返した。遠くに日本海が見える。 ちくりちくりと胸が痛んだ。 巨大獣「茜屋、大変なことが起きたぞ！」 茜屋「ああ、美王がいなくなったんだ」 巨大獣「そんなことではない。ＴＶを見ろ」 ＴＶにはニュースが流れている。 どこかの海岸だ。遠くに小さな島が見えている。 アナウンサー『ここからでも確認できます。あれが、突如日本海に現われた島です。この島は昨夜一晩で海底から姿を現しました。こんなことが本当に起こりえるんでしょうか。今日は、東京大学地球物理学教授の島原先生にお越しいただいています……』 耕介「凄いですね……海底火山の噴火でもあったのかな」 茜屋「それでも一晩でなんて異常だ」 Ｍｒ．Ａ「――で、これがなんだってんだ？」 巨大獣「あれは、ただの島ではない」 巨大獣がいつになく真剣な顔をしている。 しかし、顔が美緒なので、イマイチ緊迫感が足りない。 巨大獣「あれは……海底帝國の巨大要塞だ」 茜屋「はあ？」 巨大獣「先史文明のころに栄えた帝國だ。すでに滅んだと思っていたが……まずいぞ、奴らは攻撃的な種族だ。要塞が現われたということは、十中八九、戦争を仕掛けてくる」 茜屋「………すまん、ちょっと状況についていきがたい」 巨大獣「修行が足りんな」 茜屋「つまり、なにか。お前、確か何千年も封印されていたんだよな」 巨大獣「その通りだ」 茜屋「そのころに、海底帝國とかいうのがあった、と」 巨大獣「そう」 茜屋「あの島が、その帝國の巨大要塞だと」 巨大獣「そうだ、分かってるじゃないか」 茜屋はＴＶを振り返る。 薄もやのなかの島は、かなりの大きさだ。 頭を抱える。 茜屋「……ところで、ここはどこだ？」 巨大獣「私は日本の地理は知らん」 耕介「あ、地図が出てますよ」 ＴＶに地図が表示された。 島が現われた場所が、赤い点で示される。 新潟県沖合い、北西約５０ｋｍ地点。 茜屋「佐渡島の……西側……」 Ｍｒ．Ａ「……」 Ｍｒ．Ａは墓石の前で佇んでいた。 夕焼けに顔が紅く染まった。時間はもう１６時を回っている。 高温焼却炉の煙が鼻につく。第一種工業地帯の風下にあたるこの墓地は、いくつかの企業の独身寮の隙間に埋もれるようにして残されていた。都市計画の打診が町からあったときも頑なに移転を拒んだのだ。 Ｍｒ．Ａ（なぁ、俺はまた……俺はまた過ちを犯すのだろうか？） 独り呟いた。 佐渡島に海底帝國の魔の手が迫っている。そんなところに美王を行かせてしまったのは自分の失態だ。事前に情報を入手できないはずはなかった。Ｍｒ．Ａの過去の経歴を考えれば容易いことだ。それをしなかったのは、今の平和を甘受していたいからだけだった。 ふいに背後から砂利を踏みしめる音がした。わざと音を立てて歩いている。それも特徴のある旋律だ。 Ｍｒ．Ａ「Ｍｒ．Ｓか」 Ｍｒ．Ｓ「探した」 Ｍｒ．Ａ「隠れていたわけじゃない」 Ｍｒ．Ｓ「だが、お前のことは皆が探している。そう、何年も前から」 Ｍｒ．Ａ「……」 Ｍｒ．Ｓ「戻って来い。お前が必要だ」 ワン・アルファベット・ナンバーズ それは、限られた人間にのみ贈られる称号のようなものだった。 Ｍｒ．Ａ「俺は行かなければならない」 Ｍｒ．Ｓ「佐渡島か」 Ｍｒ．Ａ「……」 Ｍｒ．Ｓ「過去の過ちを正しにか。そんなことをして、お前の妹が喜ぶのか」 Ｍｒ．Ａはまた墓石に目を落とした。 そして、背を向けた。そして、今度は一度も振り返らずに墓地を離れた。 Ｍｒ．Ａ「過去じゃない。あそこで未来が待っている」 夕日がビルの谷間に隠れた。 辺りは次第に闇の色を濃くしていった。 真緒「……」 茜屋「……」 美緒「びっくりなのだ」 奈緒「なにが起きたのかと思ったねー」 真緒「Ａさん、ギャグをひとつも言わなかったですね」 茜屋「く、く、くっくっく。あーっはっはっは！！」 真緒「わ、茜屋さん、どうしたですか」 茜屋「こうしちゃおれん、佐渡島に行くぞ！」 奈緒「わー、なにごとー」 美緒「こいつの考えることはわかんないのだ」 新穂村の県道を少し離れたところに温泉があった。 旅の疲れを取ろうと、立ち寄り湯に入る。お風呂に浸かる瞬間まで気にしていなかったが、水に入る恐怖が残っていたとみえて、足が竦んだ。 ゆっくりと、湯船に浸かる。 足を伸ばす。湯船の底が競りあがってみえる。底からなにかが湧き上がってくるような感じがする。 美王（静かだな……） 平日の昼間だからか、人の姿は少なかった。 寂しいと思った。 今までが騒がしすぎたのだ。 だが、その平穏は長くは続かなかった。 美王が温泉に浸かっている同時刻、佐渡島の上空に不信な飛行物体が現われた。 １３号「姉さま、姉さま、珍しい反応があるよん」 ９号「どれ」 １３号「ほらほら、ネコミミだよ。地上からは消えちゃったと思ったら、まだ生き残っていたんだねぇ」 ９号「なるほどネコミミだ。面白い。解剖してみたいな」 １３号「あちしもやりたい。ねぇ、捕まえようよ」 飛行物体の中では、白い靄のようなものがお互いに話し合っている。 ９号「とにかく、この姿ではいらん不信を抱かれかねない。そうだ、あの者の姿を借りよう」 １３号「あちしも、あちしも♪」 ぼやんと靄が揺れると、とたんにそこに美緒そっくりの少女がふたり現われた。 ９号「これで、怪しまれないだろう」 １３号「完璧だねえ、のーぷろぶれむだよ♪」 少女達は、意気揚揚とＵＦＯを不時着させ、見知らぬ地上への第一歩を踏みしめた。 Ｍｒ．Ａは佐渡島へ向かう船のうえにいた。 思い立ったらすぐ行動、が彼の良いところだ。計画性がないともいうが。 Ｍｒ．Ａ「美王……すまない。辛い思いをさせてしまったのだな」 海へ向かって呟く。 この海の向こうに美王がいる。離れてみて、はじめて分かったのだ。彼女は自分にとって必要な人間だったのだと。 Ｍｒ．Ａ「美王、許してくれ」 いままで自分が彼女にしたことが次々と脳裏に浮かぶ。 観覧車のうえから飛び降りたこと。 プールに突き落としたこと。 爆弾を背負わせたこと。 Ｍｒ．Ａ「……」 楽しい思い出ばかりだ。 真緒「Ａさん、反省してるんですか？」 奈緒「ひとなみの感情があったんですか」 Ｍｒ．Ａ「ああ……大いに反省しているとも」 Ｍｒ．Ａは涙を拭った。 Ｍｒ．Ａ「爆弾などしょわせるべきではなかったのだ」 真緒「あたりまえです！」 奈緒「反省の仕方がずれていますねー」 Ｍｒ．Ａ「水中機雷を周囲に浮かべるとかにすべきだった」 真緒「……」 奈緒「……」 Ｍｒ．Ａ「待っていろ、美王。きっと連れ戻してみせるぞ！！」 真緒（美王さま……逃げて） ＊ ＊ ＊ ＊ ＊ 茜屋「おーふぇんざ・せいんと。ごーまーちんいん♪」 茜屋は陽気だった。 海底帝國が地上侵略に来ようと、美王に危険が迫っていようと関係がない。 彼の目標はただひとつ。 『運動会』だ。 茜屋「ほとばしる汗！ 脳内麻薬全開のハイテンション・ワールド。夢！ 希望、青春！！ 栄光のかげに暗く横たわる敗北。……挫折。膝を擦りむいたあの娘をおぶって連れて行く少年。『いいから、降ろせよー』とか憎まれ口をたたく少女。花開くチアガール。学生服を来た応援団少女ってのも悪くない。ああ、全人類の人間たる生命力の全てがここにある。ブルマが全てとは言わないが、全てはブルマだと言ってみたい……」 美緒「……うちの学校はスパッツなのだ」 茜屋「それもまた、良し！……って、あれ？ 美緒、いつのまにここに？」 美緒「こっそり忍び込んだのだ」 茜屋「こっそりって……そんなに簡単に入れるわけないんだけどな、と鷲羽ちゃんのごとき発言」 実際、簡単に入れるわけがなかった。 ここは、潜水艦エルドラドウ号の船内。茜屋の秘密のラボから地下水脈を通って日本海に出たところだ。ラボには防犯用セキュリティシステムが幾重にも這いめぐらせてあり、ルパンでも忍び込めそうにない。もし、入れるとすれば、イジドール・ボートルレくらいか。（※モーリス・ルブラン著『奇巖城』でアルセーヌ・ルパンと対決した少年。分かりにくいネタですみません） 茜屋「ましてや、美緒のような野生だけが取り得の小娘が入れるわけがない」 美緒「はっきり言う奴なのだ」 茜屋「しかし、こいつはここにいる。はてな？」 リスティ「ぼくが開けたんだよ」 奥の寝室から頭をわしわし掻きながら、銀髪の少女が現われた。 知佳と同等以上の超能力に、真雪の性格を受け継いだという困ったちゃんことリスティ・槙原である。 茜屋「なるほど」 リスティ「あっさり納得するんだね」 茜屋「まぁ、人が作ったもんだからな、人に破れないわけはない」 リスティ「お、いいね、その思想」 茜屋「しかし、あれだな。いつもならこのへんで真雪さんかゆうひのチャチャが入りそうなもんだが……」 リスティ「置いて来た。うるさそうだからね」 茜屋「美緒は連れてきたのに？」 リスティ「最近、仲いいんだ♪ なー美緒」 美緒「うむ、ゆーこーかんけーを結んだのだ」 茜屋「なにか、不安だが……まぁ、安心していられるよりは不安のほうが面白い。では行くぞ！ いざ、佐渡島へ！！」 リスティ＆美緒『らじゃー♪』 茜屋たちは潜水艦で、Ｍｒ．Ａたちは船で、それぞれ佐渡島へ向かっているころ、巨大獣は密命を帯びて単独行動をしていた。 巨大獣「メタモルフォーゼ！」 美緒そっくしだった体が徐々に変化していく。 みるみるうちに巨大獣は、唇の厚い黒人姿になった。だが、やはり顔付きは美緒だったが。 巨大獣「う〜ん、部分的に慣れてしまったのか」 直江津港からざぶんと海に潜る。 そう、巨大獣は海底帝國の本拠地に忍び込もうとしているのだ。 メタモルフォーゼは、それに最も適した姿となるためであった。深海の水圧に耐え、水から酸素を摂取するための姿――サイボーグ００８だ。 巨大獣（海底帝國への入口が必ず近くにあるはず……） やつらが佐渡島に現われた以上、その近くに前線基地があるのは想像にかたくない。そして、それは本拠地へ繋がっているはずだ。 「敵を知り、己を知らば、百戦危うからず」 茜屋は巨大獣を使って、情報戦の基盤を作ろうとしているのだ。 もっとも、どこまで真面目なのかは知るよしもないが。 しかし、巨大獣は複雑だった。 海底帝國は自分と少なからず係わりのあった帝国だ。顔見知りがいるかもしれない。 巨大獣（支配獣は滅んだが生きてはいるし……十二聖獣のうちはっきり死が確認されているものはひとりもおらんからな……） なにしろ彼らは不死である。 そのときどきで様々な姿を借りて生きているため目立たないが、歴史のそこかしこに彼らは存在する。 巨大獣（まあいい……そのときはそのときだ） 茜屋やＭｒ．Ａの影響だろうか。 巨大獣はいまやすっかりポジティブシンキングが身についていた。 そのころ、美王はというと、ラーメン屋でバイトをしていた。 なんのことはない。軍資金があっという間に尽きたのである。 美王（う、う、うっうっ……） それでも、接客業のバイトは経験豊富な美王。 ラーメン屋の仕事にもたちどころに慣れる。 美王「店長、２番、しょうゆ１、みそ２ですっ」 店主（小池小太郎）「あいよッ！」 店主の妻（みさき）「美王ちゃん、こっちのテーブル片付けてくれる？」 美王「はいっ、みさきさん」 佐渡島新穂村のはずれにあるラーメン屋『おさかな帝國』。 魚介の旨みをたっぷりと出したスープが売りで、観光客のみならず地元でも評判が高い。 小太郎「いや、しかし、美王ちゃんがバイトに来てくれてから、売上が倍増だな」 みさき「看板娘ってやつね♪」 美王は今、ラーメン屋の２階に間借りさせてもらっている。 小池夫妻は少し離れた一軒家に住んでいるので、美王は留守番のようものだ。 金がなくなり、野宿を決め込んだところを拾われた。 小池夫妻はそのときの美王を、『捨て猫のようだった』と評する。 人の情けが身にしみる。 美王の顔に、少しずつ笑顔が戻っていった。 さらに、同じころ、『おさかな帝國』近くの寂れた公園――― １３号「……姉さま、ひもじいよぉ……」 ９号「うるさいな、お腹がすいたのは私も同じだ」 １３号「ちゃんと調べないからだよ。地上では『通貨』ってもんがないとなんにも出来ないなんて、事前に調べておくべきことじゃないか」 ９号「ううううう」 １３号「７号姉さまに連絡しようよ」 ９号「……ううう、あいつに助けを請うのは悔しいが……止むを得んか」 手元の通信機をぴこぴこと操る。 １３号「……」 ９号「……」 通信機『こちらは海底留守番電話サービスです。ナナちゃんは旅行で１週間くらい留守にします。御用があっても連絡できません。あしからず。じゃあ、ばいびー♪』 １３号「……」 ９「……だから、私はあいつが嫌いだ」 海底帝國からＵＦＯに乗ってやってきた尖兵、９号と１３号はいきなり路上生活者と化していた。 ＵＦＯは当面の生活費に質に入れてしまった。 それで得た資金も、もうすっかり使いこんでしまった。 雨が降り出した。 海底には雨はない。地上の厳しさが二人の体温を奪っていく。 公園の片隅につくったダンボールの家のなかで、少女達は震えていた。 みさき「あら？」 デジャブーだ。 数日前、彼女はこの公園で同じようにダンボールハウスにもぐり込んでいた美王に出会っている。 近づいてみる。 果たして、そこには数日前の光景が再生されていた。 しかも、こんどは二人。 みさき「あららら……？」 美王？ いや、しかし、髪の色が違う。 青と緑。 ９号と１３号は美王の姿を写し取ったとき、区別をつけるために髪の色を変えていた。 みさき「お嬢ちゃんたち、美王ちゃんの親戚かな？」 ９号「？」 １３号「……」 二人は、自分たちの前線基地（ダンボールハウス）に近づいてきた人物を睨んだ。 こいつは敵だろうか？ 日本語は究極脳が自動的に翻訳してくれるので問題ないが、『美王』という単語は知らなかった。 ９号「美王なんて知らない」 みさき「あらあら、世界には自分にそっくりな人が３人いるっていうけど……３人揃っちゃったのね。すごい」 そのとき、ぱらぱらと雨が強くなった。 みさきは大きな傘を二人のほうへ向けて、にっこりと微笑んだ。 みさき「……素敵なおうちだけど、この雨じゃもたないわよ。うちにいらっしゃい」 手を差し伸べた。 彼女には超能力とでもいうべきものがあった。何者をも包み込んでしまう無限の包容力。彼女の能力の前には、敵も味方もない。 雨がさらに強くなる。 ９号と１３号はじっと動かなかった。 傘を差し出しているため、みさきは雨に濡れていた。それでも、目を細くして微笑んでいる。 二人は立ち上がってみさきに近づいた。 三人で寄り添うように傘に入った。 ダンボールの家が水を吸って、ぐしゃりと潰れた。 ＊ ＊ ＊ ＊ ＊ ９号と１３号はごくあたりまえのようにラーメン屋『おさかな帝國』に住み込み、美王と一緒に店を手伝うことになった。 小太郎「いや〜、このあいだ役場の広報課にいったらさ、ウチを取材させてほしいっていうんだよ。なんでも、美人三つ子のいる店ってことで結構評判らしくってな」 店長はのんきに言う。 みさき「あら、駄目ですよ」 やんわりと、妻が返す。 当然だ、と美王は思った。 自分には偽装免許証があるので身柄は問題ない。しかし、９号と１３号には身元を保証するものはなにひとつないのだ。 みさき「美王ちゃん、キューちゃん、さっちゃんは大事な看板娘なんですからね。安売りはいけません」 こちらもやはり、のんきだった。 ちなみに、キューちゃん（９号）、さっちゃん（１３号）というのは、みさきがつけた愛称である。 おおむね平和に、日々は過ぎていく。 しかし、美王は、このふたりが店にやってきたときから、平和は長くは続かないことを悟っていた。 そう、美王はこのふたりが海底帝國のスパイであることを察していたのだ。 その昔、美皇によって語られた遥か過去に栄えた文明――海底帝國。その科学力は、現代の地上を遥かに上回り、思想構造すら窺い知ることすら出来ない。生命の頂点にあり、万物を作り変え、操作し、深遠なる宇宙の彼方にも手を届かせた驚異の帝國。まさに、神に等しい力をもった種族であったのだ。 その海底帝國は、滅びたかに見えた…… だが、生き残って、その驚異の科学力は継承されていたのだ。 彼らが、美王そっくりの姿で現われたことが、なによりもそれを物語る。 おそらく、自分に相応のプレッシャーを与えるためであろうことは想像できた。 美王（いったい、何を考えている……） ふたりを監視し、眠れない日々が続いた。 そのころ、Ｍｒ．Ａの乗った船は沈没していた。 Ｍｒ．Ａ「いや、海難事故は怖いな」 奈緒「こわいですね〜〜」 真緒「普通、船に大穴があいていたのに気づかずに出航したのを事故とはいわないと思います」 なんとか流れ着いた無人島。 濡れた服をぎゅっと絞って、焚き火にかざす。 森で調達した長めの木にロープを渡して物干し代わりにした。 真緒「水着があって良かったです……」 Ｍｒ．Ａ「別に裸でも大丈夫だぞ。なんか暖かいし」 奈緒「いやん、Ｈ」 真緒「でも、ホントに暖かいですね。地熱が高いのかな？」 冬の日本海である。 それなのに、ここはまるで南の島のようだった。不思議このうえない。 Ｍｒ．Ａ「まあいいじゃないか。バナナ食え」 奈緒「いただきますー♪」 真緒「……」 Ｍｒ．Ａ「ほら、真緒。心配していても腹は減るんだぞ。こういう格言を知ってるか？『食べられるときに食べろ』」 真緒「それ、格言じゃないです」 とにかく船から持ち出せるものは持ち出したし、当面死ぬような事態じゃない。 真緒「わかりました。食べます」 Ｍｒ．Ａ「食べろ、食べろ。これなんか自信作だ。バナナの煮っ転がし」 奈緒「わ〜い♪」 彼らは直江津から佐渡島に船を向けていた。 その途中で沈没したのだ。泳いで辿り着ける場所に島などあるはずがない。 Ｍｒ．Ａは気づいていた。 ここが、ＴＶで報道していた海底帝國の島なのだと…… Ｍｒ．Ａ（まぁ、しかし悩んでも仕方がない） 真緒「これ、なんか見たことない魚ですね」 Ｍｒ．Ａ「あ、それ、木になってたんだ。珍しいよなー」 真緒「ぶっ！！」 茜屋「水深５０００ｍ突破！」 潜水艦エルドラドウ号は暗黒の深海を悠々と進んでいく。 もはや肉眼ではなにひとつ確認することは敵わないが、高精度の赤外線モニターは海底の様子を鮮明に映し出していく。 美緒「お魚、全然いなくてつまんないのだー」 こんな深海まで達する潜水艦に窓があるのは不思議このうえない。 美緒は、窓から真っ暗な外を眺めてぶーたれている。 リスティ「お腹すいたなぁ、なんかないの？」 銀髪が眠そうな目を擦りながら現われる。 茜屋「いままで寝てたのか？ なかなか剛の者だな」 茜屋も、操舵室からやってきた。 茜屋「どだ？ 迎え酒。肴もあるぞ」 台所から小さなタッパーと日本酒を取り出す。 昨晩遅くになにかやっていると思ったら、酒の肴を作っていたのだ。 茜屋「アンキモだ」 リスティ「お、いけるね」 茜屋「ふふふ、酒の肴には自信があるぞ」 呆れた適応力である。 いやに生活臭のある潜水艦だ。だいたい、何故潜水艦に畳敷きの部屋があるのだろう。 美緒「はあ……それにしても遠いのだ……」 リスティ「は？ なにいってんの？」 美緒「む……」 美緒はちょっとむっときた。 美緒「だって、佐渡島」 リスティ「佐渡島になんか着くわけないじゃん」 美緒「そうなのか？」 リスティ「だって、そうだろ。新潟から佐渡島の間の海域に、水深５０００ｍのところなんてあるわけがない」 美緒「そんなん知らないのだ」 茜屋はバツが悪そうに頭を掻いた。 茜屋「……ホント、不思議だよなぁ」 美緒「茜屋！」 茜屋「いや、今朝からなんだ。昨日までは順調だったんだ。それがいったいいつのまにこんな海域に迷い込んだんだか。人生って深いなぁ」 美緒「無責任なのだ」 茜屋「まぁ、なるようになるだろう」 美緒「それもそうか」 美王たち３人はラーメン屋の２階に寝泊りしている。狭い部屋に布団を敷き詰めてのザコ寝である。だから、夜中に手洗いに起きるような時には、よほど注意する必要がある。 ほかのひとを踏んづけてしまうのだ。 そこで、３人は布団の並びを工夫した。廊下に一番近いところに１３号、奥へ向かって９号、美王という並びにしたのだ。 これで、誰かが悲鳴をあげる率が激減した。 いや、なくなったといっても良い。 つまりは、人を踏んづけていたのは１３号だけだったのだ。 ９号「ま……安眠が確保できてなによりだ」 美王「……」 しかし、並びを変えたことで、美王はあることに気づいた。 ――深夜２時。 美王（そろそろだな……） その日、美王は布団のなかでずっと寝たふりをしていた。 １３号「くあ〜、くぁぁ〜、みーちゃん、胸ない〜〜」 １３号の無邪気な寝言が聞こえる。 ちなみに、『みーちゃん』というのは、１３号が美王につけた渾名である。 美王（くっ……ちょっと胸が大きいからって、いい気に……） 一瞬、美王は目的を忘れて殺意を覚えた。 しかし、ここで起きては元も子もない。類まれな自制心が美王の心を鎮める。 ２時１５分。 ９号がむくりと起き出した。 美王（……きた！） そう、９号は毎晩、このくらいの時間に起きだして、こっそりと階下に下りていたのだ。前は美王が廊下側に寝ていたため行動を控えていたが、並びを変えたことで油断が生じたのかもしれない。 いったい、なにをしに？ 決まっている。海底帝國と連絡を取るのだろう。 美王（…地上の平和を…乱させるわけにはいかない） 美王は、気づかれないようにこっそりと自分も階下に降りた。 きし、きし、と階段が軋む音に心臓をびくつかせる。 明かりが付いているのは、店のほうだった。静かにそっとドアに隙間をつくる。 美王（――！！） そこでは、９号が一心不乱にキャベツを刻む練習をしていた。 美王（……） カモフラージュかと思った。 自分があとをつけていたのを気づかれたのだ、とも。 だが、そこにいる彼女は、ただ真剣にキャベツを刻んでいるだけだった。 美王は、自分が数日前に、包丁の扱いが下手だと、９号を怒鳴りつけたのを思い出した。 美王（……９号） 邪魔してはいけない。 美王は、ゆっくりとドアを閉めた。 そのころ、２階では、美王がいなくなった隙を狙って、１３号が海底帝國に連絡を入れていた。 １３号「………くすす」 ＊ ＊ ＊ ＊ ＊ 深い深い海底トンネルを抜けると、そこは雪国だった。 巨大獣「うわお」 真っ白な雪がしんしんと積もってくる。 それは神秘的な光景だった。 巨大獣「マリンスノーか……」 肉眼で観察できる大きさの海中懸濁物をマリンスノーという。おもにはプランクトンの死骸などで、名付け親は日本の研究者だとか。全身を発光させている巨大獣に照らされ、白く雪のように輝いている。 巨大獣（ということは、もうそろそろだな……） 遥か遠い過去に、海底帝國に来たときのことを思い出した。 巨大獣（千年……いや、二千年は昔か……） 記憶の回廊を、深く深く潜っていく。 巨大獣の精神は、今の自分の状況と重ね合わされ、暗い深遠に沈んでいく。 遠い過去。１２人の同胞達とともにいた頃。 そして、あの光のなかに、『彼女』はいた。 ○○『十二聖獣たちよ……』 海底帝國の姫君。 一時は宇宙をその手中に収めた乱世の美姫。 はて……どのような顔であったか？ 巨大獣（……？） 記憶の深遠から思い出される顔。 不思議とそれは懐かしいものではなかった。 何千年も生きてきたゆえの記憶の混乱か。脳裏に蘇るそれは、ここ数日、毎朝鏡で見る顔だった。 巨大獣（馬鹿げている……） 巨大獣は記憶を振り払った。 目の前に、遠い昔に海底の裂け目に消えたはずの町並みが現われた。 ゆっくりと水の密度が薄まっていく。 海底人類に適した、空気と水の中間のような流体が町を満たしている。 Ｍｒ．Ａ「ジャングルに入ってみよう」 晴天の朝、Ｍｒ．Ａは真緒、奈緒に向き直って言った。 バナナご飯でお昼にしたところだった。 ここのところ、魚が取れない日が続いたので、食事はずっとバナナだ。 Ｍｒ．Ａ「動物性のタンパク質が必要だ」 もっともだ。 真緒「ジャングル……ですか」 Ｍｒ．Ａの主張は理解できた。 いままで、森の入口付近で食べ物のなる木をあさっていたに過ぎない。 もっと奥まで入ればいろいろなものがあるかもしれない。 Ｍｒ．Ａ「鳥や動物がいるに違いないんだ。ほら」 耳をすませる。 ぎゃあああああ！ ぐぎゃわああ！！ ほごげぇがああ！ この世のものとも思えない獣の咆哮が聞こえてくる。 真緒（恐竜でもいるんじゃ……） 汗がつうと垂れた。 Ｍｒ．Ａ「それに……だ。あれを見ろ」 Ｍｒ．Ａの指差した方角には、黒く四角い塊があった。 Ｍｒ．Ａ「岩――のようでもあるが、あれは明らかに人工物だ。おそらく……内部への入口に違いない」 ここが海底帝國の移動要塞であることは間違いない。 しかし、ここ数日過ごすうち、すっかりここが無人島のような気分になっていた。 Ｍｒ．Ａ「敵の軒先でのんきにしているのは趣味じゃない。まず、俺が調べてくる。君たちはここで待っているんだ」 真緒「……いえ、私たちも行きます」 奈緒「いきますよー」 Ｍｒ．Ａ「馬鹿を言うな。危険だと言っているだろう」 真緒「ここが海底帝國の移動要塞なら、どこにいても同じです。それなら、Ａさんと一緒のほうが安全でしょう？」 こんな言い回しをどこで覚えたのだろう。 Ｍｒ．Ａ「仕方がない……いくぞ」 Ｍｒ．Ａが〜、ジャングルにはーいる〜〜♪ カーメラマン（真緒）とー 照明さん（奈緒）のー あ〜〜とから はーいる〜〜♪ ジャングルのなかにはー 白骨が転がる〜〜 なーにかで磨いたー よぉおなピカピカのー 白骨が転がる〜〜♪ ゆけーゆけー Ｍｒ．Ａ♪ ゆけーゆけー Ｍｒ．Ａ♪ ゆけーゆけー Ｍｒ．Ａ♪ どんとぉーゆ〜け〜〜♪ Ｍｒ．Ａ「おわっ！ 見ろ、真緒、ティラノサウルスだ！！」 真緒「Ａさん、危険です！」 Ｍｒ．Ａ「見ろよ……凄い牙だ――（ガブッ）う、うわーー！！」 奈緒「ああッ、Ａさんが食われた！」 真緒「――って、なんだ、人形じゃないですか」 Ｍｒ．Ａ「あれ？ ホントだな。ここは所沢恐竜館か？」 ジャングルに入ってから、小一時間。 三人は一見遊んでいるように見えるが、すでにいくつかの収穫をしていた。 ひとつは、ジャングルは完全な人口密林であること。 そこかしこに剥製や機械仕掛けの恐竜が据えられており、臨場感溢れるサウンドで鳴声も再現されている。 もうひとつは、それを管理している人間がいること。 恐竜達は手入れがゆきとどいており、定期的に油もさされているようだ。 Ｍｒ．Ａ「問題は、だ。いったい誰がなんのためにやっているかだ」 真緒「観光客がいるわけでもないのに……」 ○○「それは私がお答えしよう」 Ｍｒ．Ａ「誰だ！」 ○○「ふっふっふ、もう忘れてしまったのですかな」 真緒「あ、あなたは！」 Ｍｒ．Ａ「支配獣！！」 ９号は話をしてみると悪い人間ではないと分かった。 美王は自分を恥じた。 思えば自分とて、世界征服を企てていた身ではないか。多くのクローン人間を従え、有り余る科学力と、火器にものを言わせて、絶対軍事力の頂点に君臨していたではないか。 それが今はどうだ。 精神の安らぎに何よりも変えがたい価値を見出してしまっている。 Ｍｒ．Ａに少しばかり苛められたことで、弱気になったりもする。 わたしは変ったのだ。 だから…… ９号「美王さん、焼きブタはこんな感じでいいですか」 この娘たちも変れるのだ。 美王「ん、ＯＫ」 頬を緩ませる。 おそらくは海底帝國は黙っていないだろう。 送り込んだスパイが任務を放り出し、ラーメン屋でバイトなどしているのだ。 美王（そのときは……わたしが守る） 使命感のようなものが生まれた。 守る――どうやって？ いまのわたしには、武器のひとつもない。 美王（……） Ｍｒ．Ａの顔が浮かんだ。 その頃、１３号は流し場で皿を洗いながら考えていた。 １３号（９号姉さま、本気で任務を忘れてますね……困ったものです） 手際よく、次々と皿を洗っていく。 １３号は、元来９号よりも器用で、家事全般はそつなくこなしていた。 １３号（こうなったら……予定を早めましょう。帝國の軍部に連絡です） その日のうちに、１３号は海底帝國への連絡を終えた。 そして、帝國軍部は１３号の報告に対し、『美食獣』の派遣を決定した。 美食獣――別名「うまい獣」 チョコレート味や、たこ焼味など豊富な種類あり。 ――って、それは、「うまい棒」 １３号（美食獣が来る……？） にわかに意味が分かりかねた。 名前には覚えがある。十二聖獣のひとりである。十二聖獣とは、前世紀から生きている究極生命体で、何代か前の海底帝國皇帝が連れてきたという。しかし、帝國に従属しているわけでもなく、どうにもよく判らない存在だ。 帝國には現在、十二聖獣のうち、五獣までが滞在している。 それにしても、なんで美食獣？ １３号（確か、機関獣とか、武道獣とかいった戦闘向けの聖獣もいたはずだけど……） １３号は待ち合わせの海岸まで行ってみた。 彼は海から現われる。 どんなふうに現われるのだろうか。 聖獣を見るのは初めてである。きっと、巨躯を震わせて海を割り、町のひとつふたつ津波で沈めながら現われるに違いない。だとすると、なんの用意もなく来てしまったのは危険かもしれない。 ふいに不安になったが、思えば用意できるものはなにもない。 とりあえず、バイトで得たなけなしの金を使って、浮き輪を買う。海岸沿いの売店にはなんでも売っている。便利。 テトラポッドの上に座って浮き輪をぷうぷう膨らませていると、となりの親父が不思議そうにこちらを見ていた。 痩せぎすの柔和そうな中年男は、堤防に腰掛けて釣り糸を垂れている。こんな季節に浮き輪を膨らませているのが珍しいのだろう。ちょっと恥ずかしくなった。 浮き輪に身体をくぐらせる。 子供用の小さな浮き輪だが、１３号は身長１４０cmくらいしかないのでちょうどいい。両手で浮き輪を支えて立ってみる。 いい感じだ。 これで、津波が来ても大丈夫。 それにしても遅い。 もう、かれこれ１時間は経っている。 海底時間は定められた時間に前後３０分の幅を取るが、それでも遅刻である。 ○○○「あの……」 さきほどの中年親父が声をかけて来た。 ○○○「さっきからなにやらやってますが、防災訓練でもあるんですか」 失礼な奴である。 ずっと見ていたのか。 １３号「いえ、人を待っているんです」 ○○○「ああ！」 大きな声を上げる。 ○○○「じゃあ、あなたでいいんだ。１３号さんですね。私は美食獣です。いや、早く着き過ぎたんで、釣りなどやってたんですが――」 支配獣「大人しく着いてきてもらいます」 支配獣はなんだか昭和４０年代の漫画に出てきそうな光線銃で威嚇した。 正直、ちっっっとも怖くはなかったが、とりあえず従うＭｒ．Ａ一行。 Ｍｒ．Ａ「目隠しとかして、黒塗りの車に押し込めるのか？」 支配獣「そんな金はない」 そうだった。 支配獣は練馬区での一件のあと、住む家を失った。財産を失った。地位も名誉も失った。 Ｍｒ．Ａ「地位や名誉は初めからなかった気もするが」 支配獣「馬鹿者、美王さまのお傍に付き従い、炊事や洗濯や改造をするといった極めて甘美な役職を私は失ったのだ」 Ｍｒ．Ａは唖然とした。 こいつはＭだったのだ。 Ｍｒ．Ａ「そいつはお前がとしまえんを支配しようとしたからであろう」 支配獣「美王さまは世界征服を狙っておったはずだ。それが……」 お前さえいなければ―― 支配獣はその言葉を飲み込んだ。 支配獣「まぁ、過ぎたことはいい。とにかく着いて来い。今の私の主人がお待ちだ」 くいと顎をしゃくった。 支配獣の背後から２匹のパンダが現われた。パンダは時代劇に出てくるようなカゴを差した。これに乗れというのか？ パンダのカゴもち。 Ｍｒ．Ａ「これに……乗れと？」 支配獣「おっと、目隠しもしてもらおう」 目頭が熱くなった。 パンダが部下……かつて、多くの部下を従えていた（全部、美緒だったが）支配獣の部下が２匹のパンダ…… 奈緒「わぁ♪ パンダ〜〜♪」 真緒「か、可愛いじゃないですか」 えっさほいさと３人を乗せたカゴは密林を分け入っていく。 支配獣は遅れないように小走りで着いてきていた。 えっさかほいさ、猫にバイオリン♪ ――って、それはマザーグース。 えっさかほいさ、ほいさっさ〜♪ パンダのカゴ屋だ、ほいさっさ♪ あたまに白いハチマキ、いなせな羽織りに、赤いふんどし。 パンダのカゴ屋は軽快にリズムをとって進んでいく。 真緒「可愛いですね」 奈緒「ホントにー☆」 Ｍｒ．Ａ「油断するなよ。支配獣の手のものだ。なにをするかわからん」 真緒「それにしても、遠いんですねー」 奈緒「もうずいぶん来ましたよ」 Ｍｒ．Ａ「そうだな……おい、まだなのか」 ３人は目隠しをくいと持ち上げて言った。 支配獣は３人に目隠しをしたはしたが、両手を拘束するのを忘れている。 Ｍｒ．Ａ「ん？ 支配獣がいないな」 パンダＡ「ぱう！？」 パンダＢ「ぱ、ぱ、ぱ」 パンダ達があわてている。 主人を置き去りにしてしまった事実に気づいたようだ。 パンダＡ「ぱーー！！」 パンダＢ「ぱぽぉう」 籠を置いてあたふたとあちこち走り回る。 その姿が愛らしい。知能の少ない動物というものは従順だ。 支配獣「……はぁ、はぁ、やっと追いついた……」 パンダＡ「ぱうっ！」 パンダＢ「ぱぉ〜〜〜」 支配獣「よしよし、心配かけたな」 Ｍｒ．Ａ「どうでもいいが、ずいぶん懐いているんだな」 支配獣「同志だからな」 Ｍｒ．Ａ「世界を征服した暁には、ひとつの国をこいつらに任せようと思っている」 真緒「それは……なんというか」 奈緒「意外に平和かもですね」 そんな雑談をしているうちに、一行は密林を抜けた。 視界が開ける。 Ｍｒ．Ａ「ここは……」 大きな広場の真中に祭壇があり、その中央に透明なカプセルが立っている。 支配獣「地下へのエレベータだ。これより、地下５０００ｍの町へご案内する」 ＊ ＊ ＊ ＊ ＊ 元美王の住んでいた一軒家。さざなみ寮からさほど遠くないその家で、美緒美緒団たちは事態の深刻さを感じ取っていた。 神無「レーダー良好。エルドラドウ号の状況が分かりました」 ふたば「う〜、ボクたちを置いて旅行に行くなんて酷いよね？」 神無「乗組員は……特定できました」 五月「能書きはいいから、早く言うとよ」 神無「静かにしてください、今……あら？」 今、神無が操っているのは巨大電子頭脳『まいたけ』。 茜屋のラボに忍び込んでこっそり拝借してきた一品である。 神無「茜屋さんと、美緒さまと、リスティさまですね……」 睦月「うそ。ツッコミ役がいないじゃない……」 神無「なんだか……茜屋さんに同情したくなってきます」 神無は、電子脳『まいたけ』のキーボードをカチャカチャと叩く。 神無「エルドラドウ号の現在位置は……駄目です。断片的な位置しか探知できません」 睦月「Ａさんは？」 神無「あの人は確か、海底帝國の島に漂着したはずでしたけど……あれ、移動していますね」 睦月「船でも手に入れたのかな？」 神無「いいえ、違います。地下に降りているんです。……凄く深い。深度は５０００ｍあまりです」 それは奇妙な一致だった。 エルドラドウ号の位置が海底５０００ｍ、Ｍｒ．Ａの位置が地下５０００ｍ。 睦月「……」 神無「……」 睦月「巨大獣さんの場所を教えて。彼は海底帝國の本拠地に乗り込んだはず」 神無「巨大獣さん、巨大獣さん――と、ありました。……深海５０００ｍ……」 ひとみ「みんな、同じところにいるのかしら？」 神無「冗談じゃすまないですね。作為を感じます」 睦月「……観察の時間は終りね」 神無「……そうですね」 ふたば「え？ なになに？？」 睦月「ひとみ、ふたば、五月、『デリンジャー８８』を用意して。出かけるわよ」 美食獣「ラーメン屋でバイトしてるんでしたよね。わたし、ラーメンには目がないんですよ。楽しみです」 １３号「はぁ……」 それは違和感だった。 わたしたちは地上の民を征服するために来たはずだった。 それが、いつのまにかラーメン屋でバイトをすることになった。あろうことか、９号姉さんはその仕事に熱を入れてしまっている。 そして、本部からはラーメンマニアが送られてきた。 なにか、わたしは勘違いをしていたのだろうか？ １３号「……」 美食獣「……悩んでいるね」 １３号が沈んでいる様子を察して美食獣が言った。 美食獣「安心したまえ。わたしとて任務を忘れてはいない。我々は地上の民草を支配するためにやってきた。本来、そういった仕事は支配獣が適任なのだがね。彼は半世紀ほど前から行方不明だ。仕方なくわたしが派遣されたのだが――」 美食獣はちらりと視線を横にずらした。 目から細い光線が照射される。 どがごぉおおおおんんんんんっっッッ！！！ 巨大な岩が一瞬のうちに粉みじんになって消滅した。 １３号「……！！」 美食獣「このくらいの芸当は出来る」 １３号「は……はいっ！」 わたしは馬鹿だ。 本部の決定を疑うなんて。 そうだ。スパイたるもの、簡単にそれとわかる人物なわけがないじゃないか。 能ある鷹は爪を隠す、だ。 ああ、なんて頼もしい――！ 美食獣「１３号くん！」 １３号「はいっ！」 美食獣「あのラーメン屋だねッ！！ うん、うん、いい感じだ。夫婦でこじんまりとやってるんだったね。そういう店には美味いところが多いんだッ！」 みさき「あら、さっちゃん、お帰りなさい。お友達？」 １３号「あ……ただいま…」 美食獣「こんにちは！ ボク、ラーメン大好きなんです！ お宅はとても美味しいって聞きました！」 みさき「あら♪」 美食獣はみさきのあとを着いて、いそいそと店に入っていった。 １３号「………」 Ｍｒ．Ａ達と支配獣、パンダを乗せたエレベータは地下５０００ｍ地点で止まった。 Ｍｒ．Ａ「地下空洞か……それにしても明るい。地下とは思えないな」 奈緒「空があるように見えますね」 支配獣「あれは、ヒカリゴケだ。特殊な種類でな。地上ではすでに絶滅している種だ」 地下空洞はとほうもなく広かった。 木々が生い茂り、鳥がざわめき、あちこちの民家にはせわしなく労働する人々の姿がある。 素朴な農村風景。 真緒「なんだか……いい感じのところですね」 Ｍｒ．Ａ「海底とは思えんな」 支配獣「なにを言っている。ここは海底なんかではないぞ」 こともなげに支配獣は言った。 支配獣「海底帝國は私が数十年前に見限ったところだ。今更帰れるか」 支配獣は農家の横を通り過ぎる。 道行く人がめいめいに挨拶をしていく。人望はあついようだ。 Ｍｒ．Ａ「ちょっと待て。だって、海底帝國の移動島から来たんだし」 支配獣「……いま、なんて言った？」 Ｍｒ．Ａ「ん？ 移動島か？」 支配獣「あの島……海底帝國のものだったのか。どうりであっというまに生えたと思った。うかつだった……」 Ｍｒ．Ａ「………どういうことだ？」 支配獣「いや、ちょうどいいところにあったんで、即席エレベータを取り付けて前線基地にしたんだが……まずいな。海底帝國とうちは今交戦状態にある。一触即発の状況だ」 Ｍｒ．Ａ「……」 頭がこんがらがってきた。 つまり？ 支配獣は現在、海底帝國とはなんの関係もないのか？ Ｍｒ．Ａ「いったいお前は今、誰に仕えているんだ？」 農家の連なりを抜けて、大きな堀の前に立った。 堀の向こうには荘厳な城が威風を放っている。 支配獣「そうだな……事前に話しておいてもいいか。」 支配獣はもったいつけるように言った。 支配獣「私が今、仕えているお方――海底帝國に勝るとも劣らぬ科学力を誇りつつ、多くの民に慕われ、農地を育み、牧畜を営む草原の女王。この空洞に君臨する地底帝國の美姫――ミオ・ド・カリオストロさまこそ、その人である！」 ＊ ＊ ＊ ＊ ＊ ここは海底帝國―― 迷いに迷って、ついにエルドラドウ号がたどり着いたのは、深海５０００ｍにして、空気も土もある非常識空間だった。 そこが、まさに、探していた海底帝國であることに、茜屋たちはまだ気づいていない。 茜屋「空気があるぞ、エルドラドウ号は岩陰に隠して、外を探検してみよう」 美緒「いくのだー！」 リスティ「無計画だねぇ。そういうのいいなぁ」 茜屋「わーははは、なるようになるというやつだ。よし、みんなで冒険に出発だ♪」 慎重論を唱える人が誰もいない。 ツッコミのいない世界とは、かくも危険なのである。 ３人は唄を唄いながら、陽気に進んでいく。 途中、数人の警備兵とみられる輩が襲ってきたが、こともなげに倒されてしまった。それなりに喧嘩なれしている者達だ。気の毒であったとしか言いようがない。 リスティ「なんかいたから、このへんがラスボスのいるとこかな？」 大きな城が見える。 青い装飾に彩られた美しい城である。 巨大獣「とうとうここまで来たか」 茜屋「おお！ 巨大獣！！」 城の前には巨大獣がいた。 別れたときと変らぬ姿――すなわち美緒の姿のままで、薄笑いを浮かべている。 巨大獣「海底帝國は健在だった。しかし、彼等には地上と一戦交えるつもりはない。無駄足だったな」 茜屋「しかし、現に巨大要塞島などが出現している。はい、そうですかとは引き下がれん」 巨大獣「まぁ、もっともだ。では、どうする？」 茜屋「そうだな。ボスに会わせてもらうってのはどうだ？」 一方、こちらは地底帝國。 地底帝國の城は全体が赤い煉瓦で出来ていた。燃えるようなその色は、畑田の緑のなかにあって、ひときわ存在感を放っている。 その、城の入口に、無防備に彼女は現われた。 Ｍｒ．Ａ「美皇！」 美皇「お久しぶりです。Ｍｒ．Ａさん」 やわらかな笑顔で出迎えた。 白い美しいドレスに身を包んだ姫君。 Ｍｒ．Ａ「ミオ・ド・カリオストロとは、お前のことだったのか」 支配獣「Ｍｒ．Ａ、言葉に気をつけろ」 Ｍｒ．Ａ「まぁいいじゃないか。ついこのあいだまでは、一緒に美王を苛めた仲じゃないか」 美皇「ふふ……そうですね」 Ｍｒ．Ａ「ん？ まてよ。じゃあ、支配獣、お前もとの雇用主のもとに戻っただけか」 支配獣「わたしが仕えていたのは美王さまだ。美皇さまに直接お仕えしていたわけではない」 Ｍｒ．Ａ「出戻り出世じゃないか」 支配獣「そうともいう」 話を整理してみよう。 佐渡島の近傍に現れた海底帝國の要塞。 Ｍｒ．Ａたちが流れ着いた海底帝國の島から、支配獣に案内されてエレベータでたどり着いた地底帝國。 その地底帝國を治めているのは美皇だった。そして、としまえんの事件で行方をくらましていたはずの支配獣は、現在美皇に仕えてそこにいる。 Ｍｒ．Ａ「貴様、まだ世界征服をあきらめていないのか」 支配獣「いや、違う」 Ｍｒ．Ａ「なにが違う。としまえんで失敗してからまだそんなに経っていない。そして美王が失踪した時期を見計らうように海底帝國の要塞島は深海から姿を現せた。さらにはその海底帝國の島からエレベータで降りてみれば、そこが地底帝國だという。帝國だらけだ。海底帝國と地底帝國で地上に全面戦争でも仕掛けるつもりか？」 支配獣「そんな、たんなる偶然ですよ。ワンアルファベットナンバー」 Ｍｒ．Ａ「その名はよせ」 支配獣「そんな怖い顔をしないでください。本当に偶然なんですよ。わたしだって、この上の島が海底帝國のものだと知っていれば、エレベータなど作らなかった。だいたい、海底帝國と地底帝國は――」 美皇「その先は私が話しましょう」 Ｍｒ．Ａ「美皇」 美皇「Ａさん。私たち地底帝國は海底帝國とながきにわたり戦争をしているのです」 Ｍｒ．Ａ「なに？」 美皇「今回、海底帝國の移動要塞と、地底帝國の前線基地が、ここ佐渡島近郊でランデブーしてしまったのはまったくの偶然ですが、これは私達にとってよい機会なのです」 Ｍｒ．Ａ「なんの機会だ。まさか、地上侵攻じゃないだろうな」 美皇「いえ、和平交渉です」 支配獣「そう、われわれも戦争で疲弊している。そろそろ和平の道を模索しているのだ」 茜屋「それはいいことを聞いた」 Ｍｒ．Ａ「茜屋！ いつのまにここへ？」 茜屋「なんだか知らないが、海底帝國の裏に回って中廊下を突っ切ったらここに出た」 リスティ「中学校みたいな帝國だな」 真緒「あら、リスティさんまで」 リスティ「はろはろ〜♪」 Ｍｒ．Ａ「――で、茜屋、お前はなにをしに？」 茜屋「うむ、私は海底帝國の使者としてやってきた」 Ｍｒ．Ａ「使者？」 茜屋「かいつまんで話そう」 茜屋「数時間前、私は巨大獣の案内で海底帝國の姫君と謁見した。それが、姫は目も眩むような美緒でな」 Ｍｒ．Ａ「日本語になっていないが」 茜屋「美皇、あんたにそっくりだった」 美皇「……」 支配獣「美皇さま」 美皇「隠しても仕方ないようですね。そうです。海底帝國の姫――美央はわたしの妹です」 Ｍｒ．Ａ「……つまりは、これは姉妹喧嘩であると――」 美皇「そうともいいます」 茜屋「で、向こうとしてはあんたが謝るなら仲直りしても良いと」 美皇「それはこっちの台詞です」 茜屋「思ったとおりだが、こういうのの仲裁は難しいな」 Ｍｒ．Ａ「簡単にいくわけがないだろう」 茜屋「なに、私には切り札がある」 Ｍｒ．Ａ「なんだ？」 茜屋「聞いて驚け。――運動会だ！！」 美食獣「素晴らしい……！ 魚介系のうまみが凝縮されたスープがなんともいえない。これはもう単なるラーメンというのを超越している」 ラーメン屋『おさかな帝國』では、美食獣が大盛りラーメンの早食い記録を樹立していた。 美王「そんな食べ方したら、味なんてわかんないでしょう！」 美食獣「ふん、１杯目は腹が減っているので一気に食べられるよう温めのスープにあっさりした味付け、２杯目からじっくりと味わえるようにスープは熱く味付けも濃くしてある。この店主の心配り……！！ 客の嗜好と胃袋の許容を一瞬で見極めなければ出来ぬ技だ。美王、この技術が見抜けぬようではまだまだだぞ」 みさき「あら、有難う御座います」 にこにことお冷を注ぐ。 この人もただものではない。目の前で３０杯もラーメンを御代わりする人間を目の当たりにして平然としている。 美食獣「美味しかった……」 みさき「おそまつさまです」 油で照かった口をお絞りで拭う。すっと新しいお絞りが出てきているあたりがさすがだ。 美食獣「さて、店主……」 食事を終えた美食獣は店主に向き直った。 彼は表向き、９号、１３号の保護者ということになっている。 小太郎、みさきの夫婦も、彼は二人を連れ戻しにきたのだろうと察していた。 美食獣「我々はとある軍隊に属しています」 彼は真っ正直に切り出した。 美味い食べ物をつくる人間に嘘がつけないのだ。 美食獣「その軍隊では、９号、１３号は仕官級の人間です。彼女等は相応の責任を負っている。その人間が偵察任務で隊を離れたあと、任務を忘れ現地で生活を始めたという……」 小太郎「ちょっと待ってくれ。彼女等は路頭に迷っていたんだ。偵察だかなんだか知らないが、そちらのやり方にも非があったんじゃないですか」 ９号「店長……」 美食獣「ごもっともです」 美食獣はあくまで冷静だ。 美王はポケットの銃に指をかけた。彼が強行に出たら抜くつもりだ。 美食獣「わたしの任務は現状の把握です。そして、今、結論を出しました」 すっと立ち上がる。 ９号、１３号は緊張した。 その気になれば、この店もろとも消し炭にするだけの能力を美食獣はもっている。 地上攻撃の任を与えられているのならば、それくらいしてもおかしくはない。 美食獣「私をここで、修行させて下さい」 そして、運動会が開始された。 場所は、海底帝國要塞島。海岸沿いの広い空き地に、急遽運動場が設えられた。 茜屋「我が悲願、ここに達成せり……！」 真緒「茜屋さん、目付きがいやらしいです」 奈緒「近寄りがたいのだ」 涙を浮かべながら、運動会の開催を喜ぶ茜屋。 対して、冷めているのはＭｒ．Ａである。 Ｍｒ．Ａ「お前の感覚はいまいち理解しがたい」 茜屋「世界征服よりも全然健全だと思うが」 Ｍｒ．Ａ「お前の感覚だと、世界中の人に制服を着させるとかになるんだろうな」 茜屋「そりゃあ、もう、セーラー服よりも、ブレザーが好きだとか、てんやわんやだ」 Ｍｒ．Ａ「やっぱり、理解しがたい」 茜屋「ブルマの歴史を勉強しなおすんだな」 極めて真面目に会話が交わされる。 リスティ「結局、ボクたちはなんだったのかねー」 美緒「刺身のつまなのだ」 奈緒「大根、美味しいですよー♪」 リスティ「あれだよな、ツマだけ山盛りでも、奈緒なら美味しく食べそうだよね」 奈緒「栄養があるんですよーー」 美緒「あたいはあんまし好きくないのだ」 神無「とうとう運動会やってるんですねー」 小型飛行艇デリンジャー８８で、要塞島に着いたばかりの美緒美緒団たちはため息をついた。 物語が終る前にたどり着けたことは幸いだったが…… 茜屋「よいタイミングで来るやつらだ。感心、感心♪」 ふたば「う……」 睦月「観念するしかないみたい……」 全員にブルマが配られた。 １００ｍ走が開始される。 騎馬戦では海底帝國の勝利、棒倒しでは地底帝國の勝利、チア合戦は引き分けだった。 海底帝國や地底帝國の人民は、こういうお祭りに慣れていないらしく、最初は戸惑っていたが、茜屋がその類まれな説得力を駆使し（洗脳ともいう）、両帝國の人民をまとめあげ、国は一丸となって運動会に当たっていた。 もともと、どちらも隠れ住んでいた民族である。 海底も地底も暗いことには変りはない。 戦争で疲弊していた国は、その手段を健全なものへと変貌させつつあった。 そう、スポーツで競い合うのだ。 スポーツの汗の前には、政治も、民族も、イデオロギーもなにも霧消する。 ここに戦争の歴史は終わりをつげ、新たな社会がつくられていくのだ。 茜屋「海底＆地底帝國史、序説第三章より抜粋」 Ｍｒ．Ａ「なにを言っているんだか……」 今のところ総合得点では、海底帝國が先行している。 だが、地底帝國側も負けてはいない。 美皇「……悪くはないですね、こういうのも」 美央「姉さんみたいに温い人ならうってつけかもね」 支配獣「今日はそういういがみ合いはなしにしませんか」 巨大獣「健康な場には相応しくないですな」 美央「……悪い」 健全な汗を流して競技する。 そこには、打算も割り切りもない。 終わったときには、そう、全てを祝福する暖かい拍手のみである。 ゆうひ「おーい、これってうちらも参加できるんかー？」 みなみ「なんだか、体がうずうずするです〜」 来賓席にいつのまにか来ているさざなみ寮メンバーたち。 茜屋「ああ、いいんじゃないか。実行委員と調整しよう」 真雪「あたしはパス。見学してるだけでいい」 愛「真雪さん、お酒ばっかりで、運動会、見てないですよー」 真雪「目の前には健全なスポーツに興じる少年少女、そして耕介の豪勢な弁当、これで飲まないのは失礼というもんだぞ」 薫「まぁ、いいんじゃないですか」 真雪「おー、薫もたまには理解がある」 青い空。 流れる白い雲。 響き渡る歓声と、大勢の笑い声。 なにがなんだか分からない内に、物語が終るような気分になってきたが、Ｍｒ．Ａは不思議と悪い気分ではなかった。 Ｍｒ．Ａ「そういえば、腹が減ったな。耕介さんの弁当でもかすめてくるかな」 ふと立ち上がりかけたＭｒ．Ａに、真緒が声をかける。 真緒「ええとですね、お弁当がいいかと思いましたが、あえて、出前はどうですか」 Ｍｒ．Ａ「ほう？」 真緒「実はもう頼んであるんです」 真緒は海を指差した。 海底帝國要塞島、佐渡島の南東に位置するその島に、小型フェリーが近づいてくる。 出前は海からやってくるのだ。 真緒「ラーメンです」 フェリーの上には、出前の岡持を持った美王の姿があった。 ＦＩＮ 茜屋「余韻があるなぁ」（爆） |