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第二話「練馬区の征服に関する一考察」 prev * index * next 投票所は期間を限定しているものが多い。 ともなれば、たとえ、常連投票者の少ない陣営であっても投票初期には上位に来る可能性もあるのだ。 ――夢。 たとえ、一時であろうとも、投票所のＴＯＰに「陣内美緒」の名前がある…… そんな夢を見てみたい。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 〜投票初日〜 美王「今回こそは、ＴＯＰの座を奪おうぞ」 博士「はいはい」 美王「世界征服の第一歩は、投票所からじゃ」 博士「まったくですな」 〜投票５日目〜 美王「なかなか上位には食いこめんのう」 真緒「茜屋さんが１回投票逃したせいですね」 奈緒「ね〜」 博士「さすがにこの投票システムでも、怠け者は救ってはくれませんねー」 真緒「えっと、じゃあ、あたしたち買い物の途中なんで」 奈緒「卵がタイムサービスで安いんだよ〜」 美王「あ、待て。わたしもいく。卵１パックいくらだ？」 微妙に所帯じみてきている美王。 美王「や〜、卵１パック５０円とは破格の値段だな」 博士「大儲けですな」 美王「日々の節約が明日の世界征服を生むのだ」 真緒「ねー、奈緒、これでクッキー焼こう。知佳さんが教えてくれるって」 奈緒「うん♪」 美王「おっと、いかん。バイトに遅れるぞ」 博士「今日は喫茶店でしたか？」 美王「いや、ファミレスだ」 真緒「美王さま、なにげに苦労しておられるんですね」 奈緒「ばいと、あたしもしたーい」 美王以下美緒美緒団の一同は、さざなみ寮の近くに一軒家を借りて生活している。 生活費は美王ひとりが稼ぎ出しているので、彼女は日々バイト三昧なのだ。なにしろ、美緒美緒団のクローン美緒たち２０人は量産型のため、まともな仕事は出来ない。かろうじて、掃除、洗濯等の家事を覚えさせ、博士の手助けをしているのが関の山である。 生活の全ての苦労は美王が背負い込むことになった。 それでも、美王は世界征服の野望を失ってはいない。 日常生活に慣れたことと、それとは別問題なのである。 『世界征服』 その言葉の意味を正確に把握しているとは言い難いが…… そして、ここにも、『世界征服』に関して思いを馳せる者がいる。 ここは、とある山の中…… 怪しげな容貌の男と、猫耳の少女がカップラーメンをずるずると啜っている。 茜屋「それはそうと、世界征服の条件ってなんだろう」 巨大獣「なにをイキナリ」 茜屋「いや、なにをもってして世界を征服したっていうんだろうな」 巨大獣「全世界の人間が自分に従うようになった状態ではないのか？」 茜屋「どうやってそれを確認するんだ」 巨大獣「むぅ、ひとりひとり聞くわけにはいかんしな」 茜屋「マスメディアを使っても限界があろう」 巨大獣「なるほど。これは難しい問題だ」 茜屋「よし、小さな仮定から始めてみよう。どうすれば、練馬を征服したことになるかな？」 ………微妙に平和だった。 〜さざなみ寮〜 知佳「じゃ、いくよ？ れでぃ〜、ＧＯ！」 奈緒「ん、ん、ん、ん〜〜」 みなみ「……え、え、え？？」 知佳「勝っちゃった……」 みなみ「はぁ、はぁ、奈緒ちゃん、強いですー」 ゆうひ「どないしたん？」 知佳「あ、ゆうひさん、奈緒ちゃん凄いんですよ〜。みなみちゃんに腕相撲勝ったんです」 ゆうひ「え！？」 みなみ「まだ、手が痺れてます〜〜」 奈緒「へへへー……」 ゆうひ「一見なんでもない会話のよーやけど、それって……」 知佳「ちょっと信じがたいです」 みなみ「ふたりとも、もしかして酷いこと言ってる？」 奈緒「？」 〜山の中〜 茜屋「やはり現在の為政者にとって代るものか？」 巨大獣「しかし、今の為政者が練馬を支配していることにはならぬだろう」 茜屋「いや、もしかしたら区民も知らぬうちに支配されているのかも」 巨大獣「なるほど思い込みは禁物だな」 茜屋「試してみるのがいいかもしれん」 巨大獣「試す？」 茜屋「実際に練馬を支配してみればいい。その行動がなにがしかの結論を導くであろう」 巨大獣「実践主義ということか。唯物的ではあるが……本質を直感するには必要か。よし、やってみよう。我の進むべき道を知る手掛りになるやもしれん」 茜屋「善は急げだ。まずは区役所だな」 巨大獣（ところで、何故練馬なのだろう……？） 少し離れた木の上に、望遠鏡を片手にあんぱんを齧っている男がいた。 Ｍｒ．Ａ「やろぅ……ついに尻尾を出しやがった。世界征服だと？ こうしちゃおれん」 〜さざなみ寮の近くの一軒家〜 美王「茜屋が世界征服を！？」 博士「極秘情報ですが」 美王「くぬぬぬ……なんか悔しいぞ。先駆者としては負ける訳にはいかーん！！」 博士「いかがします」 美王「すぐに練馬に出発だ！ 博士、『駅すぱあと』で最寄電車を検索！ 一番、運賃の安いルートを確認せよ！」 博士「美王様……すっかり俗事情に詳しくなりましたな」 〜さざなみ寮〜 愛「はぁ……茜屋さんが世界征服を」 Ｍｒ．Ａ「由々しき事態です」 真雪「ほっといても実害はないんじゃないか？」 耕介「そんな気もしますね」 知佳「それは、ちょっと酷いんじゃ……」 Ｍｒ．Ａ「………」 真緒「大変、きっと美王さまが反応してるよ」 奈緒「うん、うん」 Ｍｒ．Ａ「ありえます。こっそり博士に情報を漏らしておいたし」 なんの目的でそんな情報を漏らしたのかさだかではない。 美緒「面白そうだから、見に行ってみるのだ♪」 Ｍｒ．Ａ「をを！ それでこそ美緒！」 真緒「あたしたちも行きます」 奈緒「しょーがないもんねー」 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 茜屋「さて……練馬区役所だが」 巨大獣「どうする？」 茜屋「きまっているだろう。どこから狙っても同じなら――」 巨大獣「同じなら？」 茜屋「正面突破だ」 正面玄関から堂々と中に入る茜屋。 ちょこちょこと付いていく巨大獣。 入口付近には制服姿の係員がいる。 ちょっと愛さんに似ている、おっとりとした笑顔が魅力的な職員だ。 茜屋「あの、すみません」 職員の女性「はい？」 茜屋「住民課はどこでしょう」 職員の女性「あ、はい、そこの奥の左側になります」 茜屋「ありがとう」 巨大獣「………」 言われる通りに、住民課へ向かう茜屋。 茜屋「この用紙に記入するんだな」 巨大獣「おい」 巨大獣「なにをしている？」 茜屋「なにって……転入届だ」 巨大獣「転入届？」 茜屋「引越しの際には、転出先から住民票を写さねばならん。転出先からの転出届をもって、転入先で手続きをする。そうだ、印鑑証明もうつしておかねばな」 巨大獣「なるほど……手続きはわかった。それで、どこに引っ越すのだ？」 茜屋「そういえば、それが決まっていないな」 巨大獣「そもそも、何で引っ越すのだ？」 茜屋「『虎穴に入らずんば虎子を得ず』というだろう」 巨大獣「この場合、『虎子』はなんだ？」 茜屋「さっきの職員さん♪」 巨大獣「………」 博士「えっと、西武池袋線でいいか……？ いや、地下鉄のほうが安いのか？」 美王「なにをもたもたしている」 博士「いえ、某所からの情報で駅すぱあとでは安い料金は検索できぬと」 美王「では、駅前探検倶楽部で調べい！」 美王「混んでるな……」 博士「どうやら、中央線で事故があったようです。振り替え輸送です」 美王「事故？」 博士「先ほど放送が。なにものかがレールに妨害物を置いたとか」 美王「むぅ、許せん。厳罰をもって処するべきだ」 博士「……」 美王「どうした？」 博士「いや、美王さま、顔付きが柔らかくなったような」 美王「な！ ワタシは獲物を狙う猛禽類の目のはずだ！！」 博士「いえ、ちょっと所帯じみた主婦のそれです」 美王「……」 がたんごとんと列車は進む…… 美王「……！！」 博士「どうしました？」 美王「（小声）……ちょっと……へんなのがいる……」 博士「へんなの？？」 美王「（小声）あ、胸とか……腰のへんを、しきりに、その、撫でているのが……」 博士「（小声）痴漢！」 美王「（小声）そ、そうかも……」 博士は、目立たないように、首を回した。 眼鏡に仕込まれたセンサーのスイッチをＯＮにする。 なるほど、一見紳士そうな中年男の手が不自然に曲がって美王の下腹部に伸びている。 博士「（小声）対処します」 美王「（小声）……頼む」 博士は背広の内ポケットを探る。 此れあるを期して、小型爆弾を忍ばせてある。 博士（一応、殺傷力を最小限にセットして……） 件の男は涼しい顔で、指だけは小刻みに動いている。 顔を真っ赤にして俯いている美王。混んでいる車内で、少しずつ男から離れようとはしているのだが、いかんせん足が竦んで動けないようだ。 博士（原子の塵に帰してやる） セーフティロックを外す。 博士の手が内ポケットから抜き出されようとしたその時―― 別の男「（小声）君」 痴漢「――！！」 博士と背中合わせにいた男の手が痴漢の腕を捻り上げた。 別の男「次の駅で降りろ」 痴漢「な、なんだよ、お前」 博士（この男は、確か……） 美王は事態の成り行きが判らず混乱している。 真緒「Ａさん、どこかに行ってしまいましたね」 奈緒「落ち着きがない〜」 美緒「しょうがない奴なのだ。見つけたら天誅なのだ」 真緒「あ、練馬についたようです」 練馬北口駅前。 小ぢんまりとした商店が建ち並ぶ。飲食店、靴屋、雑貨屋、クリーニング……『練馬駅北口振興会』と書かれた看板がそこかしこに見受けられる。 美緒はきょろきょろとあたりを見回した。 美緒「……こっちから、感じるのだ」 真緒「え、感じるって、なにを？」 奈緒「みおちゃん、えっちぃ〜♪」 ぽこんと奈緒のあたまを小突く美緒。 真緒には頭が上がらないようだが、奈緒は子分のように思っているらしい。 奈緒「いたいー。みおちゃん酷いー」 美緒「うるさいのだ。こっちなのだ」 くんかくんかと鼻をならしながら歩いていく。 やがて、一軒の立ち食い蕎麦屋の前で立ち止まった。 美緒「見つけたのだー！！！」 蕎麦を食っている客の足に噛み付く美緒。 茜屋「え、あ、なに？ 美緒？？」 美緒「茜屋、発見なのだー！」 Ｍｒ．Ａ「あんた」 痴漢を駅員に引き渡したあと、件の男は博士に向き直った。 Ｍｒ．Ａ「あんた、この娘の保護者だろう。もっと気をつけねばイカンではないか」 口調は柔らかいが本気で怒っているのがわかる。 博士「言い訳のしようもない。俗世に下りてから緊張感が失せているらしい」 美王「………」 Ｍｒ．Ａ「こんな、ちぃちゃな女の子に変なトラウマでも出来たらどうするつもりだ」 美王「・・・・・・・・・・」 博士「まったく、取り返しのつかないところだった。礼をいう」 美王「・・・・・・・・・・おい」 Ｍｒ．Ａ「多くの美少女は、幼年期の経験がもとで未来を見失う。用心が必要だ」 美王「話を聞け！！！」 美王の回し蹴りが二人に連続してくるりと決まる。 博士「いたい……」 Ｍｒ．Ａ「？？？」 美王「誰が保護者だ！ 誰がちぃちゃな女の子だ！ 誰が伏目がちな円らな瞳だッ！！」 わなわなと腕を震わせて、身体中から湯気を上げている。 さきほど、痴漢になすすべもなかった少女とは雲泥の差だ。 Ｍｒ．Ａ「……とりあえず元気そうでなによりだ」 Ｍｒ．Ａ「では、私はこれで失礼する。連れが待っているのでな」 博士「あ、待ってくれＭｒ．Ａ」 Ｍｒ．Ａ「ん？ 何故、私の名前を知っている？」 美王「なにを言っている。茜屋とつるんで私の野望を打ち砕いた張本人が」 あの件で誰かが活躍した、という記憶はないがあえて黙っていよう。 Ｍｒ．Ａはぐんと目を細める。近眼か？ 顔が間近に迫ったので、思わず身を引く美王。こころなしか頬が赤い。 美王「な、なに……」 Ｍｒ．Ａ「あーー、あーー、あーあーあー」 美王「思い出したか」 Ｍｒ．Ａ「よくいくホワイト急便のバイトさん」 美王「違う！！」 Ｍｒ．Ａ「冗談だ。思い出したよ。確か名前は……そう！ 『みほう』」 美王「美王だ！！」 Ｍｒ．Ａ「知ってるよ」 美王「………」 博士（どうやら、本気で気付かなかったようだ……） 茜屋「お前達、なんでここへ？」 足を振って、噛み付いている美緒を離そうとする。 すでに耳も尻尾も隠しようがないくらい露わになっている美緒は、ぶらぶらと右へ左へ振られるが、決して離れない。 真緒「茜屋さんが練馬区を征服しようとしていると窺ったので」 茜屋「なんだ、心配してたのか」 奈緒「そんなんじゃないよー。美王さまも来るかと思ってさー」 巨大獣「美王？ あの女傑が？ なんでまた」 真緒「美王さま、負けず嫌いですから……」 茜屋「どこから情報が漏れたんだろう」 奈緒「Ａちんだよー」 茜屋「Ａちん――ああ、Ｍｒ．Ａか。どっかで覗き見してたんだな。さすが、アメリカ国防総省も目をつけていたといわれる男だ……」 巨大獣「どうする、茜屋」 茜屋「なに、我々は一歩も二歩も前に進んでいる」 真緒の目がぴくりと反応する。 真緒「すでに、なにか行動を？」 茜屋「早くも拠点は確保した」 奈緒「きょてん？」 茜屋「駅前の不動産屋で、良い物件があったのでな。契約した」 真緒「引越しですか」 巨大獣「引越しもなにも、こいつは元々住所不定だ」 茜屋「ここじゃなんだ。アジトに行って話そう」 一行は、大きな公園を抜けて、石神井川の方へ歩いた。 茜屋「この公園は、春先にはつつじが凄いそうだ。色とりどりのつつじが咲き誇る。西側には銀杏並木もあるらしい」 真緒「へぇ…」 茜屋「駅の南口には、自家製の寒天を使ったあんみつを出す甘味処がある。あとで行ってみよう」 なにやら、世界征服とは趣が違う。 真緒「ところで…」 柔和な顔がふいに険しくなる。 真緒「そろそろ離してあげません？ 美緒ちゃん」 美緒「ふがふがーー！！」 茜屋「……」 茜屋の足に噛み付いたまま、ずるずると引き摺られている美緒。すでにぼろぼろだ。ひょいと首根っこを掴んで持ち上げると、無抵抗のままだらりとぶら下がる。 茜屋「離せばいいのに…」 美緒「は、歯が服に引っかかっていたのだ…」 Ｍｒ．Ａ「しかし…ここはどこだ」 博士「痴漢を駅員に引き渡してそのまま駅を出てしまいましたね」 Ｍｒ．Ａ「うっかりだった」 きょろきょろとあたりを見回す。 博士「駅名は――『桜台』。ああ、区役所のある『練馬駅』のひとつ手前ですね」 Ｍｒ．Ａ「じゃあ、歩こう。また乗りなおすのも悔しいし」 美王「…仕方あるまい。軍資金は節約せねば」 Ｍｒ．Ａ「やはりお前達、茜屋さんの世界征服を邪魔する気なのか」 凄みのある声――とは言いがたい声でＭｒ．Ａは言った。 美王「邪魔をしたのは茜屋のほうだ」 美王は肩を震わせていた。 美王「物心ついてから……いや、生れ落ちる前から私の役割は決まっていたのだ。あの方のために世界を征服すること。それを……それを阻んだのは他ならぬ御主たちではないか」 博士「美王さま……」 Ｍｒ．Ａ「………」 目に涙を溜めている。 Ｍｒ．Ａはそっと美王の頭に手を置いた。 美王「なにをする」 Ｍｒ．Ａ「……そこの和菓子屋に美味そうな水羊羹がある」 美王「は？」 Ｍｒ．Ａ「好物なんだ。買ってきていいか？」 茜屋「そーいえば、この先に遊園地があったよな」 美緒「遊園地！」 がぜん美緒の目が輝く。 茜屋「豊島園ての」 真緒「としまえん…練馬区なのにですか？」 奈緒「練馬園じゃないのー？」 茜屋「なんでも、豊島氏がつくったからだとか」 真緒「ホントですか」 美緒「じゃあ、あちしが造ったら美緒園なのだー♪」 巨大獣「……」 ふと足を止める真緒。 さきほどまで横にいた巨大獣の姿が見えない。振り返れば、なにやら腕を組んで立ち止まっている。 真緒「巨大獣さん？」 奈緒「きょーちゃん？」 巨大獣「……」 真緒「どうしたんですか」 巨大獣「いや…そこらに楽しげな家族連れが多いのは、その『遊園地』とかいうものの影響なのか？」 真緒「そういえばかなりいますね」 奈緒「どよーだもんねー♪」 巨大獣「察するに遊戯施設なのだな？」 茜屋「なんか、行きたそうだな」 巨大獣「ふむ、後学のために行ってやってもよい」 美緒「行くのだ〜♪」 Mr.A「まぁ、アレだ。世界征服つってもだな。道はひとつじゃない。茜屋が練馬区から始めるなら貴様は板橋区とかにしたらどうだ？（むぐ）」 美王「そぉはいかん。ワタシは逃げるわけにはいかんのだ（もぐもぐ）」 博士「水羊羹、うまいですなー」 湖月庵の水羊羹はすっきりとした甘さで、大変美味しい。 Mr.A「しかし、歩きながら水羊羹を食べるのはちと難しかったな」 美王「いまさらなにを。見惚れるほどの手際であったぞ」 美王は素直に感心している。 彼女などは一口食べるたびに立ち止まって、水羊羹を租借しては、てててと駆けてＡに追いつく。その繰り返しだ。 数回の後にはＡも付き合って立ち止まるようにしていた。 Mr.A「まぁ、慣れればな。お前もすぐに出来るようになる」 美王「そうか、頑張る」 博士「…美王さま、そろそろ練馬区役所です」 ２０階建ての本庁舎。威風堂々とした風格は見る者を圧倒する。 美王「世界征服の第一歩か…」 Mr.A「ここの展望レストランではワッフルセットが８００円だ…！」 美王「…うむ！」 その少女は暗い部屋にいた。 ずっと独りだった。しかし、彼女にとって時間というものはそう煩わしいものではなかった。 深遠の中で、記憶に刻まれている数々の事象を整理する。 全ての領域のオプティマイズが済んだあと、彼女は最近のどうでもいい事柄を思い出した。 『そういえば、美王はどうしたのだろう』 連絡がなくなってずいぶん経つ。意識していたのは最初の２〜３日だったが、それから先は忘れてしまっていた。 立ち上がる。 暗闇のなかにぽつりと置かれている冷蔵庫から林檎を取り出そうとする。 なかった。 どうやら、かなりな時間が経っているのだ。 博士の姿も、偽美緒たちの姿も見えない。ここのところよく眠れるのはそういうわけだったのか。それにしても誰もいないのは不便だ。 身体をこきりと鳴らす。 最後に１２００キロカロリー以上を消費する身体活動を行ったのは何時だったか。覚えているだけでも１０００時間は経っている。体内のナノマシンの活動レベルを上げる。 踏み出した足元の床が光った。 それに連動するように瞬く間に室内の全ての光源が生き返る。あらゆるセンサー、色とりどりのパネルが展開する。 彼女は小さなしかし座りごこちの良い椅子に座りなおした。指先をちらちらと動かすだけで、周囲のパネルが目まぐるしく動く。 『ネリマ……』 聞いたことのない地名が表示された。 地図を展開する。衛星からリアルタイムで転送される画像は実際の風景となんら遜色ない。 次々と画面が切り替わる。 『この私が出向かなくてはならないなんて……美王、お仕置きものよ』 がくんと足元が揺れた。 アジトはそのまま巨大なＵＦＯとなって、高高度まで飛翔した。 『お仕置き、お仕置き……うふふ♪』 気分が高揚している。「お仕置き」という表現が気に入ったのだ。楽しい場面が想像できる。妄想は大好きだった。 ほや〜んとした顔に赤みが差した。口元が柔らかく緩む。彼女はいつしか鼻歌を歌い始めていた。 事態は思ったよりも切迫していた。 最後に彼女達が姿を見せたのは５月２７日。そのあとは美緒こそ画面に出ているものの、大変影が薄い。 ゆうひ「このままでは、とてもとらハＳＳだなどと言えなくなってまう……由々しき事態や」 真雪「もともと、ＳＳなんて感じではないが」 知佳「まあまあ、おねーちゃん」 誰にともなく解説をする。これは大切なことなのだ。 ゆうひ「というわけで、練馬に来たわけやけどー」 真雪「ちょっぱやだな」 知佳「やっぱり区役所かなぁ」 ゆうひ「そうとも限らんで。だいたいなんの準備もなしに区役所行ってどーするんや？」 真雪「わからんぜー。あいつらだしなー」 駅を降りてうろうろしている３人。 とりあえず、駅前の地図で区役所の場所を確認する。 知佳「あ、あれはなんだろう！」 そのとき突然知佳が叫んだ。 またなにかボケをかますのだろうかと、振り返る姉と関西人。 知佳がわなわなと指差す方向に首を傾ける…… 真雪「げ！」 ゆうひ「えええ〜〜！！」 そこには巨大な招き猫型ＵＦＯが、うんうんと唸りをあげて浮遊していた。 招き猫型ＵＦＯから一条の光がまっすぐ降りてくる。 抜けるような白い肌に、真っ黒なワンピースを申し訳程度に纏った少女が、光の中から現われる。 知佳「ひょえ〜〜、目も眩むような美人さん」 ゆうひ「でも、なんかどっかで見たよーな人やねー」 地上に降り立ち、きょろきょろしている天使を、じろじろと凝視する。 真雪「あ、美緒に似ているんだな」 知佳「そーいえば」 ゆうひ「美緒ちゃんが成長の仕方を間違えたらああなるって感じやな」 なにげに失礼なことを言う。 ふと、美人と関西人の目が合った。 『そこの方……美王の匂いがします……』 ゆうひ「へ、う、うち？」 知佳「美緒ちゃんの知り合いですか」 『わたくしは天の者にあれば地にて迷うは必定。微かなる空気に拠りて道を定めしは理とも言えましょう。そこなお方、美王の元へあない願います』 真雪「なにか偉そうなやつだな」 知佳「みお……もしかして、美王さん？」 ゆうひ（さすがテレパス……普通、漢字で喋れへん） 『はい、すぐに会いたいです。お腹、ぺこぺこだし』 天使はお腹を抑えて、身を捩った。 ふわりと絹の黒衣が翻り、すらりとした脚が空気を撫でる。 知佳「は〜〜、美緒ちゃんも大きくなったら。ああなるのかなぁ」 真雪「ぜっっったい、ならねぇ」 ゆうひ「以前、おおきなったときは、もっと活発な感じやったもんなー」 はむはむと売店で買ったさくら餅を歩きながら租借する美緒似の美人。 いつのまにかＵＦＯは姿を消している。 「助かりました……」 腹が満たされて余裕が出来たのか言葉からも慇懃さが消えている。 「わたくしは美皇――無法の女……」 背後に松本零士が見える。 睫が長いのは勘弁してやるが、腰や脚が細すぎはしないか。真雪とゆうひの目に殺意が滲む。 美皇「それで……美王はどこでしょう？」 知佳「あの、えっと、たぶん区役所にいるんじゃないかと……」 美皇「クキャクショですか」 ゆうひ「美王ちゃんに会って、どないするん？」 美皇「もちろん、決まっています」 すっと目が細くなる。 口元にはぞくりとするような笑みが刻まれた。 美皇「お仕置きです」 ☆としまえん☆ 美緒「シャトルループなのだー！」 茜屋「おー！」 奈緒「をを〜♪」 真緒「はい、はい」 美緒「フライングカーペットなのだー！！」 巨大獣「うむ！」 茜屋「この横揺れがまたなんとも」 美緒「カルーセルエルドラドなのだー！！！」 真緒「回転木馬ですね」 茜屋「これは、別に絶叫して乗るようなものではないが」 茜屋「いやぁ、疲れた。フローズンコーラでも飲もう」 美緒「ううう……ちと酔ったのだ」 茜屋「さもありなん。美緒、連続して乗ってたからなぁ。とくに、バイキングとフライングカーペットのハシゴは危険だ」 真緒「わたしもちょっと……」 奈緒「あたしはへーきだよー♪」 巨大獣「我もまだいけるが」 茜屋「好きにしてくれ。我々はここで休んでる」 巨大獣「ふむ、では奈緒殿、あちらに行ってみるか」 奈緒「付き合うよ〜♪」 じうとシャーベット状のコーラをストローで勢いよく吸う。 突然、冷たいものが口腔を通ったせいで、頭がキーンとする。 美緒「ううう、キーンとするのだー」 Ｍｒ．Ａ「いやぁ、わっふるは美味しいなー」 美王「さくら餅のときも同じように言ってなかったか？」 博士「まぁ、いいものはいいということで」 練馬区役所ビルの展望レストランでお茶をしている３人。 博士「それにしても、練馬の公僕はこんなにいいものを毎日食せるのか。許すまぢ」 美王「うむ、不公平は是正されねば。また、練馬支配の理由が増えたな」 今まで練馬支配の理由がひとつでもあったのか疑問だが、それはあえて伏せる。 Ｍｒ．Ａ「区役所は区民の顔たれ、ということだろう。それに別にここが特別ってわけでもない。地方自治体の市役所なんか、もっと凄いところもあるぞ」 美王「ううむ、許すまじ。公僕は質素たるべきだ」 博士（美王さま、真面目だからなぁ……） 美王「……ん？」 博士「どうしました」 美王「いや……窓から見えるアレ。なんか大規模な施設があるようだが」 Ｍｒ．Ａ「ああ、としまえんだな」 美王「としまえん……軍事拠点か？」 Ｍｒ．Ａ「いや、遊戯施設だ」 美王「なるほど……遊戯施設にカムフラージュした軍事工場か。練馬区侮れん」 博士「……」 Ｍｒ．Ａ「……」 美王「……」 ちょっとした沈黙。 誰かが何かを言ってくれるのを待っている。 Ｍｒ．A「行ってみるか？」 美王「……うん、行きたい」 真雪「ほほお、お仕置き」 美皇「ええ、お仕置きです♪」 真雪「では、例えばこんなことをするのかな」 ごにょごにょと耳打ちする怪しい姉。 美皇「あら、通ですのね。でも私も負けませんよ」 真雪「あん♪」 ふうっと耳に息を吹きかけてから、こちらもごにょごにょと耳打ちする。 ゆうひ「なんて、妖しい光景なんや……」 知佳「おねぇちゃんったら……（真っ赤）」 妖艶な笑みを浮かべつつ、路上で絡み合う美女と漫画家。 なにやら、レディコミにでも出てきそうな雰囲気が漂っている。 真雪「美王って、美緒に似ていながらも少し大人っぽいからな。それに美緒似の美女のアンタ。をを、そうだ、本家本元の美緒や、真緒、奈緒もいたなー。美緒ばっかりでくんずほぐれつ……えへへへへ」 知佳「……おねーちゃん、ハンカチ」 真雪「お、すまん」 セクハラ大王ここにあり。 真雪「こうしちゃおれん。すぐに奴らを探すぞー♪♪」 Mr.A「ここが、としまえんだ」 美王「ほほほぉ」 博士「なかなかに盛況ですね。それにとても刺激的だ」 二人はあちこち見回しては溜息をついている。 Mr.A「お前達、こーゆーとこは初めてなのか」 博士「世俗には疎くて……」 美王「いっぱい、いろんな機械があるな」 Mr.A「なに、練馬美大のほうが凄い機械があるぞ」 かなり分かりにくいネタを提供するMr.A。（ちなみに、松本零士「ワダチ」参照） 美王「あれなんか、かなり恐ろしそうだな」 Mr.A「シャトルループか。乗ってみるか？」 美王「え？ ワタシ？」 Mr.A「ほら、あそこに並ぶんだ。平日だから空いてるぞ」 美王「あ、あのな、もう少し難易度の低いのがいいかな、と（汗）」 Mr.A「じゃあ、ウォータースライダーはどうだ？」 美王「それも怖そうだ」 Mr.A「バイキング」 美王「落ちたらどうする」 Mr.A「……」 美王「あ、あれ、とりあえず、あれがいい」 Mr.A「観覧車かい……」 博士「では、私はここで待っていますのでお二人で」 観覧車に乗ろうとしたMr.Aと美王に博士が言った。 Mr.A「ん？ どしたんだ」 博士「じつは私は高所恐怖症でして」 美王「初耳だな」 博士「はい、隠してましたから」 真面目な口調で切り返す博士、しかしその表情は眼鏡の奥に隠されて計り知れない。 Mr.A「まあいい。それ、乗るぞ。天辺からだと人が塵のように見えるぞ」 美王「うむ、それは楽しみ」 順番が回ってきて小さなBOXに二人して乗り込む。 博士は、それを笑顔で見送った。 博士（さて……） 二人が高みに上ったのを確認すると、博士は小走りに走って灰色の建物に近づいた。 周りの遊戯施設とは明らかに違う。『中央制御室』と書かれた看板が小さく掛かっている。 博士（独立したシステムへの強制割込みを可能にするには……） 博士は建物の四隅の地面に細い金属の棒を差し込んだ。先端に丸い球体が付いている。 球体は陽光に輝き、きらきらと光を発している。 建物の影に隠れた博士の姿は、誰にも見えなかった。博士は満足そうに息を吐いた。 美王「た……高いな」 Mr.A「おー、一望に見渡せるんだな」 二人を乗せたゴンドラが観覧車の天辺に辿り着いた。 Mr.A「ほら、見ろよ。『地上の愚民どもがまるで米粒だ』とか言わないのか」 美王「そんなよゆーない！」 Mr.A「あれ、いがいと揺れるな。風が強いのか……」 美王「ひー」 観覧車の動きが止まった。 とたんにぐらりと、ゴンドラは振り子のように揺れる。 美王「あー、あー、あああ」 Mr.A「まて、これはおかしいぞ」 Mr.Aは窓から身を乗り出した。 美王「お、おい、危ない……！」 Mr.A「……」 隣のゴンドラに人影はなかった。 いつのまにか自分たちを除いた全てのゴンドラから人が降ろされている。いままで気付かなかったのが不思議だ。 Mr.A「観覧車が……完全に止まった……」 美王「い、いったい……」 いつのまにか場内の音楽も消えていた。 Mr.A「いったいなにが、どうなったんだ？」 美王「…………」 音楽の消えた遊園地。 スタッフの姿も、客の姿もひとりも見当たらない。いつのまに皆消えてしまったのか。 博士（場内に充満させたガスは、人間の体内に潜伏し、ある一定の信号を受けて一斉に効果を発揮する……） 博士は、ショッピングセンターを歩いていた。 彼の歩むあとには老若男女さまざまな人々が倒れている。としまえんのスタッフや客達だ。博士が密かに撒き散らせたガスは催眠効果を誘発し、彼らを一箇所に集めさせた。そのうえで眠らされたのだ。 博士は、口にくわえたストローに息を吹き込んだ。 大きなシャボン玉が出来上がる。 博士（支配……肉体の支配……征服は物理的な支配が効果的なんですよ、美王様。無用なパニックは必要ないんです） シャボン玉がぱちりと割れた。 博士は、場内アナウンス用のマイクを取って、叫んだ。 博士「現時点をもって、としまえんの征服を宣言する！！」 茜屋「なんだって！？」 真緒「いまの……博士の声ですね」 奈緒「間違いないよ〜」 茜屋「変なガスが充満してきたので、咄嗟に防御バリヤーを張ったが、まさかそんなことになるとは……」 透明な風船のようなものの中に退避している茜屋と美緒、真緒、奈緒、巨大獣。 巨大獣「おぬしはいつもこんなものを用意しているのか」 茜屋「たしなみだ」 美緒「決して、こっちサイドを忘れていたわけではないのだ」 茜屋「うるさい」 さらりと確信をつく美緒に、茜屋の頭突きが決まる。 美緒「いたいのだ……」 茜屋「それにしても、このままでは済まんぞ」 巨大獣「あの男……いったいなにを企んでいる？」 真緒「としまえんの征服を完了したって……」 茜屋「先を越されたってことだな」 真緒「美王さまの仕業でしょうか」 奈緒「違うよー。美王さまなら、自分で宣言するよー」 茜屋「そうだな。これは、博士単独の犯行だと思う」 巨大獣「しかし……この手口……どこかで見たような……」 そこに、ふわりと降り立つ影があった。 博士だ。 博士「ふふふふふ、巨大獣、思い出してはくれないのかい？」 巨大獣「お、お前……？」 茜屋たちの前で、べりりと変装をとく博士。 博士「敵を欺くにはまず味方から。ワタシはずっとこの姿で人々を何千年も欺いてきたのだ。そう、貴様が封印されたときからな……」 巨大獣「貴様は！！！」 巨大獣の全身から、凄まじいばかりのオーラが発せられる。殺気だ。 博士「我が名は、『支配獣』……」 Mr.A「支配獣〜〜？ おい、美王、なんだそりゃ」 美王「巨大獣と同じ、前世紀の魔物だ……まさか……博士の正体が支配獣だったとは」 Mr.A「知らないで雇用していたのか？」 美王「だって履歴書にはなんにも書いてなかったんだもん」 Mr.A「……変なところで律儀だな、お前のところの組織は」 美王「信用第一を旨としている」 Mr.A「しかし、このままじゃつまらん。降りるぞ」 美王「へ？」 Mr.Aは観覧車の窓ガラスを叩き割った。 風がびうと吹き込んでくる。 美王「や〜〜ッ！！」 思わず身を縮める美王。その細い腰に腕を回して容赦なく窓の外に出ようとするMr.A。 Mr.A「思ったより風が強いな。風速７ｍってとこか」 美王「やだやだやだやだやだやだ〜〜〜〜〜！！！！」 Mr.A「暴れるな、落ちるぞ」 美王「ふえええぇぇぇ〜〜」 支配獣「わかるか！ これが支配だ。征服とは行動であり結果なのだ」 通信用のポールの上に立って、高いところから説教をする博士。 巨大獣「根源の話題に戻ったな」 茜屋「うむ、これで、としまえんを征服したことになるのか。練馬区支配まであともう一歩だな」 真緒「相手方から回答が提示されたのですから、疑義を呈するべきですね」 冷静に状況を判断する真緒。 さすが、美緒美緒団きっての才女と誉れ高い真緒だ。 茜屋「そうだな、今現在ここに彼に従っていない人間がいる」 美緒「当然なのだ」 巨大獣「我々に確認を取るべきかどうかだな」 茜屋「いや、確認の是非は関係ないだろう。彼が我々に対して絶対的な優位にあるかどうかだ」 巨大獣「なるほど。ここで我らが彼を捻じ伏せられるようなら、『としまえん征服』は成立しないわけだ」 茜屋「想定しうる全ての外敵を排除した状態……それが『征服』と言えるんだな」 うん、うんと頷く茜屋。 一番最初に抱いた疑問はこれで氷解した。 茜屋「というわけで、これですっきりだ」 巨大獣「練馬まで来たかいがあったというものだな」 茜屋「じゃあ、帰ろうか」 真緒「え？」 奈緒「……帰るの？」 茜屋「うむ、当初の目的は達したしな。いる理由がない」 奈緒「とうしょのもくてきってー？」 巨大獣「我々はどうすれば、『世界』を『征服』したことになるのか、という疑問に対す答を欲していたのだ」 真緒「そういえば、そんな話題でしたね」 奈緒「すっかり忘れていたよー」 茜屋「仕方のない奴だな、こいつぅ〜」 こつんと奈緒の頭を小突いてけらけらと笑う茜屋。 美緒「でも、あたしはまだ遊び足りないのだ」 茜屋「しかしな、遊園地がこのありさまではしょうがないだろ」 美緒「残念なのだ」 すでに帰り支度。 支配獣「ちょっと、待てーッ！！」 高いところから、大声で叫ぶ博士。 支配獣「お前達、それでいいのか！ 『征服』は？ 世界征服をするんじゃないのかッ！！」 茜屋「別にしたくないが」 巨大獣「うむ、興味をもつことと、実践することは別だな」 支配獣「き、き、き、貴様ら〜〜！！！」 わなわなと拳を握り締める。 支配獣「夢に抱いたことを実践してみたいとは思わないのかッ！ 簡単に諦めてしまえるものなのか！ あの夏の日に、太陽に手を透かして見はしなかったのかァッ！！」 巨大獣「透かして見ると、どうなんだ？」 支配獣「血だヨ！ 血！！ 太陽に手を透かせると、赤い血が流れているのが分かるだろうッ」 茜屋の横では、美緒と奈緒が空に手をかざしている。 茜屋「美緒、奈緒、太陽を直で見ると目をやられるから気をつけろよ」 美緒「確かに、赤く見えるのだ」 奈緒「手って、透けるんだね〜〜」 その言葉で勇気百倍。こころなしか大きくなった支配獣。 支配獣「そうだろうッ！ その真っ赤な血が全身を流れてるんだ、と感激に打ち震えて、わたくし、言葉になりません！！」 なんだか、語調が危なくなっている。 支配獣「想い出は幻ではないのだ！ 放課後の保健室なんか見えなかったッ！！」 茜屋「それでな、サランラップの芯とかを手の横に添えて、両目を開けたまま覗き込んで見るんだ」 巨大獣「どうなるんだ？」 茜屋「手に穴が開いて見えるんだよ」 美緒「やってみたいのだ〜」 支配獣「お前達、話を聞けーーッッ！！」 茜屋「うるさい。こっちはサランラップで忙しい。だいたい、言っていることが半分も判らんぞ」 巨大獣「あいつは昔から、ああだった」 そう言っているあいだにも、博士こと支配獣はわけの判らないことを捲くし立てていた。 なんだか、宗教じみていたりする。 支配獣「真っ直ぐいくと、いつも未亡人の家に入っちゃうんだよ！（注：ＥＬＦ『同級生』） あれはなにかの陰謀か？ だいたい、最近のＥＬＦは……ん？」 演説をしている中央広場。 辺りには茜屋たち以外は誰もいない。もとい、誰も起きてはいない。 しかし、なにやら遠くから声がするような気がする。だんだんと近づいて……？ Mr.A「そこのやつ、どけーーッ！！！」 美王「………（失神している）」 ごいん。 支配獣「ぶッッ！！」 美王の膝蹴りが支配獣の頭に炸裂した。 鼻血を撒き散らしながら、ゴムマリのように弾け飛ぶ支配獣。 大きなマントをムササビのように広げたMr.Aが、美王を抱えて遥か上空から滑空してきたのだ。 茜屋「悪は滅びるのだな……」 巨大獣「ずいぶん、あっさり滅んだな」 美王「ううう〜ん、あいたた……って、はれ？」 突然、観覧車から飛び立ち、気を失ってしまったが、そこは気丈（？）な美王。すぐに、目を覚ました。なんだか、膝が痛い。 美王「あれ？ れ？」 美王は博士の上に馬乗りのようになっていた。 博士はぴくりとも動かない。 Mr.A「見事に決まったな……」 美王「え、え、え？？？」 Mr.Ａが腕をぐいっと持ち上げて美王を立たせる。ふにゃへにゃと立ち上がる美王。 困惑する美王。 辺りでは、博士が倒れたことでガスの抗力が薄れたのか、倒れていた人々が起き出して来ている。わいわい、がやがやと、中央広場に視線が集まる。 Mr.Aは、美王の背中をぽんと叩いた。 Mr.A「よくやったッ！！ これで、としまえんも平和になるッ！」 美王「へ？」 Mr.A「世界征服を企む悪の化身は、可憐な少女の膝蹴りで完全に滅んだ！ 諸君、もう安心だ！」 ぼそぼそとした呟きが、わーー！！っと歓声に変る。 輪の中心に美王はいた。 美王「え、え、あれ？？」 いまだに、なにがなんだか判っていない。 それを影から眺める人影があった。 美皇「……いいな、美王ちゃん…」 ゆうひ「なんかあったみたいやね〜」 真雪「しまったな。美味しいとこ見損ねた」 美皇のもつ「猫耳レーダー」に導かれ、やってきたのは「としまえん」。 なにやら、騒ぎがあったらしく、場内は騒然としていた。 その中心にいるのが美王。 知佳「凄い人だねー」 真雪「美王が悪を倒したとか言ってるぞ」 ゆうひ「なにかの間違いやろ」 知佳「そんなこと言っちゃ、駄目だよー」 美皇「……わたしは……わたしは信じていました。あの娘ならきっとやってくれるって」 真雪「はい？」 美皇「しかし、これで満足してはいけないのです。支配獣は滅びましたが、いつ第二第三の支配獣が現れないとも限りません」 ゆうひ「あんなのが、３人もいたらいややなー」 美皇「そう！ 世界の平和のためには、立ち上がるときが来たのです！」 握りこぶしを高々と宙に掲げる美皇。 目には決意の光が宿っている。 真雪「あの……あたしの記憶違いじゃなけりゃ、あんたらって、世界征服を目論む秘密結社じゃなかったっけ？」 美皇「世界征服？ いったい誰がそんな恐ろしいことを」 Mr.A「お前だ、お前」 美皇「なんですか、あなたは」 Mr.A「俺か？ 俺はこいつの保護者だ」 美王「え？ あたし？」 美皇「まぁ、美王、いつのまに」 とたんに艶美な笑みを浮かべる美皇。 美皇「でも、あなた、美王はわたしの作った戦闘用クローン人間。爪先から髪の毛一本にいたるまでわたしのものです」 Mr.A「いまどき何言ってやがる。人間は生まれたときから自分以外の誰のものでもねぇよ。それは、人造人間だろうがなんだろうが同じだ」 美王「………」 美皇「そこまで言うからには覚悟はおありなんでしょうね」 火のような殺気を漂わせる美皇。美王のお仕置き用に持っていた鞭がぴしりと鳴る。 茜屋「なにやら面白そうな展開になってきたな」 真雪「うむ。ここまで来た甲斐があった♪」 真緒「美王さま……」 奈緒「Aちん、ガンバだー♪」 Mr.A「覚悟上等！ あふれんばかりに揃っている」 美皇「わかりました。では勝負です！ わたくしに勝てたら、美王はあなたのものです」 茜屋「待ったあぁ！！」 殺気を漲らせている二人の間に、茜屋が割って入った。 Mr.A「なんだ！」 美皇「邪魔立てすると食い詰め者とて容赦しませんよ」 茜屋「その戦い、俺が預かる！！」 Mr.A「な……！」 茜屋「お前達がお互いに潰しあっている時ではない！」 美皇「なんですって！？」 茜屋「大いなる目的を遂げるのは今なのだ。これだけの人数がここに集ったのは偶然ではない！！」 奈緒「なにか目的があったんでしたっけ〜？」 美緒「全然、思いつかないのだ」 真雪「遊びに来たんじゃないのか？」 ゆうひ「そんな気も」 それぞれが思い思いに口を開く。茜屋は嘆息した。 茜屋「情けない！ 遂げられなかった想いを忘れてしまったのか！ あの熱い思いを！！」 美緒「？？？」 巨大獣「勿体つけないで言え」 茜屋は息を深く吸い、両手を空に高く掲げて言った。 茜屋「運動会だ」 茜屋の希望は却下された。 茜屋「また……前回の話でも薫に一言の元に否定されたし……鬼！ 悪魔ーッ！！ ひとでなしーーッ！！」 美緒「あたしは微妙に、ひとではないが」 茜屋「あ、別にそういうわけでは」 美緒「………」 奈緒「あーーっ、茜屋さん、美緒ちゃん泣かした〜〜ッ！」 真緒「茜屋さん、見損ないました」 美緒「………」 茜屋「すまぬ、美緒。お前の気持ちも考えずに……」 美緒「プールに連れてってくれたら許すのだ」 真雪「を、それなら、このとしまえんにはプールが付いてるぞ」 美緒「でも、水着持ってないのだ」 真緒「それなら大丈夫です。茜屋さんが買ってくれます」 茜屋「うっ……」 奈緒「さー、みんなでいこー♪」 Mr.A「散財だったな。余計なこというからだ」 茜屋「ううう、まぁ、運動会が水泳大会になったと思えばいいか……」 Mr.A「まだ言うか（笑）」 美皇「では、わたくしたちも行きますか」 Mr.A「え？ 行くの？」 美皇「水着は殿方が買ってくださるのでしょう？」 Mr.A「う……ま、しょうがないか。ほら、美王、行くぞ」 美王「え、え？ わたしもか？（汗）」 〜としまえんのプール〜 茜屋「……」 Mr.A「どうした？ 感無量って顔をしているが」 茜屋「いや……美緒の猫かき（？）がこの目で見られるとはな……（涙）」 真緒「美緒ちゃん、泳ぎ、上手いですよ〜」 奈緒「奈緒だって、負けないよ！」 茜屋「うんうん、元気でいいことだ」 Mr.A「さて、問題はこいつだな」 美王「お、泳いだことないんだから、仕方なかろう」 美皇「なさけないですね、美王。先生はあなたをそんなふうに育てた覚えはありません」 Mr.A「そういうお前も、パラソルの下から出てこないようだが」 美皇「紫外線に弱いんですの」 Mr.A「まあいい。美王、見返してやるぞ。特訓だ」 美王「ふええぇぇ〜〜」 一方、売店では。 ゆうひ「いやー、このぱっさぱさのたこ焼がプールの醍醐味やねー」 真雪「を、意外。文句でも垂れるかと思った」 ゆうひ「こういうモンは縁起もんやねん（？）。文句なんか言わへんよ」 知佳「あのー、お姉ちゃん、そろそろ泳がない？」 真雪「このジョッキ、空けたら考える」 としまえんの恐ろしい事件はこうして幕を閉じた。 完 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 平和。 その光景を遠くから眺めている影があった。 支配獣だ。 彼は、暫くの間そうしていた。やがて、白衣の襟を正し背を向けると、その場を去った。 あとには何も残らなかった。 |