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第一話「美緒と奇岩城と巨大獣」 index * next ――投票所。 ゲームキャラの人気投票所で、独り陣営を守りつづけるのは想像以上に困難なものである。 ここに、各所のとらいあんぐるハート人気投票所で、『陣内美緒』の陣営を守ってきた者がいる。 茜屋「なぁ、美緒。俺はそれなりに頑張っているよな？」 美緒「いないことも多いのだ」 そう、仕事の関係とかで投票出来ない日もある。 うっかり忘れてしまうこともあるだろう。 めんどうくさくて、省いてしまう日も…… 美緒「愛がないのだ」 ううううう。 ごめんよ、美緒。 仕方なかったんや、仕方なかったんや〜〜〜。 この物語は、そんな投票所の一幕より始まる―― ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ ひさしぶりに帰ってきたぞぉ〜♪ （手土産に寿司折りを持っている） あれ？ 美緒、どこいった？ おや、置手紙…… 『旅に出るのだ』 美緒が家出？ まいったな……かくなるうえは……。 これより、捜索隊を組織する。銀目、さすけ、やまじ！！ 猫「にゃ〜〜」 よし、行くぞ！！ 猫たちには、首輪にマイクを装着。こちらには、高性能猫語翻訳機を装備。準備は万全だ。 美緒の行動半径の広さは半端じゃない。 俺はどこを探すべきだ？ ＞望ちゃんの家に行く。 ＞展望台へ行く。 ＞もう一度、寮をくまなく探す。 他の陣営の皆さまからは、寮内にいるという意見が出ているな。 美緒「怪しいとこなのだ」 そうだな……よし、もう一度寮内を探してみよう。 お前は、二階を徹底的に探してくれ。 美緒「らじゃったのだ」 さて……では、俺は１階を探すか。 美緒「茜屋、２階にはいないのだ」 そうか……１階にもいないようだし、やっぱり外か。 美緒「遊園地にいるような気がするのだ」 遊園地？ 美緒「遊園地は楽しいのだ」 なるほど……その線があったか。 ゆうひ「なにしとるん？」 あ、ゆうひさん。 いや、美緒を探してるんですよ。 ゆうひ「へぇ……」 しかし、手掛りは掴みました。事件解決までもう少しです。 美緒「もう少しなのだ」 ゆうひ「……はぁ」 じゃ、行って来ます。 ゆうひ「………」 私は車で「東京てづにーらんど」へ向かっていた。 平日とはいえ、やはり混んでいる。 美緒「茜屋、まだ着かないか？（わくわく）」 まぁ、待て。 美緒「早くしないと逃げられてしまうのだ」 むー。 その時だ。 車の非常警報がびーびーとけたたましい音を放った！ 『にゃー、にゃー』 なんだ？ これは、銀目からの通信だな？ 私は、猫語翻訳機のスイッチをＯＮにする。 『ミオ、ミツケタ、ミツケタ』 なんだって？ 銀目は、望ちゃんの家に向かったはずだな。そっちに居たのか！？ 美緒「？？？」 こうしちゃおれん、引き返すぞ！ 美緒「ええ〜〜〜」 望ちゃんの家の前に、美緒がいた。 偽美緒「……」 こんなところにいたのか。『旅に出る』なんて手紙書くからびっくりしただろ。 偽美緒「ごめんなのだ……」 いいさ、俺も悪かったしな。 寂しかったんだろ、美緒。 偽美緒「……（こくん）」 さぁ、帰ろう。 美緒「あ、茜屋、待つのだー！」 ん？ なんだ、みお。 美緒「そそそ、その、美緒は偽者なのだー」 なんだって？ そういえば、美緒が二人いるような……。 美緒「ボケてる場合じゃないのだー」 望「茜屋さん！」 ああ、望ちゃん。 望「美緒ちゃん、なんか変なんです……って、あれ？」 美緒「のぞみ〜」 偽美緒「のぞみ……」 見てのとおりだ。 どうやら、増えてしまったらしい。 望「どっちが本物なんでしょう……」 美緒「あたしなのだー！」 偽美緒「あたしです」 望「……」 一目瞭然だな。 望「はい」 でも、なんか、偽者のほうがいいような気がするのは俺だけ？ 望「茜屋さん！」 冗談、冗談。 偽美緒「………」 さて、真偽も明らかになったし、帰ろうか。 望「え？」 美緒「に、偽者も？」 まー、偽者とはいえ、美緒だろう。邪険にしちゃ、可哀想じゃないか。 望「そういう問題じゃない気が……」 美緒「なのだー！」 偽美緒「く、く、くっくっく……」 美緒「あ、邪悪な笑いなのだ！」 偽美緒「つくづくおめでたい奴らよ。張り合いがないわ」 貴様！ さては、偽者だな！！ 偽美緒「（ずる！）」 美緒「あーかーねーやーっ！！！（怒）」 そ、そういえば、この美緒、やっぱちょっと変だぞ。 ところどころ黒いラインが入っていて（目の下とか）、細部のディテールが凶悪で（耳の先っぽとか）、額に「偽」って書いてある……！ 美緒「さっさと気付くのだー！！」 ふっ……、しかし、偽美緒、ぬかったな。 偽美緒「なに？」 こっちは、俺に美緒に望ちゃん、３対１だ。数ではこっちが有利！ 偽美緒「果たしてそうかな……？」 望「……」 あんなこと言ってるぞ、ねぇ、望ちゃん……あれ？ 望「くっくっく……」 美緒「のぞみー？」 望ちゃんは、顔に手を当てると、変装用のマスクをべりりと剥がした。（明智小五郎調）下から出てきたのは……！ あああ！ 望「実はワタシも美緒なのだ」 み、み、み、美緒が３人！？ 美緒「いったい、どうなってるのだー！」 あれか？ リスティみたいにクローンか？ 美緒「いーから、茜屋、とりあえず逃げるのだ！」 そ、そうだな。 よし、美緒、来い！ ひょい。 美緒「そっち、偽者ー！！」 偽美緒Ａ「くっくっく」 偽美緒Ｂ「くっくっく」 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 真雪「よお」 あ、真雪さん、どうしたんですか。 真雪「いや、美緒が増えたとか聞いてな」 まいてきたから、ここにはいませんよ。 真雪「そうか、残念……」 美緒「残念じゃないのだ。まゆ、大変なことなのだ」 真雪「を♪ オリジナル？」 美緒「ぴかぴかの本物様なのだ」 真雪「いや、わからんぞ、茜屋。角が生えてるかも」 なるほど。 これが本物という証拠はないな。 美緒「あちしは本物なのだー」 どうすれば、本物と識別できるでしょう。 真雪「そうだな……脱がすか」 美緒「やめるのだーーー！！」 偽美緒Ａ「簡単にバレてしまったな」 偽美緒Ｂ「やはり、額に『偽』と描いたのがまずかったかと」 偽美緒Ａ「いや、黒いラインが足りなかったのではないか？」 偽美緒Ｂ「とにかく、逃げられてしまった。アジトに戻って首領様に報告しなければ」 偽美緒Ａ「うむ」 偽美緒Ａ「ところで、どうやって帰るんだ？」 偽美緒Ｂ「どうやって来たんだっけ」 偽美緒Ａ「転送装置で一気に」 偽美緒Ｂ「帰るときのことを考えていなかった」 偽美緒Ａ「すると我々は当面帰れないと？」 偽美緒Ｂ「そういうことになる」 偽美緒Ａ「………」 偽美緒Ｂ「………」 〜さざなみ寮〜 ゆうひ「ただいま〜」 茜屋「あ、ゆうひさん。大変なことが起きたんですよ」 真雪「美緒の偽者が現われた」 ゆうひ「へぇー」 美緒「由々しき事態なのだ」 ゆうひ「それって、もしかしてこいつら？」 偽美緒Ａ「……ぐす（泣いている）」 偽美緒Ｂ「……す（泣いている）」 ゆうひ「うちに帰れないって、泣いていたんで、連れてきたんや」 ゆうひ「で？ 首領ってのは何者なんや」 偽美緒Ａ「そ、それだけは言えませぬ」 偽美緒Ｂ「言えませぬ」 二人してぷるぷると首を振る。 若干、Ｂのほうが幼いようだ。 ゆうひ「そっか、じゃあ聞かへん」 真雪「ゆうひもあっさりしてるな」 ゆうひ「だって、言いたくないゆーてるもん、聞けんやないか」 美緒「ぐるぐるまきに縛って折檻すれば吐くのだ」 茜屋「お前、自分と同じ姿をしてるものによくそんなこと言えるな」 偽美緒Ａ「（びくびく）」 偽美緒Ｂ「（びく）」 茜屋「ほら、おびえてる」 美緒「いい気味なのだ」 ゆうひ「偽物のほうが大人しいみたいね」 茜屋「最初は『ふっふっふ』とか言ってたが」 真雪「まあ、美緒と同じのが３人になったら、被害も３倍だからな。大人しくて良かった」 〜それから〜 偽美緒Ａ「あのー、耕介さま」 耕介「ん？ あ、Ａちゃん。どした？」 偽美緒Ａ「宿題でわからないところがあるので、お教え願えないかと……」 耕介「……なんで、Ａちゃんが宿題を」 偽美緒Ａ「おいて頂いているのですから、これくらい当然かと」 耕介「美緒だな。偽物だからって、こきつかっているのか」 偽美緒Ａ「そんなことないですー（あたふた）」 耕介「――ということだ」 愛「Ｂちゃんは、お買い物を付き合ってくれました」 知佳「お料理も好きみたい」 耕介「う〜〜〜む」 茜屋「美緒、由々しき事態が起こりつつあるぞ」 美緒「なんなのだ？」 茜屋「お前の居場所が侵食されつつあるということだ」 美緒「？」 茜屋「緩やかな侵略……そうと気付かれることもなく……」 美緒「？？？」 知佳「それでね、ここで小麦粉をさっくりと混ぜ合わせるの」 偽美緒Ｂ「こ……こうかな」 知佳「あー、そんなに力いっぱいやんないで……」 知佳「おにぃちゃん、どうしよう」 耕介「どした？」 知佳「Ｂちゃん、かわいい」 耕介「そうだな、確かに」 知佳「妹が出来たみたい」 耕介「Ａちゃんも可愛いぞ」 知佳「うん」 さざなみ寮内で、確実に存在感を増していく偽美緒達…… しかし、そんな事態がいつまでも甘受されるはずはない。 茜屋「どだ？」 薫「陣内をそのまま素直にしたようですね」 美緒「あんなの、あちしじゃないのだ」 茜屋「ま、そだな」 薫「問題は……あれが演技なのか、素なのかでしょうか」 茜屋「演技ではないだろう。しかし……放ってもおけない」 美緒「あちしは、ああはなれないのだ……いけないのか？」 薫「いいとはいえんけど……陣内が、あのこたちのようになれとは、いえん。それは違うような気がする」 茜屋「そうだ、人間、手本などというものがあるはずがない。美緒は美緒だ」 美緒「よくわかんないけど、ふむ」 茜屋「首領とやらを探すべきだな。神咲さん、出来そうか？」 薫「あの偽者も人間なれば……出来ないこともないかと」 茜屋「で？ 具体的にはどうするんですか」 薫「髪の毛が１本あれば」 美緒「髪の毛？？」 茜屋「いわゆるリーディングですか」 薫「そっち系の呼び名は存じませんが……昔の役行者は人に触れただけでその人の出身から家族構成までぴたりと言い当てたといいます」 美緒「手品なのだ」 薫「いわゆる……縁を読む、ということです」 茜屋「なるほど。しかしなぁ……髪の毛か。難しそうだな」 薫「うちは未熟者ゆえ……触れただけでは。それなりの儀をもってしないと」 美緒「なんとかして取ってくるのだ」 茜屋「そうはいってもなぁ……」 天の声「くっくっく……そうはさせませんよ」 茜屋「誰だ！」 美緒「あそこなのだ！！」 寮に面した森の奥……高い樹の頂きにそれはいた。 偽美緒グレート「私の可愛い妹たちをいいようにはさせません」 薫「くっ！」 またたくまに周囲を大勢の美緒が囲む。 美緒「あわわわわ……あちしだらけ」 茜屋「想像はしていたが……『いっぱいいる』ネタを本当にやるとは」 偽美緒グレート「大人しくついて来てもらいましょう」 目隠しをされて、車で移動すること数時間…… 茜屋（時間にして、３時間……今は夕方か。顔の右側に日差しを感じるってことは南に向かっているのか……？） 薫と美緒は大人しくしているようだ。 ふいに、横にいる偽美緒グレートが声をかけた。 偽美緒グレート「……もうすぐだ」 茜屋「美緒美緒団のアジトか」 偽美緒グレート「そんな名前ではない」 茜屋「じゃあ、なんだ」 偽美緒グレート「お前に教える必要はない」 なかなかに頑なだ。 偽美緒グレート「さあ、ついた」 そのまま美緒は偽美緒たちに連れて行かれた。抵抗したが無駄だった。 茜屋と薫は牢屋に叩き込まれた。 〜牢屋の中〜 薫「茜屋さん」 茜屋「ん？ どうしました」 薫「失敗しました。誰かに寮の偽者たちの監視を頼むべきでした」 茜屋「寮の皆が気にかかるんですね。さすが薫さんだ。自分が危ないときでも、他人を気遣っている」 薫「ちゃかさないでください」 茜屋「大丈夫です。寮のほうは頼りになる男に頼んであります。ここではＭｒ．Ａとだけ言っておきましょう。彼に任せれば安心です」 薫「いったいいつのまに……」 茜屋「秘密の方法があるのですよ。ふふふ」 〜美緒美緒団ラボ〜 偽美緒グレート「ついに……ついに、長年の悲願が叶う時がきたのか……」 博士「まだ、早い。オリジナルを手に入れたとはいえ。解析結果は出ていない」 偽美緒グレート「マトリクスさえ手に入れば結果はすぐに出ると言ったはずだ」 博士「失われたブラックテクノロジーの産物だ……そう簡単にはいかん」 偽美緒グレート「まぁ、いい。急ぐのだ」 〜さざなみ寮〜 知佳「それでね」 耕介「うんうん」 知佳「いつまでも、Ａ、Ｂじゃ可哀想だと思うんだ」 耕介「でもあのコたち、名前はないって言ってたよ」 知佳「うん、だから、わたしが付けてあげようと思って♪」 愛「あら、それはいいわね〜」 耕介「で、どんなのだ？」 知佳「うん、Ａちゃんのほうが『真緒』、でＢちゃんが『奈緒』。どうかな」 耕介「いいんじゃないか」 愛「きっと、あの二人も喜ぶわよ」 知佳「ということでー、どうかな？」 偽美緒Ａ「『真緒』……ですか？」 偽美緒Ｂ「『奈緒』」 知佳「気に入らない？」 偽美緒Ａ「いや……私たちは戦闘員ゆえ、記号で呼ばれるのが常であるので……なんというか、こそばゆいというか……」 偽美緒Ｂ「奈緒♪」 知佳「駄目だよ！ 道具じゃないんだから、記号なんて！！」 偽美緒Ａ「はぁ……」 偽美緒Ｂ「奈緒、なお、ナオ、ＮＡＯ♪♪♪」 知佳「あ、Ｂちゃんは気にいってくれた」 偽美緒Ｂ「うん」 知佳「じゃ、決まりね。今日からー、ふたりは真緒ちゃんに、奈緒ちゃん」 〜牢屋の中〜 茜屋「まず、美緒を助けなくちゃいけないな」 薫「でも、周りは陣内でいっぱいです」 茜屋「よく見れば見分けはつくさ。なんたって、私は美緒に関しては第一人者だ」 薫「はぁ……」 偽美緒グレート「残念だが、それは無理だな」 茜屋「貴様はグレート！」 偽美緒グレート「……なんだかマジンガーみたいだから止めてくれ」 茜屋「アンタが名乗ったんじゃなかったか？」 偽美緒グレート「そうだな……では、『美王（みお）』と呼んでもらおう」 茜屋「読みは同じじゃないか」 美王「判ればいいのだ」 薫「いいかげんな……さすがは性格はかわっても所詮は陣内」 美王「うるさい」 茜屋「それで？ なにが無理だって」 美王「あ？ ああ、美緒を助けるのは無理だ、ということだ」 薫「どうして？」 美王「お前達はここで死ぬからだ」 突然、美王の背後の壁が丸く割れた。ごうんごうんと嫌な音がした。穴の奥からは大量の水が流れ込んできているのだ！！ 美王「ふわははは、たっぷり水を吸って１００倍に膨れるがいい！」 天井から降りてきたロープに掴まってようようと逃げていく美王。 美王「このアジトはもう用ナシだ。博士、準備は良いな」 博士「オリジナルはこのように捕縛してあるぞ」 ロープでぐるぐる巻きに縛られている美緒。 その周囲に魚のような目をした偽美緒たちが群がる。 美王「もうすぐ、こんな思考能力の欠如した粗悪品ではなく、高い運動能力と知能を備えた仲間が手に入る……」 博士「そういえば、数少ない成功例たる例のふたりはどうした？」 美王「連絡がないが……なに、所詮あいつらは本能の欠け落ちた半端物だ。多少思考能力があるといっても成功例とはいえん。やはり我に宿った魂のみが本物だったのだ」 博士「……まぁ、いい。あれでも私にとっては可愛い奴なのだがな。新しいアジトに落ち着いたら考えるとしよう」 美王「好きにするがいい」 茜屋「まいったな、水とは」 薫「どうしましょう」 茜屋「学生のころは水理学を専攻してたんだが。なんの役にもたたないな」 薫「あたりまえでは」 茜屋「えーと、『水理学』とは、静水力学、動水力学（流体力学）、水文学等、水に関する主に力学的・工学的な内容の学問です」 薫「誰に言ってるんですか」 茜屋「恭介さん♪」 薫「金田一京介？」 茜屋「それは、言語学者だ。恭介さんは凄腕の探偵だ」 薫「それは、神津恭介」 茜屋「よく知ってるな。薫、もしかして、ミステリマニア？」 狭い牢屋はまたたくまに水で満たされる。 茜屋と薫の足首を包み、膝を駆け上り、腰にいたる。 ぴんちだ。 だが、ぴんちの時には奇跡が起こるものである。 茜屋の危機を、電波のように受け取るものがいたとしても不思議はないのではないか？ そう、茜屋と美緒は、魂で結ばれている…ならば！ 真緒と奈緒にも、届くはずだ！ 魂の叫びが!! 楽しく雑談の最中、ガタッと起ちあがる真緒 真緒「…感じた？」 奈緒」「…ん…」 続いて、静かに起ちあがる奈緒 真緒＆奈緒「「いかなきゃ！！」」 真緒「さて……勢い込んで出てきたはいいけど……どうしよう」 奈緒「茜屋がぴんちってことは、美王さまがうまくやったのでは」 真緒「うん、でも……助けなくちゃ。このままじゃ、死んじゃうよ」 奈緒「……そだね。やっぱ、私たちも美緒だもん」 真緒「で、どうしよう」 奈緒「む〜〜、あそこの人に協力してもらうってのはどうかな」 Ｍｒ.Ａ（……げ、見つかった……） 茜屋「これ……しょっぱいな」 薫「海に繋がっているってコトですか」 茜屋「なんにしても問題だな。全部飲んじゃうつもりだったが、塩水ではそうもイカン」 薫「飲むって……（汗）」 茜屋「なにを隠そうワタシは腹のなかにブラック・ホールを飼っている」 薫「ええええ！」 茜屋「『バクバクの実の能力者』あるいは、『美食家』と呼んでくれたまえ」 薫「『美食家』のほうはちょっと旧いのでは」 茜屋「では、『魔人ガルティア』では」 薫「鬼畜王ランスですか」 茜屋「好きだったんだよ、アレ」 薫「そんなこといっている間に、もう水が肩まで」 みしみしと音が聞こえてくる。 大量の水が地下室を満たし、水圧が壁を押しているのだ。 茜屋「どれ……そろそろかな」 ごぽと水に潜る。 水の中で捲れあがっている薫のスカートを覗きにいった――のではない。 壁の状況を調べるのだ。 茜屋（思ったとおりだ。部分的に圧力で耐え切れなくなっているところがある。ここを集中的に攻撃すれば……） 薫「茜屋さん」 茜屋「なんだ、べつに下半身を覗いているわけではないぞ」 薫「そんなこと言ってません。なにか聞こえます」 ごおおおおお…… それは怪獣の咆哮だった。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ そこは、広く暗い場所だった。 明かりの届かぬ深遠。昼なのか夜なのかすら判らない。暗い暗い空間。闇がすべてを塗りつぶし、わずかに動くものの気配だけを感じさせる。 そんな中で、ひとつだけ小さな灯りが灯った。 暗い部屋の中のふたつの人影を照らし出す。 部屋……？ 暗い闇のなかには壁もなければ天井もない。しかし閉じた空間ではあった。小さな灯の燈っている場所を中心として、薄く視界が開けている。 その真中にいる少女――美王だ。 美王「……以上でございます」 闇のなかから圧倒的な存在感が押し寄せる。 声『……で？』 美王「は？」 声『障害の抹消は確認したのかしら？』 美王「生きているはずがありません。今ごろ『巨大獣』の封印も解けているはず。可能性は万にひとつも……」 声『わたしは可能性を聞いているの？』 美王「い、いえ！ しかし……」 声『しかし？』 美王「……確認の兵を派遣します」 声『そう……わかりました』 空間の中は常に一定の温度に保たれている。不快なことはないはずだった。 しかし、美王の背中にはびっしょりと汗が滴っていた。 アジトに戻った美王は、開口一番、博士を呼びつける。 美王「博士！ 地下城へ戻る。ヘリを出せ！！」 〜牢屋の中〜 茜屋「か、怪獣か？」 薫「ひ、非常識な……」 巨大な怪獣は、地下室を押し破って現われた。 その威容は、黒い闇で覆われており、全貌を窺い知ることは出来ない。 ただ総毛立つような威圧感がびしびしと伝わってくる。 巨大獣『我が封印を破りしは貴様か……！』 深い、重苦しい声が地下室内に木霊する。 怪獣の現われた穴から水が抜けていき、肩まであった水は腰あたりまでになっていて、ひとつの危機は去っていたが、より一層の危機が目の前にある。 巨大獣『応えよ……！！』 茜屋「あー、別に封印を破ったってわけじゃないんだけど、水を抜いてくれたようだから、ひとまず、ありがとう」 薫「ちょッ……茜屋さん！ なにいってるんですか！！」 茜屋「なんだい。だって、この御仁はまだ我々に危害を加えていない。礼を失してはいかんだろう」 巨大獣『ふっふっふふふ……その意気やよし。しかるに我は破壊を司る者なれば、馴れ合うわけにもいかぬ。さすれば、その剛に敬意を評し、おぬしの最も畏れる者の姿で滅しさせてくれようぞ』 茜屋「ほら、いいひとだ」 薫「……」 巨大獣は大きく吼えた。 震動が牢屋の壁を震わせる。 茜屋「それにしても、でかい……」 茜屋と薫の前に立ちはだかる黒き獣は、さながら「壁」のようだった。 ざわざわと蠢く体毛が全身を覆い隠しており、全容がはっきりしない。そもそも、獣なのかもはっきりとはしないのだ。 巨大獣『我はこの世界での定型をもたぬ。それゆえにこのように不安定であるのだ』 もぞもぞと黒い闇が動いた。 かと思うと細長い蛇のような状態になったり、丸い風船のようになったりした。 よく見れば、体毛と思われたものは、非常に細かな触手であり、それらが引っ込むとつるりとして半透明な塊になった。 茜屋「アメーバみたいだな」 薫「き……気持ち悪い……」 巨大獣『さぁ、選ぶのだ！！』 茜屋「……」 薫「茜屋さん、選んじゃいけん！ 選ばなければ……」 ごおお、と空気が揺らいだ。 再び獣の形が変っていく。 茜屋「……」 薫「茜屋さん……！」 巨大獣『選択はなされた……！！！』 目の前で黒い獣の姿がむくむくと変っていく。ごきりごきろと骨の軋む音がする。 ぼこりと一部が瘤のように盛り上がったかと思うと、それはみるみるうちに細長く伸びて、腕となった。 頭頂部にある体毛は、ざわざわと蠢き黒紫色に染めあがっていく。 丸い瞳には金色の光が称えられ、禍々しくも巨大な耳は髪の奥からぴんとそそり立った。 薫「茜屋さん――ッ！！！」 巨大獣が変形する。 世にもおぞましい破壊を司る神が、現世での定型をもって出現するのだ。 薫「あああ……って、え？ あれ？」 茜屋「あー、こわい、こわい」 薫「……」 変形した身体は人型だった。 しかし、その腰骨からは二股に分かれた尾が長く伸び、しなやかな体躯を支えているかにも見える。 をを、これはなんという形だろう。 薫「……陣内じゃなかですか」 茜屋「あー、こわいー、もっと小さかったりすると、もっと怖い〜〜♪」 茜屋の声を聞きつけたのか、天井まで届かんとしていた身体は、急速に縮んでいった。 もはや、巨大獣は巨大でもなんでもない。美緒にそっくりな（こればっか）少女が満面の笑みで立っている。 巨大獣『くっくっくっく……』 にやりと笑う。満足げだ。 薫「茜屋さん、もしかして、饅頭が怖かったりしませんか」 巨大獣『ふむ…ジンナイというのか、この姿は。なるほど、底知れぬ力を感じる。おぬしが恐れるのも無理はない』 茜屋「ああ、判ったらたすけてくれ。このままでは俺は笑い死ぬ」 薫「なんだか、巨大獣が気の毒に」 ちんまりとした姿になった巨大獣。 巨大獣『さて…どうすればお前は破滅するのだ？』 茜屋「さぁ？」 巨大獣『さぁってことはないだろう。恐れるには理由があるはずだ。おぬしの嫌がることをしなければ意味はない』 茜屋「そんなこと言われてもなぁ。だいたいその考え方は納得しないな」 巨大獣『ほお、齢3000年のこの私に意見するか』 茜屋「判らないから怖いっていうのもあるだろう。例えば死ぬのが怖いのは死んだらどうなるのか判らないからだ」 巨大獣『なるほど、一理ある』 薫「あの、うちは向こうに行っていていいですか」 巨大獣『しかし、困ったな。それではどうやって私は御主に未曾有の恐怖を植え付ければいいのだ』 本気で困っている。 おそらく、巨大獣にとって未知の経験なのだろう。 茜屋「なんだか可哀想になってきた」 薫「うちはもうどうでもいいです」 巨大獣『今までの者達は、変化した我を一目見るなり震え上がり逃げ惑った。なんの疑問もなかった。それがどうだ。我は自分が、人間に恐怖を与えられる存在であると勘違いしていただけなのか……』 薫「ひとつの壁にぶちあたったとね」 茜屋「誰しもあることだ」 茜屋は、巨大獣の肩にそっと手を置くと、振り返る巨大獣に向けて優しく言った。 茜屋「巨大獣、ひとりで悩むことはない」 巨大獣『しかし……』 茜屋「周りを見回してみるがいい。君には仲間がいるじゃないか」 薫「へ？」 巨大獣『……仲間……？』 茜屋「僕たちは、仲間だろう！」 薫「ぶッ！！」 茜屋が天使の微笑を浮かべる。 薫は引っくり返った。 巨大獣『仲間……』 茜屋「さあ！ みんなで歌を歌おう♪」 茜屋を中心にして、巨大獣が右に、薫が左に肩を組んだ。 茜屋「ひっとりじゃないって〜♪ 素敵なことぉねぇ〜〜♪♪」 その異様な光景を、崩れ落ちた瓦礫のかげから見守っている姿があった。 Ｍｒ．Ａ「いったい、なにが起きているんだ……」 真緒「……（汗）」 奈緒「……？」 薫「そういえば、茜屋さん、なにか忘れていませんか」 茜屋「へ？ なにを？」 薫「陣内を助けにいかなくてよかですか？」 茜屋「をを！」 手をぽんと打つ茜屋。 茜屋「こんなところで浮かれている場合じゃなかった」 巨大獣「ジンナイというと、この姿のオリジナルだな。ふむ、興味深い。我も同行しよう」 茜屋「おお、さすがは我が同志。よし、美緒を救出に出発だ！」 その時だ！ バラバラと轟音が響いた！ 牢屋の崩れ落ちた壁から青空が覗いている。その空を巨大な影が遮った。 ヘリコプターだ！ 美王「そうはさせん」 博士「巨大獣を手懐けるとは……」 茜屋「あ、お前達帰ってきたのか」 薫「よくも水攻めにしてくれたとね！」 美王「ふん、あの状態で生き延びるとは、なかなかにしぶとい連中だ。博士、やっておしまい」 博士「御意。行け！ 美緒美緒団！！」 大声で大型ヘリに向かって呼びかける博士。 しかし、ヘリから誰も出てくる気配はない。 美王「……ちょっと、見て来い」 博士「は！」 しばらくして、走って戻って来る博士。息も絶え絶えに報告する。 博士「申し訳ありません。全員、乗り物酔いのようです」 ぴうと風が吹いた。 重く、息苦しい沈黙があたりを満たす。 美王「……」 博士「……」 茜屋「……」 薫「……」 巨大獣『……』 やがて、沈黙を破ったのは茜屋だった。 茜屋「ふ……、二人対三人。数のうえでも勝負は見えたな」 巨大獣『我も数に入っているのか』 美王「くッ…」 博士「まいりましたな」 美王「なんとかならぬのかぁ！」 そこに、藪の中から様子をうかがっていた真緒が飛び出した。 真緒「…美王様！」 つられて、奈緒も飛び出す。Ｍｒ．Ａも重い腰を上げた。 美王「おお！ 偽美緒ＡＢ！ 丁度よいところへ！！ お前らこいつらをやっつけてくれ」 真緒「……」 美王「どうした？」 真緒「もう止めましょう。これ以上戦っても友情パワーの素晴らしさを思い知らされるだけです」 奈緒「です〜☆」 美王「なっ…！！」 Ｍｒ．Ａ「彼女達はさざなみ寮で人の暖かさに触れた。もう戦闘はしたくないとさ」 美王「おのれ貴様ら！ 腑抜けになりおったか！」 博士「これは…お手上げですな」 美王「う、うわあああ！！」 美王はがっくりと膝を落として泣き出した。涙がとめどなく流れる。 茜屋「涙が涸れるまで泣くがいい。そして、またひとつ大きくなるのだ」 美王「……あ、あかねや」 夕陽に照らされた二人の影が、長く長く伸びる。 いつのまにか夕方になっていたのだ。 荒れ果てた奇岩城の瓦礫のなかに立つ一同は、山々の間を縫って沈み行く真っ赤な太陽に、心が晴れ渡っていくのを感じていた。 茜屋「さあ！ 仲間も増えたことだし美緒を救出に出発だ！」 おーッと掛け声を上げる茜屋。 少々お疲れ気味だが、薫も小さく「おー」と声を吐く。 その時（こればっか）、藪の中から小さな影が現われた。 美緒「それにはおよばないのだ」 美緒だ。むすっとしている。 美緒「誰も助けにこないので、自力で逃げてきたのだ」 博士「そういえば、戦闘兵を全員連れてきたから、アジトはもぬけのカラですな」 美王「な…」 美緒「もう茜屋なんか知らないのだ」 茜屋「あああ！？ 長い間書きつづけていたが、話が元に戻った？」 薫「茜屋さん、陣内はむくれたら長いとよー」 茜屋「まあいい。それは後で解決だ。いまは……」 ちらりと美王に向き直る。 茜屋「美王、博士、真緒、奈緒……そして、美緒美緒団は、２０人もいるのか」 Ｍｒ．Ａ「名前を考えるのが大変だな」 薫「頭がいたいです…」 茜屋「そんなことはないぞ。人が多くなければ出来ないこともある」 薫「例えば？」 茜屋「そうだな…運動会とか」 薫「こんなところで、そげなもんやってどないするとですか！！」 運動会はあっけなく却下された。 茜屋「楽しいのに」 薫「却下です」 瓦礫の山と化した元アジトを後にして、一行はさざなみ寮に戻る。 以下は後日談。 博士の所持していたなけなしの金を頭金にして、さざなみ寮の近くに一軒家を借りた美王は、美緒美緒団とともに生活を開始した。 口を開けば、『組織の再興』と言っているが、生活費を稼ぎ出すのに精一杯でしばらくは安心らしい。 真緒と奈緒は、美緒と並ぶと三つ子のようだが、性格がまったく異なるためか、雰囲気で見分けられるレベルになっていた。今は愛の配慮でさざなみ寮の１０２号室を借りて平穏に暮らしている。 茜屋は、巨大獣とともに旅に出た。 いまごろは、またどこか違うホームページの空の下で、投票を続けているのかもしれない。 Ｍｒ．Ａの正体は結局明かされないままであったが、彼もまた、人知れず熱い投票を続けていることだろう。 謎は謎のままに……なんて余韻があるんだろう。（笑） 【完】 暗闇の中、目を瞑ったまま微動だにしない少女がぽつりと声を漏らした。 声『…………誰も帰ってこないよ……』 |