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はじめに これは原作補完系のＳＳのためネタばれを含みます。「それでも構わん！」と言う方のみお付き合い下さい。 その１ 那美とさくら 恭也と那美が再会を果たしてしばらく経ったある日の夜。除霊の仕事に隆宮市に出かけた那美と久遠は事もあろうに財布も携帯も落としてしまい、寮へ帰るに帰れなくなった。そんな折、偶然見つけた月村邸に助けを求め門をくぐったは良いが、安二郎の嫌がらせに警戒にあたっていた恭也とノエルに見つかってしまった。その際、折悪くノエルがロケットパンチを発射したことで、忍は自らの秘密を話さざるを得なくなった。 「神咲さん、意外と動じてないですね…」 「びっくりは、しています。でも…、ただ…、自分の目で見たことは、なるべくちゃんと信じることにしてますんで…」 那美がまとう雰囲気からすれば意外に思った恭也だが、那美自身、神咲一族の退魔師として超常現象と戦ってきた上、久遠の秘密も抱えて生きている。それに住んでる寮にはＨＧＳと猫娘がおり、管理人は神咲の門弟と、何気に普通と言えぬ環境だったりもする。今更“夜の一族”と言われたところで動じることもなく、“神咲一族”という秘密と引き換えに“夜の一族”と秘密を共有する道を選んだ。 さて、忍が恭也のほかに那美にも一族の秘密を打ち明けたと言う話を聞いたとき、さくらはある種の危惧を抱いた。忍の狭い人間関係からすれば一族の秘密を共有する相手が現れたこと自体異例なのに、よりによって神咲と言う名が出てきたことに懸念を抱いたのである。願うことなら、あの神咲一族とは別のカンザキであって欲しい。そこで、ノエルのメンテナンス中は代理メイドをしている事を聞きだし、月村邸に顔を出すことにした。 ドアチャイムと共に研究室から上がってきた忍は、掃除をしていた那美を玄関に呼び出し、さくらを出迎える。 「あ、さくら。いらっしゃい。こちら今度メイドに来てもらうことになった那美」 「はじめまして神咲那美です。よろしくお願いします」 ペコリと頭を下げたメイド服姿の那美に対し、さくらはかつて真一郎や恭也に向けた、疑うような鋭い視線を投げかける。しかし、２人のように睨み返されるどころか、那美はうろたえはじめた。 「あ、あわわ…」  「ちょっと、さくら。那美のことそんな目で見ないで！」 忍の一言に我に返るさくら。よく見れば、仮に彼女が神咲の血縁だとしても、さくらが知る神咲薫という人物とはあまりに雰囲気が違うのだ。 薫は堅物で折り目正しく、白黒はっきりつける性格が顔に出て、人にあらざる者であるさくらにとって常に緊張を強いられる存在であったが、この娘はとろんとした優しげな目つきをしており、むしろ親友、野々村小鳥を連想させられるような、保護欲をかきたてられる娘ではないか。 「あ、那美さんごめんなさいね。私たちの一族は迫害された歴史があって、信用できるか確認しないと生きていけない存在だから」 「あ、はい…」 なんだか怯えきった目でさくらに視線をむける那美。 「まったく、さくらったら高町君のときもそうだったんだから。普通の人がそんな目で見られたらおびえるに決まってるじゃない」 とりあえず、見たところ那美は危険な存在ではないことだけは確かなようだ。だが、さくらはリビングに足を向けながら那美に尋ねてみた。 「ところで、那美さん。もしかしてお姉さんか誰か居る？」 「はい。姉が居ますが、今は実家の鹿児島に住んでます」 「今は、ってことは？」 「はい。風芽丘のOGなんです」 「それはいつ頃の話？」 「え〜と、私が海鳴に来たのと入れ違いで大学を卒業したんで、う〜ん、忍さんの６年先輩になります」 忍の６年先輩というと、学年色は青？ ひとまず警戒を解いていたさくらだが、那美の話を聞けば聞くほど、どうしても人物が絞られてしまう。そういえば、かつて真一郎らが受験生だった時分、可南海岸の端っこにある忍の別荘で合宿をしたことがあるが、その時、洞窟の除霊に来た退魔師って… さくらの頭の中でいろいろ記憶がつながりだす。あのとき、瞳のツテで薫に依頼したものの、すでに先約があるとかで代理が来たという。その退魔師とさくらは直接会っていなかったが、救出された真一郎と七瀬に聞いた話だと、まだ小学生と思わしき巫女服を着た少女と狐が一匹。しかも薫の妹で、名前は確か… 「くぅん？」 リビングに着くや、那美はお茶の用意にキッチンへ行ってしまうが、入れ替わりに久遠が部屋に入ってくる。 「この狐さんは？」 「ああ。那美の飼ってるキツネで久遠っていうんだ。きつねー。おいで」 忍は膝元にやってきた久遠を抱き上げ、飼い猫の“ねこ”にするのと同じように背中をさする。 「そう…」 そもそも犬や猫ならともかく、狐なんて警戒心が強い動物を飼ってる人物など、そう滅多にいるものでない。 「忍。那美さんにはどういう経緯で一族のことを明かしたわけ？」 リビングのソファに腰掛けたさくらは、つとめて冷静に忍に問いかける。 「那美と知り合ったのは高町君を通じてなんだけど、なんだか仕事の帰りに財布を落したとかで、うちに迷い込んだのがきっかけ。あ、仕事と言っても祓い師やってるとかで、別にエッチな仕事じゃないらしいよ」 「祓い師って、私たちにとってむしろ危険な存在なんじゃないの？ で、その時、どんな格好をしてたの？」 「巫女服って、さくら、まだ那美のこと疑ってるわけ？」 あの時、真一郎や瞳から聞いた薫の妹の名前は、那美だった。さらに薫と同じ寮に住む知佳やみなみも合宿に参加しており、彼女らから狐の名前は久遠とも聞いている。 「お待たせしました。お茶です」 ティーポットとカップ、お茶うけとして来るとき翠屋で買ってきたクッキーにおしぼりを盆に載せ、那美がリビングに入ってきた。紅茶を注ぎだしたところでさくらはたずねる。 「那美さん。もしかして、お姉さんの名前って、薫さんって言わない」 「え！ どうして薫ちゃんのこと知ってるんですか！？ って、あわわ…」 「ちょっと那美。手元、手元！」 驚いた那美は手元が狂い、思わず紅茶をテーブルにこぼす。これでさくらの疑問は氷解したが、こんなそそっかしい娘が本当にあの薫の妹なのだろうか。少なくとも、敵対するような相手にはとても思えず、警戒心は拍子抜けるように解けていった。 あとがき はじめまして。原作補完のＳＳを書いているむらおかと言います。 ＳＳを書く要素は２つあると思います。１つは原作にない架空のシナリオを楽しむもの。もう１つが原作を補完するもの。後者は地味な作業ゆえ、架空シナリオでＳＳを書く方々が大多数と思いますが、とらハは一種の大河ドラマと見立てることもできると思います。つまり、２の時代にしても恭也達の生活があり、３の時代にしても真一郎のドラマが裏で続いているはずなのです。こうした原作では語られなかった空白を埋めていくのも、SSの役割と考えています。 そこで、まず公式設定ありきで各作品の設定を考察しながら書くという、なんだか論文みたいな手法で書いているので、激しくネタバレを含むと同時に価値観の押し付けに過ぎない一面がありますが、もちろん筆者はこうした見方を強要する気はありません。あくまで見方の一つとして楽しんでいただければと思います。 ▼next ▲prev |