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第４話 （作：ｋ．ｍ） オオオオオオオオオオオンンン 獣が悲しく吼える。 長き時を生き、不思議な力と知恵と･････心を得た。 そして、自分よりも何よりも大切な人を得て･････喪った。 否、奪われたのだ。 （弥･････太･････） 目の前に建つ社で、目の前に居る装束を着る者達に･････ （弥･････太･････弥･････太･････弥･････太･････） 自分の中に無限とも思えるドス黒い感情が湧き上がってくる。 渇（かつ）えた。血と破壊と死に･････ 目に付く憎悪の対象をその爪牙（そうが）と身に宿す雷で全て薙ぎ払った。 だが、渇きは癒えず、それどころか強くなっていく。 もっと、血を破壊を死を･････もっと、もっと、もっともっともっともっともっと･･････ 「もう、止めろ･････久遠」 何十度目かの破壊の地で そこには、自分を懐かしい名で呼ぶ男がいた。 異なる時の旅路 ＜四話＞ 轟々と炎を上げ、燃え上がる社。 その前に倒れ伏す人影がある。 那美ちゃんと男の子････たぶん北斗君か、そしておそらくは那美ちゃんの両親。 幸い、まだ誰も死んではいないようだ。 俺が通った歴史どおりならこの後那美ちゃんたちの両親は殺され、久遠は駆けつけた薫たちの手によって封じられる。 「････手を出すべきじゃないんだろうな」 歴史を変える。 ソレが意味するところは正直な話あまりよろしくないことだって事くらいは俺にもわかる。 それも、俺が下宿をすることや美沙斗さんに出会うくらいの小さな差異ではない。 人の生死に関わる干渉だ。 だが････俺が関わらなければ消える命がある。 俺が動けば救えるかもしれない命がある。 ぎゅっと、足元に落ちていた手ごろな長さの棒を握り締める。 そうさ 俺は、こんな時のために････ 自分の手の届く命を救えるようになるために神咲の剣を学んだんだ。 俺の使う無尽流の理からは随分かけ離れた考え方だが、無尽流の理に惹かれてあの退魔術を使っている訳ではない。 間違っているというのなら････ 神様よ、俺を過去に飛ばしたことを悔やむんだな。 「神気･････発勝･････」 左手に水平に構えた木の棒に金色の焔（ほむら）が燈る。 無尽流は今の俺の身体には負担が大きすぎるし、こんな霊的処理も施してないような木の棒が耐えられまい。 俺の前に立つ女性の姿をした久遠。 金色の髪と同色の５本の狐尾（こび） 前の生で何度か･････ 久遠がその身の内の祟りを払い、自身の力を完全に制御できるようになってから見たことのある久遠の人間時の大人の姿 だがあの時とは決定的に違うのはその憎悪に塗りつぶされた目、その身にまとう禍々しいほどの殺気と妖気。 そこに在るのは紛れもなく日本史上最強クラスの大妖にして雷妖 金毛白面の妖弧 久遠 右手はろくに使えず、強力な式具もない。 あるのは棒が一本とさきほどおざなりに創った霊符が数枚。 そんなもので俺はかつて江戸時代と現代において２度も日本全土の退魔に関わる者を震撼させた妖（あやかし）と戦おうとしている。 我ながら正気を疑うが･･････ 引く気は起きないから不思議なものだ。 「神咲 一灯流 真威 楓陣刃！！」 左手一本のみを使った斬撃とともに金色の波動が一直線に久遠に向かい･････届く前に拡散した。 （だああ、制御が難しい！！） 先ほどの洸桜刃の事もあり、やや押さえ気味に撃ってみたのだがやはりこの肉体を使った霊術の制御は難しい。 まあ押さえ気味にといえば聞こえはいいが今のレベルじゃ単に手抜きである、そんな霊術が久遠に通じるかはなはだ疑問。 だが、それを嘆く暇すらなく久遠の金色の瞳がこちらを向いた。 ゾクリッ 背筋を走る冷たい死の予感。とっさに真横に飛んだ俺の、もと居た場所を凶悪な殺気を乗せた風が吹き抜ける。 頬をつめたいものが触れ、血が零れるのが判った。先ほどの美沙斗さんの超速の剣技とは違う。 それは獣のみが可能とする荒々しい････だが人を明らかに超えた動き 恐ろしく疾い！ だが･････読める！！ 「追の太刀！ 疾！！」 交差法ぎみに放った霊気を伴った一撃が久遠の延髄に決まり、その身を吹き飛ばした。 初動を消すことをせず、殺気を隠すことも知らない。 どれほど速かろうと、鋭かろうとも腐っても退魔歴七十年そんな甘い攻撃は食らってはやらんよ！ 久遠。 「閃の太刀！ 弧月っ････」 体制を崩したその身体に、遠距離からの一撃････だが。 「くっ････」 頭に思い浮かべたイメージに身体がついてこない。 膝が落ち、振り上げた棒は冗談のようなのろさで地面を叩いただけ。 「に、２連撃がやっとか････よ」 神咲が誇る霊撃の３連。 それすら今の俺の身体では満足に撃てない。 （せめて御架月か、十六夜でもあればなあ） かつて傍らにあった神咲の姉弟の霊剣を思い浮かべる。 霊剣は術者のイメージを身体に伝えるのを手伝ってくれる、同様に霊力の同調が叶えばその制御も手助けしてくれる。 今の俺の錆付いた身体でもマシな動きが出来るはずなんだがなあ････と 久遠から吹き付けてくる殺気がさらに濃度を増した。 見れば久遠の身体のあちらこちらが帯電し光を放っている。 （うえ･････？ まさか、アレって） 久遠は雷妖････通常狐の妖（あやかし）なら狐火でも使いそうなものだが、雷を使う。 雷雲を呼び、天より雷電を撃ち降ろす事も出来るが、あれは････ 久遠の妖気の流れが俺の方へと突き出した右手に収束して行くのを感じる。 間違いない、雷を飛び道具にする気か？  「ちいっ！！」 久遠との間合いを一気に詰める。 久遠の雷が直線か？放射状か？はたまた砲弾状のものかはわからない。 だが、その射程がわからない以上とる手段は一つ。 眩い輝きを放つ掌、膨れ上がる殺気･････来る！！ 久遠がその雷を放つ直前を気配で察しギリギリまで引き付け、可能な限り遠く真横に跳んだ。 俺が先ほどまでいた位置を青白い電光が駆け抜けていく。 空気が帯電し、かわした筈の俺の身体を僅かに痺れさせた。 飛び道具をかわす手段は３つ、撃つことを邪魔するか、射程の外に逃げるか、そして射線を外すか。 そして、もし久遠の雷が放射状に広がるものなら間合いが近いほうがかわすには有利････ まあさっきの雷は直線状のモノだったわけだが。 にしても･････ 雷が通った後の草は焼き払われ、射線上にあった岩は砕け、巨木は微塵に爆砕し炭化している。 よ、容赦ねえ威力だなオイ あんなもの食らったら人間って死体が残るんだろうか？ ますます、貴方達が恋しくなりますよ。十六夜さん御架月････ （ま、無い戦力を嘆いても始まらんし） 「神気発勝････」 再び構えた俺の身体から金色の焔があふれ出していった。 ◆ ◇ ◆ 「無茶を･･･するものだな････」 目の前で人外のものと戦う少年･････たしか槙原 耕介とか名乗ったか。 その少年に頼まれ、彼が妖弧の気を引いている間に私は気を失った知り合いの宮司達を安全な場所に移そうとしている。 裏の事情を聞いただけのこの私ですらあの妖怪が尋常でない力を持っていることは解る。 強力な装備も支援もなく、先ほど私との戦闘で右手を負傷した身でアレに立ち向かっていくなど････ それも他人の命を救うために木の棒一本であの妖怪に立ち向かっていると言うのだから。 無謀を通り越して狂気とさえ言えるだろう。 出会ったときから不思議な男だとは思った。 私の名前を知っていた･････だけではない。 動きは妙に素人くさいしぎこちないかと思えば、私の虎切を交わし、射抜を先を制することで封じて見せた。 無論、神速も使っていないし全力には程遠い。 だが、御神の剣のそれも奥義を２度も無効にしたのは間違いのない事実。 先ほどの妖弧との攻防を見ても思ったが、相手の動きに対する反応が恐ろしく鋭く疾い。 読みがずば抜けているのだ、ともすればこの私よりも動きの先を見ている感じさえする。 一体、あの年でどれほどの実戦を･･･修羅場を潜り抜ければ身に付くと言うのか？ この私ですら実際に生死をかけた実戦などと言うものは御神本家壊滅の前に経験したことは無い。 龍（ロン）に復讐を誓って闇の世界に身を堕とし幾度と無く経験したソレによって身に付けたものをこの少年は確実に凌駕している。 才能？天才？ いや、違う。才能などと言うものは磨かなければただの路上の石と変わらない。 そして、この極限の読みと言うものは実戦を、それも幾度も経験し、生き延びた果てに身に付くある意味呪われた技術、その集大成だ。 何故ならソレは相手を屠り去り、その身を数多の血で染めた証なのだから････だが。 私は、宮司と北斗君を安全な場所に移し、再度少年のほうに目を遣る。 今も妖弧の攻撃の大半を様々な手段を持って交わし、気を逸らし、あるいは先を制し封じている。 真っ向から向かっていれば少年にはどう足掻いても勝てる相手ではない、初撃で死んで終わりだ。 私にも出来ない････と言うよりも私なら別の手段を取る。 ソレに頼ることはあっても、全てを預けるような戦術は取れないし、取りたいとも思えない。 だが、速さは無く身体能力は雲泥の差、この状況であの少年があんな離れ業をやってのけるには他に方法は無く。 それでも、実行するには自分の読みに命を投げ出すほどの覚悟と胆力が要る。 長の経験と自身が受け取れる様々なデータを下に決断を下すのはやはり自分自身なのだが、そこに己の命が賭かっていればどうだろうか？ 読みの鋭さよりも何よりもその精神力をこそ驚嘆に値する。 読みと言うのはどこまで行っても極めても、予測とか予感の延長でしかない････予知にはなりえないのだから。 しかしかと思えば、私の前であっさりと気絶して見せたり、那美ちゃんとともに転倒してのけたり。 なんとも妙な存在だ。 隙が多いというのとも違う、言動に驚くほど邪気が無いのは確かなようだが････ 妖弧に悟られぬように気配を消し、可能な限り速く歩を進めながら思う。 さて、あとは那美ちゃんと奥さんだけか････ いくら私でも気を失った成人と幼児とは言え子供を２人ずつ抱えては移動できない。 純粋な力だけなら可能かもしれないがそうすると妖弧に気づかれる危険性が増す。 今のところ妖弧の気は完全にあの少年の方を向いているが････ 「う･････う･････ん」 だが、事態は急転した。 （まずい、那美ちゃん？） 妖弧からそれほど離れていない場所で那美の意識が覚醒しようとしている。 それは微かな声だった。 しかし、聴覚にはかなり自信があるがかなり離れた位置にいる私にさえ、かすかに聞き取れた物音。 文字通り獣の聴覚を持つ妖弧が聞き逃すはずも無く、そして間近で上がった声は妖弧の気を惹くには十分だった。 少年に向けられていた殺気と憎悪が那美ちゃんたちの方を向く。 いけない！！ 「はあああああっ！！」 ドクン 気殺（けさつ）を････消していた気配を解くとともに集中力を跳ね上げる。 色を失い、モノクロに染まる視界。 重油の海を泳ぐようなとてつもなく重い空気の中を駆け抜ける。 だが、遠すぎる。 そして、妖弧から近すぎる。 その絶望的な距離は例え神速をもってしても埋めようが無いように思えた。 妖弧の身体が光を放ち、帯電し始める。 さっき、少年に放っていた稲妻か？ その射線上には那美ちゃんと奥さんが完全に収められている。 （ちいいいっ！） 「しゅっ！」 速度を落とさぬまま両目と額と右手、計４本の飛針を放つ。 人相手なら必殺の一撃･････だが。 パン！ 全ての飛針は目標の直前で何かに弾かれたように地に落ちた。 （なんだと？） 地に落ちた飛針が帯電しているのが見て取れた。 避けるでも受けるでもなく飛針を完全に無効にした？ 驚愕を隠せないまま、それでも辛うじて奥さんに手が届く位置まで来る。 だが、那美ちゃんまではまだ一足刀の距離がある そして妖弧の気配は雷を放つ直前まで来ていた。 ダメか！ 那美ちゃんには届かない！！ 奥さんを抱えたまま真横に、雷の射線から外れるように跳ぶ。 空気中を疾る雷の速度は秒速１０万キロ 妖弧の放つ雷が同速かは不明だが、いかに神速を持っても一度放たれた雷をかわすなど不可能だろう。 そして解き放たれた雷光･･････ 神速の解けた私の耳に何かを叫ぶ少年の声が聞こえた。 バシュッ！！ そして飛来した光弾が雷光を今まさに放とうとしている妖弧の右手に激突し、その射軸をずらされ見当違いの方向へと放たれていった。 同時に右手と胴の２箇所に突き立つ矢。 「･････神咲 一灯流 真威・楓陣刃」 「真鳴流 破魔・双迅尖」 そこには、あの見覚えのある装束を身に纏い、和弓と太刀を手にした二人の老女が立っていた。 ▼next ▲prev |