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「フゥッ」 葉弓は跳び退きながら矢を持つと強く引いた。 「ハァッ」 掛け声と共に淡い光に包まれた矢が虚空に放たれ、目標に向け突き進んだ。 『ヴァァァァ』 言葉にもなっていない声で矢を薙ぎ払うと、退き続けている獲物を視野に認めると狩猟を再開させた無形の影の姿があった。その追従する動きを見て葉弓は小さく唇を噛んだ。 「油断したなぁ。まさかこんな場所でこんな輩が居るなんて」 葉弓は自分の運の無さを呪いつつ、いまいち手持ちの武器では有効な打撃を与えられない事に少しずつ焦りを感じ始めていた。 このまま追いつめられ手持ちの武器が無くなったらどうなるんだろう 葉弓の胸に暗い想像が浮かび上がると、躯が震えた。葉弓迫りつつある『影』は、既に形など失ってしまった霊体の固まりだった。その霊体の存在は男にとっては『死期』を間近にさせ狂気に落とし、女にとっては危険極まりない霊体だった。『影』は女のあらゆるものを糧として取り込める物の怪と言ってもよかった。葉弓が一瞬感じた残留思念の欠片は、取り込まれた女のものだった。しかしその欠片は葉弓ですら赤面だけでは済まない程の恥辱と仕打ちを受け取り込まれていた。 「捕まったら私なんて恰好の餌ね」 葉弓の類い希なる『霊力』は霊体にとっては脅威でもあり、格好の餌でもあるといえた。捕らえられれば死ぬまで辱められ『霊力』『生命力』を根こそぎ奪われ、次の被害者をうむ土壌となってしまうだけでは無く、取り込まれても尚、辱められると言う恥辱に葉弓は恐怖を憶えていた。 「っ！」 葉弓は再び弓を構えると牽制するために矢を数発はなった。 『ヴォォォォ』 影はその矢に何度が勢いを停めるものの、直ぐさま勢いを増して葉弓を迫り続けた。影には目が有るが、捕縛しなければ『視る』事は出来なかった。そして葉弓という最高級の獲物を捕らえた時には、その多くの目で葉弓に与える恥辱に追い打ちをかけると言う事に興奮を示していた。既に意識など無いはずの物の怪の中は必死に逃げる『葉弓』と言う名の女と言う獲物を咀嚼することしか無かった。 生娘……穢れない女、霊力もその全て我が糧…… 物の怪から小さな影が離れ、地面に溶け込むようにして消えた。 「離せないっ」 葉弓は残り少ない矢をち放とうとした瞬間、葉弓の足下の地面が大きくうねった。 「しまっ……」 先程離れた一部が先回りし、地面から染み出すように出現すると黒い影が葉弓に襲いかかった。 「きゃぁぁぁっ」 瞬く間に手足の自由を影が奪い、虚空で葉弓の四肢を拘束した。 「くぅっ」 葉弓は矢を紡ごうと足掻こうとしたが、拘束している影が弓を手から弾き、残されていた弓矢も砕くと地面に捨て去った。。 「あああっっ」 葉弓の表情が絶望に染まった。 『ジュルルルル』 嫌悪感と恐怖感を感じさせながら本体が葉弓に近づいていた。葉弓は恐怖に震えながらも逃れようと躯を動かした。 「んん！！」 既に影は口を大きく開け、体内に有る数え切れない触手の蠢きを葉弓の見せつけ、葉弓の恐怖を調味料にして邪な液を垂れ流していた。 「い、いや……ゆ、許してぇぇ」 葉弓は必死に躯を動かすもののその動きは緩慢で小さすぎる物だった。只でさえ葉弓が今身につけている物は巫女衣装と殆ど変わらぬほどの装備。いくらか清められているとは言え余りに脆弱すぎ、余りに黒き影には魅力的すぎていた。 「嫌だ、嫌だ……」 葉弓が身動きする都度、葉弓の豊満な胸は弾み揺れ、影の邪な欲望をかき立てていた。 『………愉しませて貰おう』 その言葉と共に一斉に触手達が葉弓に襲いかかった。  「イ、イヤーーーーーーー」 葉弓は悲鳴を上げ目を閉じた。それは精一杯の抵抗だった。自分に襲いかかる邪なるモノに対する小さな抵抗、そんな葉弓の背後から光るモノが影に放たれ、その触手に突き刺さり消滅させた。 『ギャャャャャャャャ！！』 消滅した触手の痛みに本体を震わせながら残りの触手を収納すると、その光るモノが放たれた、葉弓の背後に敵意を向けた。敵意の先には大きな人影が闇の中にぼんやりと浮かんでいた。 「………」 人影は手にしていた二刀を抜くと腰を落として構えた。その刀は闇の中でうっすらとした輝きを放っていた。 『神速』 悪霊と言われる類の影ですら、対応出来ない程の動きという速さで人影は葉弓と葉弓の間にあるモノの間に現れると、その刃を薙いだ。 『徹』 葉弓を拘束しているモノを一瞬で消滅させ、戒めから解放された葉弓を庇うように抱きかかえると、間合いを取る為に『神速』で更にその場から退いていた。 「えっえっえ？」 絡め取られたと思っていた葉弓は不意に抱かれた優しさと強さに驚くと共に、顔を上げると呆然とした。 「葉弓さん、大丈夫ですか」 「きょう……や、くん？」 半ば呆けている葉弓は夢ならば醒めないで欲しいと願った。 「此処なら安全なはずです」 恭也は呆けている葉弓を優しく地面に降ろすと、再び立ち上がり影を見据えた。 「久遠、葉弓さんを頼むぞ」 「くぅん」 葉弓の足下には久遠がチョコンと座り、任せてと言わんばかりに鳴くと葉弓を守る為に金色の結界を展開した。 「……これで葉弓さんに手を出すことは出来ない」 恭也は手に刀を交互に構えると、語るように口を開いた。 「俺には霊力と呼ばれるモノは殆ど無い筈です。何処まで出せるか分からないが……お願いします」 『お任せを』 『私達の力を恭也様にお貸しします』 二刀から恭也の心に言葉が伝えられると、恭也は更に刀を影に突き出す形を取った。 「教えられた通り試してみるしかないな……」 恭也は呟くと意識を高めた。 「神気発勝」 途端に恭也の刀に別な力が流れるような錯覚が広がり、恭也の体に疲労感を大きく感じさせた。 「……なかなか手厳しいな」 恭也は唸りながら淡く金色に輝く二刀を構えた。 『神速』 恭也は灰色の世界で一気に駆け出すと蠢いている影本体を二刀で鋭く斬撃した。金色の刃が影に大きく傷を与えると、傷が金色に光り影に痛みと打撃を与えていた。 『グォォォォゥゥゥン』 一瞬という間に裂かれた影は体を震わせ大きく咆吼した。その間に恭也は『神速』で影の背後に回ると同時に抜けると懐から飛針を取り出し、はなった。 「ハアッ」 飛針は震える影に突き刺さるかに見えたが、そのまま地面に突き刺さり大した打撃を与えてない事を示した。 「………」 恭也は離れる様に後ろに跳ねると一刀を鞘に収め、虚空に顔を向けた。 「お任せします」 恭也は退きながら真上に、その刀を放りあげた。 『行くよ、十六夜』 木陰から人影が下り落ちながら空中で刀を受け取りつつその刃を抜いた。 『ハイ、薫』 「神気発勝………奥義『楓陣刃』はぁぁぁぁぁっ」 金色の浄化の光が影を突き刺さると、溢れるような光の柱が体内から発せられた。 『！！』 断末魔すら無く、その影は光の中で消滅し浄化されていった。静寂と暖かな気配が辺りを包み込むと、結界を張っていた久遠が小さく鳴いた。 「フゥ……何とかなったとね」 『ハイ、薫』 『そうですね、薫様』 「……」 恭也は薫に近寄ると微かに表情を穏やかにした。 「これもお返しします」 恭也手にしていた一刀を手渡すと薫は苦笑した。 「結構似合っていたよ」 「薫さん達の様には扱えませんよ」 恭也も苦笑するとゆっくりと久遠の元に近寄った。久遠は結界を解くと嬉しそうに、薫の足元に駆け出した。それを優しい目線で見送りながら、まだ呆けている葉弓の手を優しく握った。 「葉弓さん。もう大丈夫です」 「恭也君………恭也君、うわぁぁぁん」 葉弓は安心すると泣きながら恭也の胸に飛び込んでいた。それを優しく受け止めながら恭也は葉弓の黒髪を優しく撫でた。 「心配しましたよ。十六夜さんと久遠が、葉弓さんの僅かな気配に気が付かなければ間に合いませんでした」 「十六夜と久遠が？」 「あんまり心配させんでください、葉弓さん」 薫が苦笑しながら呟くのを聞いて、葉弓は慌てて恭也から躯を離すと頬を赤く染めた。 「薫ちゃん、どうして此処に」 「どうしてもなか。仕事帰りに偶々翠屋に寄ろうとしたら、十六夜と久遠が葉弓さんの気と邪な気配を微かに感じるって言われた時はどうしたものかと慌てたんだから。今一場所が絞れなかったから恭也君にも手伝って貰った」 「ご、御免なさい。心配かけちゃったね」 「まあうちは心配はそれほどでも。心配だったのは恭也君の方かも知れないけど」 「薫さん」 恭也の微妙な視線を感じた薫は頬をかきながら苦笑した。 「あはは、うちは十六夜達と久遠を連れて先に帰るから後は二人でごゆっくり」 薫が気を利かせるように立ち去ると月明かりに照らされる恭也と葉弓だけが残された。 「恭也君、御免なさい」 葉弓は頭を下げた。 「謝ることはないです。俺も葉弓さんが心配だったから薫さんと一緒に来たんです」 「うん」 葉弓は微かに笑みを浮かべると躯を恭也に預けた。 「嬉しかった」 「………」 恭也は無言で葉弓を優しく抱いた。 「葉弓さんも疲れたでしょう？うちで美由希達が首を長くして待ってますから」 「美由希さん達が？」 「多分、那美さんと薫さんも待っていると思います」 「うう〜〜那美ちゃんはともかく薫ちゃんと桃子さんには苛められそう」 「……」 恭也は無言でそれを流した。 「恭也く〜ん」 「今回は甘んじると言う事で」 「あう〜〜〜」 少し涙目になっている葉弓の姿に恭也は苦笑しながら、無骨な手を差し出した。そんな恭也の不器用な優しさに葉弓は小さく微笑むと、その手に自らの手を重ねた。 「行こう」 「……」 嬉しそうに手を繋ぐ二人の足並みはゆっくりとしていた。高町家までのささやかな時間を楽しむように噛みしめるように、足取りも軽やかにして歩いていた。 二人の背は微睡むような幸せが滲み出ていた。 おわり・・・ えっと一瞬、あちらに方面に行くかと思わせつつ、実は甘甘な終わり方なはゆみんのＳＳです。 結構、はゆみんは豊かなのですよ〜〜〜ええ、恭也君なんてきっと一撃でしょう♪ あと今回は「ドキドキ・シリーズ」とはちと違っちゃってます。 箸休めと言う感じな作品ですけど・・・・楽しんでもらえたなら幸いかな？ では−−−− |