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一月某日、今日は二十代を迎えた人達にとっては記念すべき一日といえた。 そして今日という成人式は晴天にも恵まれ、大勢の若者達が歓喜の声を上げていた。そんな一種のお祭り騒ぎが終わった会場から、静かに立ち去ろうとしている姿があった。その後ろ姿を、捕獲するかの如く、肩にポンと手が置かれた。 「高町く〜ん、何ひっそりと帰ろうとしてるのかなぁ」 「……ハァ」 恭也は脱出失敗と言う事態に、軽く息を吐きながら声の主の方に、振り返った。 「月村、何も逃げている訳じゃない。そもそも俺は余り関係ない筈だ。だから早々に席を外そうとしただけだ」 「そう？そう見えるかな、ノエル」 忍はいつも傍にいるメイド長たるノエルに尋ねた。 「いいえ。私から見ても、恭也様は脱走なされようと、している様に見えましたが」 白い男物のシャツの上に、ホンワリとした白いセーターを身につけ、下は飾り気のない真っ青なジーパンで纏めているノエルが、静かに答えた。 「ほら〜ノエルもそう言ってるけど？」 「月村、ノエル、それは見間違いだ」 恭也は静かに反論した。 「では、恭也様。何故気配を消し、音すら立てずに、会場の端からお出になったのでしょうか？」 「………」 ノエルの鋭い指摘に恭也は息を止めたが、内心は理由を述べていた。 場違いでもあるし。眠くなったから帰ろうとした、とは言えないか 「反論はない？」 忍が微笑みながら指を突き出した。 「無いと言えば無い」 恭也の答えに忍は破顔した。 「で、俺をどうするつもりだ？」 恭也は忍とノエルを見ながら尋ねた。 「折角のお祭り騒ぎなんだから。何処かに寄っていこうよ〜高町君」 「寄ると言うが、どこにいくんだ？」 「はい。この近くに美味しい料理を、出してくれるお店がありますから。そこでお祝いというのは如何でしようか？」 ノエルが静かに恭也に進言した。 「祝いをされる理由が思い浮かばないが。寄って行こうというならつき合う」 「決まりだね！じゃ、ノエル、高町君、行こうっ」 「はい、忍お嬢様」 「判った」 忍とノエルは恭也の両手を掴むと、ズンズンと歩き出していた。 場所が変わり。海鳴商店街にある喫茶翠屋の扉には、『本日貸し切り』と言う小さな立て札がぶら下げられ、そして店内は激戦の様相を示していた。 「松ちゃん、オイルとバジルは？」 「そちらの方に用意しておきましたよ」 「おい、おさる、皿が足りへんでぇ」 「おさるって言うのは気にいらねえが、皿ならすぐに持ってきてやる」 「あわわわ〜」 「な、那美さん、危ない〜」 「お姉ちゃんっ、那美さんっ」 まるでパーティーが始まる前夜祭の如く、悲鳴とお皿が砕ける音、謝る涙声が響いていた。そんな中、来客を知らせるベルが店内に響いた。 入って来た一人の女性は、その激戦を感じ取り、頬をポリポリとかいていた。 「もしかして…………凄まじい戦争中？」 今一、状況把握できない葉弓が唸った。 「あ、葉弓さん、こんにちはーっ」 葉弓の気配に、いち早く気がついたなのはが、パタパタと近寄り出迎えた。 「なのはちゃん、お久しぶり」 葉弓は目線をなのはに合わせると、ニッコリと微笑んだ。 「お正月以来かしら？」 「はい」 なのはもニコニコしながら答えた。 「今日、翠屋で成人式のお祝いがあるって、聞いたから来てみたんだけど。なんだか大変そうね」 「そうなんですよー」 なのはは、両手をパタパタさせながら葉弓に答えた。 「今日はおにーちゃんと忍さんの成人式のお祝いなんです」 「忍ちゃんと恭也君の、成人式なんだ」 「はいっ」 葉弓の問いに、なのはが元気良く答えた。 「正確にはお兄ちゃんは、一寸違うらしいんです。けどみんなでお祝いしようって、準備中なんですが…………」 なのはが少し不安げに視線を向けるのを見て、葉弓も視線を向けた。 『んーーーもう少しでケーキが焼けるわね〜』 『美由希さん、此方のボールの野菜に、ドレッシングをかけて混ぜて貰えますか？』 『はい、松さん』 『晶〜唐揚げの方はどないな？』 『後もうちょいで揚がる』 『じゃあ、私がお皿を用意しますね』 『那美さん、お皿気をつけ………』 『カッシャーン！！』 『あわわ〜す、済みませ〜ん』 『いいのよ、那美さん。それは私が片づけるから、新しいお皿を用意して貰える？』 「あ、あはは………なかなかの修羅場ね」 「はい、残念ながら」 なのはと葉弓は苦笑した。 「それならっと」 葉弓は持ってきた花束を手近なソファーに置くと、着てきた白いコートを脱いで、緑色のシャツの袖のボタンを外して腕まくりした。 「葉弓さん？」 なのはが疑問そうな表情を浮かべた。 「折角のお祝いだものね。なら私もお手伝いするわ」 「にゃ？！で、でも」 少し困った顔をするなのはの鼻先を、葉弓はツンと突っついた。 「私も恭也君を、お祝いしたいから」 「………」 なのはは、暫しアッとしてから満面の笑みをした。 「判りました。こっちに来て貰えますか」 「うん、有り難う」 なのはに案内され葉弓はキッチンに姿を現した。 「あ、葉弓さ〜ん」 「あらあら？」 「「こんにちはー」」 「お久しぶりですー」 「はー、綺麗な方ですね」 突然現れた葉弓に、それぞれが出迎え、にこやかな表情の桃子が、葉弓に近寄った。 「葉弓さんはお客様なんですから、彼方でお待ちになってても良いんですよ？」 「桃子さん、私も出来ればお手伝いしたいんです」 葉弓は桃子を見上げた。 「ん〜〜〜〜」 桃子は暫し唇に人差し指をあてて悩む仕草をした。 「駄目、ですか？」 桃子の仕草に、葉弓が残念そうにな表情を浮かべるのを見ると、桃子は微笑んだ。 「ん〜〜まぁ、人手はあった方がいいし。それに恭也のお嫁さん候補の腕前を見ておくのも悪くないわね〜」 「お、お嫁さん、候補って………」 葉弓は桃子の言葉に顔を真っ赤にしながら頬に手を当てた。 「うふふっ、初々しいったらないわね〜さぁ、恭也達が来るまで時間がないから、パパッと片づけちゃわないと。さあースパートよっ」 『『おーーーっ』』 桃子の声に声を合わせるように皆が頷いた。 「さあって。葉弓さんには此方をね」 「はい？」 桃子に連れて行かれるように葉弓は奧へと消えていった。 「美味しい店って………此処か？」 「Ｙ〜ＥＳ」 「はい」 忍とノエルの満面の笑みに半ば押されながら、恭也は店を見上げていた。そこは母である桃子が営んでいる翠屋そのものだった。 「………」 「まぁまぁ、みんなが待ってるらしいから」 「入りましょう」 恭也を押すように、忍とノエルが店内に入った途端、一斉にクラッカーが鳴らされた。 「おめでとうー、恭ちゃん、忍さん」 「おめでとう御座います、恭也さん、忍さん」 「おめでとー、お兄ちゃん、忍さん」 「忍さん、師匠、おめでとう御座います」 「おっしょう、忍さんおめでとさんです」 「おめでとう、恭也君、忍さん」 其処には桃子や美由希、晶達までが拍手しながら、恭也と忍を出迎えていた。 「かーさん、みんな………」 「有り難う御座います、桃子さん、みんな」 忍が涙を浮かべているのを見て、ノエル祝うかのように微笑んだ。 「さー、今日は貸し切りだから盛大にやっちゃって」 「ほらほら、恭ちゃん、忍さん、座って座って」 桃子と美由希に連れられるように、ソファーに座らされた恭也と忍が、苦笑した。 同じくして扉の鐘が鳴り響いた。 「ちぃ〜す」 「リスティ、そんな挨拶は駄目よ〜」 花束と紙袋を持ったリスティとフィリスが賑やかには入ってきた。 「フィリス先生、リスティさん」 恭也は入ってきた二人を出迎えるように、立ち上がった。 「恭也君、忍さん、成人式おめでとう」 フィリスは花束を二人に手渡すとニッコリと微笑んだ。 「有り難う御座います」 「わぁ〜有り難う、フィリス先生〜」 微かに微笑む恭也と大きく喜ぶ忍を見てフィリスも微笑んだ。 「ん、此で今度からは、ちゃあんと治療を受けてくれればもっと良いんですけど」 「善処したいと思います」 フィリスの呟きに対して、恭也の謝る表情を見て、苦笑が漏れた時、隣にいたリスティが恭也に近寄った。 「恭也〜此、お祝い」 ドサっと置かれた紙袋を見て恭也はそれを傍によせた。 「これは？」 「まーみてみたら」 ニヤニヤと笑うリスティに疑問を覚えながら、恭也は紙袋を開いた。 「これは」 「ちょ、一寸、リスティっ！！」 リスティの口振りに、不安を覚えたフィリスは、袋を覗くなり頬を真っ赤にした。 「成人迎えたんなら立派に必要だろう〜」 「だからって」 美由希もそっと覗き込んでから顔を真っ赤にして縮こまった。 「あらあら〜」 桃子は微笑ましそうに見つめ、なのはは今一判らないと言った感じで、首を傾げていた。 「まー恭也、有効に使ってくれ……必要ならフィリスの生写真も用意するけど」 「リ、リスティっ！！」 「さあって酒、酒〜」 真っ赤になりながら怒るフィリスを尻目に、リスティはマイペースに手近なグラスにビールを注ぎ込み、咽をならした。 「ブッハ〜うまいね〜」 「あ、あはは……」 リスティのマイペースさに美由希は只、笑うしかなかった。 「お料理が冷めないうちに食べちゃいましょうか」 「「賛成−−」」 桃子の助け船に乗るように全員が返事をし、それぞれ料理やら飲み物に手をつけ始めた。 無論、主賓である恭也や忍の処には、美由希や那美達が飲み物を注ぎに来たり、食べ物を手渡したりしている傍で、桃子は用意していたものを取り出していた。 「さぁーーー、此がメイン二つよ〜」 桃子が盛大にテーブルの前に大きなものを置くと、被せられていた布がめくられた。 「こ、これはっ」 「きゃーーーーーぁん」 暫し固まる恭也と目を輝かせる忍の前には、フルーツがてんこ盛りのクリームがたっぷりのフルーツケーキがドデンと置かれていた。 「桃子かーさんの自信作の一つよ」 「わぁ〜美味しそう」 「美味そうですね」 「ナイフとフォークはこっちに〜」 「お皿配りますからね〜」 桃子が嬉しそうに切り分け、それぞれ皿に載せて手渡していった。 「はい、恭也、忍ちゃん」 「有り難う御座います」 「かーさん」 「まぁ食べてみなさいって」 忍とは反対に、仇敵に挑むように固まっている恭也に、桃子は笑いながらフォークを手渡した。 「…………」 「頂きまーす。モグ、モグ………美味しいです、桃子さん」 「有り難う、忍ちゃん」 満面の笑みでケーキを頬張る忍を、嬉しそうに桃子が見つめている中、周りからも『美味しい』という声が起こり、賑やかさを増していった。 「むぅ」 恭也も意を決すると一口分のケーキを取り、口に運んだ。 「モグモグ………」 「どう？」 桃子が恭也に尋ねた。 「クリームの味が抑えめみたいだ」 「それはそうよっ。可愛い息子のために、桃子かーさんが苦労したんだから」 桃子はしてやったりと言った笑みを浮かべた。 「………」 恭也は何も言わずに、更にケーキを口に運んだ。 「さあ、恭也にはもう一つプレゼントがあるのよ〜」 「もう一つ？」 恭也が呟くと桃子が奧の控え室から葉弓を連れてきた。 「こ、こんにちは。おめでとう、恭也君、忍さん」 「葉弓さん？」 「葉弓さん、どうして？」 突然、現れた葉弓に驚く二人だったが、葉弓の恥ずかしそうな表情に、恭也は少なからず身の危険を感じ取り、後退りしようとした。 「甘〜い、恭也」 桃子が恭也の首を掴み、その動きを止めた。 「かーさんっ」 恭也はその無駄のない動きに戦慄を憶えていた。 かーさん、神速を使えたのかっ？！ 的外れな事を考えながらも、恭也の動きは桃子に止められていた。そんな恭也に更に真っ赤になった葉弓が傍に近寄ってきた。 「葉弓さん、まさかと思うが…………もしかしてその服」 「え、え〜っと」 葉弓は口に手をやると益々顔を俯けた。 「じゃじゃ〜ん！今、葉弓さんの着ている服、そのものが桃子かーさんの自信作二番目、砂糖菓子で作った『白銀のドレス』よ〜」 「「「えっ・・・えーーーーーーーっ！！」」」 途端に驚きの声があがった。 「かーさん、此、みんなお菓子なの？」 指差しながら美由希が尋ねた。 「そうよ〜殆どお菓子なんだから」 桃子は美由希にブイサインをした。 「でも此がお菓子って事は」 忍が少し意地悪そうに、恭也と葉弓を見比べた。 「忍ちゃん、鋭い〜！恭也が食べると葉弓さんにあげた記念の衣装が少し………と言うことなのよ〜」 『『『オオオオーーーーーー』』』 全員にどよめきが走り、恭也の決断の行方に視線が集まった。  「きょ、恭也君、どうぞ」 「うっ」 葉弓の甘い声に恭也は、強烈な視線に晒される、という成人式ではあり得ないプレッシャーに晒されていた。 「………」 恭也は無言で、飾りスカートらしい端を少し砕くと口に運んだ。 「甘い」 それが恭也の開口一番だった。 「フフッ………じゃー恭也と葉弓さんには、特別に二人っきりでお菓子を食べて貰いましょう〜」 桃子が言うと周りのギャラリーが少し不満そうに、期待を込めながら翠屋を後にしていき、残されたのは葉弓と恭也だけとなった。 「あぅ」 「か、かーさん」 恭也は手近にあったウーロン茶を飲み干すと、視線を逸らした。 「恭也君？」 葉弓の瞳が揺れた。 「着替えた方が」 「……うん」 葉弓は少し残念そうに歩き出した。 「その衣装、お菓子ですが、葉弓さんに似合って………とても綺麗です」 「有り難うっ」 葉弓は満面の笑みで奧へと消えていった。その後、結果に全員が非難の声をあげたものの、再び宴を続けられた。 笑いが絶えない中、葉弓と恭也は、ずっと優しい笑みを浮かべていた。 そんな二人を桃子は静かに見つめていた。 因みに葉弓の着ていたお菓子の飾りは、改めて教会の飾り菓子になったのは、恭也と葉弓にとって色んな意味での後日談といえる。 おわり あとがき 成人式で一つ作ってみたくなったので、作ってみた作品です。 後ほど、感想をいただいた方から『恭也は成人式じゃないですよ』の指摘を受けましたので、少しだけ変更してみました。 色々としたご都合的な理由で、恭也の成人式となっております。 そんなこんなで楽しんでいただければ嬉しいところです。 では |