葉弓の冬の最中で

葉弓の冬の最中で　（作：ＷＧ）

その日は重い灰色の空に覆われ今にも雨が降り出しそうな気配を見せていた。
「行って来ます」
「ハイハイ、行ってらっしゃい」
久方ぶりに訪れたさざなみ女子寮の管理人である耕介にお辞儀しながら葉弓は外に出るなり両手を顔近くに寄せ「はぁ～」と息を吐いた。
「わぁっ、今日は息が白いなぁ。一昨日までは本当に暖かかったのに」
葉弓は小さく空を見上げた。
「雨は降りそうだけどすぐ近くだから大丈夫かな？」
小さく呟きながら葉弓は坂道を下り海鳴商店街へと向かっていった。

「らっしゃい、らっしゃい」
「温かいスープ販売しております。此方のお二階にどうぞー」
「今日は焼き魚だよっ、生きの良い奴が上がったばかりだよー」

商店街には活気が溢れ、訪れた葉弓の心を少しワクワクさせた。
「うふふ、師走ももう終わり。残すは数日で、新年を迎える商店街って賑やかなものなんですね」
葉弓は口に人差し指をあてながら視線を彷徨わせた。
「お、其処の綺麗なお姉ちゃん、この果物買っていかないか」
「え、わ、私ですかぁ」
葉弓は自分を指さした。
「あたぼうよ。あんたみたいな綺麗な姉ちゃん何処にいるって・・・・」
意気のいい店主の言葉はそこで終わった。
「アンタ、何処にしか居ないって」
「うおっ、お、おめえ」
途端に首根っこを掴む店主の奥さんの姿が其処にあった。
「あはは、この人が言うように可愛らしいお嬢さんだね。迷惑かけたようだしこのみかんでも持っていっておくれ」
店主の伴侶らしく勢いよく、みかんの入った袋を葉弓に手渡した。
「あ、あの、私何も」
「気にしないで良いさね。アンタはこっちにいらっしゃい」
「ノ、ノオ～～」
往生際悪くジタバタする夫を奧に放り投げると女店主は葉弓にウインクしてから奧へと引きこもった。
「あ、はぁ」
残された葉弓の手には山吹色に輝くみかんの入った袋が残されていた。
「ご厚意、ありがたくお受け取りいたします。」
葉弓は誰もいなくなった店にお辞儀をすると歩き始めた。
「目的の場所はもう少し」
葉弓は微笑みながら歩いていると見慣れた緑色の店が姿を現した。
「翠屋、やっと着きました」
葉弓はニッコリするとその扉を開けた。

「いらっしゃいませ・・・・って、葉弓さんー」
「あ、なのはちゃん、こんにちは」
嬉しそうに近寄るなのはに葉弓は微笑んだ。
「あらあら、いらっしゃい、葉弓さん」
キッチン奧から桃子が姿を現し葉弓を出迎えた。
「桃子さんもこんにちは。あっ、これ途中のお店で頂いた物なんですけど良かったらどうぞ」
葉弓は先程受け取った袋を桃子に手渡した。
「あらあら。ん、此ってみかんねぇ～良い香り」
桃子はみかんから流れる甘い香りに微笑んだ。
「どうも有り難う。立ち話もアレですからお座り下さいな」
桃子が手で招いた。
「あ、ご免なさい。ご案内もしないで」
なのはが思い出したかのように手を口にあてた。
「気にしないで、なのはちゃん。あのロイヤルミルクティー、頂けますか？」
「はいはい」
桃子は微笑みながら奧に消え、なのははすこし舌を出しながら葉弓をカウンターへと案内した。
「どうぞ。すぐにお冷や持ってきますね」
「あ、うん。処でなのはちゃん、恭也君は何処にいるのかなぁ？おうちの方かしら」
「あ・・・・」
途端になのはの表情が暗くかげった。
「おにーちゃんは今外に鍛錬しに行って海鳴にいないんです」
「あ、そうなの」
葉弓は、なのはの言葉から今までふくらんでいた気持ちが暗く沈んでいくような感覚に襲われた。
「で、でもでも、もうすぐで帰ってくるって言っていましたから大丈夫です」
「そうなんだ」
葉弓はなのは優しさに心の中で小さく礼をすると、溢れそうになった滴をなのはに見つからないように拭った。
「じゃあ、甘くないチョコケーキも頂けるかな？」
「はいーーー」
なのはが急ぐように走り出すのを見て葉弓は元気を貰ったようにクスクスと笑っていた。
それからロイヤルミルクティーを二杯ほどおかわりをしてチョコケーキを食べ終えた葉弓は、何度もなのはと桃子に挨拶すると寒空の下に再び歩き出していった。その足取りは何処か場所が決まっているようでもあり、そうでないかの様に小さな歩きだった。
暫く歩いていた葉弓がそっと歩みを止めて顔を上げた。そこは葉弓と小さな恭也が出会った森の一角にある開かれた場所だった。小さな恭也と出会った頃は緑の木々に覆われていた場所も、今は閑散とし空も灰色に覆われていた。
「此処も寂しいね、この季節は」
葉弓は手を口にあてると「はぁ～」と息を吐いた。出かける前よりも息は白く大きく広がりほんの僅かばかり葉弓の手を暖め、そして冷たくしていった。
「ぐす・・・・」
葉弓は辛そうに目を細めているとチラチラと白い物が空から落ちてきた。
「雪・・・・？」
灰色の空からはいつの間にか白い雪の精が世界に降ってきていた。その白い精を葉弓は掌を広げ受け取った。
「冷たいっ」
掌に広がる小さな冷たさと水の感触が葉弓を更に寂しくさせていた。
「折角来たのに遠い土地になんてあんまりだよ」
葉弓は遠い地にいる恭也を思い呟いていた。
「冬の精さんも意地悪だ・・・・寂しいよぅ」
葉弓は小さく嗚咽すると先程我慢したはずの涙を零し始めた。折角会えると思ってやってきた海鳴には想い人はおらず、自分だけがこの白い世界に置いてきぼりされたように錯覚に襲われていた。
雪は激しさを増しいつの間にか葉弓の頭にも体にも地面にも小さく降り積もり、辺りを白く染め上げていた。葉弓の心も白くするように。

ギュッ、ギュッ、ギュッ

まだ新しい雪の絨毯を踏みしめる音が小さく鳴った。葉弓の背後から小さな僅かな気配が近寄っていたが、寂しさに包まれている葉弓には気がつかなかった。
それはフワッとしたように葉弓の上に差し出されると葉弓を雪から守るように蒼く広がっていた。
「な、に」
葉弓は寂しい世界から顔を上げるように上を仰いだ。
「あ」
其処には蒼い色の傘が葉弓を雪から守るように差し出されていた。そしてその柄は浅黒い手がしっかりと握っていた。そして葉弓の頭に肩に積もった雪が払いのけられるとそっと黒いコートが葉弓の肩にかけられた。
「あ、あ」
葉弓は涙をポロポロ零しながら自分の指を噛んだ。それは夢じゃないかのように確認する儀式のようでもあった。
「一人でいるのは危ないと思うが」
聞き慣れた力強い声が葉弓の耳に届き、葉弓の心を顔を明るく照らし出した。
「恭也君」
葉弓は泣き笑いをしながら振り返った。其処には只ジッと優しい視線を向ける恭也の姿だけがあった。
「・・・・・」
恭也は静かに頷くと葉弓の手を取った。
「冷たい」
恭也はすぐに踵を返すと葉弓の手を取りながらズンズンと歩き出した。
「あ、あっ、恭也君、待って、待って」
突然力強く連れて行かれる事の驚きと嬉しさに混乱しながら、葉弓はその手を少し強く握り恭也に従った。
「此処からなら翠屋の方が近い」
「え、え」
「・・・・」
恭也を見上げる葉弓の視線を流しながら恭也は翠屋へと歩き進めていた。
「ん、もぅ・・・・なんにも言ってくれないんだから」
葉弓はその強引さと共に恭也が自分を見つけてくれたという嬉しさではにかんでいた。
その後翠屋に戻ってきた葉弓と恭也の姿に驚くなのはや桃子達と、そんな葉弓の頭を何も言わずにタオルでゴシゴシ拭った恭也の姿は、皆の目からはとても労っているように見えていた。

それから数時間後、葉弓はさざなみ女子寮に戻り、温かい湯から用意された自室に戻ってきたところだった。
「ん・・・・」
まだ微かに濡れている黒髪をタオルで拭き取りつつ鏡に視線を向けた。そこにはお風呂で暖かくなって頬がピンク色に染まっていた。それは湯によるものだけでは無く別な想いから染まっているようにも見え、葉弓は恥ずかしくもあり、少し鏡に映る自分を羨ましくも見ていた。
「明日はもっと嬉しいことがあるかなぁ」
葉弓はそっとパジャマを押し上げている胸に手をあてた。
胸は『トクン』と音をたてて高鳴っていた。葉弓はそっとその音に耳を傾けながら幸せな時を過ごしていた。

おわり

あとがき
季節がずれていますがご容赦ください
葉弓さんの物語の新作です。今回はドキドキじゃなくて普通に感じで作ってみました。ちなみにまだお互い「気になるのかな？」「好きなのかも」って言うのが有るのか無いのかは皆さんで考えてみてください。
少しだけ寂しさに負けそうになった葉弓さんを見つけた恭也・・・・
少し前は白い世界が寂しく葉弓を包んでいましたが、恭也と居るならその白い世界に二人でも、きっと幸せなのでは？と思うこの頃です。
では、次の作品で～～