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誰も訪れることがない海鳴の外れにある雑木林に、いつもは余り感じられない気配が複数有った。 「はぁぁぁっ」 闇夜に葉弓の声が響き渡り、握りしめるその弓から光り輝く矢が放たれた。 『グォォォォォッ』 闇に蠢く邪霊となり果てたモノが痛みに振るえ叫び声をあげた。 「神気発勝」 その一瞬の隙を逃さずに木陰から式服を身に纏った薫が、十六夜を肩越しに掲げながら飛び出すと、キッとその邪霊を睨み付けたまま、鋭い刃を振りおろした。 『奥義・楓陣刃ぁぁぁ』 金色の輝きが十六夜より放たれ、邪霊の中心部分を大きく貫くのを確認しながら、薫は体を捻りつつ跳びあがり、黄金色の十六夜を振り翳した。 「ハアアッ！！」 十六夜の生み出した光刃に切り裂かれた邪霊の纏う闇の欠片は、清められ浄化していった。 「ふうっ」 薫は何かの気配を感じ後ろに跳ねるように退いた瞬間、薫がいた場所に黒い鋭い固まりが突き刺さるのを見て小さく舌打ちをした。 「まだ力が衰退してない」 『どうやらその様ですね』 薫の呟きに十六夜が答えた。 「これだけの『力』を得るのに、一体何人の邪気の無い霊体が犠牲になったとね」 『判りませんが･･････恐らくは数十体では収まらないかもしれません』 ギリッ 十六夜の言葉に薫は強く奥歯を噛んでいた。 「あんまり効いて無い？」 葉弓は再び矢を紡ぐと邪霊に向けて放った。邪霊はその矢に吼えるような叫びを上げると、ブルッとその暗闇を震わせた。 「なにっ」 葉弓が呟いた瞬間、邪霊はその闇の体全体を波たてると、矢尻の如く一直線に葉弓に向かっていった。 「葉弓さんっ」 薫は間に合わないと思いつつ叫びながら駆け出した。 「くぅぅっ」 葉弓は矢をかけながら後退するものの、その動きは既に闇からすれば緩慢なものと認識していた。 「相手の方が早いっ」 葉弓は脳裏に、邪霊に捕らわれ薫の行動の妨げになる事への危機感が走った。 ガサッ！！ その時、木陰の脇から薫や葉弓と同様の式服を身につけた人影が、葉弓と邪霊の間に割り込むと腰を落としつつ、鯉口をきった。 「神気発勝っ」 その身に赤い光が纏われ、手に持つ小太刀が淡く輝いた。 『神咲楓月流、真威・梢燕波！』 赤光が刃から放たれ、襲いかかろうとした尖った邪霊を打ち消しながら、派手に吹き飛ばした。 『グォォォォッ･･････』 邪霊は大地にベチャッと叩き付けられると一旦水たまりのような姿になり、程なくして元の固まりのような不安定な姿に戻った。 「危なかったかな」 葉弓の前に現れた人影が囁いた。 「か、楓ちゃんっ」 楓は小さく微笑むと小太刀を邪霊に傾けながら構えた。 「遊びに来たら二人とも退魔に出かけたって言うから、追いかけてきたんだけど正解だったかな？」 「もぅ、楓ちゃんったら」 葉弓は呆れたような素振りを見せつつ、小さく笑うと再び弓を構えた。 「楓っ」 十六夜を傾けながら薫が楓を見た。 「薫、久し振り。葉弓さんの援護はうちに任せて」 「任せるね」 薫が楓の言葉に頷くのを見てとると、楓は一瞬だけ、表情をふにゃ〜っとさせた。それを見た葉弓は苦笑した。 「そんなに嬉しがらなくても」 「薫がうちに頷いてくれたんや。嬉しくもなる」 楓は呟くと気合いを込め、気全体を震わせた。 「葉弓さんには近づけさせんよ」 邪霊は新たに現れた影と自分を囲んでいる影を見て二、三度体を震わせた。 「ん？」 闇夜の中一人林の奧で鍛錬をしていた恭也が複数の気配と微弱な振動に気がついた。 「こんなところぶつかるような気配が？」 恭也は八景を握ると、強い気配に向けて、足音すらさせずに林の闇の奥へと駆け出していった。 『グォォォォォッ』 邪霊は再び激しく身を震わすと一気に薫に迫った。 「神咲一灯流、真威・楓陣刃――」 黄金の輝きが邪霊の一部を切り裂いたが、邪霊の勢いを落とすには少し威力が足りず、薫を取り込もうと迫ろうとしていた。 「追の太刀、疾！！」 追い打ち攻撃の光刃が邪霊向けて放たれたが、その放たれた光の刃を紙一重でかわしながら更に肉迫した。 「閃の太刀、弧月！！」 薫は迫ってすがってきた邪霊から退きつつ、身体を捻りながら更に力を強めた光刃を邪霊に突き立てた。 『ウォォォォーーン』 邪霊が怯んだ隙を逃さずに、薫は間合いを計るように更に後退した。 一瞬ひるんだものの、その霊力の強さに諦められない邪霊から、再び鋭い黒い槍のようなモノが数本延びる様に突き出され、薫との間合いをうち消そうとした。 「薫ちゃん」 葉弓は急いで弓を向けるが僅差で間に合わないと判断した。 「薫っ」 「薫ちゃん、逃げて」 「こんのぉぉぉ」 薫は叫びながら十六夜で牽制しつつ間合いを維持しようとしたが、その鋭い槍は十六夜の牽制をすり抜け、薫に突き刺さるかに見えた。 『神速』 意識の鋭さが増し、色温かだった世界が灰色の染めかえる中を恭也は、色あせる速度よりも幾ばくか速いという感じで駆け抜け、薫の身体をさらいつつ、護るように抱えながら大地を滑るように転がる最中、灰色の世界に色が戻った ドシュッ、ドシュッ 薫が居たであろう場所に黒い槍だけが突き刺さっていた。 「うちは･･････」 薫が軽く頭を振りながら呟くと薫を守るような影がそっと動いた。 「薫さん、大丈夫ですか？」 「恭也君？」 薫は自分を守るように抱え込んだ影の正体を知って若干驚いた。 「恭也君っ」 「恭也君、ナイスや」 葉弓も驚き、楓は指を鳴らすと感嘆の声を上げた。 「恭也君、早くうちから離れんと」 「解りました」 恭也が意味をくみ取り場から下がろうとした瞬間、邪霊は生気ある目標に気がつき、恭也を取り込もうと襲いかかった。 「！」 『薫っ！』 僅かな薫の緩みをつくように、薫の手足を拘束するように生えている草達が絡み付き、薫の身動きを鈍らせた。 「恭也君、逃げっ･･････」 薫の言葉の紡ぎを、草が喉に絡みつく事で封じていた。 「薫と恭也君が」 楓は窮地を救おうと駆け出した。 「薫ちゃん、恭也君」 葉弓は無我夢中で弓を構えると邪霊を鋭く睨んだ。 「神咲真鳴流・・・」 葉弓の躯を淡い緑光が包んだ。 『真威・欄射』 渦を巻くような光の矢が邪霊の背後から突き刺さった。 「恭也君、薫ちゃん、逃げて――」 葉弓の悲痛な叫びが闇夜に響いた。 「恭也く、ん、はやく･･･」 「クッ、身動きが･･････」 薫はいまだ草に自由を奪われ、恭也も絡み付く草と邪霊の強力な障気にあてられ、体の自由を奪われていた。そして邪霊は葉弓の必殺の一撃にさえ耐え、恭也と薫を取り込もうと闇の気配を強くしつつ、迫ろうとしていた。 「どうしてっ」 葉弓は指が白くなる程つよく弓を握りしめつつ、自分の非力さを責めていた。 どうして、私の矢が届かないのっ。今届かないと薫ちゃんも恭也君も･･････恭也君や薫ちゃんが取り込まれたら私何も出来ない。それだけじゃない、罪のない霊達が、森の動物たちや優しい人達、みんなが取り込まれちゃう。優しいこの海鳴が、悲しい寂しくて怖いモノに包まれちゃう･･････ 葉弓の目から一滴の涙が零れた時、葉弓の脳裏に不意に浮かぶものがあった。 甦った『祟り狐』との戦いで命を落とした亜弓から『弓』の一時的担い手となり、病魔に冒されながらも退魔の道から逃げなかった女性との最後の会話。 「葉弓、今日から貴女がこの『弓』を継いで『神咲真鳴流当代』となるのです」 「はい」 葉弓は病魔に冒されたとは言え、今だ強い生気を溢れさせる彼女から弓を受け取った。 「葉弓、貴女は数々の真鳴流の御技を習得しました」 「まだまだ届き至りません」 葉弓の厳しい表情を見ると先代たる女性は表情を崩し微笑んだ。 「歴代最年少。そして亜弓様の心を受け継いである貴女が、この『弓』を持つのよ？届かないなどと･･････それに至らないと言うのもお止めなさい。人はずっと向上を胸に願うのだから」 「は、はい」 葉弓は柔らかな笑みを浮かべている女性を見つめた。 「葉弓、貴女にも御伽話を一つ伝えておきます･･････真鳴流には私も見た事がない御技が有るそうです」 「先代も知らされていないのですか？」 「ええ、私もそう。先々代たる亜弓さんも知らないかもしれないし、知っていらっしゃったかもしれませんね」 「謎かけでしょうか？」 葉弓は困惑気味に呟いた。 「それは心の芯たる場所から浮かび上がる、と聞き及んでいます。心から願うモノ、心が振るえ湧き、想いが拡がるとき『技』が完成するそうです」 「それは漠然としすぎで･･････」 女性は葉弓の唇に人差し指をあてた。 「うふふ、いつか花咲くように･･･葉弓･･････さん、貴女なら、きっと」 先代たる女性は静かに横たわると目を瞑った。 「ハァ･･････安心したらなんだか眠くなってきました。まるで春の日だまりに居るような、そんな気がしますね」 その言葉を最後に、皆に惜しまれつつ女性は息を引き取った。 「出来るか何て判らない。でも薫ちゃんも恭也君も楓も、この海鳴の優しい人達を護りたい。優しい人達が笑顔で居られるようにっ」 葉弓は矢をかけ、大きく引いた。 「神咲真鳴流っ」 葉弓の叫びに、想いに、呼応するかのように弓全体が光り輝き、星達が瞬いた。 『グォッ？！』 邪霊は波動を感じ身を振るわせながら、動けずにいた。 「葉弓さん？」 楓が後ろから感じる大きく温かな霊力の波動に驚いて振り返った。 『ン――――』 葉弓の矢に星達が舞い降りる流星のように光が集約され、そして淡い輝きをよりいっそうと発しながら膨れ上がろうとしていた。  『グォォォォォー』 邪気はその気配に強烈な恐怖と敵意を憶え、振るえる闇の敵意を葉弓向け構えた。 『神咲真鳴流、秘中奥義っ』 葉弓の声と共に螺旋が光を生み、光が螺旋を生み出し星の鼓動を示した。 『楓華閃光射っ』 葉弓の胸の中から湧き浮かんだ言葉が口から紡がれると、星を纏った金色の矢が鋭く放たれ、邪霊の中心核に突き刺さると弓全体が大きく輝き、光の帯を大きく広げた。 『ウォォォォン、ウォォォォン』 邪霊は力の限り暴れながら、光の帯から逃れようと足掻くが、光の威力が増すかのように邪霊に逃れる手段など与えもしなかった。 「今が勝機、ね」 拘束が消え去り体の自由が戻った恭也が退くと、同様に解放された薫が、十六夜を大きく振り上げた。 「神気発勝」 薫の声が鍵となり十六夜の光が膨れ上がった。 「神咲一灯流・奥義―――」 少し離れた場所で楓も声を上げ構えていた。 「神咲楓月流・奥義―――」 小太刀に赤い光が宿った。 薫と楓が大きく太刀を小太刀を振り下ろした。 『楓華疾光断っっっっ』 赤と金色の輝きが光の帯に更に突き刺さった。 『ゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ』 邪霊は光の中でゆっくりと崩れ去り、消滅した。 静寂と清い空気が舞い戻ると、葉弓と薫達の険しさが消えていった。 「はぁ、はぁ、はぁ」 荒い息をしながら薫が静かに十六夜を納めた。 『薫、お見事でした』 十六夜が優しい言葉をかけた。 「うちだけの力じゃ駄目だった」 『はい』 薫の言葉に十六夜が答えた。 「薫、十六夜、大丈夫？」 楓が慌てて近寄り肩を薫に貸した。 「うちも十六夜も少し疲れただけ」 「うん、わかっとる」 薫の答えに楓は苦笑した。 「薫ちゃん」 「葉弓さん、助かりました。それから･･････」 薫は葉弓に礼を言いながら視線を後ろに向けた。 「恭也君にも一応、有り難うって言っておくけど。恭也君は、霊力が殆どないんだから気をつけてもらわないと」 「はい」 恭也は小さく頷いた。 「と、怒るのは此くらいにして。うちと楓は先に一緒にさざなみに帰ります。恭也君は葉弓さんとよろしく」 「そやな、薫」 楓も納得したように頷いた。 「薫ちゃんにっ、楓ちゃんっ！」 「じゃーーそう言うことで」 「先に行ってとる」 薫と楓は二人を置いて、さざなみへとさっさと歩き出していた。残された葉弓と恭也は星の光の下にいた。 「葉弓さん怒っていますか？」 「怒っています。もっと･･････気をつけて」 葉弓は其処まで呟くと声を詰まらせた。 「･･････でも守りたいと思ったから」 「守りたい･･････」 葉弓は浮かべた涙を拭った。 「俺は御神の剣士です。たとえ相手が悪霊だろうと守りたいものの為になら剣を取ります」 「恭也君」 「結果的には葉弓さんに助けられましたが」 「ううん」 葉弓は微笑んだ。 「薫ちゃん達も居たけど。私も助けたい、守りたいと思ったから」 「はい」 「私にも守れたよ･･････」 「俺と同じですね」 「うん、そうかも」 葉弓は恭也の腕に腕を絡ませ頭を肩に預けた。 「さあ、そろそろ行かないと。さざなみで、真雪さんが待ちかまえているかも、だけど」 「困りますが、頑張ってみます」 恭也と葉弓は歩きだしていた。 「なんだかゆっくり･･････帰りたいね」 「心得ました」 「うん」 葉弓の嬉しそうな表情を見て、恭也も微かに微笑むと星空の下を、少しでも長く続くようにと願うように、ゆっくりと歩き出していた。歩みの中で葉弓は小さく心の中で告げていた。 わき上がる想いと意志、それだけじゃないけど解ったような気がしました。 葉弓の万感の思いを込め、その女性の面影に言葉を伝えていた。面影は小さく、そして強く葉弓に頷いていた。 おわり あとがき 只今、絶賛スランプというか、一つも新作をかけないＳＳ書きのＷＧです。 これも元々のベースが有りまして、加筆＆修正くらいなら出来るかも、的な感じで書いてみました。又、ずいぶんと表現方法が変わったような気もしますが、実力もないので致し方ないかと思ったりして。 新作が上げられることを神に祈りつつ、失礼します。 |