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――はじめに―― この物語は、「とらいあんぐるハート２ さざなみ女子寮」のヒロインたる、陣内美緒のシナリオを基に書かれております。 従って、美緒シナリオをクリアしてからお読み下さると、幸いです。 では、つたない物語にしばし、お付き合い下さいませ。 情景 〜突発〜 その日、二人がそこに寄らなかったら、恐らく事に遭遇する事も無かったろうし、そこで起きた事の解決の仕様も、自ずと違っていたはずである。 買い物に行く、と言うさざなみ寮の管理人こと、槙原耕介に引っ付いて、陣内美緒は商店街までやって来ていた。 特に、急を要する程の理由があったわけではない。耕介の買い物に何となく付いて行く気になった、実はそれだけの事である。 とは申せ、耕介に付き合ってあちこち回って歩くのは、美緒のいくつかの楽しみのひとつであり、今日は好きなお菓子も買ってもらえたから、 「にゃんがにゃんがにゃ〜♪ にゃ〜らりっぱらっぱらっぱらにゃ〜にゃ♪」 その表情たるや、ご満悦であった。 さて、美緒を連れた耕介は、予定の買い物の最後に〔ドラッグふじた〕に立ち寄った。そこは、美緒の〔まぶだち〕こと、藤田望の家でもある。 店内に入ると、望の母が笑顔で出迎えてくれた。 「いらっしゃいませ……あら、槙原さんいつもお世話になってます。それに美緒ちゃんも」 「どうも、こんにちは」 「こんにちは、なのだ。望、いる？」 「おいおい、美緒。少しは言葉使い、ちゃんとしないと」 「あう、ごめんなさいなのだ」 「うふふ、いいんですよ。今、望にはちょっとお使い頼んじゃってるから、ごめんなさいね」 「む〜、ちょっと残念なのだ」 「あの、電話でお願いした物は」 「ええ、ちょうど入ったものもありますから、揃いましたよ」 やり取りをしながらてきぱきとした動きで、望の母は品物を出して袋に入れていく。 望がいない事で、いささかもてあまし気味になった美緒は、 「う〜、ちょっとつまらんのだ」 などと呟きながら、店から表に出てしまっていた。 その頃、少し離れた通りでは、とんだ追いかけっこが始まっていた。 バッグを小脇に抱えた男が、泡を喰って走ってい、それを、別の二人が追いかけていた。 追われる男は意外と足が速いものか、少しずつその差を広げていく。追う側は、それでも諦めず追い続ける。 そのはるか後ろでは、ぺたりと座り込んでがっくりした様子の初老の女性に、中年の男性が何事か話しかけている。制服を着ているので、すぐに警官と知れた。つまり、男を追う二人も警官である。 通行人が幾人か、野次馬よろしくその場を囲んでいた。 耕介が薬代を支払う様子を、外からぼけ〜っと見ていた美緒が、何気なく通りの左側に目を向けた、その時だった。 「おお？」 こちらに向かって、ひとりの男が後ろを振り向きながら走ってくる。見た感じ、かなり慌てているように、美緒には思えた。脇にバッグを抱えているらしい。 再び、美緒は店内を見る。望の母が、耕介にお釣りを渡したところが目に入った。 更に、男のいる方向に目を向けると、 「？」 男は猛然と、こちらに向かって走ってくる。その後ろ、二人の男がやはりこちらに向かって走ってきていた。美緒は、その二人の男の服装を見た。 「……け〜さつかんなのだ」 その〔け〜さつかん〕のひとりが、 「引ったくりめ、待て!!」 叫んだ途端、美緒の頭の中でひとつのパズルが完成した。 （ふたりの男はけ〜さつかん、バッグを抱えた男は悪いヤツ） そして、美緒が取るべき行動は、 「悪いヤツは、てんちゅ〜なのだ！」 言うや、美緒は駆け出した。 ここで捕まったらたまらない、追われる男はそう思っていた。 まさか、自分が引ったくりをした場所のすぐ近くで、警官が巡回していたとは、これっぽっちも思っていなかった。しかも、こんな時に限って三人も。 それでも、足には多少の自信があったし、もう少し走れば何とか撒ける、という勝算もないわけではなかった。前方に目を向けると、小学生らしい女の子が一人、所在無げにしているのが見えたが、それどころではなかった。いっそ人質に取ろうか、という考えがちらりと浮かんだが、そんな事をしたところで状況は良くなるわけがない。逆に逃げられなくなってしまう。 もう一度振り向く。 まだ警官は追ってくる。かなり差を広げたはずだが、しつこい。そりゃ当たり前か。何せ、やった事はれっきとした犯罪だし。 前を見る。 あのがきんちょが、こっちを見ている。まぁ、いい。邪魔になるようなら、突き飛ばして逃げればいいんだ。 また、後ろを振り向く。 警官はまだ諦めずに追って来ていた。それでも、ひとりが落伍し始めている。いい傾向だ。 しかし、流石に呼吸を整えないと、こっちもちょっとまずい。 そう思って、顔を前方に戻した瞬間、視界にいきなり靴底が飛び込んで来た。 「ぶっ!?」 一瞬で顔面、特に鼻に打撃と痛みを感じ、目の前が真っ暗になる。妙な浮遊感を感じたと思ったら、今度は背中に強烈な打撃を、次いで後頭部をがつんと殴られたように感じ、男は動けなくなってしまった。 
着地を見事に決めて、美緒は確かな手応えを感じた。勧善懲悪は、最も好むところのシチュエーションである。それがやり過ぎかどうかはともかくとして。 歩道の路面に、不恰好にのたばった男を見下ろすや、ふん、とばかりに胸を反らし、 「正義は勝つのだ！」 と、鼻高々にうそぶいた時、 「こら」 一声とともに、後頭部を小突かれた。 「あうっ、こーすけ、痛いのだ」 「美緒、お前何を……」 「むぅ、こいつ、ひったくりなのだ」 「えっ？ ああ……なるほどねぇ」 耕介がふと見ると、警察官が二人、こちらに駆けて来る。それで、おおよその事が飲み込めた気がした。 歩道にのびている男の側には、婦人用のバッグが、無造作に落ちている。 と、それまで動けずにいた男が、呻き声を上げて起き上がろうとした。そこに、 「はい、そこまでな、引ったくりさん」 耕介が、畳み掛けるように声をかけて屈みこむ。かけた声は凄んでいるどころか、まったくのん気な口調だったし、ついでに彼の両手は買い物袋で塞がっていたのだが、それでも男は、肘を立てたままで動きが固まってしまう。 上背のある耕介が見下ろしてくるのを見て、圧倒されてしまったのである。まったく、意図せぬ呼吸の妙、というやつであろうか。 そこに、警察官二人が半ば息を切らして追いついて来た。疲れてしまったのであろう、一人が何とも形容し難い表情で、 「ご協力、感謝します」 と、力なく言ったのが、耕介には印象的に映った。 とにかくも、美緒の飛び蹴り一発で、この事件はあっという間に決着が付いた。男は現行犯で逮捕、バッグは無事、持ち主の手許に戻ったのである。 後で分かった事だが、その男は、勤めていた会社をクビになる前から、幾度か引ったくりをしていたようで、それまで捕まらなかったから調子に乗っていた、と供述したらしい。 ちなみに、引ったくったバッグの中には少しの化粧品と、札に小銭を含めて五千円程入れた財布が入っていたそうで、持ち主の初老の女性は、買い物の途中で運悪く引ったくりに遭った、との事である。 さてこの日、さざなみ寮に帰ってから耕介は、美緒の分の夕飯を、普段よりも多く作ってやった。そして。 「ほい、美緒の分」 「あれ、お兄ちゃん。今日は美緒ちゃんの好物ばかり……どうかしたの？」 「お、ほんまや」 「はう、美緒ちゃん、うらやましい……」 「耕介さん、何かあったんですか？」 「まぁ、そんなとこですよ、愛さん」 「それはともかく、あまり甘やかすのも、どうかと……」 「まぁまぁ薫、今日の美緒は、こうしてもいい位の事をしたんだから」 「ふぅん……ねこぉ、一体何があったんだ？」 「うん、ボクもそれが知りたい」 もちろん、夕飯の席で美緒の武勇伝が話題になったのは、言うまでもあるまい。 ――それは、元気過ぎる女の子の情景である―― 後日、警察から感謝の印として、金一封ならぬ図書券一封が、美緒に送られたそうな。 情景 〜突発〜 了 後記 初めましての方は初めまして。 見知っておられる方々は、ご無沙汰しております。 自称「さまよえる秋田人（笑）」こと、タケというしがないとらハ系物書きです。 さてこの作品は、２００４年５月３０日に仙台で行われたイベント、「杜の奇跡」にサークル参加された「海鳴堂書房」（主宰・春日野馨様）刊行による、同人誌「天使のささやき」に客演掲載したのを、茜屋さんのご厚意によりサイトでも掲載する事とさせて頂きました。 ご厚意の段、まことにありがたくあります。 さて、陣内美緒というキャラクターですが、ゲーム本編で見る限りにおいては基本的に、 「お子様」 なのだと思っています。しかしながらそれだけではなく、時にひと言で、物事の真実をずばり言い当ててしまったり、あるいは時に、ひどく悟った一面を垣間見せる事もある、本当に不思議な人となりなのではないか、そう思ったりしています。あるいは、その生まれ故なものなのかどうか、この辺りは自分の考えの及ぶ範囲ではありませんが……。 ともあれ、この作品で自分が取り上げたのは、美緒という人間の、 「ほんの一部分」 であって、それ以外でもなく、それ以上のものでもありません。また、この取り上げ方が正しいかどうか、というのも大して意味を成すものではありません。 要するに、読んだ皆さんにはそれぞれ違った美緒の見方、というものが存在するはずで、それに対して自分は美緒をこういう風に見て取り上げた、という事です。 自分の書いている「情景」という作品は、本来ヤマ場も見せ場もない日常をいかに書き上げるか、という一点にのみ主眼を置いて書いているものですが、それでも読んで楽しんで頂けたとすれば、まことに幸いに思います。 それでは、この辺で筆を擱きたいと思います。 ではでは。 |