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（注）この作品は原作とは補完関係にない全くのフィクションです。 なお薫、十六夜、みなみ、楓の４人は正月で実家に帰省中との設定です。 1212121 hitおよび1234567 hitキリリク合同企画 振袖の麗人 これは、相川真一郎が大学２年の正月３日のことである。 「愛さん、晴着貸してーな」 ここは毎度おなじみさざなみ女子寮。今年も椎名ゆうひは年末年始を海鳴で過ごすためイギリスから一時帰国中であった。けれども今の彼女はれっきとした芸能人。帰国してもプロモーション活動があり、正月と言っても完全なオフではない。この日も夕方からTV局で収録があるが、先方よりお正月らしく振袖でと指定があって、急に言われても用意が出来ずに困っていた。 しかし、彼女がさざなみで最初に過ごした正月に愛が振袖を着ていたのを思い出して、緊急事態と頼み込んだのである。そんな折、居間でTVを見ていた真雪がこの寮で最も和装をする人物の名を挙げる。 「ん〜、神咲の部屋からこっそり借りたらどーだ」 「真雪さん、薫ちゃんのはちょっと特殊すぎて…」 薫の場合、和服はあくまで仕事着である。持っているのは神道系の式服と巫女服しかない。ゆうひもかつてウケ狙いで薫の巫女服を着てみたことはあるが（543210hitキリリク絵参照）、まるでコスプレとまわりから散々からかわれたものである。 「ウケは取れるぞ」 「うち、まだお笑い界には進出しとらへんで」 ってことはいずれお笑いもやる気かよ、とキッチンで二人のやりとりを聞いていた耕介が内心突っ込んだのは言うまでも無い。 「あ、私は別に構いませんよ。滅多に着るものでないから、たまには使ってあげないと」 愛はまんざらでもない様子だったが、一つ問題がある。愛とゆうひの伸長差は10cmあり、長身のゆうひに愛の着物のサイズが合うのかと根本的な疑問が耕介に浮かぶ。 「でも愛さんとゆうひって身長差あるから大丈夫かなぁ」 「着物って余裕を持ってゆったり作られるものですから、それについては大丈夫なんですよ。耕介さん」 「すそがちょっと出るのはご愛嬌ってことで。大事に着るから許してぇな」 「あ、別に気にしなくて構いませんから。どうぞ」 そう言って愛はやや袖丈に余裕のある黄色い柄の振袖をゆうひに貸すため自室へと消えて行った。 同じ頃。真一郎は買い物に出かけていた。前日、唯子に手製のおせちを食い荒らされ、冷蔵庫が空になってしまっていたのである。しかし、商店街は年末年始の休業期。せいぜい駅前のスーパーかデパートでないと生鮮食料品が手に入らない。寒空の下、外出自体が億劫な彼ではあったが、背に腹は変えられない。唯子の奴めとブツブツ言いながら駅前まで来た所、前方から見知った顔がやってきた。 「あ、瞳ちゃん。あけましておめでとう」 その相手は瞳であった。彼にとって高校時代の１年先輩だが、卒業後も交友関係は続いており、いつの間にやら義姉弟？のような仲になっている相手である。 「あら、真一郎。あけましておめでとう。一人でこんな所に居るなんて一体どうしたの？」 「実は唯子のヤツに食い荒らされて。もう冷蔵庫空っぽなんですよ…」 「まったく、鷹城さんらしいわね…」 瞳にとって唯子の食欲は重々承知ではあるが、例えば２年ほど前の夏、みんなで可南海岸にある忍の別荘で合宿した時、カレーライスを12杯も平らげたのを見てあきれ返った記憶があり、もう少したしなみってものをと彼女は溜息をついた。 「ところで瞳ちゃんは何をしに？」 「ん？これから耕ちゃんとこ行くの。あ、そうだ。何なら一緒に行かない？」 瞳は矢後市の在住である。本来、通学時以外にここに来る事は少ない人物と思われがちだが、実際には薫や耕介との縁により結構さざなみには入り浸っているのである。 もっとも、真一郎にとっても、高校１年時の同級生である岡本みなみとの縁でさざなみはたびたび訪れてはいるが、けれどもやはり女子寮ということで一人で訪れるのははばかられる。その一方で管理人の耕介は自分の料理を他人に食べてもらうことを生きがいにしているような男であり、訪れれば何がしかご馳走に預かってばかりであった。まだATMすら開いていない正月三ヶ日、真一郎の財布は悲鳴を上げており、この誘いは一二食程度は浮くということをも意味していた。 「じゃあ、俺も一緒に行こうかな」 食の誘惑につられた真一郎であったが、しかし、それが悲劇の始まりであったことは、彼はまだ露ほども気付いていなかった。 「耕ちゃん。あけましておめでとう。遊びにきたよ」 瞬間、真一郎は瞳を振り向く。瞳との友達付き合いはもう３年くらいになるが、普段のお姉さんぶりからは考えられない耕介に対する甘えぶりは、彼が彼女に対して抱いているイメージとのギャップがありすぎて未だ慣れないものがある。そもそも真一郎にとって管理人の耕介はやや謎の多い人物であり、例えば以前より世間的には男嫌いで通っている瞳が、何で耕介にだけ懐いているのかは疑問の一つであったりする。 「よお瞳。あけましておめでとう。と、真一郎くん？」 耕介は瞳が連れてきた人物に目が行く。真一郎は表を向きなおし頭を下げた。 「ど〜も。あけましておめでとうございます」 「うん。来るとき偶然遭ったから誘ったの」 「まぁ上がってちょうだい。ところで昼ごはんは食べたかい？」 時計の針は13時近くを示しており微妙な時間である。もっとも、昼食と言ってもこの日、耕介が用意していたのは雑煮であって、一人二人増えようが餅さえあれば何とでもなる。 「ううん。まだ」 「じゃあ、せっかくだから二人とも食べてって」 「ではお相伴に預からさせてもらいます」 こうして二人はリビングへ行くと、なにやら騒がしい。そこでは丁度着付けを終えたゆうひのワンマンショーと貸していた。 「どや。うちの晴れ姿〜」 「うわ〜。ゆうひちゃんお人形さんみたい」 知佳が黄色い声を上げる。興が乗ったゆうひは新曲の振り付けを披露し、それに真雪や美緒が「いいぞ！」と煽り立てている最中であった。 「あれって何の騒ぎですか？」 真一郎は耕介に尋ねる。“天使のソプラノ”こと、歌手ＳＥＥＮＡがここに住んでいることはデビュー前から承知の事実であったが、それにしてもプライベートでも歌わずには居られないというその性格には恐れ入る。 「ああ。これからゆうひが収録でね。ＴＶ局から振袖着てくれって頼まれてるんだよ」 耕介の答えにお正月らしく華やかで良いですなぁ、としばし見とれる真一郎たちであった。 「ふう。ごちそうさま。耕介さん。いつもながら美味しいですね」 「それに椎名さんの生歌まで聞けるなんて、私達ツイてるわね」 最近、人気急上昇中のＳＥＥＮＡのライブチケットの相場は、アリーナ席で4000〜5000円、本人がバッチリ見えるＳ席になると万単位になる。それが伴奏なしのアカペラとは言え、シークレットライブに近い状態なのだから、これは贅沢極まりない話なのである。 時は14時。水を注すような１本の電話がかかってきた。 「は〜い、さざなみ寮っす。あ！ はい、はい。わかりました。それでは伝えておきます」 受話器を取ったのは、幸か不幸か真雪であった。突然襟を正した口調になった真雪の態度に、一同、何事かと注視する。 実は、電話の内容は大したことはないのだが、受話器を置いて真一郎や瞳を交えた一同の顔を見た真雪は、本能的に悪知恵がひらめいた。それは、マンガ家として当代一流と言われる、ストーリーテラーとしての才能の賜物であった。 「何や、何の電話や？」 ゆうひが心配そうに真雪をうかがう。その時、物理法則に反して真雪の眼鏡が怪しく光るのを、住民一同見逃さなかった。あれは何かをたくらんでいる。もし、反論しようものなら間違いなくえらい目に遭う。それを身を持って知る一同は黙り込んで次の一言を待つ。 そんな中、神妙な顔をした真雪がわざとらしさすら感じる重々しい口調で口を開いた。 「実は、今の電話は警察からだ。この国守山にレイプ犯が逃げ込んだとかで、１時間後に山狩りに来るそうだ。当然、このさざなみにも家宅捜索に来るので、各自、準備を怠らないように！」 一同、その言葉にかたずを飲む。真一郎にしても、過去に痴漢退治で囮にされ、さんざんな目に遭っているだけに人事ではない。 「まぁ。それは怖いですねー」 愛がいつもの調子で口を開くが、彼女にしたって国守山の地主であるので、そんなものに居てもらいたくはない。 「で、まゆお姉ちゃん、準備って私達何するわけ？」 知佳の問いかけに真雪は仰々しく答える。 「要するに、各自アリバイを証明しなくてはならない。まぁ、ここの住民についてはお互いに証明できるとして、問題はその二人だ」 そう言って真雪が指を差した先には瞳と、そして真一郎が居た。 「警察の話によると犯人が逃走したのはちょうど１時頃。つまり、君たち二人にはアリバイが証明できない。 特にそこの美少年。あたしたちは匿ってやるが、そのためには一つ条件がある！」 「は、はい！何でしょう！」 ひきしまった表情で応えた真一郎は、普段の真雪という人となりを知らないのですっかり信用しきっていた。周りの人間は、これで今回のターゲットが真一郎であることにうすうす感づいたが、面白いので黙っていた。 「ここは、女子寮なんだなぁ。男が居るのはまずいと思うぞ」 そう言って彼女は彼の肩にポンと手を置く。真一郎は真雪の妙な迫力に何も言い出すことが出来ず、そして背中には冷や汗が垂れていた。 「そこで、君には女装してもらわなければならない！」 女装。それは彼にとっては悪夢のような言葉である。一昨年の夏これで火影の前で大恥をかいた記憶が蘇る。しかも、あの時は露天風呂でバスタオルを巻いただけだったが、今回は完全に女子服を着ろと言うのだ。そんなもの着てしまったら男として何かが壊れてしまう気がしてならなかった。 「え〜、女子寮ったって耕介さんはどうなんですか」 必死で反論する真一郎だったが、真雪はどこか遠い目で返答する。 「耕介はな。愛と結婚してっからここに住んでて当たり前なんだよ…」 その瞬間、真一郎の頭の中に破壊的な効果音が鳴り響く。これで女装はほぼ決定したようなものだった。辺りを見渡しても、異議を唱える者がいないのが非常に哀しかった。 「愛。確か振袖もう一着あったな。あれ貸してやれよ」 「あ、はい〜。じゃあ、私が着付けてあげますね」 そう言って、放心状態になった真一郎は愛に手を引かれ101号室へと消えていく。それを皆は市場に売られていく子牛を見つめるような目つきで見送ったのは言うまでもない。バタン。と部屋のドアが閉まる音が聞こえた所で、真雪はケタケタ高笑いを始めた。 「で、本当のとこはどうなんですか。真雪さん」 同じ男として真一郎に哀れみを持った耕介が真雪に尋ねたところで、彼女はようやくタネあかしを始める。 「レイプ犯なんてんなわけねーだろ。電話はな、ＳＡＥＫＩレコードの石原さんが３時に迎えにくるからゆうひによろしく伝えてくれって電話だよ」 それから30分後。真一郎は完璧なまでに着付けられて皆の前に姿を現した。紅いヒマワリ柄の着物は女顔の彼にとても良く似合う。そもそも和服とは体型を隠す性格の衣服であり、しかも愛と真一郎の身長がほとんど同じなので小物に至るまですべてがぴたりと嵌り、まるで違和感がない。 「はい。相川くん。かんざし」 ニコニコした愛が真一郎の髪にかんざしを付ける。その笑顔はまったく悪気がなく、せいぜい歌舞伎の女形の化粧をしている程度の感覚でしかない。 「にゃはははは。真坊似合うのだ」 「相川くんきれい…」 完成した真一郎の晴れ着姿は、言われなければボーイッシュな女の子と言っても誰もが信じてしまうほど、それは見事なものだった。  「ほれ。鏡」 そう言って真雪が真一郎に手鏡をかざす。 「もう勘弁してください…」 「あら真一郎。下手な女の子よりも綺麗だから自信持ちなさいって」 「そんな自信はいらないっす…」 鏡に映る自分の姿を見ると、今の姿に飲み込まれそうになるのが怖かった。 「ほら、ツーショットや」 そういってゆうひが横に並ぶが真一郎の顔には覇気がない。その時、インターホン越しにゆうひを呼ぶ声がする。 「どうも。ＳＡＥＫＩレコードの石原です」 時間はすでに約束の15時を回っていた。あまりに見事すぎた真一郎の艶姿をもっと観賞していたいゆうひは瞬間、真雪並みの悪だくみがひらめく。 「あ、あかん。もうこんな時間。もったいないから相川くんも一緒に行こうや」 もったいないってどういう意味！？ そう突っ込みたくなった真一郎だが、このままＴＶ局に連れていかれるなんて洒落にもならぬと、必死になって反論する。 「なんでそうなる！」 「そうだな。警察が来る前にここを出て行った方が良いかもな。坊主。美少年を車に乗せな」 「よしきた」 瞬間、リスティの背中に羽根が現れ、真一郎の意思とは正反対に玄関のほうへと体が動く。 「や、やめろ〜。槙原」 「先輩、あきらめが肝心だよ」 念動で玄関に飛ばされ、どこからか現れた女物の下駄を履かされた真一郎は気がつけば車の前へ出ていた。 「あ、この子も連れてくからよろしゅうな」 ゆうひに右腕を引っ張られ、むりやり車内に引きずり込まれるや、車は東京へと向け走り出した。 「そこまでやるか…」 あきれた耕介はＳＡＥＫＩレコードが差し回したハイヤーを、ある種の同情とともに見送るしかなかった。 その後、振袖を着た真一郎を見てＴＶ局はＳＥＥＮＡの妹分と大騒ぎになり、ＣＳＳのイリアの下に照会が来るわと大騒ぎになったが、誰一人、中身が男であることに気付いた者が居なかったそうだ。 「よかったね。今度の成人式も振袖着ない？」（じゅるり） 「よくね〜よ！」（血涙） あとがき 1212121 hitを取った時、発注したのは真一郎の女装でした。正月に茜屋さんから1234567 hitとあわせて振袖姿にしたいとご相談を頂いたことで、ならば通常とは逆に絵ありきで想像をふくらませるのも面白いだろうと、お礼を兼ねて書いてみたのがこのＳＳです。何で真一郎は振袖を着るハメになったのか。その点からイメージを膨らませてみました。絵を見て想像をたくましくするのもまた面白いもので、結果、あの絵、そしてあの表情の真くんの裏側で起きたことが、一つの物語になってしまいました。 それにしても真一郎って妙に女装が似合うと改めて思っていたりします。こんな主人公ってホント珍しいですよね。ステキな絵をありがとうございました。 |