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『ゴール！マリッチ、今大会全ての試合でゴールを決めました！』 『試合終了ー！第８５回天皇杯を制したのは浦和レッズ！』 テレビではサッカー中継が行われている。 正月はスポーツ中継三昧… 特にサッカー中継は多い。 まるでサッカーを辞めた僕へのあてつけかのように… 「はぁ…」 ため息が出る。 なんで正月に実家に戻ってまで、こんな思いしないといけないのか？ でも、実家に戻ってきたからと行って何をする訳でも無い。 こたつに寝転がりながら、ぼーっとテレビを見ているだけだ。 「ほら、おにいちゃん…初詣にでもいってきたら？」 芽衣につつかれる。 「うるせー、正月の正しいすごし方は寝正月なんだよっ！」 「まったくもー」 僕はチャンネルを変えようとリモコンに手を伸ばそうとした時だった。 「わん、わん！」 犬が近寄ってきた。 「ほら、わんこもお散歩したがってるから…」 わんことは、僕がいないうちに某ＣＭを見て親父たちが飼いたくなって 飼いはじめたロングコートチワワという種類の犬…もちろん、室内犬だ。 名前は『わんこ』…もうちょっといい名前を考えられないものだろうか？ 「わかったよ、行ってくればいいんだろ？」 「うん、ありがとう…おにいちゃん。」 わんこを連れて、僕は家を出た。 『優勝チームの表彰式に移らせて頂きます。優勝は浦和レッズ！』 『わーーーーーーーーーーっ』 「おにいちゃんもサッカー続けて欲しかったなぁ…」 からんからん… 「わんっ！わんっ！」 「はぁ…」 神社は１月１日だというのに閑散としていた。 まぁ、田舎の神社だからなぁ… 小銭を取り出し、投げ込む。 「セレブなライフを送れますように！」 口ではそう言ったものの、ホントは特に願い事など無かった。 もとより…神様が願い事を叶えるなんて思ってないけど。 「さて…帰るか…」 「わんっ！」 神社の石段を降りようとした、その時だった。 「うおっ…」 何でそうなったのか分からないが、足を滑らせた。 ごろごろごろごろ〜 「ほげぶっ、ごは、おわぁあああ」 ……… …… … 「う…うぅ…」 声が出ない。何かがおかしい… それにここは…芽衣の部屋じゃないか… でも、この部屋ってこんなに広かったっけ？ 「あっ、気がついた。」 芽衣が僕の方を見て近寄る… …って、デカッ！ 僕の何倍も背が高いじゃないかっ！ おかしい…何かがおかしい… 「どうしたの？」 僕は芽衣に抱きかかえられた。 …僕の体に胸が少しあたる。 決して大きくはないけど、ささやかな柔らかい感触が… 芽衣、少しは成長したんだなぁ…おにいちゃん嬉しいよ。 …ってチガーウ！ 何で芽衣は僕を抱きかかえられるんだ！？ 逆なら分かるけど。 とりあえず、自分を確認しないと… 「わ、わうっ…わっわうっ！？（芽衣…放してく…ってなんだ！？）」 その時、僕は確信できた。 僕は…わんこになっている。 芽衣より小さいこの体、この声… 間違いない。 でも、何が悲しくてこんな犬畜生にならなきゃいけないんだ？ だが、芽衣の言葉に僕はそんな考えなど吹っ飛んでしまった。 「それじゃ、わんこも一緒にお風呂に入ろう？」 「わ、わん！？（な、なにぃ！？）」 そ…それは嬉しいけど、ちょっと待て！ さすがのボクも、妹と一緒にお風呂は躊躇するって！ 「わっ、わん、わわっわん！（おいっ、芽衣、放してくれっ！）」 「ほら、わんこも大好きなお風呂だよ、そんなに暴れないでも大丈夫だよ。」 僕の抵抗も空しく、芽衣に抱かれたまま脱衣場に連れて行かれてしまった。 僕は一足先にお風呂場に入れられている。 脱衣所への扉は閉じられたまま…これでは逃げられない。 がらがらがら〜 脱衣所の扉が開けられ、芽衣が入ってきた。 僕は思わず、ドアと反対側を向いてしまう。 「わんこ、洗ってあげるからこっち向いて！」 …これは事故だ、しょうがない。 僕の心はすっかり抵抗することを諦めていた。 おそるおそる、芽衣の方に向いてみると… …バスタオル１枚の芽衣が…って、全部脱げよ！ せっかくなんだからさぁ… と思ったが、声にはしないでおいた。 まぁ、声にしても、僕は今「わん！」しか言えないけど。 「ほら、こっちおいで！」 もう、開き直りだ！ こうなったら、この状況とことん楽しんでやるっ！ 「わんわん♪」 僕は尻尾を振りながら、わんこ用洗い桶に飛び込んだ。 ごしごしごしごし… 時折あたる、芽衣のささやかな胸が… さっきの服の上からよりもリアリティのある感触が伝わってくる。 …芽衣、おにいちゃん嬉しいぞ！ もっと！もっと！  ざっぱーん なんて、思っていたら、あっという間にお湯をかけられて終了してしまった。 かぽーん… 芽衣に抱かれながら一緒に湯船に浸かる。 のんびりとした時間が流れていた。 「ねぇ…わんこ…おにいちゃんはもうサッカーをやらないのかな…」 「わ…わん？」 突然、僕の話をし始めた芽衣の言葉に僕は動揺した。 「おにいちゃん…さっきまで天皇杯の決勝戦を見てたんだ。 それってやっぱりサッカーをやりたいってことだよね。」 …違う…僕はただ暇つぶしに見ていただけだ。 「わたし、やっぱりサッカーをやっているおにいちゃんが好きだな… ちょっと恥ずかしいけど、サッカーをやっているおにいちゃんって カッコいいもん。それにいきいきとしてたし…」 …そんなことは…僕がサッカーを続けていたのは… 「プロとかそんな本格的なものじゃなくていい、でも…わたし… おにいちゃんのサッカーをやっているところを見たいよ。」 芽衣が喜ぶから…芽衣の嬉しそうな顔が見たいから… …そうだった。 僕は忘れていた、自分がサッカーをやっていた根本的な理由を… 「はっ！」 気がつくと、僕はこたつの中で眠っていた。 手を見てみる。人間の…僕の手だ。 テレビはＮＨＫの正月特番がそのまま流れていた。 どうやら、僕はサッカーを観ている途中で眠っていたらしい。 「おにいちゃん、やっと起きた…天皇杯の決勝戦観てたら途中で寝ちゃうんだもん。 お風呂入れてあるから、ぬるくならないうちに入ってね。」 台所から芽衣の声が聞こえる。 「ああ…」 あれは僕の夢…だったのだろうか？ それとも… ４月、高校を卒業した僕は地元の企業に就職した。 それほど大きくない会社で、新人といえど即戦力。 仕事は夜遅くまで続き、また朝早く出勤する。 その一方で…週末はというと… 「春原、左走り込め〜！」 「おうっ！」 中学時代のサッカー仲間の紹介により、地元のサッカー同好会に 加えてもらうことになった。 「おにいちゃん、がんばれ〜！」 芽衣も試合となると、必ず応援に来てくれる。 最近の芽衣の顔がにこやかになった…気がする。 やはり、あの夢のように…僕がサッカーをするところを観たかったのだろうか？ どっちでもいい… 結局は芽衣の笑顔が見れればそれで… ずさーっ… 「おい、こら…何やってるんだ春原、そこでボール取られたら、 相手に決定機を与えるだけじゃねぇか…」 相手のタックルに気付かず、あっさりボールを取られてしまった。 「大丈夫、僕がいれば何点でも決めてやるさっ！」 社会人は大変だけど、僕は今…多分充実している。 （おわり） …ってことで、ヘタレじゃない春原のＳＳです。 勘の良い方はこのＳＳをいつ書きはじめたか、バレバレですね。 ごめんなさい、去年はコミケで力尽きていたのですヨ… そんなわけで今年も宜しくお願いします。 ２００６．１．４ まんどく |