平凡な日曜の朝食時の一コマ。
藤ねえがまさに飢えた虎さながらに食事を掻き込み、それをイリヤが呆れ顔で眺めながら食後のお茶を飲んでいる。藤ねえに比べれば地味ながらも、桜が皆よりも二周りでかい茶碗、一般的には丼と言われる食器に、ご飯を山盛りによそおいながら黙々と箸を動かしている。
そして、何よりもセイバーが今日もコクコクと頷きながら、噛締めるようにゆっくりと食事をする、そんな変わらない日常の一コマ。
―――――だったはずだったんだ、この瞬間までは。
「シロウ、今日から私の昼ごはんの用意は必要有りませんから」
その告白は、５杯目のおかわりをよそった茶碗を受け取りながらの、セイバーの言葉からはじまった。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
思わずフリーズする。
「シロウ、どうかしましたか？」
空になった５杯目の茶碗を渡すセイバーの声にハッとする。
「いや、一瞬幻聴が聴こえちゃってさ。セイバーが昼ご飯いらないなんてまさかなぁ。
相当疲労が溜まってるのかな？」
実際ここ最近の士郎は、聖杯戦争以前の３倍は、ハードにバイトに励んでいたのだ。
それにしたって、セイバーが『ご飯はいらない』なんて、俺がバーサーカー相手に腕相撲で圧勝するよりも有りえないよなぁ、ホント。
「ええ、今日の昼食は必要無いと言いましたが・・・」
「・・・・・・・・・ええええええ！！！？セイバー、わかってるのか？
昼食いらないと言うことは、お昼ご飯は食べられないと言うことなんだぞ！！？」
「シロウ、当たり前じゃないですか」
呆れ顔のセイバーには申し訳ないが、こっちの混乱はそれこそ青天の霹靂だ。
どっかの埋葬機関の人が、カレーじゃなくてスパゲッティを食べているくらいに、有りえない事態だ。
ほら、食卓を囲む他の皆も、眼をパチクリさせているじゃないか。
「セイバーちゃん、食欲無いの？」
自身は、５杯目のおかわりを掻き込みながら心配そうな藤ねえ。
いや、セイバーはもう７杯目を食べ終わろうとしてるんだが・・・
「何処か、外に食事にでも行くの？」
イリヤの質問にも「いえ、シロウの食事が私には一番好ましい」なんて、嬉しくなる返答をしている。
「じゃあ急にどうしたって言うんだ、セイバー？」
「シロウ、最近少しやつれましたよね」
「ん？そうだな、少し痩せたかもな」
「それに、毎日遅くまでアルバイトに励んでいます」
「それが、どうかしたか？」
「シロウは毎日私に美味しいご飯を食べさせてくれます。
その上、家計を賄うために今まで以上に厳しい仕事にも励んでいます。
にも拘らず、シロウのサーヴァントである私が無為徒食に甘んじるわけには行きません」
「だからご飯を一食抜くんですか？健康に悪いですよ」
「いえ桜、ただ、食事を抜くのでは有りません。
私も仕事をして、少しでもシロウの力になりたいのです」
「セイバーちゃん、何て偉いの！！どこかの、悪魔ッ娘とは大違いだわ！！」
「そういうことはね、タイガもシロウにちゃんと生活費を納めてから言うべきだと思うわ」
うむ、イリヤ良い事言うなぁ。
藤ねえもちょっとっでも良いから、生活費納めて欲しいぞ。
ただ、それとセイバーが働くことは別だ。
「セイバー、そんな事気にしなくていいぞ。
俺はセイバーを自分の家族だと思ってる、家族を養うのは当然のことだ」
「そうだよ、士郎が言うとおりだよ」
「いや、藤ねえは頼むから食費を入れてくれ。マジで」
「ええ〜〜！！差別だ差別だ！！」と、抗議をしてくる虎は無視。
「それに、セイバーは掃除や洗濯をやってくれてるじゃないか。
それで俺は十分助かってるし、それも家事って言う立派な仕事だろ。
その分、外で俺が金を稼いでくる。何も問題ないだろ？」
何故か顔を赤らめているセイバーと、笑顔なのに威圧感抜群の桜、あからさまにムーッとした顔をしているイリヤ。
「それってさぁ、士郎が旦那様で、セイバーちゃんが若奥さんみたいだね」
「バ、バカ！何言ってるんだ藤ねえ」
「新婚さんてことは、裸にエプロン着るの、セイバー？」
『イリヤ、何処でそんな歪んだ情報を仕入れてきたんだ？』
思わずセイバーとの新婚生活を頭に浮かべてしまい、顔が熱くなる。
いや、決してイリヤの発言を真に受けたんじゃないぞ、多分。
「と、とにかくですね、リンとも相談して既に採用が決まっているのです」
セイバーも同じような事を想像したのか、顔が真っ赤だ。
そんなセイバーの照れ顔が、ますます士郎の脳髄を刺激する。
そう、益々照れながら裸エプロンをするセイバーの姿態が脳裏に鮮明に・・・。
「それじゃあ、もしかして今日から働き始めるんですか？」
「ええ、リンに相談したところ、シロウにはどうせ反対されるだろうから、当日になるまで黙っておいた方がいい、とアドバイスされていたのです」
「何処で働くの？」
「駅前のアヴァロンと言うファミレスです」
「なんで、ファミレスなんです？姉さん」
「だって、あそこ制服が凄く可愛いんだもん」
「セイバーちゃんは可愛いからきっと似合うよ」
「タイガは、絶対に似合わないけどね」
・・・なんだなんだ、妄想に浸ってる間にセイバーが仕事するのは確定路線ですか？
兎にも角にも、藤ねえまで乗り気だし、いつのまにか遠坂まで来てるし、こうなったら俺がいくら反対したところでどうにもならないだろう。
それに何よりも・・・・・・自分のために何かをしたいと言ってくれる、そんなセイバーの気持ちが他の誰よりも、衛宮士郎自身が嬉しかったんだから
―――――初めから勝ち目なんて、なかったのかもしれない。
Wor"King Arthur"
〜働け！騎士王〜 （作：魔術師）
夜、恒例の深夜の鍛錬を土蔵で行う衛宮士郎、しかし、全く身が入らない。
それと言うのも―――――
「ホントあそこの制服可愛いですね」
「うん、セイバーちゃんに良く似合ってたよね」
「そうですか、私は少々恥ずかしいのですが・・・」
盛り上がる女性陣を尻目に、黙々と食事をする士郎。
元々それほど食事中にしゃべらない士郎なので、それ自体は不思議でないが。
「あら、衛宮君、浮かない顔ね？」
「別に、そんな事はない」
ニッコリと笑みを浮かべる凛、その顔は決まって何やら良からぬ事を思いついた顔だった。
「気になる？セイバーのバイトについて」
思わず言葉に詰まる。
気にならないと言えば嘘になる。
「気になるでしょう？すっごく、セイバーの制服姿可愛かったわよ〜
でも、衛宮君は残念ながら、セイバー直々に見に来ないでくれって言われちゃったもんね〜」
そうなのだ、今日昼食を兼ねてセイバーのバイトに励む姿を応援半分冷やかし半分、皆で見物に行ったのだが、士郎だけは来ないで欲しいと言われてしまい、一人、自宅で留守番をしていたのだった。
「あそこの制服、メイドさんちっくなデザインで、本当にかわいいよね。リズやセラにも今度着せてみようかな」
「フリルがいっぱい付いてるのも良いよね。
あーいうの着るとさ、セイバーちゃんってやっぱり美少女なんだなぁって再確認しちゃうよ」
ムム・・・、イリヤや、藤ねえまで。
「でも、ちょっとスカートが短いですよね。セイバーさんには似合ってましたけど」
自覚していたのか、黙々と箸を動かすセイバーだが、頬に朱が注した。
『なにぃ！？ミニスカ？セイバーのミニスカ！！？見たい！！見たいぞ！！！』
遠坂の『してやったり』の笑顔に敗北感を感じるが、それ以上にセイバーの制服姿を見たいという気持ちが勝っていた。
「セイバー、俺も・・・」
「お願いだから、シロウは見に来ないでくださいね。
騎士たる私が、あのようなヒラヒラした格好など、やはり恥ずかしいのです」
「あ・・・」
反則だ、その表情は反則だ。
上目遣いに頬をバラ色に染めて、哀願するように俺を見つめる視線。
そんなかわいいセイバーの「お願い」に、衛宮士郎が逆らえるわけがない。
セイバーの先制の牽制を受けて、言葉を飲み込まざるを得なかった。
正直、見に行きたくて仕方がない。
そんな自分の気持ちに蓋をする。
-------翌日
帰りの準備をしている衛宮士郎の鼓膜を叩く「アヴァロン」という単語。
思わず耳を澄ます。
「なんでも、アヴァロンにものすごくかわいいウエイトレスが入ったらしいぞ」
「マジで？」
「しかも、金髪碧眼だってさ」
「じゃあ、放課後さっそく行こうぜ！！」
『ック。未練なんかはない』
気にしていない、何も聞いていないと自分に言い聞かせ教室を後にする。
--------翌週
「衛宮殿、聞き申したか？」
相変わらずの口調の後藤君に何気なく聞き返す。
「アヴァロンに金髪碧眼の美少女がアルバイトしているって話でござるよ」
ピクリ、と反応してしまう我が身が悲しい。
「・・・知らない、知っているはずがない」
「なんで、血涙を流して、唇から血が滴るほど噛締めてるでござるか？」
「泣いてなんかいないやぁぁぁぁぁぁぁぁい」
---------翌月
一月も経過すれば、もう周りの噂なんて気にならない。
鉄だ、俺の心は鉄でできてるんだ！！
「衛宮最近、なぜ休み時間や放課後の度に生徒会室に逃げ込んできているのだ？」
「ははは、なんでもないさ」
「ところで、衛宮、セイバーさんはアヴァロンとか言う店でバイトしてるのだな」
「ブルータス、お前もか！？お前もなのか！！！？
お前だけは、ホモのお前だけは、俺をその噂からそっとしておいてくれると思ったのに！！」
「誰がホモだ！？」
「いつも、『女色絶つべし、喝！！』とか言ってるくせに・・・！！
噂に踊らされて美少女見物に行くなんて・・・今まで、俺のことを弄んでたのか！？」
「いや、衛宮落ち着け。
噂とか弄ぶとか、良く意味がわからないのだが？」
「だから、学校中で噂になってる、アヴァロンでバイトしている金髪碧眼の美少女の見物に言ったんだろ？
お前だけは、そんな俗世に毒されるはずがないと信じていたのに・・・」
「そんな噂が流れていたのか・・・。安心するがいい、衛宮。
俺は、誘われてたまたま行った店で、仕事中のセイバーさんに出会っただけだ」
一成のきょとんとした顔を見たところ、本当に偶然のようだ、取り乱して悪いことをした。
「なるほど、そんな噂が流れていたのか。合点が行った。
急に綾子が行ってみたいというから何かと思っていたが・・・」
納得したような一成の独り言に、何やら聞きなれない人名が・・・
「待たせて悪かったな、一成・・・と、衛宮も居たのか」
「何、気にすることはない。最近、少々様子がおかしかった衛宮の、心労の原因も知ることができて、有意義な時間だった」
「そうか、それは良かった。じゃあ行こうか一成」
「今日はどこに引っ張りまわされるやら・・・」と、愚痴りながら立ち上がり、呆然とする士郎に振り向く一成。
「それではな、衛宮」
「衛宮、あんたの彼女、すごいね。ネットで火がついたのか、学校中どころか町中で噂になってるみたいだよ」
取り残された生徒会室で、美綴の言葉に、一人呆然とする。
まさか、セイバーが町中で噂になっているとは・・・。
むしろ、ネットで火がついたとなると町中ではすまないかもしれない。
そんなセイバーを放ってはおけない。
そう、正義の味方として！！
決して、自分だけがセイバーのミニスカウエイトレス姿を見てないのが悔しいなんて理由なんかじゃないぞ。
誰かを救いたい・・・その思いは決して間違いなんかじゃないから・・・。
「なあ、親父・・・」
瞼の裏の切継も親指を立ててＧＯサインを出してくれた。
--------翌日
幸い今日は日曜日、しかも、今は正午と昼飯時、つまりレストランが最も混雑する時間だ。
これならセイバーにばれる確立も減るだろうと、セイバーの働くアヴァロンに向かう。
「うわぁ・・・」
思わず感嘆が口から漏れる。
店の周囲に人垣ができている。
ホントは千葉にあるくせに東京を自称する、ネズミーランドの乗り物待ち顔負けだ。
いや、どっちかと言うと、有明で行われる某イベント会場のような雰囲気と言えるかもしれない、客層的に。
いや、どっちも行った事ないけど。
セイバーにばれないように変装して、なおかつ一番混雑するであろう時間を見越してきたが、これは正直予想外だった。まさか、入店するだけで３時間待ちとは。
くたびれ果てて通された客席に座り、水を一気にあおる。
「お疲れ様です」
笑顔ですぐに水を注いでくれるショートカットの少女。
「いつもこんな感じなの？」
「ううん、ここ最近よ、こんなに忙しくなったの」
「あ、呼びかけてゴメン。仕事、忙しいに決まってるよな」
何と言っても入店するだけで３時間待ちなんだから、戦場のような忙しさだろう。
「それがね、忙しいのはね、あの子だけなのよ。
お客さんの目当てはその子だからね、私たちはどっちかと言うと暇なくらいなの」
「楽だから良いけどね」と、ペロっと舌を出して悪戯っぽく微笑むこの子も相当かわいい。
バストを強調するような制服のせいもあるが、哀しいかな、衛宮士郎も男の子、どうしても眼が胸に行ってしまう。
「お客さんも、あの子が目当て？」
その子の視線を追うと、店中を忙しそうに動き回るセイバーが居た。
なるほど、同じデザインなのに着る人によってイメージが大きく変わる。
目の前の少女が着るとどちらかと言うとセクシーなこの制服も、セイバーが着るとかわいい感じだ。
「そうみたいね」
哀しそうに溜息をつかれると、士郎としては申し訳ない気持ちになる。
「いや、でも、貴女もかわいいと思います」
と、思わず口が滑る。言った後に真っ赤になってるあたり、本人も迂闊な自分の発言を大いに恥じているのがわかった。
気まずさと照れくささが混ざり合ったような沈黙を破るように店にざわめきが起こる。
「あ、『王様』が来たみたい」
僅かに、頬を赤く染めたまま少女は苦笑した。
「我を待たせるとは良い度胸だな」
どこかで聞いたことがある声と共に、ライダースーツを身に纏った金髪の青年が店に入ってきた。
奥から店長らしき男が出てきて頭を下げている。
そして、男と共に士郎のテーブルまでやってきた。
ちなみに、士郎の目はその青年に釘付けだ。
「貴様に我と席を同じくする名誉を与えよう」
そう言うと士郎の向かいにドカリと座り、長い足を持て余しげに組んで座った。
「この人、常連なの。ちょっと変わってるけど我慢してね」
いや、変わってるなんてものじゃないだろう、こいつは。
しばらくして、先ほどの店長らしい男が現れる。
「これはこれは、お客様、本日もありがとうございます」
「うむ、いつも通りのメニューを持って来い。
もちろん、セイバーに運ばせるのだぞ」
しばらくして、すごい量の料理をセイバーが運んでくる。
近づいてくるセイバーの視線を避けるように、窓の外を眺めながら、その姿を盗み見る。
相当忙しく働いているにもかかわらず、汗一つかかず、その高貴さも損なっていない、さすがは英霊だと感心してしまう。
噂どおり短いスカートから伸びる白い足と、僅かに曝された太ももが眩しい。
「お待たせしました、お客様」
無表情に一礼するセイバーに
「我は客だぞ、もう少し愛想を振りまくべきではないかな、騎士王よ」
と、からかう様なギルガメッシュ。
「早く食事を済ませて帰りなさい、英雄王よ」
刺すような視線でギルガメッシュを睨むも、格好が格好だけにどうにも凄みが出ない。
それを自覚しているのか、セイバーの顔は羞恥に染まっていた。
「ククク、我はこの店の常連。大事な客に対し、そのような事を言っても良いのか？
客をもてなすのが仕事であろう？なあ、店長よ？」
「セイバー君、ギルガメッシュさんに失礼なことを言ってはだめだよ。
何て言っても彼は一ヶ月間毎日欠かさずこの店に通っては、全品物を注文してくれる常連中の常連なんだからね」
「お前、通いすぎだろ！？」
突っ込みたいが、突っ込んだらセイバーに正体がばれてしまう。
「アリガトウゴザイマシタ」
悔しそうに唇をゆがめて、極めて機械的に頭を下げてギルガメッシュの元を離れるセイバー。
「どうだ、雑種？あの騎士王が屈辱に耐える姿は。美しいとは思わないか？」
ギルガメッシュは誰に話をかけているのかと辺りを見回す。
「どうした、雑種。王たる我の質問に答えないとは無礼であろう？」
・・・まさか、この俺の完璧な偽装を見破ったとでも言うのだろうか、さすがはすべての英雄の頂点に立つ英雄王だけはある。
「さすがだな、ギルガメッシュ。この完璧な偽装を見破るとは」
「なに、それは変装だったのか？その鼻眼鏡、てっきり、罰ゲームだと思っていたが」
なにか、哀れみの視線で見られているのは非常に悲しい。相手が、こいつだけに一入だ。
「それよりも、お前常連なのか？」
「ああ、ここ一月、毎日通っている」
「なんでさ？」
フッ、と気障っぽく笑い「わからないか？愚か者め」と、見下すように眼で尋ねた。
「それはな、ここに来れば・・・セイバーと会話ができるからだ」
「は？」
「ここに来れば、セイバーと会話ができるからだといっているだろう。
街中で会っては避けられ、家に訪ねてはエクスカリバーで問答無用で攻撃され、電話をかければ着信拒否だからな」
さすがに同情してしまう。
そこまで徹底的に嫌われているとは・・・。
同じ男として、何か慰めようとして言葉を捜さずにはいられない。
「まったく手がかかる女だが、その照れ屋な所もまた愛い奴よ」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・違う意味で同情した。
さてと、と、さらに手元のベルを押す。
「まだ食べるのか？」
目の前には、既にテーブルに乗り切らないほどの料理の山があるのに。
「取って置きの注文があるのだ」
客としてきているギルガメッシュを、しかも一番のお得意様であるために邪険に扱うことができないらしく、セイバーが死ぬほど嫌そうな顔で注文をとりにくる。
ギルガメッシュの店長を呼んで来い、と言う注文に首をひねりながらも、大人しく言いつけに従うセイバー。
「店長よ、買いたい物があるのだ」
「ご注文でございますね？」
セイバーも店長も、かく言う俺も、何でわざわざ店長を呼んだのかと首を傾げる。
「この店を買うぞ」
ギルガメッシュの言葉に俺たちだけでなく、店全体がしーんとした。
次いで笑い声。
そう、普通に考えればただの冗談に過ぎないこの発言、店長も含め皆が笑う中、たった二人、俺とセイバーだけは笑えなかった。
「いくらだ？」
「そうでございますね、３億円ほどですか」
冗談だと思っているから、店長もまた嘘みたいな数字を言い出す。
実際、当然だが、土地ごと買い取ったところで３億もするわけがない。
「わかった、買うぞ」
そう言って、いきなりアタッシュケースを取り出しテーブルの上に並べる。
店中の人間が目を白黒させている。
恐る恐るケースを開くと中には札束が唸っていた。
どよめき、次いで、沈黙。
それはそうだ、突然、３億もの大金を、駄菓子でも買うかのようにポンと支払うギルガメッシュに度肝を抜かれない人は居ない。
「３億では不足だったか」
相手の反応を不満と取ったのか、王の財宝からさらにアタッシュケースを取り出し並べる。
総額、５億は下らない金額が目の前にある光景は、現実感を失わせた。
「あ、貴方は何を考えているのです」
不可視の剣を取り出す。
風王結界から巻き起こる風がセイバーの制服をはためかせ、思わず店中の男の視線が集まる。
「騎士王よ、これは正当な取引を持ちかけているのだがな、それを邪魔する権利は誰にもないはずだ。
なあ、雑種、貴様もそう思うだろう？」
「え？」
セイバーのミニスカートに集中していたために話を聞いていなかった士郎
「我がこの店のオーナーになれば、今よりもさらに５センチ、スカート丈を短くすることを約束しよう」
右手に干将、左手に莫耶を握り、翼を広げるような構えでセイバーとギルガメッシュの間に立ちはだかる。
無論視線は外さない。
少しでも視線を外せば絶望的な結果になりかねない。
そう、視線はあくまでセイバーのスカートに固定されている。
「セイバー、正義の味方を目指すものとして、正当な取引であるこれを邪魔するわけには行かない」
そんな、士郎に店中の男から声援が起こる。
そう、今、士郎は確かに彼が目指した正義の味方になったのだ。
この店の客、すべての期待を一身に受けた、誰からも望まれる『正性義の味方』に。
心は萌で出来ている
いつもはブルマで、たまにはスク水
幾たびの妄想を超えて腐敗
ただの一度も犯罪もなく
ただの一度の実現もなし
担いてはここに独り。
夢の丘で妄想に浸る
ならば、我が生涯に意味は不要ず
この身体はきっと無限の妄想で出来ていた
みんなの歓声を一身に浴びる士郎に、物凄い悪寒が脳髄から這い上がってきた。
目の前のセイバーがプルプル奮えている。
「シロウ・・・」
柔らかい微笑み
「私は、恥ずかしいから、ここには来ないでください、と伝えたはずですよね」
優しい声
「その上、少しでも貴方の助けになりたいと、恥ずかしいのを我慢して働いている私の横で、あろうことか、他の女性とイチャイチャと・・・」
不可視の剣に魔力の奔流が巻き起こる。
「挙句の果てに、ギルガメッシュの味方をするのですか？そうですか・・・」
セイバーの剣に充填された魔力が集約される
約束された-------------
あとは、真名を紡ぐだけ。
それだけで、猛々しい魔力の塊が、シロウに向かって迫るはずだった。
それを覚悟し、身を硬くする士郎。
「・・・・・・・・・・・・もう・・・・・・、いいです」
いつまでたっても訪れないエクスカリバーの衝撃に疑問を感じ、瞳を開いた士郎の眼に飛び込んだのは、剣を投げ捨てて、店から走り去るセイバーの後姿だった。
その横顔は涙に濡れ、唇は何かに耐えるようにキュッと結ばれていた。
「セイバー・・・。俺は・・・」
セイバーが泣いていた、あの、バーサーカーにすら屈しなかった、あのセイバーが泣いていたのだ。
しかも、泣かしたのは他ならぬ自分、衛宮士郎本人だ。
幸せにしたかったのに。
国のために、他の誰かのために、がんばったあいつを幸せにしてやりたかったのに・・・。
浸っている士郎に店中の客から物が投げられる。
それはそうだろう、皆のアイドル、セイバーを泣かしただけでも許せないのに、ラブラブな様まで見せ付けられたのだ。
先程までの期待や信頼から、嫌悪や怒りへ。
士郎の心には、その裏切りに対する怒りはない。
「あいつも、似たような気持ちだったかもな・・・」
衛宮士郎の理想の果てに死んだ赤い騎士。
今の士郎は、救おうとした人達から裏切られ殺されたアーチャーの最期とかぶって見えた。
「一緒にするな」
皮肉気な突っ込みはこの際無視する。
「待ってろ、セイバー」
脇目も振らず、セイバーが投げ捨てた剣がお約束のように刺さっているギルガメッシュなんて当然気にすることもなく、衛宮士郎はセイバーの姿を求めて走り去った。
『きっとあそこに居るはず』
予知にも似た確信。
一秒でも早くセイバーを見つけたくて、必死で足を動かした。
それでも、予想通りそこで風に身を任す少女の姿を見つけたとき、思わず安堵の笑みがこぼれた。
「ゴメンな、セイバー」
いつかの喧嘩別れした時と同じく、少女は少年の接近にも気がつかず、風景を眺めていた。
「気がついたらここに居たんです」
その眼は風景を見ていなかった。
見ていたのは、もっと別の物。
「俺も、何となくセイバーがここにいる気がしてた」
セイバーの横に並び、同じように橋の向こうに眼を凝らす。
「どうしてそう思ったんです」
「なんとなく、だよ」
眼に映るのは夕焼けの街
「セイバーこそ、どうしてここに居るのさ」
「なんとなく、です」
『あの日』は、夕焼けの中、喧嘩別れになった。
士郎がそっとセイバーの冷たい手を握った。
「俺を許してくれるか？」
「あったかいですね、シロウは」
強く繋がった掌から流れてくるセイバーの気持ち。
「ごめん」そう言おうとした士郎の唇にセイバーの指が触れた。
「あの時、シロウが謝らなかったように、私も謝りません」
着ていた上着を脱ぎ、セイバーの肩にかけた。
だいぶ暖かくなったとはいえ、夜は冷える、まして橋の上はいっそう寒かった。
「シロウの匂いがします」
ぶかぶかの上着に愛しそうに身を包むセイバー。
「ゴメン、汗臭かったか。走ってきたからな」
相変わらずの士郎の言葉にセイバーは微笑を返す。
「いえ、私の大好きなシロウの匂いですよ」
その表情があまりにもかわいかったからだろうか。
士郎の無骨な手がセイバーの顎に当てられた。
セイバーは僅かに顔を上げ、その長い睫毛を静かに伏せた。
何度接吻を交わしても決して慣れる事はない。
繰り返すたびにセイバーの胸は高く鳴り響く。
それは、士郎の不器用な、でも深い想いと優しさに満ちた唇が触れるまでいつまでも続く。
期待という言うよりは不安に近い感情。
眼を開けばそこは戦場で、自分は未だ王の責務に囚われているのではないかと。
今この瞬間さえも、戦場で見る、アルトリアと言う少女の残した、泡沫の夢なのではないかと不安になる。
その不安を打ち消すような、力強い口付け。
触れるだけのキス。だが、それはどんなキスよりも深くアルトリアの心に染み入った。
「セイバー、でもやっぱり、あのバイトは辞めてくれないか」
「どうしてです？」
「セイバーは・・・、いや、アルトリアのこんなかわいい格好はさ、俺だけのものにしたいんだ」
「そうですね、マスターがそう言うのならそれに従いましょう」
サーヴァントとマスター、その関係を嫌う士郎は渋い表情を見せた。
そんな士郎の手を引いて、ゆっくりと歩き出す。
いつの間にか、日は沈み、空には星が瞬いていた。
「でもですね、シロウ。
心配しなくても、アルトリア
はいつでも貴方だけのものなんですよ」
振り向いた二人に月の光が降り注ぐ。
それは、まるで、あの運命の夜のよう
月の下、目の前で微笑む少女
は、出会いの夜の少女 よりもいっそう魅力的に輝いていた。
あとがき
まずは、茜屋さま。お待たせいたしました。
そして、不完全真空地帯ファンの皆様。
はじめまして＆こんにちは。
ちなみに、これは我がサイトで行われた『他力本願時U』と言う企画に、すごいペースで絵を送ってくれたことに対するお礼ＳＳなんです。ですから、元ねたは、茜屋さんからいただいた、Pi○キャロ風の衣装を身に着けたセイバーだったわけですよ。
６月いっぱいの企画のお礼が１０月かよ。
一方的にＳＳ送る約束して、こんなに遅く届くんじゃ嫌がらせ以外の何物でもない・・・、。
しかも、ギャグも書きたい、ほのぼのも書きたいと欲張ったせいで支離滅裂な感じになっちゃいました。
う〜ん、力量不足。
何はともあれ、これがあまりの下手ッピさに闇に葬られないように祈るだけです。
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