「うぅ、ぴんちなのだ」 陣内美緒は追いつめられていた。 「美緒ちゃん、健康な生活を送るためにぃ予防接種は大事なのよー」 「そうですよ・・・えっと陣内さん。痛くしませんから、ねっ」 悪意などどこにも見あたらない優しい笑顔を浮かべた海鳴大学病院・医師フィリス矢沢は注射器を、同様に愛情のこもった優しい笑顔を浮かべた槙原動物医院・院長槙原 愛は患畜捕獲用の網を手にして部屋の壁に張り付いた美緒に迫っていた。 ダッシュ！美緒は一瞬の隙をついて逃げだそうとするが走っても前に進まない。まるで宙に浮いているかのように。 「フィリス先生に御一緒にって頼んだの正解でしたね。美緒ちゃんこーんな小さなころから三種混合ワクチン、人用も猫用もずっと逃げ続けてたんですよ」 お腹のあたりで手のひらを横に振りながらあははーっと笑って愛さんが言う。 実際浮いていた。フィリス先生の仕業である。 「・・・そうですか槙原さん、そっちも一緒に混ぜ込んで６種類ですね・・・さっさと打っちゃいましょう」 「注射なんて嫌いなのだ。やーだー、こーすけー助けてー」 「はい、それじゃこの大きな注射器でー」 愛さんが持ってきたと思われる大患畜用の大きな注射器をフィリス先生はさくっと美緒に注射した。 美緒の毛が逆立つ。それはぷすーっと音が聞こえたような気がするほどあっさりと豪快に注射された。 「後は・・・よく揉んでおきましょうね。マッサージも兼ねて。あら・・・とってもナチュラルでしなやかないい筋肉♪でも・・・ちょっと使いすぎかな？あら、ここも、ここも♪」 ごき、ぼき、みき...美緒の体のあちこちから怪しげな音がする。 「あの、フィリス先生、ちょーっとやりすぎなんじゃ」 愛さんがさすがに止めようとしたがフィリス先生は悪意が無い分容赦も無かった。 美緒はその日、出迎えた耕介に背負われてさざなみ寮の玄関をくぐった。 耕介はぐったりした美緒から過去に覚えのある殺気を感じたと後に語った。 次の日 〜♪休み時間のフィリス先生はご機嫌だった。 「・・・今日こそ触らせてもらうんだ。もうひと月も餌あげてるんだからー・・・」 病院の裏手に現れる子猫。最初は餌を置いて遠くから眺めるのが精一杯だったが、彼女の努力は徐々に実を結び先週からとうとう１メートル位まで近寄れるようになったのだ。 小さくガッツポーズをして猫缶とこの日のために用意したささみジャーキーの袋を持っていつもの場所に向かったところ...近くの茂みの中から... 「よいか、あの女にだけは懐いちゃだめだぞ、すごく痛い目に遭わされるのだ」 美緒だった。 にゃー。たくさんの猫の中、１匹の子猫が反対しているようだ。 「なに、毎日餌をくれる？あいつを懲らしめたら私がバイト先で猫缶買って来るから」 にゃーにゃー。他の猫たちは買収されたようだ。 「よし、Ｇo！」 フィリス先生が猫を探してきょろきょろしていたところ、目の前にいつもの子猫が現れるが 「えっ、なに、きゃーーーっ」 美緒の手下の猫たちが一斉に襲いかかる。フィリス先生と子猫は為すすべもなく猫の波に飲み込まれていった。 数分後、美緒が大量の猫を引き連れて歩いてる。 「よしよし、みんなーご苦労だったのだ」 美緒は猫たちの戦利品である（フィリス先生持参の）猫缶を開けてやりながら 「よいか、あの女を見つけたら必ずパンチの一発でも食らわすのだぞ」 美緒は上機嫌で猫達を従えてバイト先に向かっていった。 津波のような大量の猫に襲われて地面に突っ伏したぼろぼろのフィリス先生は気が遠くなる瞬間ー 「初めて猫にさわっちゃった♪」 フィリス先生の意識はそこで途絶えた。 しばらくして通りがかりの患者に発見されたときは顔に笑みを浮かべていたとかいないとか。
更に次の日 あちこちに絆創膏を貼ったフィリス先生は病院の裏庭にやってきた。 子猫を見つけて小走りに寄ると子猫はけがをしていた。 子猫に手当をしようと近寄るが子猫は逃げようとする。半べそのフィリス先生は 「えーなんでー・・・昨日はあんなにたくさんさわれたのに・・・」 あれはさわれたんじゃありません。 「もう・・・しかたないなぁ・・・」 背中に３対の羽がきらめくと子猫は腕の中に収まったが、よっぽど驚いたのだろう子猫は目を丸くして必死に逃げ出そうと暴れている。 「ああ、いたた・・・お願いだからじっとして」 そのとき病院の表の方から声がする 「フィリスー、レンと恭也が来たから、ちょっと紹介・・・」 「・・・あ、フィアッセ・・・？ご、ごめん、いまちょっと、手が・・・ああああいたた、いたたた」 子猫と一緒にじたばたするフィリス先生を見た緑色の学年色の制服を着た関西弁の少女が子猫を手に取り見事にあやしつける。 「・・・わ、すごい」 子猫を治療しようと手を伸ばすと、子猫はじと目でフィリス先生を睨んでいるように見えた。 「ううっ・・・怖がらせちゃったかなぁ・・・」 治療を終えたものの、子猫はぷいっとよそを向いてしまった。どうやら自分を慕ってくれていた海鳴で唯一の猫の信用まで失ってしまったようだ。 これ以後フィリス先生は通りすがりの見知らぬ猫にまで襲われるようになったとさ。 おしまい。 投票所のフィリス陣営の話題（お題）「何故に猫がなつかないんでしょうか」で、美緒の陰謀？＞嫌がる美緒に注射を打った事があるとか？＞美緒に注射打つのは愛さんじゃなくてフィリス先生でしょう＞注射はむしろ両方の病気をやらないといけない気も。って流れから思いつきなんとなく書きました。 いかがだったでしょうか（汗）初めて書くＳＳです。フィリス先生より美緒が主役っぽいですな。なんのひねりもない、お粗末でした。 注釈 人用三種混合ワクチンはジフテリア、破傷風、百日咳で、猫用三種混合ワクチンは猫汎白血球減少症、猫伝染性鼻気管炎、カリシウイルス感染症です。 美緒に猫用は要らないと思うけど。 あぁっ美緒ファンを敵に回してしまった（爆） |
（作：matuSUBARU）