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４月上旬 昼 さざなみ寮 台所 「ふぅ………」 溜息をつきながら、冷蔵庫から飲み慣れたビールではなく、清涼飲料水のペットボトルに手を伸ばす女性が一人。 漫画家『草薙まゆこ』こと、仁村(槙原)真雪である。 いつもなら、仕事が終われば酒を飲むのが常に等しいのだが、何故か今日はビールではなくペットボトルの清涼飲料水を飲もうとする。 すると、後ろから……… 「あれ、真雪〜どした？」 のんびりした声と共に、管理人で真雪の夫の槙原耕介が近づいて来る。 「ん〜、仕事終わったから、何か飲もうと思ってな」 「そっか…あれ？、ビールじゃないの？」 いつもならビールを飲むのに、ペットボトルを手に持っている真雪に耕介が聞く 「ああ、いや、ちょっとな………」 「………？」 耕介が頭上に疑問符を浮かべながら首を傾げていると 「しばらく、酒とタバコ控えようかと思って………な」 「………………………………………………………はい？」 真雪の言葉を聴いた瞬間、耕介の思考は止まった。 「おい、こーすけ、こーすけってば！」 「……え、な、何？」 真雪の言葉に思考が止まった耕介は、真雪が何度か呼んでようやく反応する。 「何？はこっちの台詞だよ」 「い、いや、珍しくて、一瞬思考が………」 「お前……それ、結構失礼だぞ………」 少し怒りを含ませた声で真雪が耕介に詰め寄る。 「い、いや、その…だって、今までそういうのなかったから………何かあったの？」 詰め寄られて、少し引きながらも真雪に訊ねる。 「ん………ああ………」 顔を少し俯かせながら、真雪が何か言おうとした時。 「耕介さんーーーっ！」 外から愛の耕介を呼ぶ声が聞こえた。 「ん？どうしたんだろ、ごめん、真雪、とりあえず後で聞くよ」 「え、あ、ああ」 「愛さーん、どうしましたーー？」 そう言いながら、耕介は外へ出て行った。 残された真雪は……… 「ふぅ……どーすっかな…」 そう呟きながらペットボトルの中身をコップに注いで、自分の部屋へ戻っていった。 食堂 夜 夕食の時間、いつもならテーブルの上にはビールの缶が何本か乗っている筈なのだがそれがなく、 少しテーブルが広く見える中で食事を取る面々。 「真雪さん、今日はビール飲まれないんですか？」 何時もあるはずのビール缶が無い事を不思議に思った愛が真雪に訊く 「ん？………ああ、しばらく酒とかタバコ、控えようかと思ってな」 真雪がそう言った瞬間… 「「「「えええええっーーーー！？」」」」 耕介以外の全員が、驚きの声を上げた。 「………何だよ、そんなに驚くことかよ」 少し不機嫌な様子で、真雪が皆に言うと、 「だって、真雪さん、今まで禁酒とか禁煙とかした事無かったじゃないですか」 真雪の言葉に、愛が返す。 「それにしても、何でまたそんなつもりになったのだ？」 驚きながらも早めに冷静になった美緒が訊く。 「あ〜？…この前病院行ったら、医者に釘を刺されたんだよ」 さも不愉快そうに、茶碗の中のご飯を食べる 「まぁ…いいことなんじゃないかな、特に真雪には体のためにも」 「そうですよね、でも無理に抜こうとすると難しいですから、少しずつでいいと思いますよ」 リスティの一言に愛が賛同の意見を言った。 「ああ、そーするよ…ごちそうさん」 そう言うと、真雪は早々に部屋に引き上げて行った。 「………………にしても、真雪が禁酒禁煙ね…」 真雪が居なくなってから、リスティがそう呟く。 「今まで、禁煙しなさいとか言われても突っぱねてたから、珍しいと言えば珍しいんだけど。 …耕介さん、何か聞いてます？」 「いえ…何も聞いてませんね…この前、体調が悪いって言うんで病院には連れて行きましたけど …その時も大した事ないとしか……」 少し不安そうに、耕介は愛の質問に答えながらドアの方を見ていた。 深夜 真雪の部屋 「あ゛〜〜、どうすっかなぁ………」 唸り声のような声を上げながら、ベッドにぽすんと倒れ込む。 「はぁ〜、言うタイミングを逃した……台所の時にさっさと言えばよかったぁ〜」 悔やむような口調で、愚痴をもらしながら机の上の書類を見る。 「う〜………少し飲むか………」 タバコに手を伸ばそうとして、それを止め机の下の酒瓶を取ろうと、立ち上がる。 すると………コンコンッとドアをノックする音が……… 酒を取るのを後にして、ドアを開けると 「耕介？」 そこには、酒瓶を持った耕介が居た。 少し前 台所 ぐつぐつと音をたてる鍋を見る耕介がそこに居た。 「………………はぁ…真雪、どしたんだろ…」 頭に浮かぶのは、様子がおかしい真雪の事ばかりである。 そうこうしている内に、鍋がぼこぼこと音をたてはじめた。 「っと………いかんいかん」 音に気づいて火を止める。 「これで、明日の下ごしらえは終わりっと」 明日の準備を終わらせて、その場に立ったまま少し考える。 （真雪、まだ起きてるかな……起きてるなら、少し一緒に飲むかな……いきなり完全に酒断つのは無理だろうし） そう思いながら、自分の部屋に置いておいた少しいい酒の瓶とグラス二つを持って、真雪の部屋に向かう。 （あんま量はないけど、十分かな………） 少し頼りなさげに、サイズの小さい酒瓶を見ながら階段を上がり、真雪の部屋の前に立つ。 「ふぅ………」 少し深呼吸をして、ドアをノックする。 大して待つ事もなくドアが開いた。 「耕介？」 不思議そうな顔をした真雪が部屋から出てきた。 「今、暇？」 耕介がそう訊くと 「え？ま、まぁ暇だけど」 真雪が少しためらいがちに答える。 耕介は笑みを浮かべながら 「ならさ、少し飲まない？」 「あのな…あたし、酒は…」 「抜くって言ってもいきなり抜くのは無理っしょ、愛さんも少しずつって言ってたしさ」 そう言われると、真雪は少し考え込む仕草をしたが 「はぁ…ったく、わーったよ、少しだけな」 しぶしぶと言った様子で、真雪は応じた。 「心配しなくても大丈夫、元から少ししかないから♪」 そう言って、小さい酒瓶を見せる耕介。 「あー、あたしの部屋、まだ仕事終わった時のままなんだ、飲むなら下行こう」 「ん、分かった」 二人は、階段を下りてリビングへ入る。 ソファーに並んで座り、耕介は真雪にグラスを渡して、酒を注ぐ。 そのあと、自分の分にも注ぎ 「じゃ、真雪の仕事終了を祝して乾杯〜」 「…乾杯」 そう言って、お互いがグラスを合わせて音を鳴らす。 「んっ…、いい酒だな、どうしたんだこれ？」 一口飲んで、真雪が聞いた。 「いや、いつも真雪の酒ばっかり飲ませてもらってたから、たまにはね」 「そっか…」 耕介の答えに納得しながら、真雪は頭を耕介の肩に預ける。 「……」 真雪の頭を耕介が撫でる。 「なぁ…真雪………」 「…ん？」 グラスを置いて耕介が真雪に話しかける。 「この前病院で、何言われた？」 「……何が…？」 真雪の声が少し、弱々しくなる 「禁酒禁煙しなさいって、言われただけじゃないんだろ？」 「………………………」 耕介の言葉に黙り込んでしまう真雪。 「…真雪？」 「…………してる………って言われた……」 真雪が小さな声で何か言った。 「…何だって？」 「……だからぁ…………あ゛〜〜〜〜〜っ、もうっ気づけよ馬鹿っ！」 真雪は立ち上がって、大きな声で言った。 「な、何をだよ？」 耕介はまだ分からないと言った感じで答える 「酒タバコやってた女がいきなり止めるなんて言い出したんだから、気づけよっ」 「………………え〜と…まさか…できたの？」 ようやく気づいた様子で、耕介が恐る恐る訊く。 「そうだよっ、そのまさかだよぅ…」 真雪の返事は最初は強く、でも最後は弱々しくなってしまった。 「そっかぁ………」 「…驚かないのかよ？」 予想していたより、反応が小さい事を怪訝に思った真雪が尋ねる 「いや、もちろん驚いたよ、かなりね、でも何であの時言ってくれなかった？」 「あ、あの時は、自分でもなんか信じられなかったから……落ち着いてからの方がいいと思ったんだよ……」 「そっか……でも、とうとう俺も父親になるんだなぁ……」 「あたしも、母親だよ………はっきり言って想像つかないぞ」 そう言うとお互いに黙り込んでしまった。 少しした後、耕介が… 「まぁ、まだ時間あるんだろうし、焦らず行こうよ」 そう言いながら、真雪を抱き寄せる。 「そーするよ……まぁ、仕事も一旦区切りついたしな、ゆっくりやるよ」 そのまま、耕介に背を預ける 耕介は、真雪を背中から抱きしめた体勢で真雪の腹の辺りをさする。 「男か女か…どっちかなぁ」 「さてなぁ…まだ、三ヶ月だから何とも言えないな」 そう言いながら、耕介の手に自分の手を合わせようとする。 「ふ〜ん、なるほどね…そう言う事だったんだ？」 「「なっ！？」」 突如、耕介達の後ろから声が聞こえて、二人が振り返りながら立ち上がると 呆れた顔をしたリスティと恥ずかしそうな顔をした愛が居た。 「あ、愛っ！？」 「リスティも！？」 「何で居るんだ！？って顔してるね、あんな大きな声出してれば、二階のボクとかはまだしも愛には確実に聞こえるに決まってるじゃないか、 まぁ真雪の部屋に耕介が来た時点でボクは気づいてたけど」 リスティが驚いている二人に、自分達が何故居るのかを教える。 「じゃ、じゃぁ………」 「俺たちの会話は………」 恐る恐る耕介がリスティに聞くと 「真雪の、『酒タバコやってた女が〜』って辺りから聞いてたよ」 
「ごめんなさい〜」 楽しそうにリスティが言う横で、愛が申し訳なさそうに手を合わせる。 「あ〜はははは………………」 耕介が引きつった笑いを浮かべる中 「愛、お前まで盗み聞きするなんて………」 「そうは言うけど、真雪はいつもやってることなんだし文句は言えないんじゃないかな」 愛に文句を言おうとした真雪をリスティが止める。 「う〜………」 悔しそうに真雪が唸る。 「まぁ、真雪の普段見ない一面が見れて実に面白かったよ♪」 「リスティ〜、覚えてろよ…」 楽しそうに笑うリスティを、真雪が悔しさを含んだ目で睨む。 そんな真雪をなだめる様に耕介が肩に手を置く。 「まぁまぁ…聞かれちゃったもんは仕方ないって」 「だけどなぁっ…なんか悔しい………」 悔しがる真雪をしょうがないなぁといった様子で耕介がなだめる。 「ごめんごめん、でも楽しみだね、生まれてくるの」 「男の子でも女の子でも、いい子で生まれそうですね〜」 そう言いながら、愛は笑顔を浮かべ、リスティは真雪に近づいて腹に手を当てる。 そんなリスティを耕介と真雪は穏やかな目で見ていた。 了 あとがきのようなもの はい、どうもこんにちわ、またはこんばんわ ネットを彷徨い歩くＳＳ書きの黒崎 浩一です 知ってる方はいつも、お世話になってます〜 初めての方は初めまして〜 今回は、茜屋さんのＨＰ、不完全真空地帯にＳＳを投稿させていただきました 誠にありがとうございます この作品は、先日……って言っても、結構前になりますがイベントで ここに投稿もされている海鳴堂書房の春日野さんの本に送らせていただいたＳＳです 昨日、表紙の絵を描かれたこちらにご挨拶に来てから とある人から指令が下りまして(笑) それに、春日野さんにも根回し済みと言う(汗) まぁ、そんな感じで話がとんとん拍子で進んでこの状況にいたります 私のＳＳで、楽しんでいただけるか分かりませんが この稚拙な文章でも、一時でもいいなって思って貰えたら嬉しいです では、長くなりましたがこの辺で失礼します ここまでお付き合いいただきありがとうございました 感想・ご指摘、お待ちしてます 黒崎 浩一 |