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「耕介さん、お久しぶりです」 久しぶりに休みをとれたフィリスは連休を利用してしばらくご無沙汰していたさざなみ寮を訪れることにしてた。 フィリスは車もバイクも持っていないので、連絡を受けていた耕介がフィリスのマンションまで迎えに訪れていた。 「ああ、久しぶり。それにしても医者って本当に休みがないんだなー」 耕介は苦笑しながらフィリスに挨拶を返す。 「そうですね。でも人の命を左右する仕事ですからしょうがないことですよ」 フィリスも同じように苦笑をしながら答える。 「さざなみ寮に行く前にお茶でもどうですか？」 「じゃあ頂こうかな」 フィリスのマンションからさざなみ寮まではそう遠いわけでもないので耕介もフィリスの誘いを受けて少しのんびりしていくことにした。 フィリスがお茶を淹れている間、耕介はフィリスの生活空間をぐるりと見回してみた。 内装は派手すぎず地味すぎず、時折可愛らしいぬいぐるみがあったりレースのカーテンがかけてあったりと昔からフィリスを知っている耕介は非常にフィリスらしい部屋だなという印象を持った。 キッチンのほうからココアのいい香りがしてきたので行ってみようかなと耕介が体の向きを変えたときに、本棚の上に飾ってある幾つかの写真立てに目が留まった。 それを見た耕介は、一瞬目を見張ってそれから年に何回もしないような柔らかい微笑を浮かべて写真立ての写真を一つずつ懐かしそうに眺めていった。 「耕介さん、今クッキーとマシュマロしかないんですけれどどっちがいいですか？」 そんなことを言いながらキッチンからココアの入ったカップを二つお盆に載せて出てきたフィリスは、本棚の前で写真を見ている耕介の姿を見つけた。 「耕介さーん」 フィリスは再度呼びかけながら、お盆をテーブルの上に置いて耕介の隣に行った。 「どの写真を見てたんですか？」 そう聞いてフィリスも写真達に目をやる。 フィリスとリスティで写っているもの、シェリーも加えて三人で写っているもの、愛・耕介などさざなみ寮の皆と写っているもの……そんな写真を見ていって、フィリスは一枚の写真に耕介の視線が置かれているのに気付いた。 「懐かしいですね……」 フィリスは一つの写真立てを手に取り、二人ともよく見えるような位置に移した。 「もう七年も経つのか……」 耕介が感慨深げにそう呟く。 その写真には、まだ幼さの残るリスティ・フィリス・シェリーと耕介が写っていた。 フィリスとシェリーはまだ髪が短く、リスティとそっくりだった。 リスティは大分お姉さんぶるのにも慣れた時期だったようで落ち着きが感じられた。 そして三人の後ろにいる耕介は、視線をカメラには向けず先ほど写真を見つけたときのような柔らかい微笑を浮かべて三人を見ていた。 「リスティもフィリスもシェリーも皆立派な大人になったもんな。まぁ、リスティは表面はあれだけどな」 「表面……そうですね」 顔を見合わせて苦笑しあいながら、冷めないうちにと言うフィリスの言葉に従って耕介はソファに腰を下ろした。 「あ、結局クッキーとマシュマロどっちがいいですか？」 一緒に腰を下ろしてから、返事を聞いてないということを思い出したフィリスが再度聞いた。 「そうだな……今日はマシュマロにしておくかな」 「マシュマロと言えば―」 フィリスが持ってきたマシュマロをつまみながら、耕介が思い出したことを口にする。 「フィリスが初めて自分から買ってって言ったのはこれだったな」 「そういえばそうですね。耕介さんと初めて一緒に買い物に行ったときでしたね」 当時を懐かしむようにフィリスが言う。 「フィリスを買い物に連れ出すのは苦労したよ。シェリーは割りと早くついてきてくれたんだけど、フィリスはそれより一ヶ月近くあとだったからな」 「耕介さんが嫌いだったとかそういうことじゃなかったんですよ？」 耕介の言葉にフィリスが誤解しないで下さいという感じで応える。 「そうだな。ココアを持っていけばちゃんと話してくれたし」 「そうなんです。あの頃はそんなことはないって分かっていても、耕介さんが私の心を読んでるんじゃないかって思ってましたから」 そのフィリスの言葉を聞いて、耕介は不思議そうな顔をして問うた。 「なんでそんなことを思ってたんだ？おれは特別なことは何もしてなかったが」 「あの頃、耕介さんがココアを持ってお話をしに来てくれたときは必ず私が何かに苦しんだり怯えたりしていて、誰かに側にいて話しかけてもらいたかったときだったんです。耕介さんは今特別なことは何もしてなかったって言いましたよね？私はあの頃は、あの頃の少し前ですが、ごく自然のこととして、人の心を読んでいました。そんな私にとって自分がこうして欲しいと思ったときに来てくれる耕介さんは、凄く不思議で、そしてありがたかったんです……」  一気にしゃべって、フィリスは自分を落ち着かせるかのようにカップを口に運んだ。 そして、なんと言っていいものかと考えている耕介に向かって言葉を続けた。 「私がココアを好きになったのは、それがきっかけだったんです。辛いとき、嬉しいとき、耕介さんを一緒に飲んだココアは他の何よりも美味しかったから……耕介さんと一緒にいるときの感じを忘れたくないから、今も飲んでるのかもしれません」 耕介はなんと言っていいものかとまだ考えているようだったが、しばらくして、 「昔も今も俺はフィリスの笑顔を見たい、幸せになってもらいたいと思ってる。昔はいつでも話しかけられるところにいたけれど、今だって来てくれてもいいし、呼んでくれればこっちから行く。フィリスの隣にいつもいる役を誰かに譲ることがあっても俺はフィリスから離れたりはしない」 そう言って、フィリスの頭を優しくなでた。 「それなら……遠慮せずに連絡させてもらいます」 フィリスは少しの間、幼い頃に戻ったかのような、そんな気分に浸ることが出来た。 頼れる人がそばにいてくれる、そんな安心感とともに……。 耕介に問われた、 「俺は恭也くんにフィリスの隣にいる役を譲れるのかな？」 という問いへの答えを考えながら…… 一杯のココアと父のような優しい人……安らげる時間を、今は感じていよう……。 後書きのようなもの〜 今回初めて投稿させていただいたＦ・秦野というものです。一読いただいたのだとしたらありがとうございました（ぺこり 「フィリス先生がココア好きなのは何故だらう？」という誰でも思いつきそうなことにやっと思い至って書いてみたものがこれなのですが……後半に入るとすでにココアの好きな理由とはかけ離れた内容になってるような気が書き終わってからひしひしとしています。 タイトル変更も考えたのですがまあいいかということで。 内容、描写などに関しては数いるフィリス先生ＳＳ書きの皆様方にはまだまだ及ぶところではありませんが、少しでも楽しんでいただけたら幸いです。 それではスペースを与えていただいた茜屋さんと読んでいただいた方々に感謝の念を抱きつつ……失礼します。 |