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はぁ……寒いったらありゃしねぇ ああ、俺が誰だってか？よくぞ聞いてくれた。 俺の名前を語る事は出来ないが、俺が誰であるかは教えよう。 俺はしがないおでん屋さんよ。 つっても、腕はそんじょそこらに引けはとらねぇつもりだ。 出なきゃこんな商売で食っていけねぇよ。 常連もそこそこ出来たあたりで、繁盛してたんだが クリスマスに、事件が起こったのよ。 知ってるやつは知ってるな？そう、誘拐事件の犯人が俺んとこで 捕まったんだよ、しかも俺の客が捕まえたのよ。 人は見かけによらねぇっつーけど、本当によらないな。 あんなべっぴんさんが、めっぽう強いときたもんだから、驚きだよ。 まぁ、そんな訳で……今日も夜に仕事って訳だが。 大晦日なんだよなぁ……今日くらい休んで良かったかもな。 どーせ、来るやつなんて、暇な奴くらいだろうし。 そう、思って今年最後の客を相手が来るのを待ってた。 ラジオの音からは、紅白歌番組が中盤に差し掛かってらぁ。 新年まで後、一時間弱って所か。 今日も、不思議な出会いと、酒の肴になるような話が……あったんだな、これが。 「おい、爺……誰に頼んでここ使ってんだ？」 ガラの悪いチンピラが暖簾を潜る。 車の通りも少ない上、駅近くって事で、長年ここでやってきた俺だ。 常連も出来たし、また常連がいつ来るかもしれねぇ。 だからどく訳にはいかねぇし、言う通りにするつもりなんざこれっぽっちも無い。 「食わねぇなら帰ってくれ、商売の邪魔だ」 「ああ？んだとコラ！」 どか、と椅子を次々にこかされる。 迷惑この上無い。屋台を出て俺はおたまでそいつに殴りかかってやった。 ひょい、とそいつは上手い事かわしやがる。 「へっ、てめーのひょろい攻撃なんざ当たんねーよ」 「ぐっ……げほ！」 情けない話、一発もらって、膝をついちまった。 まぁ、俺も結構良い年だからなぁ……だが俺を甘く見ない方が良い。 相手の胸ぐらを掴んで、背負い投げる。 鈍い音と、椅子の壊れる音がしたのは同時だった。 「げぇっ」 「ふー……元ヤクザの俺が、お前さんに一つ教えといてやろう」 おたまを、そいつの耳にあてがる。 「俺を相手にしたきゃもっと人数呼んでこいや、人斬り厳蔵を相手にしちゃ馬鹿にしてるぞお前」 それを聞いた途端、チンピラの顔色が変わった。 その存在が、この辺りの恐怖の代名詞であろう事は知っているのだろう。 「あっ……あんたが一人で１００人相手にして生きて帰ってきたっていう伝説の！？」 「分かったらとっとと帰れ、チンピラ、特別におでん分けてやっから」 「ひえっ……そんな、代金は払いますぜ！」 で、そのチンピラは財布置いて帰りやがった。 結構たんまりあこぎな方法で稼いでるな、ありゃ。 まぁ、いいんだが……俺には関係の無い話だからな。 また一人になっちまった。まぁ、こういう年明けってのも悪くは無い。 そう思っていると、暖簾をくぐって、一人の若者が現れた。 綺麗なお姉さんを相手に、エスコートしている様だ。 「先程は、どうもすみませんでした」 「いいのよ〜しかし君も中々やるわねぇ……剣術でもやってるんでしょう？ あ、おやっさん熱燗頂戴、この子にもね」 何か知らんが、なりゆきで知り合ったっぽい。 経緯は深く聞く事は出来ないが、初対面ぽい２人である。 「あ、……いえ、俺お酒は……」 はいよ、と渡してやると女性はくいっと飲んで、お猪口をカウンターに置いた。 じーっと青年を見据えて、黙り込む。そして女性が口を開いた。 「らによ、あらしの酒がにょめにゃいってか！？」 早い……そしてなんつー酒癖の悪さだ、この女性。 がっしと青年の肩に手を回して、熱燗を口にねじこむ。 余りの手際の良さに青年も驚いていたが、時すでに遅し。 「って……あっ！！…何すんです……げほっごほっ」 「親父、熱燗もう一丁、それと適当におでん見繕って頂戴」 「あいよ」 店やって長いが……初めてだな…良い子は飲ませるなよ、こんな早い割に酒癖悪い奴……（マジで 言われた通りにおでんと熱燗を置いてやると、満足そうに女性はそれを頬張り始める。 ってーかさっきのは酔ったふりか……女性はいつのまにか素に戻っているようだ。 「君もって事は、貴方も剣術か何かを？」 「あーうん、剣術ってゆーか……剣術ね、まぁ適当に世界を渡り歩いて こっちをフラフラ、あっちをフラフラ〜っと……時に用心棒をしたり、時にどっかに雇われたり、ね」 懐かしそうに、その思い出を語る。 「御家族は心配していらっしゃらないんですか？」」 「家族……ねぇ……子供生んで、とっとと預けて出ていったきりですもの。 あれから、１９年……きっと立派に成長しているんでしょうけど、会いには行けないわね」 俺と、青年が思わず咳き込んだ。 まだ３０代前半に思えていたもんだから、そりゃびっくりもするさ。 「って、失礼ですが今お幾つですか？」 「それは女のひ・み・つ♪まぁ、一児の母から１９年って事ね」 それを聞いて、青年の表情が変わった。 余り進んで呑まなかった酒を少しずつ飲んで、何かを言いたげに、女性を見る。 「……どうしたの？さっきから」 「いえ…………貴方はどうして……子供を置いて去ったんですか？」 「んー……そうね、あたしには、荷が重かったのよ当時。 もっと身軽で居たかったし、世界を見て回ってみたかった だから……その子を置いて、金だけかっさらって出てったのよん」 ぐび、と両者飲む。 何だろうな、この変な雰囲気。 ぴりぴりしてるってーか何ていうか……変だ。 ついに、青年が……大声を出した。 それが、ROUNDの始まり。 俺の耳元で、「ファイッ」 っていう審判の声と、「カーン」と鳴り響く鐘の音が響く。 曙とボブの人生を掛けたK-１の中継が流れてきた。 歓声と、実況中継の男の声が聞こえて来た。 『さぁ始まってしまいましたぁ〜！熱い、熱い戦いが今っ瞼を切って落とされました！ お互いの人生を噛み締め、お互いの生き方を模索した２人が今！リングの上で壮絶なバトルを繰り広げます！』 「それで、その子供がどれだけっ幼少期辛い思いしてると思ってんだあんた！」 『軽いジャブが入ったぁ〜だがまだ効いていないっ』 「何よー！まるで自分の事よーな言いぶりしないでくれる？ははーん、さては自分がそうなんでしょ？」 『おおっと！これは痛い！痛いぞボブ、クリーンヒット！痛恨の一撃が決まってしまったぞぉ〜！』 「ああ、そうだよ、あんたと同じ母親を持った子供として、言わせてもらう……アンタ最低だ！」 『決まったぁ！曙、に強烈な一撃が入ったぁ！再起不能かぁ〜！？』 「人生、自分の為に生きて何が悪いってのよ！」 『おおっと、これは……凶器攻撃！何でもアリか！？曙、ついに開き直ったのかぁ！さも悪い事はしてませんと 審判に訴える！これはボブ、怒った！キレている〜！！』 そこでラジオの放送は途切れた。 後で聞いちゃ話じゃボブがキレて誰彼構わず暴走した為らしい。 辺りは静まり返る。その静寂の中……青年は女性に尋ねる。 「だったら、……どうして…、どうして産んだんだ…」 「―――――――――だって、生きたいって言ってたんですもの……立って、この大地に足を踏みしめて、歩きたいって」 女性は、青年にそう言う、まるで諭すように。 「何度も私のお腹を蹴ったのよ、その子……俺は、ここに居るぞってね。 だから子供をこの世界に産み落としたの。可愛く思えたわ……生まれた瞬間に一番に抱きしめた。 従兄弟同士、身分の違いがあったとかで結婚は出来なかったけど……父親も呆れた感じで頷いてくれたわ」 「…………………………どうして、抱きしめた子供を……手放したんだ」 「本当言うとね、ギャンブルで溜まった借金が多すぎて、生活がおぼつかなくなってたのよ。 だから子供を父親に預けたの。もう、二度と会わないって約束を付けて、ね。 その子と別れる最後に、可愛い子供に考えていた名前を付けてあげたの そして、その子は初めて泣いたわ。ちょっと、今思い出しても感動するわね」 雪の降っていた日。 粉雪が舞うその中、父親の腕の中で赤ん坊は笑っていた。 まだ、名前も無い、赤ん坊。 まだ、世界に産み落とされただけの、無職透明な物体。 それは、この世界において、存在していない事と同じ事だと思った。 それがなければ、誰にも認識されない。 誰にも、その子の存在が『分からない』 「もう、二度と会わないって……約束してくれ」 「分かってるわよ、ったく連れない父親ねぇ……」 「赤ん坊に名前も付けていないよーな不届きな人間に言われる筋合いは無い」 「はいはい……それじゃあ、元気でね坊や」 そっと、頬に触れる。 その時に、赤子は気づいたのだろうか？ 母親が傍に居なくなる事を 自分の元から去ってしまう事を……その本能で、分かったのだろうか？ 遠ざかるに連れて、その産声が響き渡る。 やがて、自分の足が、止まってきびすを返して戻っていた。 「なんだ……金ならもう、無いぞ」 「違うわよ馬鹿、大事な忘れ物をしただけよ」 そう言って、赤ん坊を一時受け取る。 きゃっきゃと笑う顔を見て、愛らしく思えた。 貴方に命名します これで、貴方は世界に服を着ます。 寒かったでしょう？自分を表す記号が無いものね。  ―――――――――― ずっと考えていた名前、貴方の名前は ――――――――――― 「って、事なのよ……聞いてんの？あんたこんな感動的な話を……」 「…………………………………………………………………」 青年は話が長くて眠っちまったらしい。 「良い話だったよ。きっとこの青年も、満足してるさ。納得してないだろうがね」 「あら、そうかしらね？」 「ああ、折角再会したんだ、もう少し話してやりなよ」 そう言うと、女性は驚いて、それから笑った。 「何時から？」 「さっきの話をする前……気づいて無かったろうけど、ずっと青年を見てた。 懐かしい様な、愛おしい様な、そんな表情をしながらな」 「はぁ……参ったなぁ……お金大目にしとくから、この子には黙ってて頂戴ね」 「ま、あんたがそう言うなら仕方ないが……このまま寝かせておくつもりか？」 「そうね、私が去った後に起こしてあげて頂戴」 そう言って、自分のコートを、青年に被せる。 お金を払って、暖簾を潜る。 その途中でぴたり、と止まり、女性は振り返る。 「……きっと次に会う時は戦場でしょうけど、また会いましょう……あ、それから」 少し、間を空けて、母親は微笑んで尋ねた。 「産まれて、生きて、自分の足で立てて、良かったでしょう？―――お休みなさい『恭也』」 去ったその後、気配が無くなった瞬間に、青年は俯いたまま、涙を流して呟いていた。 「ああ、最高だよ……馬鹿……」 今日も、しんしんと雪が降る。 ――――――― それは、まるで母親と別れた日の、あの時の様に ――――――― 「ってな事があったんだよ昨日」 と、店の常連である桃地さんに、熱く語る俺。 「へぇ、珍しい事もあったもんだね……それはそうと …あんたが人斬り厳蔵って噂が署内に伝わってきてるんだがな」 「まぁ、いいじゃねぇですかい」 「大体あんただろう？ある事無い事吹き込んだあげく人斬り呼ばわりするのはやめてくれないか？」 「そういや、真実は人斬ってねぇもんな。組に乗り込んだあげく組を壊滅させちまったってーだけ。 お互い無茶やってきたが、あんたは俺の上を行っちまってたなぁ」 「人斬りなんて架空の人物創るよりも、俺に旨いおでんをもっと食わせてくれ」 「元同僚だからって金はまけねーぞ」 「わあってるよ……ああ、それからどうなったんだろうな？その親子」 「さぁなぁ……でもきっとまたどこかで……」 再会してますぜ、多分。 人生、意外と狭いものだからな。 今回この辺で、終わっとこう、あんまり長く語っちゃ、いい話の余韻が無くなっちまうもんな。 ではまた会おう、つっても、これが最後かもしれないが。 ま、縁が合ったらまた語るとするよ。 だから覚えていきな。 俺はしがない、おでん屋さんだ。 いつでもここに居る、聞きたくなったらいつでも来な、旨いおでんと一緒に、不思議な縁を、聞かせてやろう。 _________________________________________________________ 相互記念とゆー事で贈らせて貰いましたｗ これはもう随分前に書いた作品なのですが……（マテ 拙い作品ではありますが、楽しんで頂ければ幸いです。 |